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ブルーレゾナンス  作者: kiriiti
コルナ港へ
32/34

交渉

夜のコルナ港には、気持ちのいい潮風が吹いていた。


 昼間の喧騒が嘘のように、今は波の音が静かに響いている。

 揺れる船影、軋む縄、遠くで鳴く海鳥の声。

 昼とは違う、港町の穏やかな顔だった。


 先ほどのレグナとのひと悶着を終えた三人は、ひとまず港会長がいるという酒場へ向かうため、宿を出ていた。


「二人とも大丈夫?」


 ティアが隣を歩く二人に声をかける。


「あぁ……大丈夫だ……」


「おう……大丈夫……」


 ガルウィンとジオは、どちらもどこか元気がない。


 先ほどのレグナの説教が効いているのか、それともこれから“巨大なタコ討伐”の話を持ち込まなければならない現実が重いのか。おそらく、その両方だろう。


「でも、どうやって魔物討伐をお願いしようか? わたしたちのランク、CとDだし……」


 ティアは少し不安そうに言った。


「向こうが求めてるのがBランクのパーティーだったら、俺らじゃ話も聞いてもらえないかもな」


 ジオも珍しく弱気だった。


 ガルウィンはしばらく黙っていたが、やがて溜め息混じりに答える。


「気乗りはしないが、一応考えはある」


「ほんと?」


「ああ」


 それ以上は語らず、ガルウィンは前を向いた。



 三人が辿り着いた酒場は、外観こそ少し古びていたが、中は明るく、木造の温もりが感じられる店だった。


 だが今夜は妙に賑わっている。


 それもそのはず、船が出せない以上、船員たちは飲むくらいしかやることがないのだ。


 酒場の中は人で埋まり、笑い声や怒鳴り声、ジョッキのぶつかる音が飛び交っていた。


 三人は店内を見渡し、店員に尋ねる。


「すみません。この港の会長さんはどちらにいらっしゃいますか?」


 ティアが言うと、店員は慣れた様子で奥を指差した。


「あー、会長ならあっちの席で船乗りと喋ってるよ」


「ありがとうございます」


 三人は礼を言い、そのテーブルへ向かった。


 近づくにつれ、会話が聞こえてくる。


「冒険者はまだ来ねぇのかね?」


「Bランク以上のやつは中々いねぇからな」


「にしたって船が出せねぇんだったら、冒険者どもも困るだろ」


「高ランクなら、お抱えの船乗りでもいるからな。あのタコが出てくるのは西と南の間だしよ」


「あーあ、東大陸への航路が復活すれば、こんな暇じゃねぇのにな」


 中年の船乗りたちが酒を煽りながら愚痴をこぼしている。


 その中で、一人だけ少し違う雰囲気の男がいた。


 白い船乗り用のコートを肩に引っ掛け、無精ひげのように豊かな白髭を蓄えた男だ。

 年はかなりいっているようだが、眼光は鋭い。


「悪りぃな、おめぇら」


 その男が言った。


「ギルドにも再三言ってるんだがよ。大体の高ランク冒険者は、南の新しくできたダンジョンに籠ってるらしい。この西大陸に残ってる冒険者は、せいぜいCランク以下だとよ」


 どうやらあれが港会長らしい。


「あ、あの~……すみません」


 ティアが屈強な男たちに声をかける。


「あん? なんだ嬢ちゃん。俺らになんか用か?」


 白髭の男が答えた。


「わたしたち、ここの会長さんに魔物討伐の話をしに来たんですけど……」


「俺がそうだが。あんたら、冒険者か?」


「は、はい。一応……」


 ティアは少し自信なさげに答えた。


「ランクは?」


「こちらのガルウィンがCランクで、わたしとこの人がDランクです」


 一瞬の沈黙。


 そして次の瞬間。


「ガッハッハッハ!」


 会長と、その周りの船乗りたちが一斉に笑い出した。


「低ランクの冒険者かよ!」


「しかも小娘と青二才がいるパーティーなんて、話す価値ねぇよ!」


 嘲笑だった。


 ティアの肩がぴくりと震える。


 ジオのこめかみに、うっすら血管が浮かぶ。


 ガルウィンはそんな四人を見つめ、静かに口を開いた。


「……私はCランクだが、そこらのBランクの冒険者よりは強いぞ?」


 その声は低く、よく通った。


 だが会長は鼻で笑う。


「ハッ! 口だけなら何とでも言えるからな。せめておめぇがBランクなら話だけでも聞いてやったかもしれんが、他の二人がDじゃ話にならねぇよ」


 会長はティアとジオを指差しながら言った。


 ティアは悔しそうに唇を噛む。

 言っていること自体は、ギルドの常識としては間違っていない。だからこそ反論しづらい。


「チッ……なんだよこのおっさん。話ぐらい聞いてもいいだろ」


 ジオがぼそりと吐き捨てる。


「よせ、ジオ」


 ガルウィンが静かに制した。


 そして、会長を見据える。


「なら、私がBランクなら話を聞くんだな?」


「へっ。まぁ、話だけならな」


 会長が肩をすくめる。


 ガルウィンは振り返った。


「ティア、ジオ。少しここで待っていろ」


「えっ!? ガルウィン!?」


 ティアが呼び止めるが、ガルウィンはそのまま酒場を出ていく。


「おいおい、なんだアイツ。仲間置いて出ていったぞ」


「おおかた恥ずかしくなって逃げたんじゃないすか?」


 会長たちは相変わらず下品に笑う。


