3人で囲む食卓
クレリアットの宿で、それぞれが部屋に戻って休んでいた頃。
ガルウィンはベッドに腰掛けたまま、静かに息をついていた。
洞窟での戦いの疲労は抜けきっていないが、少し横になったおかげで身体はだいぶ楽になっている。
そんな時だった。
部屋の外から、ばたばたと騒がしい足音が響いてくる。
「……?」
訝しげに顔を上げた次の瞬間――
勢いよく扉が開いた。
「ガルウィン! 飯食いに行こう!」
飛び込んできたのは、当然のようにジオだった。
ガルウィンは一瞬だけ目を細め、それから深々とため息をつく。
「……入る時くらいノックをしろ」
まるで子供を叱るような、落ち着いた口調だった。
「悪い悪い! 腹減ったからさ〜」
ジオはまるで悪びれる様子もなく、けろりと言ってのける。
ガルウィンは額に手を当てたくなるのを堪えつつ尋ねた。
「ティアはどうした」
「ん?」
そう聞いた時には、もうジオは目の前から消えていた。
次の瞬間、隣の部屋の前から大きな声が聞こえてくる。
「おい! ティア! 飯行こう!」
どうやら今度は扉を開けていないらしい。
その代わり、どんどん、と遠慮なく扉を叩いている音が響いていた。
ガルウィンはまたひとつため息を吐き、部屋を出る。
そしてティアの部屋の前まで行くと、ジオの首根っこをひょいと掴み上げた。
「女性の部屋をそんな勢いで叩くな」
「ぐえっ」
ジオが情けない声を漏らす。
その時、部屋の中からティアの明るい声が返ってきた。
「すぐ出るんで、待っててくださーい!」
ガルウィンは扉越しに答える。
「宿の外で待っている」
「はーい!」
返事を聞いたガルウィンは、そのままジオを引きずるようにして宿の外へ出た。
⸻
外に出ると、クレリアットの街は夕暮れの色に染まり始めていた。
人通りはまだ多く、商人の呼び声や通りを行く人々の話し声があちこちから聞こえてくる。
ガルウィンは隣のジオに視線を向けた。
「それで、なぜ急に食事に誘ったんだ?」
ジオはきょとんとした顔をする。
「えっ? 俺ら、もうパーティーじゃん?」
「……ああ」
「だったら、飯くらい一緒に食うのが普通かなって思ったんだけど」
あまりにも素直な答えだった。
ガルウィンは少しだけ間を置いてから、小さく頷く。
「……まあ、それもそうか」
「だろ?」
ジオは満足げに笑った。
「何を食べるんだ?」
そう尋ねると、ジオは待ってましたとばかりに胸を張る。
「この先に、うまいステーキ屋があるんだよ」
「ほう」
その一言に、ガルウィンの表情がわずかに和らぐ。
ほんの少しだけ、楽しみにしているのが見て取れた。
そこへ、宿の扉が開く音がした。
「お待たせしました!」
ティアが小走りにやってくる。
「何を食べるの?」
「肉!」
ジオが即答する。
「ステーキ屋があるらしい」
ガルウィンが補足すると、ティアの顔がぱっと明るくなった。
「いいですね。最近、干し肉とか硬い狼肉とかしか食べてなかったから」
三人はそのまま、ジオの案内で店へ向かった。
⸻
しばらく歩くと、目立つ店構えの建物が見えてくる。
入口には、角の生えた大きな牛の看板が掲げられていた。
店の外にまで香ばしい匂いが漂っており、それだけで食欲を刺激される。
「すごい盛況ですね」
ティアが目を丸くする。
店の中はかなり賑わっていた。笑い声、食器の音、焼ける肉の匂い。
活気に満ちた空間に、三人は案内されて広めのテーブル席へ座った。
注文はジオおすすめのステーキで統一された。
料理を待つ間、ガルウィンはふと気になっていたことを口にする。
「そういえばジオは、何の武器を使うんだ?」
見たところ、剣も槍も持っていない。
腰に武器らしいものも見当たらなかった。
するとジオは、にっと笑って右手を上げる。
「俺は、この拳ひとつだ」
ごつい手甲をはめた拳を広げて見せる。
「格闘家なのか」
「そんな感じだな」
ティアも興味深そうに身を乗り出す。
「魔法は?」
「雷が得意だな」
「へぇ……!」
ティアが感心したように声を漏らす。
今度はジオが二人に問い返した。
「じゃあ、二人はどんな戦い方なんだ?」
ティアが先に答える。
「私は槍を使います。魔法は炎と風ですけど、そんなに攻撃魔法は多くないです」
続いてガルウィンが淡々と言う。
「私は剣一本だ。魔法は……魔力が無いため使えない」
「えっ? マジ?」
案の定、ジオは目を丸くした。
ガルウィンは内心で小さく息をつく。
(……この説明をするたびに驚かれるのは、いい加減疲れるな)
そんなことを考えていると、ジオが素直に感心した声を上げた。
「それでCランクってのはすげぇな」
「別に珍しいことではない」
「いやいや、十分すごいだろ。てか、魔力ない奴なんているんだな……」
そこへちょうど、待ちに待ったステーキが運ばれてきた。
鉄皿の上でじゅうじゅうと音を立てる肉。立ちのぼる香り。
ティアは思わず目を輝かせ、ジオは今にも飛びつきそうな顔をしている。
食べ始めてしばらくしてから、ジオが再び口を開いた。
「それで二人は、なんでパーティー組んでんだ?」
ガルウィンとティアは顔を見合わせ、それからこれまでの経緯を簡単に話した。
山での出会い。ティアの父を探す旅。そしてガルウィンが同行することになった流れ。
ジオは肉を切りながら、何度か頷く。
「なるほどなぁ」
ティアも話しているうちに自然と笑顔になっていた。
⸻
気づけば皿は空になり、食事もすっかり終わっていた。
三人は店を出て、夜の街を宿へ向かって歩く。
満腹になったジオはずいぶん機嫌がよさそうだった。
「明日から依頼受けるんだよな? どんな依頼にするんだ?」
ティアは少し考えてから答える。
「なるべく報酬がいい依頼がいいですけど……やっぱり討伐系ですかね」
ガルウィンも頷いた。
「ああ。三人になったことだし、連携面も確認したい」
「いいねぇ」
ジオは楽しそうに笑う。
「パーティー組むの久しぶりだから、なんかワクワクしてきたな」
「リリィさんと、この前組んでたんですよね?」
ティアが尋ねると、ジオは首を振った。
「リリィとは今回の依頼だけだよ。戦闘らしい戦闘もしてないしな。この大陸に来てから、ずっと一人だったし」
「そうだったんですね」
ティアが納得したように頷く横で、ガルウィンは小さく呟く。
「……嵐のような男だしな」
「ん?」
ジオには聞こえなかったらしい。振り返って首を傾げる。
ティアには聞こえていたようで、くすっと笑った。
ガルウィンは何でもないように言う。
「気にするな」
「変なの」
そう言いながらも、ジオはすぐに前へ出た。
そして歩きながら振り返り、二人の方を見て屈託のない笑顔を浮かべる。
「ま、明日からよろしくな!」
「はい!」
「ああ」
ティアとガルウィンがそれぞれ答える。
夜のクレリアットの街を歩きながら、三人の距離は少しずつ縮まっていく。
明日から始まる新しい依頼と、新しい連携。
その始まりを予感させるような、穏やかな夜だった。




