凋落の怨嗟 ①
「今日から初めて行くよ」
「了解です!」
クロアは現在、数名の人を連れて山にいる。
「しかしあれだけ探しても三つしか無いとは・・・」
「いやぁ寧ろあっただけでもかなり驚きでしたけどね」
山々に囲まれているイストフィース領の中でも一つだけかなり立派な山がある。
その山を一番山と皆呼んでいる。理由は一番でかくて高いから。
そしてそんな山だからこそ、この干ばつ地であるイストフィース領において最も水源になる可能性を秘めた山なのだ。
干ばつ地であるが雪は降るので、山からの雪解け水が湧き水として発生しているのでは無いかと去年からずっと探していた。
海や川が近い場所ならそこから引いてくれば良いのだが、残念ながら我が領ではずっと井戸水に頼っていたので人が増えてきた今、近い将来に水不足になる可能性があるのでこの水探しは急務だった。
ようやく見つけた山の湧き水。しかしここから水を運ぶのは現実的では無いので水路を引く事にした。
しかし。
「水路が引けるぐらいには水が溢れてくれているのは嬉しいけど、水の逃げ道をどうしようかな」
「水の逃げ道?領内にそのまま貯めてしまえば良いのでは?」
「それだと万が一雨とかが降った時に洪水するかもしれないでしょ。それに湧き水が無くなってしまうのも怖いけど、山に何かが起きて水が溢れても同じく危ないからね」
「あー、確かに。流石坊ちゃん、良くすぐにそう言う想定が出来ますね」
「良い事ばかりに目を向け慣れてないだけかも知れないけどね。臆病なんだよ」
「坊ちゃんのそれは臆病とはまた違うとは思いますけどね。一応どうする気なんですか?」
「現在考え中。いくつか対応策はあるけど父上と相談かな。取り合えず今は水路作りに集中だよ」
「分かりましたよ」
「ボクも頑張ります!」
「サキユの目も大事だから道づくりには程ほどにね」
「はい!」
こうして現在は領内にまで湧き水を引っ張る水路作り。
そんな作業をしながら、領内でのいつも通り動いていれば、気づけば季節は暖気に入ろうとしていた。
-----∇∇∇-----
「はい。確認しました。ではこちらが代金です、お確かめください」
「ありがとう、デモール」
収穫をした農作物を領内で使う分以外は全て売りに出す。
「でも珍しいね。デモールがここまで買い込むとは」
「それについて一つ、クロア様にも聞いて頂いたほいた方が良いかも知れません」
「何かあったの?」
「ええ、それがどうにも西の動きが怪しくて。少しばかり東に遠出しようと思いまして」
「東に・・・」
これは中々珍しい。デモールが回っているのはフローレレ王国の南と西。東は武具の需要が高いのでデモールの扱う商品では中々売れないので行く事は少ないと言っていた。
「遠出までするって事は、何か個人的に?」
「私にはそう感じました。何か、作為的な何かを」
「何やらかしたの・・・?」
「それが全く分からなくて。恨みを買うほどの商売をしていたつもりもありません。勿論商売敵などは居ますし、絶対に恨まれないとも言い切れないとは思いますが、何やらそんな生ぬるい感じでは無いと言うか」
「もしかして何か巻き込んじゃったかな・・・」
俺の中でもデモールが恨まれるイメージが付かない。自分で商売敵とは言っているが、ここまで来る商人はそこまで居ない上に大きな商会も無い。ただ一つ、心当たりがあるとすれば。
「年明けの件かな」
「分かりません。それにあれについては別にクロア様も含めて悪事を働いた訳でも無いので恨まれるにしても逆恨みかと」
「貴族の逆恨みは面倒だよ。それこそ死ぬまで嫌がらせしてくるからね」
「私もそう思いまして、一旦東へを」
「なる程ね。情報ありがとう。これは迷惑料として受け取って置いて」
そう言い、今貰った代金から少し返す。
「ありがとうございます。クロア様もお気を付けてください」
そう言ってデモールの馬車達が帰っていく。
「しかし、恨みか」
イストフィース領に味方も居るが、貴族全体で見れば敵の方が多い。
父上の耳にも入れておいた方が良いだろうな。
「父上、クロアです」
「入れ」
部屋に入ると母上とオルカも居た。
「お兄様!」
「っと、二人も父上に用事が?」
オルカを受け止めながら母上に聞く。