「なんだと?」


 ジオが拳を握りしめ、一歩前に出かけた。


 だがティアが慌てて止める。


「ジ、ジオ! ここで喧嘩したら船に乗れなくなっちゃうから、落ち着いて!」


「でもよ、ティア。こいつらガルウィンまで馬鹿にしやがって……」


 ジオはなおも怒りを隠せなかったが、ティアの目的を思い出し、ぐっと飲み込んだ。


 ティアは小さく「ありがとう」と言うと、会長たちを睨み返した。


「ガルウィンは戻ってきますから!」


 そう言って、頬を膨らませたまま空いていた離れた席へジオを連れていく。


 二人は腹を立てながらも、ただ黙ってガルウィンを待った。



 三十分ほど経った頃。


 酒場の扉が再び開く。


 戻ってきたガルウィンは真っ直ぐ二人のもとへ歩いてきた。


「すまない、遅くなった」


「どこ行ってたんだよ?」


「この港の冒険者ギルドに行ってきた。道が分からず、少し迷ってしまった」


「え……?」


 ティアとジオが首を傾げる間もなく、ガルウィンは二人を連れて再び会長たちのテーブルへ向かった。


「おっ? なんだ、戻ってきたのか? 戻ってこない方に賭けてたのによ」


「会長、残念っすね」


 会長と船乗りたちはまだ酒の勢いで好き放題言っている。


 だが、ガルウィンは無言で一枚のカードを差し出した。


「これで文句はないな」


 そのギルドカードを見た瞬間――


 会長たちの表情が固まった。


 ガルウィンのカードは、以前の緑ではない。


 青。


 つまり、Bランクの証だった。


「えっ? ガルウィンBランクになったの!?」


 ティアが思わず声を上げる。


「いつの間に!?」


 ジオも目を丸くした。


 ガルウィンは淡々と答える。


「オーレリアのマスターが前に言っていただろう。C以上の実力があると思う、と。その時、いつでも上げられるようにギルド側へ話を通してくれていたらしい」


「じゃあ、なんで今まで上げてなかったんだよ?」


「目立つのは好きじゃない」


 そこまで言ってから、ガルウィンは会長たちを見据えた。


「だが、私の仲間が蔑ろにされるのは我慢ならん」


 酒場の空気が変わる。


 会長と船乗りたちは、ガルウィンの視線に冷や汗を浮かべた。


「私のことはどうでもいい。だが、この二人をこれ以上侮蔑するようなら黙ってはいないぞ」


 静かな口調なのに、場の誰もがその怒りを理解した。


 会長は喉を鳴らし、姿勢を正す。


「……わ、わかった。話を聞こう」


 本気で怒らせてはいけない相手だと、ようやく悟ったのだろう。



 三人は席につき、なぜ南大陸を目指しているのか、そしてできるだけ早く船を出してほしいことを話した。


 会長は腕を組みながら、ガルウィンを見る。


「だが、魔物はどうする?」


「船を一隻貸してくれればいい」


 ガルウィンは即答した。


「それと、魔物に対峙しても動揺せず、船の操作を任せられる人間を付けてほしい。あとは私たちで討伐する」


「……勝てる見込みはあるのか?」


「そこは信頼してもらうしかないな」


 会長はしばらく黙ってガルウィンの目を見ていたが、やがて口元を歪めて笑った。


「よしっ、わかった! お前さんの言葉を信じてやるか!」


「本気っすか!? 会長!」


 船乗りの一人が驚く。


「おうよ! どうせこのまんまじゃ船も出せねぇからな!」


 会長は豪快に笑った。


「それに、俺に直談判してきた冒険者なんて今までいなかった。こいつらが本気だってのは分かる」


 先ほどまでの態度とは打って変わり、今は完全にガルウィンたちを認めているようだった。


「早速、明日の朝でいいか?」


「ああ、構わない。よろしく頼む」


 ガルウィンが答え、ティアとジオも深く頭を下げた。



 三人はそのまま酒場を後にし、夜の港町を宿へ向かって歩いた。


「よかった〜……交渉、うまくいって」


 ティアは胸を撫で下ろす。


「それよりガルウィンにビビったぜ。まさかBランクになって戻ってくるなんてよ」


 ジオが笑いながら言う。


 ガルウィンは小さく息を吐いた。


「お前たちも、この前のグリフォンの素材を持っていけばCランクに上がるんじゃないか? 二人で倒したわけだしな。実力は十分にあるはずだ」


「マジ?」


 ジオが足を止める。


「ほんと!? わたしがCランクに上がれるの!?」


 ティアも目を輝かせた。


「ああ、おそらくな。今度時間がある時にでも、ギルドに申請してみるといい」


 二人は嬉しそうに顔を見合わせる。


 その後も他愛のない話をしながら、三人は宿へ戻った。



 部屋へ入ると、さすがに皆疲れていた。


 明日は海へ出る。

 巨大な魔物との戦いが待っている。


「明日は頑張ろーぜ」


 ジオがベッドへ倒れ込みながら言う。


「うん! よろしくね、二人とも!」


 ティアも明るく返した。


「ああ。おやすみ」


 ガルウィンが静かに言う。


 それぞれが寝床へ入り、ゆっくりと目を閉じていく。


 潮の匂いがまだ微かに残る夜。


 明日から始まる海の戦いを前に、三人は束の間の眠りへと落ちていった。

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