第1話:妹のフェンリル。懐かない気高い観賞用ドール。
「――っすえぇえええええええええいっ!!」
リビングに、妹の絶叫と札束が舞う音……がするわけではないが、心象風景としては完全にそれだった。
ダイニングテーブルの端に鎮座する巨大な段ボール箱。その中から、メーカーの厳重な緩衝材に包まれて現れたのは、息をのむほど端正な銀髪の青年型アンドロイドだった。頭部にはピンと立った狼の耳、背中には感情の有無を語るようにふさふさとした銀灰色のしっぽが収まっている。
超高性能獣人型ドール――神狼モデル「フェンリル」。
妹が全財産と数ヶ月分の睡眠時間を削り、満を持して自宅へお迎えした自慢の最高級品である。
「はぁ、はぁ……! やばい、実物は写真の三倍は顔がいい……! 生きてる、私のお金でこの神様が動く……!」
妹がぶるぶる震えながら起動ボタンを押すと、フェンリルの閉じていた双眸がゆっくりと開いた。
透き通るようなアイスブルーの三白眼。冷ややかな光をたたえたその瞳は、起動直後のシステムエラーを補正するかのように、目の前で興奮のあまり怪しい笑みを浮かべている少女――すなわち、自分の購入者である妹を捉えた。
「ね、ねえフェンリル! 私よ! お前のマスターよ! ほら、まずは紅茶でもいれてあげるわ! それとも肩でも揉んであげましょうか!」
満面の笑みで手を伸ばす妹に対し、フェンリルは微動だにせず、ただ冷ややかな鼻息をひとつ吐き出した。
「……近寄るな」
低く、どこか気だるげで、それでいてガラス細工のように美しい声がリビングに響く。
「下種な気配がする。メーカー保証書に『観賞用につき、接触および過度な馴れ合いは推奨しません』と明記されていたはずだが、文字が読めない生物か?」
「初対面で言い方が辛辣ぅっ!? しかもメーカー保証の言い訳を盾にするな!」
「触るな。毛並みが汚れる」
一歩引いたフェンリルは、まるで害獣を見るような冷徹な眼差しで妹を威嚇した。
――こうして、全財産を溶かした妹の、地獄のモフモフ狂騒曲が幕を開けたのである。