「ええ、オルカがこの頃勉強を頑張っているから何かご褒美でも無いかと思って相談してたの」
「へぇ、頑張ってるね。オルカ」
「ありがとうございます。えへへ」
オルカの頭を撫でる。元々勉強は嫌いだったけど、熊の一件からオルカも頑張っているらしい。
「それで、答えは出たのですか父上」
「うむ、褒美と言っても今は特に何も無くてだな・・・」
父上も困っているようだ。まぁ確かにこの領に今そこまで褒美と言える物が有るとすれば収穫した作物ぐらいだ。
作物と言えば、砂糖が余っているな・・・。
「では父上、卵やバターなどを手に入れられませんか?」
「出来ない事は無いが、どうする気だ?」
「オルカの為に王都で流行っている菓子でも作ろうかと。この前インチェンス侯爵にいくつかレシピを頂いたので、それを参考に何か作ろうかと」
「「本当っ!?」」
「なにぃ!?」
三人に急に声を上げる。
「いつの間にそんな物を・・・」
「小麦粉はあるので、あとは塩もあるとありがたいですね」
「ウィン!」
「あ、ああ。分かった、手配しよう。オルカの為でもあるしな」
「やった!!」
オルカもだが母上までなんだかテンションが高い。
甘味は女性を狂わせると言うのは本当なのかも知れない。
「クロア、当然私にも食べさせてね?」
「あ、お母様ずるいです!元々オルカのご褒美でしょ?」
「勿論全員分作るよ」
「それならいいわ。それよりもクロアもウィンにお話が有ったのでしょう?私とオルカはこれで失礼するわ」
「えー、お兄様と一緒に居たい」
「嬉しいけど、オルカにとっては退屈な話だよ。母上と一緒に行っておいで」
「そうよ。それにオルカはまだ今日の分を全部終わらせて無いでしょう」
「うぅ・・・またね、お兄様」
部屋から二人が出ていく。
「いやぁすまんな。正直助かったぞ」
「別に構いませんよ。俺もあんまり女の子へのご褒美なんて分かりませんから」
「それで、クロアは私に何用だったのだ?」
「はい。少し耳にした話なのですが・・・」
父上にもデモールに聞いた話をした。
「それは・・・迷惑をかけてしまったな」
「まぁ我々が原因かは現在分かりませんけどね。でも商人のデモールが言うなら、何かあるのは間違いないでしょうね」
「しかし、何処からだろうな」
「分かりませんね。我々は敵が多いですから」
成り上がりな貴族上にどこかの派閥に入っているわけでも無いイストフィース家は敵だらけだ。
とは言え味方が居ない訳でもない。インチェンス侯爵やリール君は南の貴族中でも味方と見ても良いだろう。更に広く言うならカランクレス公爵も少なくとも敵ではない。
「まだ特に被害が無いので分かりません。とは言え耳には入れといた方が良いと思ったので」
「そうだな、頭には入れておこう」
「別の話にはなるのですが、水路の逃げ先についての案が」
「聞こう、この領にとっては生命線になるかもしれん」
今日も今日とて、ウィンとクロアの話し合いは長い。
-----∇∇∇-----
「ほぅ、あの男爵の領地は税上げか」
「そのようです」
一人の男が女の側近から話を聞いている。
部屋にノック音。
「入れ」
「失礼します」
「おお、君か」
「はい、この度はお力添えありがとうございます」
「いやいや、構わないとも。私共も少し鬱陶しいとも思っていたのだ。その上に税上げだそうだぞ」
「あの領がですか?」
「その通りだ」
「・・・」
部屋に入ってきた女は拳に力が籠る。
「なに、君の怒りも分かる。故に君に力を貸すのだ」
「・・・ありがとうございます」
「構わない。その代わりに今夜も、分かっているね?」
「はい、それではまた」
そう言って、女は部屋を出ていく。
「良いのですか、わざわざ兵をあんな女に割いて」
「嫉妬は醜いぞ。あの娘は良い身体だ、それにこの頃は南の小娘も調子に乗っているようだしな」
「・・・お飲み物を入れてきます」
「ああ、頼む」
部屋から出ていった女は一つの寝室に居た。
「何を使ってでも、奴らだけは許さない・・・」
女の目には凄まじい程の怨嗟があった。
「イストフィース・・・!」
濁る瞳で自らの膝を抱え、座り込む女。
明確な殺意が、静かにクロア達に向けられていた。




