クーパー商会にて
ガルウィンとティアは、セルディオのいるクーパー商会へと足を運んでいた。
目の前にそびえる建物を見上げ、ティアが感心したように声を漏らす。
「大きいですね……」
店先には、堂々とした文字で―クーパー商会 本部店―と書かれた看板が掲げられている。
街の中でもひときわ存在感のある建物で、人の出入りも絶えない。
「本部店というだけはあるな」
ガルウィンがそう呟くと、二人はそのまま店の中へ入っていった。
店内は多くの客で賑わっていた。商人らしき者、旅人風の者、身なりの良い貴族らしき客までいる。品物の並んだ棚の間を人々が行き交い、活気に満ちていた。
ティアが近くにいた売り子の女性に声をかける。
「すみません。セルディオさんにお会いしたいのですが」
「かしこまりました。少々お待ちください」
女性は丁寧に頭を下げると、店の奥へ消えていった。
しばらくもしないうちに戻ってくると、にこやかに二人を促す。
「こちらへどうぞ」
二人は案内されるまま店の奥へ進み、その先にあった階段を上がって二階へ向かった。
通された部屋に入った瞬間、ティアは思わず目を丸くする。
大きなソファーに立派なテーブル。床には豪華な絨毯が敷かれ、部屋の隅々まで高級感が漂っていた。
「……なんだか、場違いな気がしますね」
ティアが小声で呟く。
ガルウィンも内心では同意していたが、表情には出さずに軽く肩をすくめた。
その部屋の奥では、セルディオが待っていた。
二人の姿を見るなり、いつものにこにことした笑みを浮かべて立ち上がる。
「ようこそ、お待ちしていました」
セルディオに勧められ、ガルウィンとティアはソファーへ腰を下ろした。
ティアがさっそく本題を尋ねる。
「それで、ご用件というのは?」
セルディオは柔らかい笑みを浮かべたまま言った。
「お二人に、ぜひお礼がしたいのです」
「お礼なら、十分に報酬をもらっただろう。気にする必要はない」
ガルウィンがそう言うと、セルディオは苦笑しながら首を振る。
「実は、その前に病院でガッドさんとエルさんにも同じことを伝えたんです。ですが、お二人とも『礼をするならガルウィンとティアにしてやってくれ』と」
「ガッドさん達が…」
ティアが少し嬉しそうに目を細める。
セルディオは今度は真っ直ぐガルウィンを見た。
「特にあなたには感謝しています。あの暗殺者を退けてくださったおかげで、私は今こうして生きていられる。正直、あの報酬だけでは足りないと思っているのです」
ガルウィンは少しだけ考え込み、やがて口を開いた。
「それなら一つ聞きたい。東大陸か南大陸へ行く方法に心当たりはないか?」
その言葉に、セルディオの表情がわずかに引き締まる。
「…海を渡る、ということですか」
「ああ」
セルディオは腕を組み、しばし考えた後に首を横に振った。
「申し訳ありません。私でも、海の魔物についてはどうにもできません。航路の安全が確保できない以上、確実な方法はないでしょう」
「そうか…」
ガルウィンが短く返すと、セルディオはすぐに続けた。
「ですが、もし気になるのでしたらコルナ港へ向かってみるのがよいかもしれません。港なら、海の情報も船乗りの話も集まります。何か手がかりがあるかもしれません」
ガルウィンは隣のティアを見る。
視線を受けたティアも、少し考えてから頷いた。
「…とりあえず、行ってみましょうか。何も分からないまま止まっているよりはいいです」
「ああ、そうだな」
二人の様子を見たセルディオは満足そうに微笑んだ。
「では、他に私にできることはありませんか?」
その言葉に、ティアが思い出したように身を乗り出す。
「それならーーあの戦いで、ガルウィンさんの剣がなくなってしまったんです。何とかなりませんか?」
「剣なら、とりあえず安物でも構わない」
ガルウィンはそう言ったが、ティアはすぐに首を横に振った。
「駄目です。私たち今アンソニーさんにお金を渡したので、あまり手持ちがないんですよ。それに安物の剣だと、また激しい戦いになった時にすぐ壊れてしまいます。せっかくなら、少しでも良い剣を見繕いたいです」
その言葉を聞いたセルディオは、ぱんと手を打った。
「それでしたら話は早い。お金のことは気にしなくて結構です。近くの武器屋に声をかけておきますので、そこで新しい剣を見立ててもらってください」
「本当ですか!?」
ティアの顔がぱっと明るくなる。
「ええ。ぜひそうしてください」
「ありがとうございます、セルディオさん!」
ティアが深く頭を下げると、ガルウィンも静かに頭を下げた。
「感謝する」
「いえいえ。それと――」
セルディオはどこか得意げな顔で懐から一枚のカードを取り出す。
「今後、クーパー商会の系列店を利用されるのでしたら、こちらをお使いください。このカードを見せれば割引が利きます」
二人が受け取ったのは、金色に輝く豪華なカードだった。しかも、そこにはセルディオの妙に誇らしげな顔が刻まれている。
ティアは一瞬言葉を失い、ガルウィンもわずかに目を細めた。
「…ありがとう」
「ありがとうございます」
それでも二人は礼を言い、カードを受け取った。
話も終わり、二人が部屋を出ようとしたその時だった。
「ガルウィンさん、少々」
セルディオが彼だけを呼び止める。
ガルウィンが振り向くと、セルディオは声を潜めた。
「うちの商品を、何でも一つ差し上げます。お好きなものを持っていってください」
どうやらティアには聞こえないように言ったらしい。
だが、先に部屋を出ていたティアが扉の隙間から顔を覗かせていた。
「ガルウィンさん、まだですか?」
「あ、ああ。今行く」
ガルウィンは急いで返事をし、セルディオに小さく礼を述べると、その場を後にした。
二人はいったん店の外へ出た。
するとガルウィンが足を止め、ティアに向き直る。
「すまない。セルディオに話し忘れたことがあった。少し待っていてくれ」
「え? はい、分かりました」
ティアを外に残し、ガルウィンは再び店の中へ戻っていく。
しばらくして戻ってきた彼の手には、小さな箱があった。
「…ティア」
「はい?」
ガルウィンは少しだけ言いにくそうにしながら、その箱を差し出した。
「これを」
ティアが不思議そうに箱を開けると、中には綺麗な銀の首飾りが収められていた。光を受けて上品に輝くそれに、ティアの目が大きく見開かれる。
「えっ…これ、私にですか!?」
「ああ」
「本当に…!?」
ティアは嬉しさを隠しきれず、顔いっぱいに笑みを咲かせた。
「でも、お金はどうしたんですか?」
「セルディオからの礼だ」
「そうだったんですね…!」
ティアは大事そうに首飾りを取り出すと、さっそく首に着けた。
銀の輝きが彼女によく似合っている。
「どうですか?」
少し照れながらも嬉しそうに尋ねるティアに、ガルウィンは一瞬言葉を失い――やがて小さく微笑んだ。
「似合っている」
「…ありがとうございます!」
その一言だけで、ティアの笑顔はさらに明るくなる。
「じゃあ、武器屋に行きましょう!」
「ああ」
二人はセルディオに紹介された武器屋へ向かって歩き出した。
先を行くガルウィンの背を追いながら、ティアは何度も首元の銀の首飾りに触れる。
その表情は、いつも以上に柔らかく、嬉しさに満ちていた。
そんな彼女の笑顔を背中越しに感じながら、ガルウィンは静かに歩みを進めるのだった




