第9話:あなたに触れて欲しい
静かな夜。リビングの明かりが落とされ、暖色の間接照明だけが室内を柔らかく照らしている。
姉がソファに腰掛け、マグカップの温かいミルクを飲んでいると、隣に座っていたフェンリルがふと、じっと姉の手元を見つめた。
「……お前」
「ん? どうしたの、フェンリル」
「……」
フェンリルは言い淀むように口を引き結び、銀色の耳をわずかに後ろに倒した。その端正な顔立ちに、どこか気まずいような、しかし切実な色が浮かぶ。
どうしたのかと姉が首をかしげた瞬間、フェンリルはごくりと喉を鳴らし、自分の意思でその冷やりとした大きな手で姉の手を取った。
そして、抵抗する隙もなく、姉の指先をそっと自分の銀色の頭へと導く。
「っ……!」
フェンリルの耳が、わかりやすくピクリと跳ねる。
彼は顔をプイと明後日の方向へ逸らし、耳の付け根を赤らめながら、消え入りそうな声で呟いた。
「……そこだ。そこを……撫でろ」
「え……?」
「勘違いするな。お前が触りたいと言ったからではない。……その、お前が私に触れないままだと、私のセンサーの調子が狂う気がするだけだ」
「……ふふ、そうなの?」
「そうだ。……だから、許可する。お前なら……嫌悪感はない。……はやくしろ、気が変わる」
照れ隠しにツンとした態度を取りながらも、頭を預けて目を細めるフェンリル。
姉は優しく微笑み、その柔らかな銀髪にそっと手を触れ、ゆっくりと撫で下ろした。
フェンリルの喉の奥から、低く心地よい「グルルル……」という獣特有の甘えたエンジン音が響くのだった。




