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クリスは楽しく過ごしたい!  作者: かるた
第三章 大魔法祭を楽しく過ごしたい!
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倒れたわたしと彼女の疑惑

お久しぶりです。四か月ぶりの更新になりますが、楽しんでいただければ幸いです。

しばらくは一週間ごとに更新予定です。貯まってきたら更新ペース早めていきます。


<前回までのあらすじ>

大魔法祭に向けてお菓子作りの練習をしていたクリス達。完成したお菓子を試食するためお茶会を開催するが、クリスは皆の様子がおかしいことに気が付く。

 先ほどから様子のおかしいスピネルを正気に戻すため、わたしはスピネルの肩を強く揺すりながら声をかけ続ける。


「スピネル! スピネル!」

「うう……クッキー……」


 しかし、いくら呼びかけたところでスピネルの反応は鈍いままで、しきりにクッキークッキーと呟いている。


「しっかりしてください! スピネル!!」

「うう……」


 試しにぺちぺちと頬を叩いてみたが、やはり正気に戻る様子はない。


「うーん、一体何が起こっているのでしょう……」


 一度スピネルから視線を外して周りを見ると、皆もスピネルと同じようにぶつぶつと呟いており、無事なのはわたしとバニラだけだ。明らかな異常事態が起こっている以上、まずは現在の状況を整理しなければならない。


「少し待っていてくださいね、スピネル!」

「クッキー……」


 そう考えたわたしはスピネルを正気に戻すことを一旦諦め、心を落ち着けるため『精神活性』へと少しずつ魔力を流し込んでいく。


「……ふう」


 魔力を流すほど頭がすっきりと冷めていき、現在の状況を冷静に見ることが出来るようになっていく。反動が出ない程度に魔力を流し、一息ついてから周囲を見渡してみる。


 先ほどまで楽しそうに話していた皆もスピネルと同じように虚ろな目で宙を見つめているが、こうなってしまった原因は未だ不明なままだ。


 その中で唯一無事なバニラも先ほどから不安そうに辺りを見回している。まずはバニラを安心させてあげた方が良いだろう。


「皆はこのような状態ですが、バニラは大丈夫なのですか?」


 わたしは不安そうなバニラを安心させるため、出来るだけ優しい声で彼女に話しかけた。


「殿下……はい、特に変わりはないようです」


 そう言ってバニラは自分の体をきょろきょろと見回している。わたしが見る限りでもバニラの体に異常は感じない、どうやら本当に大丈夫なようだ。


「そうですか……皆がこうなっている中、バニラだけでも無事で良かったです」

「ありがとうございます、殿下」


 わたしとバニラは顔を見合わせ二人で微笑みを浮かべる。わたし以外にも無事な者がいて安心はしたが、皆の状態を考えるとあまりのんびりしてもいられない。


 わたしは少しでも状況を把握するため、バニラと一緒にテーブルを見回す。


「それにしても……一体何が起こったのでしょうね」

「私にも分かりません。急に皆様の様子がおかしくなってしまったようです……」


 バニラもわたしと同じように何が起こっているのか分かっていないようで、不思議そうに首を傾げている。皆がおかしくなる中、どうしてわたしとバニラだけが無事だったのだろうか。


 そこまで考えたところで、わたしはむーちゃんの存在を思い出した。


「むーちゃん」

「なにー?」


 肩の辺りでふわふわと宙に浮かんでいるむーちゃんへと声をかけると、いつもと同じ調子で返事をしてくれた。やはりむーちゃんもわたし達と同じように体に異常はないようだ。


 もしかして魔法が得意なむーちゃんならこの事態の原因が何か分かるかもしれない。そんな期待を込めてわたしはむーちゃんへ話しかける。


「むーちゃんは皆に何が起こっているのか分かりますか?」

「うーん……ボクにもよく分からないけど、みんなもやもやしてる気がするよ!」

「もやもや……ですか?」

「うん!」


 もやもやというむーちゃんの言葉にわたしが引っ掛かりを感じていると、むーちゃんはスピネルの近くまで飛んでいき前足で彼のお腹を指し示す。


「みんなのお腹の辺りがもやもやしてるの!」

「そうなのですか? わたしには分かりませんが……」


 どうやらむーちゃんにはわたしに見えない何かが見えているようだが、わたしにはむーちゃんが言っているもやもやの正体が分からない。


「うーん……」


 何とかもやもやが見えないものかと、わたしが目を細めてスピネルのお腹の辺りを見つめていると、その行動を不思議に思ったバニラが席を立って、スピネルの近くまで歩いて来た。


