王国視察団 ⑤
「お久しぶりです閣下。お元気そうで何よりです」
「そう言えばこうして面と向かって会うのは久しぶりね。いつも手紙のやり取りをしていたから変な感じだわ」
クロアは現在インチェンス領に仕事の報告に来ている。
「視察団の方はどうだったかしら。手ごたえはどう?」
「嬉しい事に税の引き上げを宣言されました。視察団の方々から見ても立派な作物だったようで安心しました」
「それはめでたいわね。と言う事は今日はその報告を?」
「はい。こちらがリストです。閣下自身で欲しい物を教えて頂ければ優先的にお売りできます」
クロアがリストをローゼスに渡す。
「これは中々ですね。聞いてはいましたがすでに砂糖まであるとは」
インチェンスもリストを確認する。
「へぇ・・・」
しばらく考え、口を開く。
「流石坊やね。一つ聞きたいのだけど全て私が買い取る事も可能かしら?」
「そこまで言っていただく事は嬉しい限りなのですが、贔屓にしている商人からの希望や、シックル閣下との約束も有るので全てと言うのは不可能です」
「分かったわ。なら少し値段を抑えて私に売ってもらえないかしら?勿論ただ値下げしろとは言わないわ」
「条件次第ですが、何かご希望が?」
「先程言っていた商人とシックル家への以外は私が全て買い取ってあげるわ。それなら売れ残りの心配はなくなるでしょう」
「なる程・・・」
悪くはない条件だ。もしデモールやリール君に何か問題が起きて売れなかったりした時でもインチェンス侯爵が全て買ってくれると言う後ろ盾があるなら心配事は減るだろう。
加えて、この人が買えないなんてことを起こす確率は恐らく無い。少し値引きしても悪い事は無いと思う。
「それなら可能かと。一度我が父にも相談はさせて頂きたいですが、恐らくその条件なら大丈夫だと思います」
「坊やが言うなら大丈夫そうね。なら契約書を用意するわ。帰りに持って行きなさい」
「ありがとうございます」
ローゼス殿が書類を渡してくれる。すでに準備が出来ていると言う事はこうなる事を見越していたのか・・・?
「クロア殿、あの件はどうですか?」
少し恥ずかしそうに聞いてくるローゼス殿。
「申し訳ありません。中々安定した制作の目途が立たず、少数ですが今回の手土産の中に入れておきましたので、また感想を聞かせてください」
「おお、それはありがたい。クロア殿が作るあれは中々の物で・・・」
「ちょっとローゼス、みっともないわ」
「っと、確かに。失礼いたしました」
いつもの執事に戻るローゼス殿。
「いえいえ、そこまで言って頂けるのは嬉しい限りです。しかし製法があまり出回っていないので中々どうすればいいのか分からずじまいでして」
「そうね。ああいう嗜好品は西の奴らが独占しているから、あまり出回っていないのよ」
「そのようですね」
フローレレ王国西は貿易都市と言われる王国唯一の他大陸との交易がおこなわれている場所である。
その為、他大陸の品物だったりが多く、目新しい物も多いと言われている。
クレドリア大陸以外の場所にも当然国は存在している。しかしあまり情報が無く、他の大陸の事は俺は知らない。
そしてその情報を西の貴族が独占し広めないためほとんど謎が多い。王族や西の貴族のみ知る情報と言われている物は多いのだ。
「西貴族は謎が多いのよ。いけ好かない爺共だわ」
「閣下でもあまり知らないのですか?」
「勿論、坊やよりは知っているわ。顔見知りだって居る。けれどもあそこの派閥にはあまり関わりたくないもの」
「派閥で思い出したのですが、閣下に一つ聞きたい事がありました」
「何かしら、私の元に来てくれるの?」
「いえ、そういう事では無く」
いつも本当にちょっと残念そうにするんだよなこの人。ほんの少しだけ罪悪感が出てくる。
「王国視察団の方々の事で少しお聞きしたくて」
「視察団の彼ら?」
「はい。今年初めて自分が案内役をしたのですが、ただの役人にはあまり見えなくて」
「ただの役人では無いでしょう。王都からの客人とも言えるのだから」
「いえ、その・・・良くも悪くも我々との接し方が不思議と言いますか」
「接し方?」
王国視察団と名前では言われているが、役職だけ見れば王族に仕えている役人。
王族に仕えている人達は多くが貴族主義の様な考えの人物が多い。位だけ見れば役人などより爵位がある貴族の人の方が高く見えるが、王族に直接仕えていると言うのは伯爵ぐらいの力があったりもするのだ。
常に王都に在住し、王族に自ら意見を述べる事が出来ると言うのはそれほどに力があるように見える。
何故ならば後ろ盾が王族だから。
「何人かの視察団の方々を見てきましたけど、あまり横暴な人が居ないのが珍しいと言いますか」
「言いたい事は分かったわ。答えを言うと、そういう者達はすでに視察団では無いからよ」
「視察団では無い?」
「私も聞いた話でしかないけれど、それでもいいかしら」
「寧ろ、無償で聞いてしまって良いのですか?」
「坊やの報告のおかげで気分良いからサービスしてあげるわ」
「では有難く」
「そうね。私も父から聞いた話よ」
インチェンス侯爵の父上はすでに亡くなっている。つまり少し前の話と言う事か。
「王国視察団という組織が出来て最初のころは坊やが言うように横暴な者が居たそうよ。聞いたことないかしら」
「僕も少しだけなら。なんでも無理やり税を上げたりして破滅させられた貴族も居たとか」
