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クリスは楽しく過ごしたい!  作者: かるた
第三章 大魔法祭を楽しく過ごしたい!
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事態の解決と支払われる代償

 無事にバニラの協力を得られた私は、テーブルの上に残されていたクッキーを彼女と一緒に別のテーブルへと運んでいく。このクッキーに二人で魔法をかけて皆を治療するのだ。


「まだクッキーが残っていて良かったですね、殿下」

「ええ、そうですね……」


 確かにバニラの言っていることは間違っていない。お菓子が残っていたおかげで皆を治療出来るのだから喜ぶべきなのは分かっている。分かってはいるのだが……。


「はあ……」


 私は手元にあるクッキーを見て小さく溜息を吐く。何故ならテーブルの上に残っていたのは、私が作った歪な形のむーちゃんクッキーだけだったからだ。


「あはは! やっぱり変な形だね!」

「むーちゃん……」


 私の周りを飛び回っているむーちゃんの言葉を無視して、私達は別のテーブルへとクッキーを運び終えた。


 むーちゃんの言葉も私の気持ちも今は関係ない。やらなければならないのは皆を助けるための魔法を使うことだけだ。


 私はテーブルに並べられたクッキーを一瞥すると、バニラの方へ顔を向ける。


「早く皆の治療に取り掛かりましょう、バニラ」

「そうですね! 頑張ります!!」


 バニラは目の前に並んだクッキーを見て、やる気十分の様子だ。私もいつまでも悲しんではいられない。一度大きく呼吸をすると、気持ちをしっかりと切り替える。


「それではバニラ、実際に一度貴女の魔法を見せてもらえますか?」

「……かしこまりました」


 そう言うとバニラは恐る恐ると言った様子で皿に乗せられたクッキーを一枚だけ手に取る。やる気はあるようだが、やはり皆を傷つけた魔法を使うのはまだ怖いようだ。


 私はバニラの背中に優しく手を当てると落ち着いた声で彼女に話しかける。


「大丈夫ですよ、バニラ。何かあっても私がついています。気楽にやってみてください」

「……はい」


 私の言葉が彼女の背中を押せたかは分からないが、気持ちは届いていると信じよう。


 バニラは一度目を閉じるとゆっくりと呼吸を繰り返し、手に乗せたクッキーに魔力を流し込んでいく。


「ふー……」


 固有魔法は詠唱を必要としない魔法なので、その魔法を使っている本人以外には何が起こっているのか分かりにくい。


 しかし、私は『精神活性』の能力で魔力の流れから魔法の発動まで全ての工程が手に取るように分かる。それはつまり、普段見ることが出来ない他人の固有魔法の構築式ですらも完全に解析出来るということだ。


 私が興味本位からバニラの固有魔法を解析するため『精神活性』に集中していると、先ほど倒れかけた時と同じように激しい頭痛に襲われた。


「うっ!」

「殿下! 大丈夫ですか!?」


 ずきりと痛む頭を慌てて押さえたが、我慢しきれなかった声が少しだけ漏れてしまう。


 それに気が付いたバニラは心配そうにこちらへと振り向き、自分の魔法を中断してしまった。ここで私が耐えなければバニラの魔法がまた失敗してしまう。


 バニラのためにもそれだけは避けなければならない。そう思った私は体調を戻すため『生命活性』に流す魔力をさらに増やしていく。



「……大丈夫ですよ、バニラ。私のことは気にせず続けてください」

「でも……」

「皆を救えるのはバニラの魔法だけなのです。皆のためにもお願いします」

「……かしこまりました。もしお辛いようでしたらすぐにお教えください」


 私の言葉を信じてくれたバニラは再び前を向き、魔法を再開した。しかし、私はと言えば先ほどの頭痛が全く治まらない。既に今日は魔力を使いすぎており、『生命活性』を完全に発動出来るだけの魔力が残っていないのだ。


