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クリスは楽しく過ごしたい!  作者: かるた
第三章 大魔法祭を楽しく過ごしたい!
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信じたい気持ちと責任の所在

 バニラを下がらせた後、私は他の学生の体調も『精神活性』で調べ始めた。しかし、先ほどのスピネルの様子を見た後で、治療の魔法を使う勇気は私にはない。


「クッキー……」

「失礼しますね」


 私は一言断りを入れてからぶつぶつと呟いている女子学生のお腹に手を当てる。そこにはスピネルと同じようにもやもやとした魔法がかけられていた。


『精神活性』を発動しているおかげか触れてみると良く分かる。やはりこれはバニラの魔法で間違いない。それも属性魔法ではない、彼女の固有魔法だ。


 そのことが示す事実は彼女がこの事態を引き起こした犯人だということだ。


「……そんなはずありません」


 私は口から小さく漏れた言葉を否定するように首を緩く横に振る。そんなはずはない。バニラは皆に喜んで欲しくてお菓子を作るような優しい子なのだ。その全てが嘘だったとはとても思えない、思いたくない。


 しかし、『精神活性』による調査結果はバニラが犯人であると告げている。皆のお腹を包むもやもやはバニラの固有魔法であると。


 そこまで分かっていても、私はバニラを信じたい。自らの感情を表に出さないように振る舞いながら、私は皆の様子を見て回る。


 それにバニラが犯人だとしたら不自然な点は他にもある。


 まず一つはどうしてこのお茶会で事件を起こしたのかということだ。私に生半可な魔法が通じないのはエデルシュタインの学生であれば全員が知っていることだ。今のように私とバニラが残れば疑われるのは間違いなくバニラである以上、私がいる時を狙う利点はほぼないだろう。


 もしかしたら本来は私を狙った物だったのかもしれないが、だとしたら尚更お茶会で他の者を巻き込む必要はないはずだ。


 それにもう一つ、バニラは上手く固有魔法を使えないことに悩んでいた。そのことで今朝も私達に相談してきたのだ。そんな彼女がわざわざ固有魔法で皆に危害を加えるだろうか。


 答えは否だ。未熟な状態で魔法を使ったところで失敗する可能性も高く、思い通りの結果を出すことは難しいだろう。


 と、そこまで考えたところで私はあることに気が付いた。もしかしたら彼女はこの事態を引き起こしたくて固有魔法を使ったわけではないのかもしれない。


 バニラの姉はバニラと同じ固有魔法で魔力を回復するお菓子を作り出していた。バニラはそれを真似しようとしたのではないか。その結果、魔法が失敗して今の状況になってしまったのではないか。


 王女として審判を下す以上、公平性にかける考えは良くない。そう頭では理解しているがバニラが犯人でない可能性を考え続けてしまっている。しかし、それは確認しなければ自分に都合の良い妄想でしかないのだ。


 だからこそ私は彼女を問いたださなければならない、真実を明らかにするために。


 全員の診察を終えた私は自らの胸の内を隠して、心配そうな顔でこちらを見ているバニラの元へと近づいていく。


「殿下、皆様の容態はいかがでしたか?」

「今のところは大丈夫そうです。しかし、時間が経つとどうなるか分かりません」

「そんな……!」


 バニラは心底衝撃を受けたようで体内の魔力が大きく揺らぐ。『精神活性』のおかげで彼女の動揺が手に取るように分かるのだ。今の私なら嘘を見抜くことも難しくないだろう。


 しかし、これだけではまだバニラに対する疑いが消えたわけではない。私はバニラの変化を見逃さないよう注視し続ける。


「そ、それでは今すぐセレスタ殿下を呼びに行きましょう! そうすればきっと皆様も良くなりますよね!?」

「それには及びませんよ、バニラ」


 私はセレスタお姉様を呼びに行こうと動き出した彼女に向けて、腰から引き抜いた杖をぴたりと突き付ける。バニラには怖い思いをさせてしまうかもしれないが、真実を聞きだすためには彼女を追い詰めるしかない。


「で、殿下……? 一体何を……」


 急に杖を突き付けられ状況が理解できないバニラは焦った様子で私を見つめる。そんな彼女に対して、私は冷ややかな視線を向けた。


「調査の結果、皆にかけられたのは貴女の固有魔法でした。つまり貴女が犯人です、バニラ」

「…………え?」


 バニラは私の言っていることが分からない様子でぽかんと口を開けたまま固まってしまった。そんな彼女に対して、私は敢えて突き放すような口調で睨みつけながら言葉を投げかける。


「貴女が皆をこのような状態にしたと言っているのです。それは貴女が一番よく分かっているでしょう?」

「そんな……!!」


 バニラの動揺が魔力を通じて見える。今の彼女は不安と焦燥で魔力が体からあふれ出しそうになっているが、嘘をついていればこのような反応にはならないはずだ。恐らく彼女は意図的に皆を傷つけたわけではないのだろう。


