新たな仲間
焚き火のそばで温かい食事を口にしながら、目を覚ましたばかりのガルウィンは、向かいに座るジオとリリィへ視線を向けた。
「…二人は、これからどうするつもりだ?」
その問いに、先に答えたのはリリィだった。
「わたしたちはオーレリアに戻って、依頼の報告をするつもりよ」
手に持った器を見つめながら、少し申し訳なさそうに続ける。
「今回の調査、結局ろくにできなかったし……依頼としては失敗だもの」
それを聞いたティアが、すぐに口を挟んだ。
「でも、今回の蜘蛛はもう倒しましたし、危険がなくなったことを伝えればいいんじゃないですか?」
リリィは困ったように微笑む。
「それは、あなたたちの手柄でしょう? わたしたちが報酬を受け取るべきじゃないわ」
だが、ティアもガルウィンも気にした様子はなかった。
「私たちは今からオーレリアに戻るつもりもないしな」
ガルウィンが淡々と言う。
「それに、もともとは二人を助けるために洞窟へ入っただけですから」
ティアも頷いた。
すると、ジオがもぐもぐと食事を頬張りながら口を開く。
「それでも、あいつを倒したのはアンタらだ。報酬は貰えよ」
「うーん…」
ティアとリリィが揃って悩ましげな顔をする。
そんな空気を変えるように、リリィがふと尋ねた。
「そういえば、二人はどこに向かってるの?」
ティアは器を膝の上に置き、素直に答える。
「コルナ港から、とりあえず南大陸を目指すつもりです。その前にクレリアットで少し依頼をこなして、路銀を稼ごうと思ってます」
そして、思い出したようにジオを見る。
「そういえば、ジオさんも南大陸出身なんですよね?」
「ああ」
ジオは頷いた。
「センドールって街から西大陸に渡ってきた。……そうか、アンタら南大陸を目指してんのか」
「はい」
「だが、今は船が運休中らしいぜ。俺も戻りたいんだが、船が出ねぇから、この西大陸でぶらぶらしてたんだ」
その話に、リリィが「あ」と小さく声を上げた。
「だったら、ジオも二人について行ったら?」
「え?」
ティアが目を瞬かせる。
「ここからならクレリアットも近いし」
リリィはそう言ってから説明する。
「森を大きく迂回するより、この鉱山を突っ切った方がずっと早いのよ。だから、その道に危険がないか調査する依頼を受けたの」
「なるほど…」
ティアが納得したように頷く。
するとジオが、少しだけ真面目な顔になってガルウィンへ尋ねた。
「俺もついて行って大丈夫か?」
だが、ガルウィンは首を振った。
「決めるのは私じゃない」
「え?」
「リーダーはティアだ」
「ええっ!?」
今度はティアが本気で驚く番だった。
「そ、そうなんですか!?」
ガルウィンは当然のことのように答える。
「私を旅に連れ出したのは君だ。それに、この旅の目的も君の父親探しだろう」
「父親?」
ジオとリリィが揃ってティアを見た。
ティアは少し照れくさそうにしながらも、父が行方不明であること、その情報を追って東大陸を目指していることを簡単に説明した。
話を聞いたジオは、腕を組み、ふっと笑った。
「そういうことなら、ティア。俺もついて行っていいか?」
ティアは少し考えてから、今度はリリィへ視線を向ける。
「仲間が増えるのは心強いですけど……リリィさんは一人で大丈夫なんですか?」
「私はとりあえずクレリアットまで行って、そこから馬車でオーレリアに戻るわ」
リリィはしっかりとした口調でそう言った。
「それなら大丈夫ですね」
ティアは安心したように笑うと、右手を差し出した。
「じゃあ、ジオさん。よろしくお願いします!」
ジオもにっと笑って、その手をがしっと握る。
「おう! よろしく頼むぜ!」
そのままジオはガルウィンの方を向いた。
「おっさんもよろしくな!」
くったくのない笑顔だった。
ガルウィンはわずかに眉をひそめる。
「おっさんじゃない。ガルウィンだ」
それが彼なりの自己紹介だった。
ティアとリリィが思わず笑いを漏らす。
少し和んだ空気の中、ガルウィンは改めてリリィを見た。
「ところで、報酬の件だが…リリィ、と言ったか。君が受け取れ」
「え、いや……だから、それは…」
リリィは戸惑った顔を見せるが、ガルウィンは静かに言い切る。
「パーティーの総意だ。一番ランクの低い君が受け取れ」
有無を言わせぬ口調だった。
リリィは困ったようにティアを見る。
