レグナ
ガルウィンが、ゆっくりと目を開ける。
そこは暗い空間だった。
光らしい光はない。だが、完全な闇でもない。
周囲では、蒼い炎が円を描くように静かに揺れていた。
揺らめく炎は音もなく燃え続け、その中心に、ガルウィンは一人立っていた。
「……ここは?」
思わず呟いた、その時だった。
目の前の闇の中で、ひとつの巨大な眼が開く。
黄金の瞳。
圧倒的な威圧感と、どこか懐かしさを帯びた光。
ガルウィンはすぐに、それが何者かを理解した。
「……レグナ」
その名を口にした瞬間、闇の奥で何かが大きくうねる。
ぶわり、と蒼い気配が広がった。
そして次の瞬間、全身が顕になる。
そこにいたのは、巨大な蒼き竜。
蒼炎龍レグナだった。
鱗のひとつひとつが深く美しい青に輝き、金色の瞳がまっすぐにガルウィンを見下ろしている。
「こうして互いの姿を目にするのは、久しぶりだな」
低く響く声が、暗い空間に広がる。
ガルウィンはその姿を見上げながら、静かに返した。
「ようやく起きたのか?」
「ああ」
レグナはゆっくりと瞬きをする。
「今までは魔力が足りず、一言二言が限界だった。だが今は、少しずつ魔力が戻りつつある」
その言葉に、ガルウィンは眉を寄せた。
「なぜ急に、そこまでの魔力が戻ったんだ?」
レグナは少し考えるように目を細める。
「おそらく、最近儂の力を何度か使ったことで、魔力の巡りが良くなったのだろう」
そして、少しだけ口元を緩めるような気配を見せた。
「極めつけは、あのティアと言ったか。あの娘の魔力だ」
「ティアの……?」
「ああ。あの娘の魔力は儂と相性が良かった。あれが覚醒の引き金になったのだろう」
ガルウィンは小さく息を吐く。
「……そうか。ティアのおかげか」
そう呟く声には、わずかな安堵が滲んでいた。
だが、レグナはすぐに続ける。
「とはいえ、まだ全快には程遠い」
蒼い竜の尾が、ゆるやかに揺れる。
「だが、完全に目覚めたことで、今は儂自身の意思で自然魔力をある程度制御できるようになったらしい」
「どういうことだ?」
ガルウィンが問い返すと、レグナは淡々と答えた。
「少なくとも、会話をする程度なら大きな魔力を消費せずに済む、ということだ」
「なるほど……」
ガルウィンは短く頷く。
しばしの沈黙の後、彼は改めて口を開いた。
「なら、聞きたいことがある」
「なんだ?」
「あの青い煙だ。なぜ今の私は、あれを制御できる?」
ガルウィンの目が真っ直ぐにレグナを見据える。
「三百年前の私は、あの力を扱えなかった。それなのに今は違う。なぜだ?」
レグナは静かに答えた。
「あれが、今の儂の全開の魔力だからだ」
「……?」
「人間であるお前が扱える程度に抑えられた魔力、ということだ」
レグナは分かりやすく言葉を続ける。
「たとえば、儂と契約する前のお前の魔力を百としよう」
蒼い炎が揺らめく。
「この前、お前に渡した力は三十ほどだ。百を超えない限り、お前でも制御できる」
ガルウィンはその意味を理解し、低く呟いた。
「つまり……私の限界を超えた場合、また暴走するということか」
「おそらくな」
レグナも、静かにそれを認める。
かつての惨劇。
あの日の炎と血と破壊。
その記憶は、二人の間に重く横たわっていた。
ガルウィンは少し目を伏せ、それからゆっくりと言う。
「わかった。なるべく使わないよう努力はする」
その声は落ち着いていた。
「だが……それでも使わなければならない場面は、きっと来る」
その言葉に、レグナは静かに頷いた。
「分かっておる」
蒼い竜の声は、どこか以前より穏やかだった。
「お前が暴走しない範囲で、力は渡してやる」
そして少しだけ、低く声を落とす。
「儂も……あのようなことは本意ではないからな」
その一言には、長い後悔が滲んでいた。
ガルウィンはしばらく黙っていたが、やがて短く言った。
「……頼む」
レグナは、その言葉を聞いてわずかに目を細める。
フッ、と笑ったような気がした。
次の瞬間――
ガルウィンの頭上から、強い光が差し込んだ。
あまりの眩しさに思わず目を閉じる。
そして。
再び目を開けた時には、そこは見慣れた宿屋の部屋だった。
窓から差し込む朝の光が、静かに室内を照らしている。
「……夢、ではないな」
ガルウィンはベッドの上で身を起こし、右手を見つめる。
確かに、あの声を聞いた。
確かに、あの姿を見た。
レグナは目覚めたのだ。
完全ではない。
だが確かに、再び共にある。
ガルウィンは静かに息を吐くと、窓の外へ目を向けた。
新しい朝が始まっていた。




