朝焼けの朝食
朝になった。
三人はそれぞれ短く「おはよう」と挨拶を交わすと、早速港へ向かう準備を始める。
ティアはブーツの靴紐をしっかりと締め、槍を手に取る。
ジオは手甲のベルトをきつく締め直し、両拳をぶつけて気合いを入れた。
ガルウィンは静かに剣を手に取り、腰へ差す。
三人はそのまま宿を出た。
まだ太陽は昇りきっておらず、港町は薄暗い朝の色に包まれている。
それでも人の気配は絶えなかった。
海に出られないとはいっても、近海での漁は続いているらしい。魚を運ぶ者、網を担ぐ者、朝市のように小さな露店を開く者――港町らしい活気が、すでにそこにはあった。
三人は会長と約束した桟橋へ向かって歩く。
「結構賑わってるね。朝の海風も気持ちいい」
ティアが頬に風を受けながら笑う。
「そうだな。……てか、腹減ったからそこら辺で売ってる焼き魚でも食いながら行こうぜ」
ジオがそう言った途端、ぐぅ、と腹が鳴った。
ティアが思わずくすっと笑う。
「ああ、戦う前に食事は摂っておいた方がいいだろうな。海に出たら、ゆっくり食べる暇もないかもしれん」
ガルウィンがそう言った時だった。
(儂の分も用意するんじゃぞ)
頭の奥で、当然のような声が響く。
ガルウィンは一瞬だけ目を細めた後、諦めたように口を開いた。
「……レグナも何か食わせろと言っている」
その通訳に、ティアは笑みをこぼす。
「じゃあ、何か買って人目のないところで食べよっか」
「賛成だ!」
ジオが元気よく頷いた。
⸻
三人は露店で朝食を買い込み、人の少ない海辺まで移動した。
用意したのは四人分――いや、三人と一匹分を含めた朝食だ。
焼き魚、蒸し貝、そして貝のスープ。
潮の香りに混じって、香ばしい匂いがふわりと漂ってくる。
「うぉー! 美味そう! いただきまーす!」
ジオは目の前の食事に一気に機嫌を良くし、すぐさま焼き魚にかぶりついた。
「本当に美味しそう。わたしもいただきます」
ティアも手を合わせ、行儀よく食べ始める。
ガルウィンは自分の皿を前に置くと、静かに言った。
「おい、レグナ。出てきても大丈夫だぞ」
その言葉を待っていたかのように、青い煙がふわりと立ち上る。
「おぉー。美味そうじゃの! 儂の分は?」
「これだ」
ガルウィンは、焼き魚と蒸し貝を乗せた皿を差し出した。
レグナは煙を器用に伸ばし、その皿ごと受け取る。
そして次の瞬間、魚を一口でぱくりと食べた。
ガルウィンも蒸し貝を手に取り、口へ運ぶ。
「うむ、美味いな」
珍しく、はっきり満足そうな声音だった。
レグナも上機嫌で食べ進めている。
その様子を見ながら、ジオがふと疑問を口にした。
「てか、レグナって食べたもん、どこに消化されてんだ?」
レグナは煙の顔でも分かるほど、もぐもぐしながら答える。
「儂が食べた分は、大体は魔力に変換しておる」
「大体は?」
ティアが首を傾げる。
「まあ、腹が減るわけではないし、食わんでもいいんじゃが……此奴が美味そうに食うもんでな。儂にも楽しみが必要なんじゃ」
「へぇー」
ジオが感心したように頷く。
「確かに、ずっとガルウィンの中にいるんだもんな。人前じゃ出てこれないし」
少し不憫そうな声だった。
「まあ、暇な時は此奴と話すか、寝るかのどっちかじゃな」
そこでティアが、ひとつの疑問に気づく。
「さっき“大体は”って言ったよね? 魔力に変えない分はどうしてるの?」
「そりゃ、此奴の身体に吸収させとるわ」
レグナは、あまりにも当たり前のように言った。
ガルウィンの手が止まる。
「……ん? どういうことだ?」
レグナはきょとんとしたように答えた。
「どういうことも何も、言葉通りじゃ。お主の肉となり、骨となっとるということじゃ」
ティアがはっとして言う。
「つまり……ガルウィンはレグナさんの分の食事まで食べてるってこと?」
「うむ、そういうことじゃの!」
レグナは胸でも張るような勢いで答えた。
ジオがじっとガルウィンを見る。
「じゃあガルウィン、何もしなかったら二人分食べるから……デブ――」
そこで、ぴたりと口を閉じた。
ガルウィンが、ものすごく鋭い目で睨んでいたからだ。
次の瞬間、ガルウィンはレグナの皿をひったくるように奪い取った。
「あっ! 何をするんじゃ!」
「何をするんじゃ、じゃない!」
ガルウィンが声を荒げる。
「どうりで最近、何を食べても少し食い足りないような感じがしたわけだ! お前のせいだったのか!」
ここ最近、ほんの少しだけ腹回りに違和感を覚えていたのを思い出す。
嫌な予感が、確信へと変わった瞬間だった。
「いいじゃろ、別に! その分、お主が運動すれば!」
レグナは完全に人任せだった。
「ふざけるな! お前のせいで太ってたまるか!」
「太ったガルウィン……」
ティアがぼそりと呟く。
その横でジオも想像してしまったらしく、吹き出した。
「ぶっ……!」
「そこ! 想像するんじゃない!」
ガルウィンが即座に突っ込む。
朝焼けに照らされた海辺で、二人は笑い、ガルウィンとレグナは言い争う。
穏やかな朝の食卓。
だがその先には、海の上での戦いが待っている。
それでも今だけは、ほんの少しだけ平和な時間が流れていた。