ティアはくすりと笑って肩をすくめた。
「ガルウィンの優しさだから、気にしないでいいですよ」
「そうそう」
ジオも両手を頭の後ろで組みながら気楽に言う。
「一番の年長者が言うんだ。気にすんなって」
ガルウィンは即座にジオを見た。
「お前は少し気にしろ」
その一言に、ティアとリリィは声を上げて笑った。
リリィもようやく観念したように笑い、小さく頭を下げる。
「……じゃあ、報告して有り難く受け取るわ」
⸻
四人はそのまま朝まで洞窟の外で過ごし、夜が明けてからクレリアットへ向かった。
鉱山を抜けた道は想像以上に近く、昼過ぎにはクレリアットの街へと辿り着くことができた。
街の入り口は活気に満ちており、商人や旅人が行き交っている。
そこでリリィとは別れることになった。
馬車乗り場へ向かう彼女を、三人で見送る。
「じゃあ、わたしはオーレリアに戻るわ」
「気をつけてくださいね」
ティアが手を振る。
「あなたたちもね。……本当に助かったわ」
リリィは最後にもう一度礼を言うと、馬車へ乗り込んだ。
動き出す馬車を見送った後、ジオが大きく伸びをしながら尋ねる。
「で、こっからどうすんだ? 依頼受けるのか?」
ティアは少し疲れたように笑った。
「今日は、さすがに休みたいです…」
「そうだな」
ガルウィンも異論はなかった。
「了解。じゃあ俺はちょっと街をぶらついてくるわ。後で宿に行く」
そう言うと、ジオはひらひらと手を振り、そのまま人混みの中へ消えていった。
⸻
ティアとガルウィンは宿屋へ向かう。
見つけたのは、少し古びたレンガ造りの宿だった。外観こそ年季が入っているが、中は意外にも清潔で落ち着いた雰囲気がある。
部屋に入ると、小さな椅子とテーブルが一つずつ備え付けられ、ベッドも綺麗に整えられていた。
それぞれ個室を取り、二人は別々の部屋へ入る。
ガルウィンは部屋へ入るなり、深く息を吐いてそのままベッドへ横になった。
さすがに疲労が溜まっている。
目を閉じかけた、その時だった。
コンコン、と扉を叩く音がした。
「……開いている」
そう告げると、扉がゆっくり開く。
入ってきたのはティアだった。
少しだけ真剣な顔をしている。
部屋へ入るなり、ティアは真っ直ぐに尋ねた。
「洞窟でのこと…聞いていい?」
ガルウィンは少しだけ黙り込み、やがて右手を見つめながら口を開く。
「私の中にいる竜は、今は魔力が足りず、話すことも力を出すこともできない状態だった」
静かな口調だった。
「だから私は、自然に魔力が戻るのを待っていた。だが……どうやら、他者の魔力を吸い取れば早く回復できるらしい」
ティアはその言葉を整理するように、ゆっくりと繰り返す。
「じゃあ……私が魔力を渡そうとしたから、吸収されて…あの力が使えたってこと?」
「どうやら、そうらしい」
ガルウィンは短く頷いた。
「じゃあ、また渡せば使えるの?」
「使えるだろう」
そこまでは即答だった。だが続く言葉は重い。
「だが、ティアの魔力を吸いすぎてしまうかもしれん。今後は、私に魔力を渡すのは控えた方がいい」
ティアは黙って聞いている。
「今回は、気を失うだけで済んだ。だが次にどうなるかは分からない」
部屋に静寂が落ちる。
ティアは少しだけ考え込んだ後、ふっと顔を上げた。
「うん。わかった」
そして、にこりと笑う。
「じゃあ、ピンチの時に渡すね」
ガルウィンは思わず目を瞬かせた。
「…いや、話を聞いていたか?」
「聞いてたよ?」
ティアは当然のように返す。
「でも、死ぬかもしれない状況なら、しょうがないでしょ?」
「…」
あまりにも真っ直ぐな返答に、ガルウィンは言葉を失う。
しばらく困ったような顔をしていたが、やがて諦めたように小さく息をついた。
「……なるべく、そうならないよう善処する」
ティアは満足そうに笑った。
「うん、それでいい」
そして扉の方へ向かいながら、振り返る。
「じゃあ、おやすみなさい」
ガルウィンもわずかに微笑んだ。
「おやすみ」
ティアが部屋を出ていき、扉が静かに閉まる。
再び一人になった部屋で、ガルウィンはベッドの端に腰掛けたまま右手を見る。
あの力は、確かに切り札になる。
だが、その代償をティアに払わせるわけにはいかない。
――そういう状況にならないようにしなければならない。
ガルウィンは静かに決意を固めると、ゆっくりとベッドへ身を預けた。




