2人の冒険者
最初に目を覚ましたのは、ティアだった。
ゆっくりと瞼を開くと、視界の先には夜の闇が広がっていた。
洞窟の出口から差し込む月明かりが、青白く地面を照らしている。
「…ここ…」
掠れた声が、自分でも驚くほど小さかった。
ティアはゆっくりと身を起こす。
身体はまだ少し重い。だが、まったく動けないほどではない。
周囲を見渡すと、少し離れた場所でガルウィンが眠っていた。
そのそばには、洞窟の中で助け出した冒険者の男女も横たわっている。三人とも、まだ目を覚ます気配はない。
ティアは胸を撫で下ろした。
そして同時に、洞窟の中で起きたことを思い出す。
ガルウィンの背中に手を当て、自分の魔力を流し込もうとしたあの瞬間。
渡すはずだった魔力が、逆に自分の中から吸い上げられていった感覚。
(あれはいったい…)
ティアは思わず自分の手を見つめる。
あの時の感覚は、今思い出しても奇妙だった。
まるで、自分の中にある魔力そのものを飲み込まれたような――そんな感覚。
だが、考え込んでばかりもいられない。
(いつモンスターが来るか分からないし…)
ティアは小さく息を吐くと、立ち上がった。
まずは焚き火だ。
洞窟の出口近くとはいえ、夜の山は冷える。火があれば明かりにもなるし、多少の獣避けにもなる。
周囲の木々や落ち枝を集め、手際よく組み上げる。
回復してきた魔力を指先に集めると、小さく唱えた。
「……エレフレイム」
ぽっと小さな火が灯り、積み上げた枝へ移る。
やがてパチパチと音を立てながら、焚き火が燃え始めた。
その火を見つめながら、ティアは再び考える。
(ガルウィンは……自分でも知らなかったのかな…)
普段の彼の様子からは、誰かの魔力を奪うような力を知っていたようには見えなかった。
むしろ、あの時一番驚いていたのは彼自身だった気がする。
ティアが炎の揺らぎを見つめていると――
「……ここは?」
不意に、か細い声が聞こえた。
顔を上げると、助け出した冒険者の女性が目を覚ましていた。
上体を起こしかけた彼女は、状況が分からないのか戸惑ったように辺りを見回している。
しかし次の瞬間、その表情が恐怖に染まった。
「そうだ……私たち…!」
巨大蜘蛛に襲われた記憶が蘇ったのだろう。
肩を震わせ、呼吸が浅くなっていく。
ティアはすぐに駆け寄り、その手をそっと握った。
「大丈夫ですよ! あの蜘蛛は、もう倒しました」
できるだけ落ち着かせるよう、優しく言う。
女性は震える瞳でティアを見つめた。
綺麗な金色の長髪が、月明かりと焚き火の光を受けて揺れている。年頃はティアとそう変わらないように見えた。胴と腰、腕の一部だけを守る軽装の鎧を身に着けており、動きやすさを重視した冒険者らしい格好だ。
「あなたは…?」
「私はティアです」
そう名乗ってから、隣で眠るガルウィンへ目を向ける。
「そこで寝ているのはガルウィン。私の仲間です」
女性はまだ少し震えながらも、小さく頷いた。
「わ、私はリリィ。そこで寝てるのはジオ…」
そして、はにかむように微笑んだ。
「助けてくれて、ありがとう」
「気にしないでください」
ティアはそう言ってから、傍らに置いてあった一本の剣を手に取る。
洞窟の入り口に刺さっていた鉄の剣だ。
「これ、あなたのですよね?」
差し出すと、リリィは驚いたように目を見開き、両手で受け取った。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
剣を胸の前で抱えながら、リリィは少しずつ落ち着きを取り戻していく。
「あの入り口で、少し休憩してたの。そしたら急に、糸みたいなものが飛んできて……その後は、気づいたらもう…」
言葉の最後は震えていた。
ティアはそれ以上無理に聞かず、話題を変えるように尋ねる。
「二人はどこから来たんですか?」
リリィは、隣で眠っている青年に目を向けてから答えた。
「私は西の方にあるカムリアの街から、オーレリアに来たの。彼は……南大陸から来たって聞いてるわ」
「南大陸から!?」
ティアは思わず声を上げた。
「ええ、そう聞いてる」
リリィは頷く。
「それでオーレリアでパーティーを組んで、この鉱山の調査依頼を受けたんだけど……こんなことになっちゃって」
「それは……災難でしたね」
ティアは困ったように笑う。
少し気になって、さらに尋ねた。
「冒険者ランクはどれくらいなんですか?」
「私はEランク。ジオはDランクよ」
「Dランク……私と一緒ですね」
ティアがそう返した時だった。
「……うーん」
隣で寝ていた青年が身じろぎし、目を覚ました。
「ここは…?」
金髪を逆立てたような髪型の青年だった。年齢はティアより少し上に見える。胴体だけを守る鎧を着け、肩から腕にかけては鎧がなく、その代わり肘までの手甲を装備している。
ティアとリリィは、洞窟での一件を簡単に説明した。
話を聞き終えたジオは、しばらく黙り込んだ後、真面目な顔で頭を下げる。
「迷惑をかけた。助かった」
「無事でよかったです」
ティアが答えると、ジオは肩を回して顔をしかめた。
「あの蜘蛛野郎に噛まれて、動けなくなったんだ。今でもちょっと痺れるぜ」
「そうだったの?」
リリィが心配そうに尋ねる。
「リリィはすぐ気絶してたからな。暴れる俺を黙らせるために噛みついたんだろ」
そう言って苦笑した直後――
ぐぅぅ、と間の抜けた音が響いた。
ジオの腹の音だった。
一瞬の沈黙。
そしてジオは何事もなかったように言う。
「ところで腹減ったんだが、なんかないか?」
ティアとリリィは顔を見合わせ、思わず吹き出した。
「ふふっ……今、ご飯作りますね」
ティアが笑いながら立ち上がる。
「私も手伝うわ」
リリィもその後に続いた。
⸻
焚き火のそばで、簡単な食事の準備が始まる。
携帯していた干し肉や街で買っていた保存食、野菜を使って、温かいスープのようなものを作る。
夜の冷えた空気の中に、じんわりと食欲を誘う匂いが広がっていった。
鍋が仕上がる頃には、火の音に混じって穏やかな空気が流れていた。
そしてちょうどその時。
「……ん」
ガルウィンがゆっくりと目を覚ました。
「ガルウィン!」
ティアの顔がぱっと明るくなる。
まだ完全に意識がはっきりしないのか、ガルウィンは薄く目を開けたまま、ぼんやりと焚き火の方を見る。
「……いい匂いがする」
寝ぼけたような口調だった。
一瞬きょとんとしたティアは、すぐに目を丸くし、堪えきれず笑い出した。
「ふふっ……うん。ご飯できたから、食べましょう」
その言葉に、ガルウィンはゆっくりと体を起こす。
まだ顔色は万全ではないが、意識は戻っているようだった。
すると、ジオとリリィが改めて頭を下げた。
「助けてくれてありがとう」
「本当に感謝してるわ」
ガルウィンは片手で目元を押さえながら、軽く手を振る。
「……気にするな」
それだけ言って、まだ少し眠そうに息を吐いた。
ティアはそんな彼を見て微笑むと、明るく声を上げた。
「さっ、詳しい話は食べながらにしましょう! せっかく作ったご飯、冷めちゃいますから」
焚き火の向こうで、湯気が立ちのぼる。
夜の山中、奇妙な縁で集まった四人を包むように、火の光は温かく揺れていた。




