パーティーの初陣
翌朝。
ガルウィン、ティア、ジオの三人は、クレリアットの冒険者ギルドを訪れていた。
オーレリア王国のギルドに比べれば、ここはやや小さい。
建物の造りはどこか西部劇に出てくる酒場のようで、木材を基調にした無骨な雰囲気が漂っている。
だが、中へ入れば活気は十分だった。
朝から多くの冒険者で溢れ返り、クエストボードの前には人だかりができている。笑い声、怒鳴り声、椅子を引く音が入り混じり、いかにも地方のギルドらしい賑やかさがあった。
三人もクエストボードの前に立ち、依頼を眺める。
「……あんまり報酬が良さそうなのねぇな」
ジオが腕を組みながら呟く。
「そうですねぇ……」
ティアも同じように首を傾げた。
「やっぱり、条件のいい依頼は他の冒険者さんたちに取られてるんでしょうね」
「だろうな」
ジオも頷く。
そこでふと周囲を見回し、何かに気づいたように顔を上げた。
「あれ? ガルウィンは?」
そう言われてティアも辺りを見渡す。
すると少し離れたテーブル席に、一人で腰掛けているガルウィンの姿を見つけた。
何やら本のようなものを開いている。
「もしかして……」
ティアは半ば確信しつつ、そちらへ近づいた。
案の定、ガルウィンが読んでいたのはクエストブックだった。
Cランク以上だけが借りられる、特別な依頼が載った冊子である。
「なんだそれ?」
後ろから覗き込んだジオに、ティアが説明する。
「クエストブックっていって、Cランク以上の人しか見られない依頼が載ってるんですよ」
「へぇー……」
ジオは感心しながら、ガルウィンの肩越しに中を覗き込んだ。
ティアはじっとガルウィンを見つめ、釘を刺すように言う。
「ガルウィン。この前みたいに、名前だけで決めないでくださいね」
ガルウィンはページをめくりながら、当然のように答える。
「もちろんだ」
「この前?」
ジオが不思議そうに聞き返す。
ティアは少しジト目になって言った。
「前に依頼を選ぶ時、討伐するモンスターの名前だけで決めたんです。あの時は大変だったんですから」
じわじわと蒸し返すような口調だったが、ガルウィンは特に気にする様子もなくページをめくっている。
そして、不意に手を止めた。
「……これはどうだ?」
少し嬉しそうに、二人へページを見せる。
そこにはこう書かれていた。
― ダイゴレム討伐 ―
報酬:10万ゴールド
しかも今回は簡単な挿絵まで付いている。
見たところ、巨大なゴーレム系の魔物らしい。
「いいんじゃねぇの?」
ジオがあっさり頷く。
「報酬もまあまあいいしな」
「……そうですね。今回は大丈夫そうです」
ティアも依頼内容を見ながら頷いた。
少なくとも、足が大量に生えた虫ではない。
その一点だけでも十分安心材料だった。
「決まりだな」
ガルウィンはそう言って立ち上がり、そのまま受付へ向かって依頼を受けてくる。
手続きを終えて戻ってくると、ティアが言った。
「じゃあ、薬とか必要なものを買ってから向かいましょう」
「ああ」
「了解」
三人は短く頷き合い、準備を整えてギルドを後にした。
⸻
ダイゴレムが現れるという岩山は、クレリアットの西にあるらしい。
街道を少し外れ、草地と土の道を三時間ほど歩いた先。
ようやく目的の場所が見えてきた。
岩山といっても、切り立った山ではない。
少し小高い岩場が連なっている程度で、すぐ横には森が広がっている。
「この辺りにいるはずなんだけど……」
ティアが周囲を探していると、不意に動きを止めた。
「……いました」
声を潜めてそう言い、ある一点を指差す。
そこには一見ただの大きな岩があった。
だが、よく見れば苔がびっしり生えており、その巨体がわずかに動いている。
明らかに自然物ではない。
そばまで来たガルウィンは、低い声で二人に指示を出す。
「私が先に斬る。隙を見てジオが叩け」
「了解」
「ティアは中距離から火球とウィンドエッジで少しずつ削れ」
「わかりました」
確認を終えると、ガルウィンは短く言った。
「行くぞ」
次の瞬間、地を蹴って走り出す。
翠剣を抜き放ち、一気に不自然な岩へ斬りかかった。
だが――
甲高い音とともに火花が散る。
硬い。
ほとんど岩そのものだ。
その一撃で敵は目覚めた。
ゴゴゴ……と地鳴りのような音を立てながら、岩の塊がゆっくりと起き上がる。
「……っ」
三人は思わず息を呑んだ。
それは想像以上に巨大だった。
頭部と思しき場所には苔がびっしりと生え、全身は無数の岩が寄せ集まってできている。
人型ではあるが、その大きさは十メートル近い。
「で、でかくないか!?」
ジオが焦った声を上げる。
「これ、攻撃通るんですか!?」
ティアも驚きを隠せない。
ガルウィンも目を細めた。
「……ちょっと予想外だな」
だが止まってはいられない。
ジオはとりあえず拳を握り締め、足元へ飛び込んだ。
「豪掌!」
大きく踏み込み、岩の脚部を思い切り殴りつける。
ヒビは入った。
だが、それだけだ。
ダイゴレムは意にも介さず、先に攻撃を仕掛けたガルウィンめがけて巨大な腕を振り下ろす。
ガルウィンは横へ跳んで回避し、そのまま即座に斬り返す。
だが、やはり刃は深く通らない。
ティアも距離を保ちながら、
「ファイアーボール!」「ウィンドエッジ!」
