空を狩る
グリフォンは上空を旋回しながら、獲物を狙う猛禽のように機を窺っていた。
その鋭い眼光は、地上の三人と、助け出された子供たちを見下ろしている。
ガルウィンは兄妹の手を引き、自分の後ろへと下がらせた。
「私の後ろにいろ」
震える二人を庇うように立ちながら、彼は前方を見据える。
そして、短く告げた。
「ティア、ジオ。あいつはお前たちだけで倒せ」
一瞬、空気が止まった。
「はぁ!? グリフォンはBランクの魔物だぞ!?」
真っ先に声を上げたのはジオだった。
「わたしたち、Dランクだよ!?」
ティアも目を見開く。
だが、ガルウィンの表情は動かなかった。
「知っている」
その声は落ち着いている。
「だが、それはギルドが便宜上決めた指標にすぎん」
「いや、だから! 俺たちじゃまだ倒せないんだって!」
ジオが食い下がる。
すると、ガルウィンの目つきが厳しくなった。
「なら、この先も自分より上のランクの魔物が現れたら、すべて私に任せるのか?」
その言葉に、ジオの動きが止まる。
「私が倒し、お前たちはただ見ているだけで、それで強くなるとでも?」
容赦のない問いだった。
さらにガルウィンは、ジオを真っ直ぐ見た。
「そもそもだが、ジオ」
「……」
「もしお前とティアのどちらかが瀕死の重傷を負ったとして、私が優先して助けるのはティアだ」
ジオが息を呑む。
「私の旅の目的は、ティアの父親探しだ。彼女が父親と無事に再会できるよう守ると、私は決めている」
それは厳しい現実だった。
「だから、お前には自分の身は自分で守れるようになってもらわなければ困る」
ジオは俯く。
ティアは思わず前に出た。
「でも! いきなりそんな――」
だが、ガルウィンはその言葉を遮った。
「お前たち二人なら大丈夫だ」
断言だった。
「よく考えて動けば、グリフォン如きなら倒せる」
俯いていたジオが、ゆっくりと顔を上げる。
ガルウィンの顔は、本気でそう信じているという表情だった。
「……強くなれ」
その一言が、深く響いた。
ジオはしばらくガルウィンを見つめていたが、やがてニッと笑った。
「よっしゃ! ティア! やってやろうぜ!」
奮い立つように空を見上げる。
「えっ!? ほんとに!?」
ティアはまだ戸惑っていた。
そんな彼女へ、ガルウィンは少しだけ声を和らげる。
「危なければ私が助ける。大丈夫だ」
そして続けた。
「特にティア。君の方が後衛で魔法を使うことが多い。作戦を考え、ジオに指示しろ」
その時だった。
グリフォンが上空から鋭く旋回し、風を切り裂くように爪を振るう。
そこから放たれた風の刃が、一直線にガルウィンへ飛んできた。
「おい! ガルウィン!」
ジオが叫ぶ。
だがガルウィンは、子供たちの頭を落ち着かせるように撫でながら、なおもティアへ言葉を続けていた。
「今後、私がいない場面が来ることもあるだろう。その時――」
風の刃はすぐそこまで迫っている。
次の瞬間。
ガルウィンの剣が、目にも止まらぬ速さで抜き放たれた。
一太刀。
風の刃はあっさりと両断され、左右へ散った。
ガルウィンはそのままグリフォンを見上げる。
――少し黙っていろ。
そう言わんばかりの目だった。
さすがのグリフォンも一瞬気圧されたように羽ばたきを鈍らせる。
その隙にガルウィンは、改めてティアへ視線を向けた。
「その時、仲間を助けるのは君だ。ティアが後方で支え、ジオが前で守る。それがパーティーだ」
その言葉に、ティアは少しだけ目を伏せる。
だが次に顔を上げた時、その瞳には迷いよりも覚悟が宿っていた。
「……わかりました」
「よし」
ガルウィンは満足そうに微笑むと、さらに子供たちを連れて後ろへ下がった。
⸻
ティアとジオは並んで上空を見上げる。
グリフォンはまだ警戒しながら旋回していた。
「とりあえず、あいつを空から落とさねぇとな」
ジオが言う。
「あの高さじゃ、わたしの魔法も届かない……」
ティアは唇を噛みながら考える。
「ジオの雷魔法なら落とせるかも……」
「いや、俺の魔法もあの距離は届かないぜ。俺は魔法が得意じゃないから拳で戦ってるんだし」
それを聞いたティアはさらに考える。
(せめて、ジオの魔法が届く高さまで下がってくれたら……)
その間にも、グリフォンは再び風の刃を放ってきた。
今度はティアとジオを狙っている。
二人は距離があったため、難なく回避する。
風の刃が地面に叩きつけられ、土煙が大きく巻き上がった。
その瞬間――ティアの中で何かが繋がった。
(……そうだ。これなら)
「ジオ!」
「何か思いついたのか!?」
ジオが叫ぶ。
土煙を払いながら近づくと、ティアは素早く作戦を伝えた。
それを聞いたジオは、思わず目を剥く。
「えっ!? マジかよ!? それ、俺が危なくね!?」
「だ、大丈夫! たぶん……!」
「たぶん!?」
不安しかない返事だった。
だがグリフォンの攻撃は続く。
「うわぁぁぁ!」
二人は走りながら風の刃を避ける。
「しゃーねぇ! このままじゃジリ貧だ! やるしかねぇ!」
「うん!」
土煙の中へ飛び込む二人。
グリフォンは自分が巻き上げた煙のせいで、二人を見失ったようだった。
その隙に、ティアは魔力を練る。
(ちゃんと調整して……ジオに当たらないように……!)
