第2話:触りたい妹、触られたくないなら触らない姉。
「ねえ、一ミリだけでいいから! お耳をちょっと! 人差し指の腹でこう、ふにっとさせてもらうだけでいいからさあ!」
「死ね」
「直球すぎるでしょ!!」
リビングのソファ周りで、妹がフェンリルを追い回し、フェンリルが華麗かつ冷徹にそれをかわすという不毛な鬼ごっこが繰り広げられていた。
フェンリルは身軽な身のこなしでひょいと背もたれの上に飛び乗り、不機嫌そうに銀の耳をピクッと動かす。
「触ろうとするな。お前のその、下心が透けて見える瞳孔が不快だ」
「マスターに対する態度なの! 買ったの私よ!?」
「知らん。勝手に買ったのはそっちだ」
やれやれ、とばかりに妹が床に倒れ伏す横で、ダイニングの隅では、もう一人の家族である姉が静かにマグカップを傾けていた。
姉は、大騒ぎする二人をまるで自然現象でも見るような生温かい目で眺め、やがてパラパラと手元の文庫本のページをめくる。
「ねえお姉ちゃん! 何とか言ってよ! この狼、全然懐かないんだけど!」
「そう? 別にいいんじゃないの」
「よくないよ! 私の全財産が冷たくてトゲトゲしいの!」
「だいたいね、動物も機械も、嫌がってるのに無理やり触ろうとするから嫌われるのよ。『触られたくないなら、触らない』。これが基本でしょ」
姉はそれ以上干渉せず、再び本に視線を戻した。
そのやり取りを、ソファの上からじっと見下ろしていたフェンリルの耳が、わずかにぴくりと動く。
――こいつは、私に触れてこない。
興味本位のベタベタした熱もない。ただ、透明な空気を保つように一定の距離を置いている。
フェンリルは微かに目を細め、本を読むその人間を新しい視界の端に捉えた。




