れぐな
レグナとの邂逅を終えたガルウィンは、しばらくの間、窓の外を静かに眺めていた。
宿屋の裏手にある庭は、朝の光に包まれている。
まだ日が昇ったばかりで、草木には細かな水滴が残り、ひんやりとした空気が漂っていた。
そんな静かな朝の中に、ふと声が混じる。
視線を向けると、庭の中でティアとジオが何やら話しているのが見えた。
ガルウィンはしばらくその様子を眺めていたが――
ティアが不意にこちらを見上げ、驚いたように目を見開く。
「……?」
ガルウィンは首を傾げつつ、窓を開けた。
するとティアが、少しぎこちなく口を開く。
「ガルウィン、お、おはよう」
「おはよう」
ガルウィンが返すと、すかさずジオが横から口を出す。
「そうそう、それでいいんだよ」
「……?」
ガルウィンが不思議そうに尋ねる。
「どうしたんだ?」
ジオは肩をすくめながら笑った。
「いやさぁ、今ティアに“いつまで他人行儀なんだ?”って言ってたんだよ。歳近い俺やガルウィンにも敬語じゃん?仲間なんだから普通に話そうぜって」
その言葉に、ティアがすぐに反論する。
「親しき仲にも礼儀ありっていうじゃないですか!? 特にガルウィンは歳上ですし、いろいろお世話になってるんですから!」
少し頬を膨らませながら言い返すその様子に、ガルウィンは思わず目を細める。
「……まあ、ジオの言い分にも一理ある。仲間だしな」
「ほらな?」
ジオが得意げに笑う。
「えー!? ガルウィンまで!」
ティアは明らかに不服そうだった。
だが、ガルウィンは続ける。
「しかしな」
その一言で、二人とも自然と口を閉じる。
「ジオも、ティアの言い分をきちんと聞くべきだ。距離感というものは人それぞれだ。無理強いするな」
「え〜……」
ジオが不満げに声を漏らす。
「でもよ、せっかく仲間になったのに、いつまでも距離ある感じだと寂しいじゃん」
「そんなつもりはないんだけど……」
ティアは困ったように視線を落とした。
その様子を見て、ガルウィンは静かに呼びかける。
「ティア」
ティアは少し拗ねたような顔で見上げる。
ガルウィンは穏やかな表情で言った。
「ゆっくりでいい。少しずつ慣れてくれれば、私は嬉しい」
その言葉に、ティアの頬がわずかに赤くなる。
「……わかりま……ううん、わかった」
小さく頷いた。
ガルウィンはその様子を、どこか優しく見守るように眺める。
「今から降りる」
それだけ告げて、窓を閉めた。
⸻
その直後、庭では――
「ガルウィンみたいに優しく言ってくれたら、私だって考えるんだよ!」
ティアがぷんすかとジオに詰め寄る。
「いや、あんな大人の言い方は俺にはまだ早いね」
ジオはへらへらと笑った。
「もう!」
ティアは頬を膨らませる。
⸻
一方その頃、階段を降りていたガルウィンの頭の中に、低い声が響く。
(朝から仲がいいな)
(……うるさい)
ガルウィンは即座に心の中で返す。
(あいつらがいる時に、あまり話しかけてくるな)
(むぅ……わかった)
レグナは少しだけ不満そうに答えた。
⸻
やがてガルウィンが外に出ると、ジオがすぐに声を上げる。
「よし! 朝飯食いに行こうぜ!」
だが、その言葉を遮るようにティアが声を上げた。
「あっ!」
二人の視線が集まる。
「実は……前ガルウィンと約束してたから…宿の厨房を借りて、アップルパイ焼いたんですけど……よかったら食べませんか?」
一瞬の間。
そして、すぐに言い直す。
「……食べない?」
慣れない言い回しに、自分でも少し照れたようだった。
ガルウィンとジオは思わず顔を見合わせ、笑う。
「食べる食べる!」
ジオが即答する。
「いただこう」
ガルウィンも頷いた。
⸻
ティアが持ってきたアップルパイは、見た目からして美味しそうだった。
焼き色のついたパイ生地はサクサクと音を立て、ナイフを入れると中から甘い香りが広がる。
一口食べれば、リンゴの風味と優しい甘さが口いっぱいに広がり、鼻へと抜けていく。
中のカスタードも絶妙で、全体の甘さをさらに引き立てていた。
三人は無言で夢中になって食べる。
「……うまいな」
ガルウィンがコーヒーを一口飲み、そう呟いたその瞬間――
ふわり、と。
ガルウィンの右肩から、青い煙が立ち上った。
「――儂にもくれ」
低い声が、はっきりと響く。
「……?」
ティアとジオが同時にガルウィンを見る。
「儂?」
不思議そうに首を傾げる。
次の瞬間。
ガルウィンは口に含んでいたコーヒーを盛大に吹き出した。
「ぶっ――!?」
ゆっくりと、恐る恐る右肩へ顔を向ける。
そこには――
青い煙で形作られた、竜の顔。
いや、完全にレグナだった。
しかも、じっとアップルパイを見つめている。
「儂にもくれ!」
聞こえなかったのか、と言わんばかりにもう一度主張する。
「「うわああああ!?」」
ティアとジオが同時に叫ぶ。
「お、おっさんの肩からおっさんが出てきた!?」
ジオが混乱しながら叫ぶ。
「おっさんではない! 儂はレグナじゃ!」
レグナが即座に反論する。
ティアは状況を理解できず、口をぱくぱくさせている。
そして――
「レグナァァァァ!!」
ガルウィンの怒号が、朝の庭に響き渡った。
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