 頭痛に耐えながらしばらくバニラを見守っていると、彼女はクッキーに魔法をかけ終わったようで小さく息を吐く。


「出来ました、殿下」

「辛かっただろうにありがとうございます、バニラ」


 バニラが固有魔法の発動を終える頃には、『生命活性』の力を借りずとも頭痛はすっかり治っていた。どうやら頭痛は一時的なものだったようだ。


「殿下、確認をお願いします」


 何故頭痛が起こったのかという疑問が私の中から消えていくのと同時に、目の前にはバニラの魔法がかかったクッキーが差し出される。


「ふむふむ……」


 食べる前に『精神活性』でクッキーを調査してみたが、特に問題はなさそうに思う。少なくとも皆があのような状態になるほどの魔法はかかっていないようだ。


「バニラ、一つ聞きたいのですが……貴女は何を願って魔法をかけたのでしょうか?」


 同じように魔法をかけてもらったのにどうして前回と今回で効果が違うのだろう。私は首を傾げながらバニラを見つめた。


「殿下がお辛そうでしたので、少しでも殿下が元気になるよう願いました」

「私のために……ありがとうございます」


 何とも嬉しいことだがバニラは私のことを案じてくれていたらしい。そう言われると、早くクッキーを食べたくなってきた。


「食べてみても良いですか?」

「殿下のために魔法をかけたのです。是非お召し上がりください」


 バニラの返事を聞いた私は、彼女から受け取ったクッキーを一口だけかじってみた。元になっているのが私の作ったクッキーなので味は普通だが、バニラの魔法のおかげで魔力と体力が少しだけ回復するようになっていた。


 しかし、それだけだ。それ以外は何の変哲もない普通のクッキーである。とても皆の正気を奪うようなものではない。


「うーん……」


 クッキーを咀嚼しながら魔法を解析しても、これがあそこまで強力になってしまった理由が分からない。私が首を傾げていると、バニラが悲しそうな顔でこちらを見ていることに気が付いた。


「あの、いかがでしたか……?」

「とても美味しかったですよ。魔法がかかっていたのも確認出来ました」

「それでは何故そのようなお顔をなさっているのでしょうか?」

「どうして皆が正気を失ってしまったのかを考えていたのです」

「?」


 言葉の意味が良く分からなかったのかバニラは首を傾げている。


「気を悪くしないで欲しいのですが……バニラがかけた魔法は弱すぎて皆があのような状態になる理由が分からないのです」


『精神活性』による解析によれば、バニラのかけた魔法はとても弱いものだった。バニラの姉が作り出した宝石飴には遠く及ばず、あそこまで皆がおかしくなるはずがないのだ。


 私が自分の考えをバニラに伝えていると、むーちゃんがじっと私の持っているクッキーを見ていることに気が付く。このクッキーであればむーちゃんが食べても問題はないだろう。


「むーちゃんも食べますか? 美味しいですよ」

「いいの!? 食べたい食べたい!」


 小さな口を大きく開けたむーちゃんに向かってクッキーを差し出すと、むーちゃんは残っていたクッキーに齧りついてサクサクと美味しそうな音を響かせ始めた。


「うん! 美味しいね!!」

「良かったですね、むーちゃん」

「でもさっきのバニラのクッキーの方が美味しそうだったな!」


 そんなむーちゃんの食い意地の張った言葉が私の耳に引っかかる。美味しそうだった。そう、確かにバニラのクッキーは見た目からして美味しそうだったのだ。


 一方で私のクッキーはどうだろうか。頑張ってむーちゃんの形を作ったつもりではあるが、如何せん不器用な私が作った物だ。あまり美味しそうには見えない。


 もしかしたらそこに違いがあるのではないか。クッキーの見た目や美味しさに応じて魔法の強さが変わると言うのであれば、バニラの魔法が強力になってしまったことにも納得できる。