 しかし私は王女として、真実を見極める必要があるのだ。それを彼女の口から聞き出すまで手を緩めるわけにはいかない。


 私は目の前で震えているバニラに向かってさらに言葉を投げかける。


「どうなのですか、バニラ。何か反論はありますか?」

「わ、私ではありません! だって……だって私がお菓子にかけたのは魔力を回復させる魔法です! このようなことになるはずが……」

「それが問題だったのですよ、バニラ」


 私は今にも泣きだしそうなほど怯えた彼女に向けて、皆の状態を説明する。


「結論から話すと貴女の魔法は失敗しています。そのせいで今こうなっているのです」

「……え?」


 バニラの魔法は失敗した。これが今回の状況を引き起こした原因であることは疑いようのない事実だ。


 バニラの話が正しければ彼女は善意で魔法を使ったのだろう。しかし、魔法が失敗してしまったと言うなら話は変わってくる。


「貴女は皆のために魔法を使ったのかもしれませんが、それが逆効果だったのです」

「う、嘘です……」

「いいえ、嘘ではありません」


 私がそう言ってテーブルに突っ伏している皆の方へ視線を向けると、バニラもつられてそちらへ目を向ける。


「見てください。あれが貴女の望んだことですか?」

「違います! 私は……私はただ皆様に喜んで欲しくて……」


 そこまで言うとバニラの目からぽろぽろと大粒の涙があふれ出し、両手で顔を覆ったまま地面に膝をつく。その体からあふれ出る魔力からは深い後悔と罪悪感を感じ取れる。


 ここまでくればバニラが意図的に皆を傷つけたわけではないことは明らかだ。彼女の言葉や態度、あふれ出る魔力がそれを物語っている。


 バニラには怖い思いをさせてしまったが、彼女が犯人でなくて良かった。私は心の中で安堵の息を吐くと、バニラに向けていた杖をしまう。


 地面に蹲った彼女の背中に優しく手を置き、泣きじゃくる彼女が落ち着くまで少し待ってから私は口を開いた。


「大丈夫ですよ、バニラ。私は貴女のことを信じています」

「殿下……」


 私の考えと『精神活性』による診察が正しければ、皆の治療にバニラの協力は必要不可欠である。そのために私が出来るのは言葉を尽くしてバニラを説得することだけだ。


「まだ間に合います。私と一緒に皆を助けましょう」

「でも……一体どうすれば? こんな私にも何か出来ることがあるのでしょうか?」

「私にも、ではありません。貴女でなければ出来ないことです」


 先ほどスピネルに試した治療の魔法が失敗した以上、私の力だけでは皆を助けることは出来ない。しかし、魔法をかけた本人であるバニラであれば話は別だ。皆を元の状態に戻すことも可能だろう。


 セレスタお姉様に頼むことも考えたが、事が大きくなればバニラの処罰は免れない。可能な限り穏便に解決するためには全てをバニラに告げて、彼女の力を借り、この場を収める必要があるのだ。


「皆を治せるのはバニラ、貴女だけです」

「……」


 私の言葉を聞いたバニラは悲しそうな顔のまま目を伏せて、声を震わせながら言葉を絞り出した。


「……私には、無理です。殿下なら……殿下なら皆を治せるのではないでしょうか?」

「いいえ、私だけでは無理です。しかし、二人一緒なら皆を治すことが出来ます」

「……どういうことでしょう?」

「私の『精神活性』を貴女に使います」


 バニラの言っていることは正しい。バニラだけでは固有魔法を上手く扱えず皆を治すことは出来ないだろう。しかし、私の固有魔法『精神活性』を彼女に使えば、皆を救うことは不可能ではない。


『精神活性』が成長したことにより、今までは自分にしか使えなかった『精神活性』が他人にもかけられるようになった。それによりバニラの固有魔法を強化して、皆を治療出来るということだ。


 それを聞いたバニラは驚き半分心配半分の顔でこちらを見つめてくる。


「でも……それは殿下の負担が大きいのではありませんか?」

「私なら大丈夫です。魔法を使うのにも慣れていますからね」

「そうですか……!」


 私がそう言ってにこりと微笑むとバニラは安心したようにホッと息を吐く。しかし、私の笑顔はバニラにこれ以上心配をかけないための見せかけでしかない。


 今こうしている間も私は固有魔法の全てを全力で発動しており、いつまで持つか分からない状態だ。そのうえ『精神活性』を他人にかけるのは初めてである。私自身どうなるのか見当もつかない。


 だがそれでも私はやるしかない。何故ならこの事態の本当の原因は私にあるからだ。


 バニラが固有魔法を使ったのは恐らく今朝の私の助言を受けたからだろう。私が不用意に固有魔法を使えばいいと言ってしまったことがこの状況を引き起こしてしまった。その責任をバニラに負わせるわけにはいかない。


 だからこそ、この事態は自分で解決する必要がある。それが王女として、クリスティア・エデルシュタインとしての責任の取り方だ。


「どうですか、バニラ。私と一緒に皆を助けてくれますか?」

「……かしこまりました。私に出来ることがあればどのようなことでもいたします」


 そう言ってこちらを見るバニラの顔に涙はなく、目には覚悟の光が灯っていた。


「ありがとうございます、バニラ」


 バニラはもう大丈夫だ。私は彼女に向かって一度頷くと、彼女の手を取り立ち上がる。


「それでは早速あちらで準備を進めましょう」

「はい!」

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