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ブルーレゾナンス  作者: kiriiti
青の覚醒
7/34

オスペンニウム

AIを一部使用しています。ご理解のうえお読みください。

翌朝。


 冒険者ギルドは、今日も朝から賑わっていた。


 掲示板の前には依頼を吟味する冒険者たちが集まり、受付では朝一番の手続きを済ませようと列ができている。



「……あれ?」



 ティアはクエストボードの前で依頼を探していたが、ふと違和感を覚えた。


 隣にいるはずのガルウィンがいない。



「ガルウィンさん?」


 


 周囲を見回す。


 すると、少し離れた席の一角に、その姿はあった。


 椅子に腰掛け、何かの本を静かに読んでいる。


「そんなところで何してるんですか?」


 ティアが近づくと、ガルウィンは顔を上げた。


「依頼を見ていた」



 手元にあるのは、一冊の厚い本。



「……それ、何ですか?」


「クエストブックらしい」


 ガルウィンは平然と言う。


「Cランク以上の依頼がまとめられている」


「えっ?」


 

 ティアが目を丸くする。



「そんなの、あるんですか?」


「あるようだ」



 ぱらり、とページをめくる。



「便利だな」


「……知りませんでした」



 六年も冒険者をやってきたのに初耳だったのか、ティアは微妙にショックを受けた顔をしていた。



 そんな彼女をよそに、ガルウィンはあるページで手を止める。



「これにする」


 そう言って差し出した依頼書を、ティアが覗き込む。



 ――オスペンニウム討伐


 報酬:七万ゴールド



「……オスペンニウム?」


 

 ティアは首を傾げた。



「どんな魔物なんですか?」


「知らない」


「知らないんですか?」


「だが、名前がいい」


 ガルウィンは真顔で答える。


「……はい?」


「ああ」


 どこか納得したような顔で頷く。



「きっと、戦い甲斐のあるそんな名前をしている」



「そんな理由で決めるんですか……?」



 ティアは呆れ半分でため息をついた。


 だが次の瞬間、ガルウィンが報酬欄を指差す。



「七万だ」


「……」


 

 ティアはしばし沈黙する。



「……まあ、たしかに魅力的ではありますけど」


「だろう」


「でもせめて、どんな魔物か受付で聞いてから――」


「楽しみが減る」


「はい?」


「行こう」


「ちょ、ちょっと待ってください!」



 ガルウィンは立ち上がると、そのまま当然のように歩き出す。


 ティアは慌てて後を追った。


 


 依頼の場所は、街から離れた山中の洞窟だった。



 入口の時点で、嫌な空気が漂っている。

 


「……なんだか、あまり入りたくない場所ですね」


 

 ティアが顔をしかめる。


「同感だ」


 ガルウィンも短く返す。


 

 洞窟の中は湿気が強く、足元はぬめっている。


 壁には水滴が垂れ、じめっとした空気が肌にまとわりつく。


 

 そして生息している魔物も、あまり気分のいいものではなかった。


 

「っ、右!」


 

 ティアが杖代わりに槍を構え、手のひらに炎を集める。


 

「――ファイアボール!」



 放たれた火球が、天井から迫ってきた巨大コウモリを焼き払う。


 さらに地面を這うスライムへ追撃。


 炎が弾け、ぬめる体を一気に蒸発させた。


 

「……手際がいいな」


 

「ありがとうございます!」


 

 その隙を縫って飛びかかってきた蜘蛛型の魔物を、ガルウィンが鉄剣で斬り捨てる。


 

 魔法で動きを止め、剣で仕留める。


 まだ完璧ではないが、以前より明らかに呼吸は合っていた。



「前より連携できてきましたね」



「そうだな」


 

 短い返事。


 だが、その声音には確かな評価があった。


 


 洞窟の奥へ、さらに進む。


 そして――


 開けた空間に辿り着いた瞬間。


 


 それは、いた。


 


 見た目はムカデ。


 しかし巨大な体躯。


 節くれだった甲殻。


 不気味にうねる胴体。


 

 そして何より――



 足。



 多い。


 

 尋常ではなく、多い。



 普通のムカデの三倍はありそうな数の足が、ぞわぞわと一斉に蠢いていた。


 

「…………」


 

 ガルウィンが、固まった。


 

「……え?」


 

 ティアが横を見る。


 

「ガルウィンさん?」


 


 返事がない。


 


 オスペンニウムは威嚇するように体を反らせると、その口元から粘つく液体を吐き出した。


 

「っ!」


 

 ティアはとっさに前へ出る。


 

「ウィンドシールド!」



 風魔法が酸を横へ弾き、洞窟の壁に叩きつける。


 じゅう、と嫌な音を立てて石が溶けた。


 

「危な……っ!」


 

 そのままティアは地を蹴り、槍で側面を突く。


 だが、甲殻は硬い。


 

「か、硬っ……!」


 

 Cランク相当の魔物。


 ティア一人では、決定打に欠ける。


 

「ガルウィンさん!」


 

 もう一度呼ぶ。


 だがガルウィンは、まだ動かない。


 

 顔色が悪い。


 あれほど強い男が、信じられないほど露骨に硬直していた。


 

「……まさか」


 

 ティアはちらりと巨大ムカデを見る。


 次にガルウィンを見る。


 