「バニラ、お菓子の味や見た目によって固有魔法の効果が変わることは今までにありましたか?」

「味や見た目ですか……? そこまで意識したことはありませんでしたが、確かに美味しいお菓子や凝った作りのお菓子の方が上手く魔法を使えた気がします」


 バニラは頬に手を当てて、以前に魔法を使った時のことを思い出しながら教えてくれた。彼女の言葉が正しければ私の考えは大きく間違ってはいないはずだ。


 一度呼吸を整えたあと、私は彼女の顔をしっかりと見つめた。


「私の考えですが……恐らくバニラの作ったクッキーが美味し過ぎたせいで魔法が強くかかってしまったのでしょうね」

「そんなことが……」


 私の推理を聞いたバニラは愕然とした表情を浮かべるが、無理もない。まさか美味しいお菓子を作ったせいで皆を傷つけてしまうなんて誰も思わないだろう。


「大丈夫ですよ、バニラ。魔法の失敗は魔法で取り返せば良いのです。そのために私がついているのですから安心してください」

「ありがとうございます、殿下」


 バニラの安心した顔を見られたところで早速治療の魔法について考えていこう。


 皆を治療するために必要なのは、現在皆にかかっている魔法を打ち消す魔法だ。


 そのための解析は既に完了しており、あとはバニラの固有魔法『魔法菓子』を使ってクッキーに治療のための魔法をかけてもらうだけだ。


 その際、私は『精神活性』でバニラの補助をする必要がある。他人に対して『精神活性』を発動するのは初めてだが、私の体調以外の不安は特にないはずだ。


「バニラ、今から皆を治す方法を説明しますね」


 考えを整理した私は一連の流れをバニラに説明した。するとバニラはやる気に満ちた表情で大きく頷いた。


「やりましょう、殿下。それで皆を助けられるのであれば、私も精一杯頑張ります」

「ええ、頼りにしていますよ。バニラ」


 私の魔法ではバニラの手助けをすることしか出来ない。あくまで今回の治療において、主役はバニラだ。


「いつでも大丈夫です、殿下!」

「分かりました。それでは始めましょうか」


 テーブルに置かれたクッキーに手をかざしたバニラの声を聞いて、私は彼女の背に優しく手を当てた。これで準備は完了だ。


「私が『精神活性』を使うので、それに合わせてバニラも魔法を発動してください」

「はい!」


 バニラの元気な返事を聞いて、私は彼女に向けて『精神活性』を発動した。自身の中にあった大きな魔力の流れがそのままバニラに流れこんでいき、彼女の魔法を強化しているのが私にも伝わって来る。


「凄い……まるで私の魔法じゃないみたいです!」

「それは……良かったです……」


 思うように魔法を発動出来て楽しそうなバニラとは裏腹に、私は倒れないよう食いしばりながら何とか彼女へ返事をする。


 今の私は『生命活性』に注ぎ込むための魔力を『魔力活性』で補いながら、『精神活性』で整えているような状態だ。その一部である『精神活性』を他人に向けている現状では、体調を崩してもおかしくない。


 段々と冷たくなってくる体を支えるため両足に力を入れながら、それでもバニラに向かって『精神活性』を発動し続ける。それがこの事態の原因となった私に出来る償いだと信じて。


「出来ました、クリスティア殿下!」

「そう、ですか……良かった……」


 そんな嬉しそうなバニラの声が聞こえると同時に、私の全身から力が抜けていく。無茶をしている自覚はあったが、やはり限界だったようだ。


「殿下!」


 どさりと地面に倒れこんだ私を見て、喜びで赤らんでいたバニラの顔色が真っ青に変わる。


「大丈夫です……私のことは気にしないでください……」


 私が息も絶え絶えにそう言うと、バニラはテーブルの上に置かれていたクッキーを一つ手に取る。


「殿下を放っておくことなんて出来ません! これを召し上がってください!」

「バニラ……もが!」


 有無を言わせずバニラはクッキーを私の口に放り込んできた。慌てて口を動かすとサクサクとした心地良い食感を感じると共に、魔力と体力がみるみるうちに回復していく。


「これは……」

「皆様が元に戻った時疲れたままでは動けないかと思いまして、すぐに回復するような魔法もかけておきました」

「ありがとうございます、バニラ。これなら私も動けそうです」


 とは言っても少し動けるようになっただけで根本的な解決はしていない。しかし、私はバニラの思いやりが何より嬉しかった。だからこそ、ここで力尽きるわけにはいかないのだ。


 起き上がった私は軽く体を動かしてからバニラに目を向ける。


「早く皆にこのクッキーを食べさせてあげましょう」

「はい!」


 それから私とバニラは手分けをして皆にクッキーを食べさせて回る。


「あれ、わたくしは一体……?」

「うーん……」

「何だか変な夢を見ていたような……?」


 少しずつ皆が正気を取り戻すのを見ながら、最後に残ったクッキーをスピネルの口に入れる。


「スピネル、正気を取り戻してください」

「うう……俺は何を……」


 クッキーを食べた直後、スピネルは何が起こったのかも分からない様子で辺りをきょろきょろと見回し始めた。これでようやく皆を元に戻すことが出来たのだ。


 皆の様子を見て安堵したわたしは『精神活性』を解除し、スピネルに向かって飛びついた。


「スピネル! 良かったです~!」

「うお! どうしたんだクリス!? 一体何があったんだ!?」


 まだ状況を理解出来ていないスピネルは不思議そうな顔でこちらを見ていた。


「皆がお茶会の途中でおかしくなってしまったので、バニラに治して貰ったのです!」

「何だと! まさか……またスファレとかいう奴に攻撃されたのか!?」


 敵からの攻撃を受けたと勘違いしたスピネルが鋭い目付きで辺りを見回すのを見て、それを制するようにバニラが一歩前へと踏み出す。


「いいえ、違います。今回の件については私から説明させていただきます、スピネル様」


 スピネルを含めた皆の前で、バニラが今回の事態について説明してくれた。自分の魔法が失敗したせいで皆に迷惑をかけてしまったこと。その事態を収束するため、わたしと協力して皆を治したこと。その全てを。