炎と風。
魔力の配分を慎重に調整する。
そして――
「ジオ! 今!」
「よっしゃ! 来い!」
ジオは前方を向き、両腕を交差させて防御の構えを取った。
次の瞬間。
彼の足元で、小さな爆発が起きる。
爆発自体は最小限。だが、代わりに爆風が大きく広がった。
「うおおおおっ!?」
ジオの身体が、その爆風で一気に上空へ打ち上げられる。
さらにティアは同時に風を纏わせ、衝撃を和らげていた。
あっという間に、ジオはグリフォンと同じ高度に到達する。
急な爆発と、目の前に現れた人間。
グリフォンは明らかに反応が遅れた。
ジオは空中で手を開き、一言だけ吐き捨てる。
「落ちろよ、クソ野郎」
次の瞬間――
「ブリッツ!」
掌から放たれた雷が、グリフォンを貫いた。
「ギェェェッ!!」
大ダメージではない。
だが確実に効いている。
グリフォンは体勢を崩し、そのまま地上へと落下していく。
ジオは咄嗟にグリフォンの尻尾を掴み、一緒に落ちた。
轟音。
グリフォンが地面へ叩きつけられる。
ジオはその巨体をクッション代わりにして衝撃を逃がし、すぐさま飛び退いた。
「今だ!」
その声に、ティアは全力で魔法を放つ。
「バーンブレイズ!」
今度は炎の魔力を最大まで高め、風は炎が広がらぬよう包み込むように調整した。
次の瞬間、火柱が立ち上る。
真っ直ぐに燃え上がる炎の中で、グリフォンが苦しげにのたうつ。
だが逃げられない。
やがて、その動きは完全に止まった。
燃え尽きたグリフォンを前に、ティアとジオは息を切らしながら顔を見合わせる。
「……やった?」
「……やったな」
次の瞬間。
二人は勢いよくハイタッチした。
「やったぁ!」
「よっしゃあ!」
ガルウィンはその様子を見て、小さく笑う。
「上出来だ」
⸻
戦いを終えた三人は、そのまま子供たちを連れて山頂へ向かった。
目当てのハレオン草を採取し、慎重に下山する。
兄妹は無事に帰れることに安堵しているようだった。
やがて村へ戻ると、待っていた人々が一斉に駆け寄ってくる。
「いた! 帰ってきた!」
「無事だ……!」
父親は子供たちを抱きしめ、何度も礼を口にした。
「ありがとう……本当に、ありがとう……!」
兄の男の子は、少し照れながらも三人を見上げる。
「おじさんたち! ありがとう!」
すぐ横で、妹の女の子も目を輝かせる。
「お姉ちゃんもお兄ちゃんも、すっごくかっこよかった!」
ティアはふふっと笑った。
「ありがとう。君たちも、ちゃんとお母さんのことを思って動いたんだもん。偉かったよ」
ジオは頭をかきながら笑う。
「でも、次からはちゃんと大人に頼れよ? 無茶して食われたらシャレになんねぇ」
兄はしゅんとしつつも、しっかり頷いた。
「……うん」
ガルウィンは二人の前にしゃがみ込む。
「誰かを助けたいと思うのは悪くない。だが、自分にできることと、できないことは見極めろ」
穏やかだが、しっかりとした声音だった。
「死んでしまっては、守りたい者も守れん」
兄妹は真剣な顔で頷く。
「はい!」
その夜、三人は村人たちに深く感謝され、ケーリッヒで一泊することになった。
⸻
翌朝。
三人は改めてコルナ港を目指し、村を後にする。
道中、ジオが何度も首をひねりながら言った。
「いやぁ……まさか俺たちだけでグリフォン倒せるとは思わなかったな」
「ほんとにね」
ティアも苦笑する。
「ガルウィンが急に二人で倒せって言い出した時は、かなり焦ったよ」
ガルウィンは静かに答える。
「これまでの依頼と、この前の鍛錬で、お前たちの実力は大体把握していた。あの程度なら倒せると思っていた」
事実をそのまま口にしただけだった。
その時、ガルウィンの肩から青い煙がふわりと立ち上がる。
「お主、なかなかスパルタじゃの〜」
レグナが顔を出して軽口を叩いた。
ガルウィンは肩越しに睨む。
「そうでもない。本当に危ない時は、二人とも守ってみせる」
そして、少しだけ柔らかく言った。
「ティアもジオも、大切な仲間だからな」
その言葉に、ティアとジオは顔を見合わせる。
そして、どちらからともなく笑った。
「はい! わたしももっと頑張ります!」
ティアが元気よく言う。
「俺も二人を守れるように、もっと強くなるよ!」
ジオも力強く頷く。
ガルウィンは微笑んだ。
「よろしく頼む」
朝の風が、三人と一匹の間を優しく吹き抜けていく。
コルナ港へ。
その先にある新しい景色へ向かって、彼らはまた一歩、前へ進んでいくのだった。
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