「私が聞いた話もそれに近いわね。そしてそれは王が変わった時に一番多かったそうよ」
「今のフローレレ王に代わってから、ですか」
「そう。それから精査なり色々加わって今の形になったようね」
「そして今の王国視察団の事をこう呼んだりもするわ」
インチェンス閣下が一呼吸置く。
「元女王派閥とね」
「元女王派閥、ですか・・・」
「生ける伝説とは良く言った物だわ。彼らは女王に返り咲いて欲しいそうよ」
フローレレ王国元女王。
名を、エリュトリオ・クラウン・バルレオナ。
現在のフローレレ王が王位に付くまでフローレレの名を冠した歴代唯一の女王。
彼女の伝説は数多く、最も国土を広げた王である。
ジェルミナティオフローレレ王国は元々大きな国では無かった。
現在の帝国より一回り小さいぐらいの国だったのだ。当時の王、バルレオナの父はあまり戦争などせず、私腹を肥やすことが多く金で他国とも繋がっていたと言われていた。
当然そんな王だったので愛人などが多く、王家の血は彼一人でかなり増えたと喜ばれた事もあったと言う。
しかしその中で生まれたバルレオナは、自分の父が許せなかったのだろう。いや王家そのものが許せなかったのかもしれない。
当時の王国は今ほど裕福では無いにも関わらず王族や貴族は贅沢を尽くしながら、平民たちが気づけば死んでいく様な、そんな社会。この頃は男尊女卑もひどく、女の奴隷を数多く持つのが素晴らしいとまでされていたと言う。彼女はそんな中でも小競り合いや小さな戦闘、魔物との戦いに出て、自身を高め続けた。女と馬鹿にされ続けても。
そして事件は起きた。彼女の伝説の一つ、王座の陥落。
十六になったバルレオナは王国最強と言われる程の力を手にしていた。戦闘のセンスに加えて魔力の量や魔法の出力。当時彼女に勝てる人物は王国には居なかった。そしてそれを知った彼女は、この国が狭すぎると言ったのだ。
国を広げない王族や貴族、その集まりがあった日に、彼女は乱入した。
自らの父や腹違いの兄妹、そして目に映る貴族全てを。
彼女はその日に全員撲殺した。
王に仕える騎士や、貴族に仕える者達を含めて。
そしてそのまま王は交代、残る王家の血筋を全て殺し、王家の血は彼女一人になったのだ。
何十年も前に起きた王国の転換期、彼女が王についてから時代は変わったと言われている。
男尊女卑は薄くなり、才ある者が貴族になるのも珍しくなくなったと言う。
その全ての人物を使い、急激に国土を広げていったのだ。
そして彼女は今もなお王宮に暮らしている。現在の王に王位を渡して隠居しているなどと言われているがその実態は分からない。
「だからこそ、元女王と同じで差別意識が薄いと」
「何故、女王に返り咲いて欲しいのでしょうか」
「色々あるとは思うけど、一番は現王への不満じゃないかしら」
「不満、ですか」
「王にしては優しすぎるもの、特にあのふざけた王命」
「侵略してはならないってやつですか」
「そうよ。坊やだって、それのせいで苦しめられたのではなくって?」
あの時の戦闘の話か。確かに事実苦しめられた。
相手は攻めたい放題にも関わらずこちらから攻めないなど、流石に平和ボケと言われても仕方ないとは思う。
「実際、あの戦いで坊や達がもし亡くなっていたら、坊やの親達はどう思うかしらね」
「・・・」
もしも俺達が敗北し、エリア姉様か俺が死に、アルティ様まで死んでいたら、確実にカランクレス公爵は王に怒りが湧くだろう。
父上は、分からない。元々忠義の高い人だから。けれどもしエリア姉様が死に、俺だけが生きていたら王へ恨みが強く湧くと思う。今でこそ落ち着いたがベニア姉様の件でも少し荒れたのだから。
あんな制約が無ければ、と。
「だからこそ今は東の公爵が王に対して抗議をしているのでしょうけどね」
あの時に俺達はその制約を破った。けれど当然戦争を終わらせ帝国の役人を捕まえた報酬として、罰則を逃れた。
今現在カランクレス公爵が王命への変更を要求している。もっともカランクレス公爵以外の大貴族はあまり乗り気では無いらしいが。
「閣下はどう思われているので?」
「それは坊やが、もしくはイストフィース家が私の元に付くなら教えてあげるわ」
流石にはぐらかされてしまった。
「ありがとうございます。僕の知らない話が多くて頭が少し追いついていないです」
「坊やならすぐに理解するわ、今日はこれぐらいでお開きにしましょうか」
「お忙しい中ありがとうございました」
「いいのよ、面白そうな話があったらまた来て頂戴。手紙でも良いけれどやっぱり坊やとはこうして目を見て話したいわ」
そう言って閣下が笑う。
流石にここまで真っすぐ言われるとちょっと照れる。美人の笑顔は攻撃力が高い。
「僕も面と向かって話せて嬉しい限りです。本日はありがとうございました」
ローゼス殿にも会釈をして部屋を出る。メイドの方々にいつも通り案内してもらう。
「帰るよ、サキユ」
「あ、おかえりなさい!」
サキユの背に乗り領へ戻る。
空からの景色を見ながら、インチェンス侯爵との話を思い出す。
元女王派閥か、もしかしてあの時の戦争にいた内通者は・・・
そこまで思って考えをやめた。今の所、それを答えだと思うには何もなさすぎるから。
「元女王、か」
「どうしたんですか、クロア様?」
「いや、なんでもないよ」
そうして領へと帰っていく。ほんの小さな悩みを頭の隅へを追いやりながら。