「なるほど……今回の元凶はバニラの魔法だったんだな」

「その通りです、スピネル様」


 説明を聞き終えたスピネルはそのまま難しい顔で腕を組む。その頃にはわたしも自分の席に座って、落ち着きを取り戻すためにむーちゃんの毛並みを整えていた。


「それで? クリスはどうするつもりなんだ?」

「バニラへの処罰の話でしょうか? それなら既に考えていますよ!」

「どんな処罰でも受け入れます、クリスティア殿下」


 バニラは何かを覚悟したような表情で両手をぎゅっと握りしめているが、今回の件についてはわたしの監督が不十分だった面が大きい。なので、そこまで重い処罰にはしないつもりだ。


「今回、バニラは自らの魔法で多くの人を傷つけてしまいました」

「はい」

「しかし、自らの魔法で多くの人を救いもしました」

「はい」

「よって、バニラには更なる魔法の練習を兼ねて一か月の間、むーちゃんのおやつを毎日作る罰を与えます!」

「はい……え?」


 わたしの判決を聞いたバニラは信じられないような顔でこちらに顔を向ける。


「よろしいのですか、殿下……?」

「はい! 問題を起こしたとはいえバニラは自らの力でそれを解決しました! それに今回の件はわたしのせいでもあります……」


 わたしがそう言うとバニラはきょとんとした様子でこちらを見つめていた。一体何を言われるのだろうと考えているような顔だ。


 わたしとしてはバニラに魔法を嫌いになって欲しくないのだ。そのために下した判決が甘いと言われようと構わない。それがわたしの目指す王女としての姿なのだから。


 わたしはバニラの顔を見つめて、笑顔で彼女に話しかける。


「わたしはバニラの優しい魔法が大好きです! 今後は皆を救ったその力を伸ばすため、魔法の練習に尽力してください!」

「かしこまりました! 殿下の寛大なお心に深い感謝を……」


 恭しい態度でバニラが礼を告げる。この件はこれで解決だ。それを見ていたスピネルは頭をぽりぽりと掻きながら小さく溜息を吐く。


「はあ……クリスは甘いな」

「そうでしょうか? 毎日むーちゃんのおやつを作るのは大変ですよ! なにせむーちゃんは食いしん坊ですからね!!」

「わあい! 毎日バニラのお菓子が食べられる!」


 これならむーちゃんも喜ぶし、バニラも魔法の練習が比較的安全な状態で行えるのだ。落としどころとしては悪くないだろう。


「スピネルも寮に戻ったらお兄様達に訓練してもらいましょうね! 今度はしっかり守ってくださいよ!」

「……ああ、次は必ず守ってみせる」

「約束ですからね!」


 スピネルとも訓練の約束をしたので、早速お兄様達に相談しなければならない。


 そんなことを考えながら皆でのんびりと片付けをしていると、少しずつ日が暮れて来たことに気が付く。そろそろ寮に帰るとしよう。


「それでは皆、寮へ帰りましょう!」

「はい!!」


 皆の返事を聞いたわたしが笑顔で椅子から立ち上がると、次の瞬間世界がぐるりとひっくり返る。


「あれ……?」

「クリス!!」


 転んだのだと理解するよりも早くスピネルの言葉が空気を切り裂いて聞こえてくる。


 スピネルが弾かれるようにして椅子から立ちあがり、地面に倒れこむわたしを抱きとめてくれた。支えてくれるスピネルの手は温かく、わたしに安心感を与えてくれる。


「すみません、スピネル……もう限界だったみたいです……」

「喋らなくていい! バニラ達は先に寮に戻ってセレスタ殿下を探しておいてくれ!!」


 スピネルの温かさに反するようにわたしの体が冷たくなっていくのを感じる。これはきっとわたしへの罰だ。ならば受け入れなければならない。


「スピネル……あとのことは頼みましたよ……」

「ああ、分かったからもう喋らないでくれ! 今すぐ寮に連れて帰ってやる!」


 スピネルはわたしを抱えるようにして立ちあがると寮へと向かって歩き出す。そして、わたしの意識は暗い闇の中へと落ちていった。


 ◇


 意識を失ったわたしが目覚めた時、そこは見知らぬ空間だった。


「あれ……? ここはどこでしょうか……? わたしは確かスピネルに運ばれていたはず……」


 わたしが独り呟いてもそれに返事をしてくれる者は誰もいない。辺りは闇に包まれており、遠くの方には薄っすらと光が見える。


「スピネル! むーちゃん! 皆どこにいるのですか!!」


 叫ぶように上げた声は闇の中に吸い込まれていき、どこからも返事はない。そんな周囲の暗闇に恐怖を感じていると、遠くにある光がちかちかと点滅を始めた。


「もしかしたら、あそこに誰かいるのでしょうか?」


 実際のところ、あの光が何かは分からない。しかし、他に頼るものもない状況ではあの光を目指して歩くしかないだろう。


「そうと決まればあそこに向かいましょう!」


 わたしは自分を鼓舞するため励ましの言葉を口にして、遠くで点滅している光に向かって歩き始めた。

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