新たな旅路
オーレリア王国を出発したガルウィンとティアは、クレリアットを目指して街道を進んでいた。
目的は明確だ。
クレリアットで路銀を稼ぎ、その先のコルナ港へ向かう。
緩やかな風が森を揺らし、木々のざわめきが静かに響く。
そんな中、ティアがふと口を開いた。
「ガルウィンさん、色々忘れてるみたいなのでこの世界のこと、少し話しておきますね」
「ああ、頼む」
ティアは歩きながら指を立てる。
「まず、今私たちがいるのは西大陸です。この大陸は森林が広くて、自然が豊かなんです。あと鉱山も多くて、鉄とか金、銀なんかも採れます」
「なるほど」
「次に、海を挟んだ南大陸なんですけど――あっちは険しい山が多いらしいです。一部は砂漠もあるとか」
「……らしい?」
ガルウィンがわずかに眉を上げる。
ティアは苦笑した。
「私も西大陸から出たことないので、聞いた話なんです」
少し照れたように笑いながら続ける。
「でも、南大陸は強いモンスターも多いって聞きますし……ガルウィンさん的には戦い甲斐があるかもしれませんね」
「そうかもしれんな」
短く答えつつも、興味はあるようだった。
ティアはさらに続ける。
「あと東大陸ですけど……あっちは私もあまり詳しくなくて。昔あった王国が滅びて、大きな遺跡になってるらしいです」
その言葉を聞いた瞬間―
ガルウィンの表情が、わずかに曇る。
ティアはそれに気づかないまま話を続けた。
「大きな街も多いらしいので、そこでお父さんの情報が見つかればいいんですけど…」
少しだけ声が柔らかくなる。
「アストンに来た冒険者の人に聞いた話なので、それくらいしか知らないんですけどね」
「…そうか」
ガルウィンは短く返す。
そして一通り話を聞いた後、ふと問いを返した。
「北大陸については知らないのか?」
「北大陸ですか?」
ティアは少し考え込む。
「うーん……昔、魔王がいて、それを勇者様が封印したっていう話はありますね。それ以来、ほとんど人は行ってないみたいです」
「……」
「すごく寒いらしいですし。でも、あれだけ大きな大陸なら、今でも人が住んでたりするんですかね?」
問いかけるようにガルウィンを見る。
―その瞬間。
(懐かしいな……勇者か……)
ガルウィンの意識は、過去へと引き戻される。
(あの戦いの中で……私はレグナと……)
血。炎。暴走。
そして――すべてを失ったあの日。
「ガルウィンさん?」
顔を覗き込むティアの声で、意識が現実へ戻る。
「あ、ああ……」
わずかに焦りを滲ませながら、ガルウィンは答えた。
「そうだな。それだけ広い大陸なら、今も人が住んでいるかもしれない」
「ですよね」
ティアは納得したように頷く。
ガルウィンは一瞬考え――ふと口を開いた。
「ところで、ティア」
「はい?」
「いつまでそんな他人行儀なんだ?」
「…えっ?」
ティアが驚いて足を止める。
「別にお前がいいなら構わないが……私は気にしない。仲間だしな」
その言葉に、ティアは少しだけ視線を逸らしながら答える。
「ガルウィンさん……年上なので、つい敬語になっちゃって」
頬をわずかに赤らめる。
「でも…」
一度息を整えてから、少しだけ真っ直ぐに見た。
「ガルウィンさんがそうしてほしいなら、頑張ります」
ガルウィンは小さく笑う。
「じゃあ、まずはその“さん”を外してみるか」
「うーん…」
ティアは困ったように笑った。
「じゃあ、ちょっと気をつけますね」
「慣れたらでいい」
「あ、ありがとうございます……」
まだぎこちないが、確かに距離は少しだけ縮まっていた。
⸻
そんな会話をしながら歩いていると、やがてクレリアットへ続く森が見えてくる。
その時だった。
ガルウィンがふと足を止める。
「……あれは」
視線の先――近くの山の麓で、何かが一瞬光を反射した。
「なんですかね?」
ティアも目を細めて覗き込む。
「行ってみるか」
「わかりました」
二人は街道を外れ、草原を横切って進んでいく。
十分ほど歩いた先――
山の麓に、ぽっかりと開いた横穴があった。
洞窟の入り口のようだ。
足元の地面は砂に覆われており、そこにははっきりと足跡が残っている。
「……誰かいたみたいですね」
ティアが呟く。
その近くには焚き火の跡があり、一本の鉄の剣が地面に突き刺さっていた。
光の正体はこれだったらしい。
火はすでに消えており、熱も感じない。
かなり時間が経っているようだ。
「休憩していた……って感じですかね」
ティアの言葉に、ガルウィンは首を横に振った。
「いや……違うな」
「え?」
「何かあって、急いで離れたはずだ」
「緊急事態、ですか?」
「ああ」
ガルウィンは剣を指さす。
「普通なら、この剣も持っていく。しかも鞘にも入れず、抜き身で刺さっている」
「……確かに」
「何かに襲われた可能性がある」
ティアは周囲を見渡す。
「でも、それなら戦った跡とか――」
「そこだ」
ガルウィンの目が細くなる。
「何もない」
「…え?」
「見ろ。ここには、私たちを含めて四人分の足跡がある。だが、それだけだ」
ティアが地面をじっと見る。
「……本当ですね」
「ここから去った跡もない。洞窟に入った跡もない」
「……おかしいです」
静かな不気味さが、じわりと広がる。
ガルウィンは洞窟の奥を見据えた。
「ティア」
「はい」
「少し寄り道になるが……中を確認する。いいか?」
ティアはすぐに頷いた。
「もしかして、この人たちが中に?」
「その可能性もある。助けが必要なら――」
「助けましょう!」
迷いのない言葉だった。
ガルウィンは小さく笑う。
「……ああ」
二人は頷き合い――
暗い洞窟の中へと足を踏み入れた。
何かが潜む、その奥へ。