「……苦手なんですか?」



「…………」


 

 沈黙。


 だが、それが答えだった。



「え、本当に?」


 オスペンニウムが再び突進してくる。


 

「きゃっ――!」


 

 ティアは慌てて横へ転がり、追撃を避ける。



「いや、今そういう場合じゃ……!」


 

 槍で牽制しながら必死に考える。


 

 そして、ふと閃いた。


 

「……そうだ」


「ガルウィンさん!」


「……なんだ」


 

 やっと返ってきた声は、ひどく重い。



「目をつぶって戦ってください!」


「……は?」


「私が合図します! 風魔法で誘導もします!」


「それは……」



 ガルウィンが露骨に嫌そうな顔をする。


 

「嫌そうな顔してる場合じゃないです!」


 ティアは叫んだ。


 

「そもそもあなたが取ってきた依頼ですよね!?」



「……」  



 ぐうの音も出ない。


 

 オスペンニウムがまた酸を吐く。


 ティアが風で逸らしながら叫ぶ。


 

「早く!」


 

「……分かった」


 

 ガルウィンは深く息を吐き、覚悟を決めるように剣を構えた。


 

 そして、本当に目を閉じる。


 


「右、三歩前!」


 


 ティアの声が飛ぶ。



 同時に、足元に風が吹く。



 ガルウィンの体が、わずかに導かれる。


 

「左から来ます!」



 振る。


 

 剣閃が、オスペンニウムの足をまとめて断ち切った。


 甲高い悲鳴が響く。


 

「前! 今です!」


 

 ティアが炎弾を放ち、魔物の顔を上げさせる。


 その一瞬の隙を、ガルウィンが踏み込んだ。


 

 目を閉じたまま。


 ただ声と風だけを頼りに。



「――そこか」


 

 鋭い一閃。


 

 鉄剣が甲殻の継ぎ目を正確に裂き、オスペンニウムの頭部を深く断ち割る。


 


 巨体が大きく痙攣し――


 やがて、地面に崩れ落ちた。


 

「……勝った」


 

 ティアが息を吐く。


 

 ガルウィンはまだ目を閉じたまま、数秒動かなかった。


 

「……もういいですよ」


 

「……本当か?」


 

「本当です」


 

 おそるおそる目を開ける。


 だが視界に巨大ムカデの死骸が入った瞬間、また微妙な顔になった。



「……気持ち悪いな」


 

「今さらですか」


 

 ティアは呆れながらも、少しだけ笑った。




 討伐の証として、目を採取する必要があった。


 

「では、素材を回収しますね」


 

「……ああ」


 

 ガルウィンは即座に一歩下がる。



「私は後ろから魔物が来ないか見ている」


 

「露骨ですね!?」


 

「大事な役目だ」



「絶対違うと思いますけど……!」


 

 ティアがぶつぶつ言いながら素材ナイフを使う。


 ガルウィンは本当に後ろを向いていた。


 

 しかも少し遠い。


 

「……終わりましたよ」


 

「そうか」


 

 振り返るのも、ほんの少し遅かった。


 


 ギルドへ戻り、討伐完了を報告する。



「オスペンニウムの討伐、確認しました」


 

 受付嬢が素材を受け取り、報酬の袋を差し出した。


 

「七万ゴールドになります」


 

「……よし」


 

 ガルウィンが珍しく素直に満足そうな声を漏らす。


 

「名前の割に大変な魔物でしたね」


 

 ティアがじとっとした目を向ける。


 

「……そうだな」



「今度からはちゃんと受付で確認してください」


 

「検討しよう」


 

「絶対しない言い方です、それ」


 


 その夜。


 二人は宿の近くにある酒場に来ていた。



 木のテーブルに並ぶ料理。


 香ばしい匂い。


 人々の笑い声。


 

「……今日は、酒を頼む」



 ガルウィンがそう言った時、ティアは少し驚いた顔をした。


 

「珍しいですね」


「ああ」


 

 ガルウィンは小さく頷く。



「気持ち悪さを忘れたい」


 ガルウィンはまたしかめ面になった。


「そんな理由ですか……」


 

 苦笑しつつ、ティアは水を口にする。


 ほどなくして運ばれてきた酒を、ガルウィンは静かに口に含んだ。


「……」


 喉を通る熱。


 鼻に抜ける香り。


 体の奥へじわりと染みていく感覚。


 


 ――三百年ぶりの酒だった。


 


「……うまい」


 ぽつりと呟く。


 ティアはそんな横顔を見て、少しだけ微笑む。


 

「よかったですね」



「……ああ」



 しばらくして、ティアがふと口を開いた。


 

「私、もうすぐで成人なんです」


 

「そうか」


 

「だから」


 

 ティアは少しだけ照れたように、それでもまっすぐ言った。


 

「今度は……私とも飲んでくださいね」


「……」



 ガルウィンは一瞬だけ目を瞬かせた後、静かに杯を置いた。


 

「……機会があれば」



「もう、そういう言い方」


 

 ティアが少し頬を膨らませる。


 

 その様子に、ガルウィンはわずかに口元を緩めた。


 

 騒がしい酒場の中で。



 その小さなやり取りだけが、不思議と心地よかった。

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