と次々に魔法を放つ。
しかし、焼け焦げも切り傷もほとんど残らない。
「こいつ硬すぎないか!?」
ジオが声を上げる。
ガルウィンは一度後方へ飛んで距離を取り、剣を構えた。
「――一閃」
レグナの力を使わずとも、この新しい剣は剣技に耐えられる。
放たれた鋭い斬撃がゴーレムの巨体を打つ。
だが、やはり入ったのは浅いヒビだけだった。
「どうやって倒しましょう……!」
ティアの声にも焦りが混じる。
その時、ガルウィンの目がわずかに細まった。
「……頭に苔が生えていたな?」
「えっ? まあ、びっしり生えてましたけど……」
「そこなら、少しは脆いかもしれん」
ジオは足元を叩きながら叫ぶ。
「けど、そこまで飛べねぇだろ!」
ガルウィンはすぐにティアを見る。
「ティア。ムカデをやった時みたいに、風で補助できるか?」
ティアは一瞬で意図を理解した。
「大丈夫! いけます!」
ガルウィンは今度はジオを呼ぶ。
「ジオ! こっちに来い!」
ジオはダイゴレムの踏みつけを避けながら駆け寄ってきた。
ガルウィンは両手を低く構える。
「ジャンプしろ!」
「おう!」
ジオは迷わずその両手を踏み台にした。
片足が乗った瞬間、ガルウィンは一気に腕を振り上げる。
ジオの身体が高く宙へ打ち上がった。
さらにその直後、ガルウィン自身も地を蹴って跳ぶ。
そこへティアの風が吹き上がる。
上昇気流のような風が二人をさらに押し上げた。
空中で体勢を整えながら、ガルウィンが叫ぶ。
「ジオ! 先に私がヒビを入れる! そこへ思い切り叩き込め!」
「了解だ!」
ガルウィンは空中で剣を構える。
「――一閃!」
薙ぎ払いの斬撃が、ダイゴレムの頭部へ走る。
苔むした岩肌に、今までより深いヒビが入った。
その直後だった。
ジオが拳に雷を纏わせる。
眩い光が炸裂し、轟くような声が響いた。
「くらえ! 雷霆拳!!」
雷を宿した一撃が、ヒビの入った頭部へ突き刺さる。
次の瞬間――
バキィッ! と大きな音を立てて、ダイゴレムの頭が砕け散った。
巨体がぐらりと揺れる。
苦しげな地鳴りのような声を上げ、そのまま大地を震わせながら倒れ込んだ。
「うおっ!?」
ジオはその反動で体勢を崩し、盛大に地面へ落ちる。
一方のガルウィンは空中で身をひねり、軽やかに着地した。
砂まみれになったジオが口に入った砂を吐きながら文句を言う。
「ぺっ、ぺっ……最悪だ!」
「なんとかなったな」
ガルウィンは淡々としていた。
「結果はな!」
ジオが即座に言い返す。
そこへティアが駆け寄ってくる。
「うん! いい連携でした!」
その声には心からの喜びが滲んでいた。
ガルウィンはジオへ手を差し伸べる。
「いい一撃だった」
ジオはにやっと笑ってその手を掴んだ。
「へっ! 当然!」
⸻
戦闘が終わると、今度は討伐証明のための素材回収である。
ティアが素材ナイフを取り出し、ダイゴレムの残骸に向けた。
ナイフがぱっと光る。
次の瞬間、巨大なゴーレムの残骸は、無数の岩素材へと分解されていた。
その量を見た瞬間――
三人は揃って黙った。
岩、岩、岩。
少しの山なら築けそうなほどの量である。
「……この岩、持って帰るんですか?」
ティアが絶望したように呟く。
ガルウィンとジオはその場に座り込み、まったく同じ顔で答えた。
「「無理だな……」」
ぴったり重なった声に、ティアは思わず苦笑するしかなかった。
⸻
結局、持てるだけの岩を持ち帰ることにした。
残りについてはギルドの受付で事情を説明し、後日ギルド側が引き取りに向かうことになった。
依頼達成の手続きも無事に終わり、三人はそのまま酒場で食事を取ることにした。
椅子に腰を下ろしたジオが、満足そうに笑う。
「初めてにしては、いい連携だったな」
「ああ」
「うん、そうですね」
ガルウィンとティアも同意する。
ジオは上機嫌のまま続けた。
「いやぁ、ガルウィンは予想通り強かったし、ティアの補助もかなり助かったぜ」
褒められたティアは少し照れたように笑う。
ガルウィンも短く答えた。
「ジオも中々良かった」
「おっ、珍しく素直じゃねぇか」
ジオがにやにやする。
ティアも元気よく頷いた。
「はい! 二人とも強かったです!」
その言葉に、ガルウィンとジオは顔を見合わせ――どちらともなく小さく笑った。
食事はいつもより少しだけ賑やかで、温かかった。
⸻
宿へ戻る頃には、三人とも程よい疲労と満足感に包まれていた。
それぞれ部屋の前で立ち止まり、短く言葉を交わす。
「じゃあ、おやすみ!」
「おう、おやすみ」
「ああ、おやすみ」
三人はそれぞれの部屋へ入っていった。
⸻
ガルウィンはベッドに腰を下ろし、そのままゆっくりと横になる。
疲れているはずなのに、心は妙に静かだった。
(……そういえば、最近は眠れるな)
かつては眠りに落ちるたび、過去が蘇った。
だが今は違う。
ティアがいて、ジオがいて、少しずつ旅が形になっている。
その変化が、自分でも気づかぬうちに心を和らげていた。
ガルウィンは穏やかなまどろみに身を委ねる。
意識がゆっくりと沈んでいく、その奥で――
彼の内に眠る存在が、静かに目を開けた。
レグナ。
長く沈黙していた竜が、ゆっくりと覚醒し始めていた。