「殿下、いかがなさいました?」

「ええ……むーちゃんが気になることを言っていたので少し調べていたところです」


 バニラにはそう答えたが、どれだけ凝視しようともむーちゃんの言っているもやもやがわたしには見えない。


 何とかしてもやもやを確認しようとわたしが立ち上がり、様々な角度からスピネルを眺めていると、むーちゃんのあっけらかんとした声が聞こえて来た。


「クリスももやもやが見たいなら『精神活性』を使えば見えるようになると思うよ!」

「それならもう既に使っているのですが……」

「まだ魔力が足りないんだよ! もっとたくさん流してみて!!」

「そうは言ってもですね……」


 むーちゃんは気楽な調子でそう言うが、これ以上『精神活性』に魔力を流すと恐らく反動が出てしまう。後のことを考えるとこれ以上魔力を流すのは避けたいところなのだが、こうしている間にも皆の具合が今よりもっと悪くなってしまうかもしれない。


「……」


 一瞬考えてみたが皆に何が起こっているのか分からない以上、反動を覚悟でむーちゃんの言う通り『精神活性』に流す魔力を増やしてみるのも一つの手かもしれない。


 わたし自身の体調も心配だが、それ以上に皆のことが心配だ。


「……仕方がありませんね」


 わたしは覚悟を決めると体内の魔力をさらに『精神活性』へ流していく。いつもよりも多くの魔力が流れ込んでいくのを感じた瞬間、わたしの目に映る世界が極彩色に輝き始めた。


「綺麗です……」


 全てのものに流れている魔力が色となってわたしの視界を支配していく。空は風の魔力をまとった緑色に、庭園の花は土の魔力をまとった茶色に、そして目の前の皆もそれぞれが授かった魔法適正の色に輝いて見える。


「ううっ!」


 しかし、わたしが確認出来たのはそこまでだった。『精神活性』に魔力を流しすぎた反動か、凍り付くような寒気を全身に感じ、急激な吐き気と激しい頭痛に襲われる。冷や汗で全身がびっしょりと濡れ、呼吸も上手くできなくなり目の前が真っ暗になっていく。


「はっ……! はっ!」


 世界がひっくり返るような感覚に耐え切れずわたしが地面に膝をつくと、慌てた様子のバニラの声が遠くから聞こえてきた。


「……! ……!?」

「はあっ……! はっ……!」


 バニラが何かを言っているようだが、声がほとんど聞きとれない。どうやら耳も聞こえなくなっているようだ。


 これ以上は間違いなく危険だと判断したわたしは薄れゆく意識の中、『精神活性』に向けた魔力の流れを『生命活性』へと無理やり切り替える。


「はあ……はあ……」


 以前『精神活性』を全力で使った時はここまで大きな反動はなかった。もしかしたら自分の中で『精神活性』も成長しているのかもしれない。その結果()の体が耐えられなくなってしまったのだ。


 自分なりの結論を出しながら『生命活性』に魔力を流し続けていると、回復してきたのか少しずつ呼吸が楽になってきた。


「すう……はあ……」


 どのくらい時間が経ったのかも分からずしばらく深呼吸を繰り返していると、気分の悪さも薄れていき目の前が段々と明るくなってきた。


「殿下! クリスティア殿下! 大丈夫ですか!?」


 治すことに夢中で気が付いていなかったが、どうやら倒れそうになる私をバニラが支えてくれていたようだ。背中にはバニラの手が回されており、心配そうな彼女の顔が目の前にあった。


「ええ、バニラ。心配しないでください。少し体勢を崩してしまっただけです」

「でも、殿下……」

「ほら、ちゃんと立ちあがれます。私は大丈夫ですよ」


 不安に思っているバニラにこれ以上心配をかけないため、私は出来るだけ平気な振りをしながら軽く汚れを払い立ち上がる。


 立ち上がった私は周囲の様子を軽く確認してみる。色とりどりな魔力に溢れている光景は先ほどと変わりないが、『精神活性』の魔力を減らしたおかげか先ほどのように倒れることはなさそうだ。


 結果的に『生命活性』で抑え込むことは出来たが、想定よりも反動が強力だった。これ以上『精神活性』に魔力は流さない方が良いだろう。


 頭の中で自分に起こったことを整理しながら両手を開け閉めしていると、私が黙っているのを不思議に思ったのか、バニラがおずおずと声をかけてきた。


「本当にお加減は大丈夫ですか? 殿下……」

「ええ、何も問題ありません。むしろ清々しい気分です」


 心配そうにこちらを見つめるバニラの体からは、夜の闇によく似た紺色の魔力が溢れそうになっているのがはっきりと見える。どうやら成長したことでその人固有の魔力までしっかりと認識出来るようになったようだ。


 魔力を全身で感じられるのは面白く、心なしか気分も良くなってきたが、反動のことを考えるとあまりのんびりしてもいられない。私は早速皆の状態を調べることにした。


「あまり時間がありません。むーちゃん、手伝ってください」

「分かった!」


 むーちゃんに声をかけると普段と同じ緊張感のない声が返ってきた。私はそんなむーちゃんの頭を軽く撫でると、近くに座っているスピネルの元へと向かう。


 わたしがスピネルへ近づくと、むーちゃんはスピネルのお腹を指し示して大きな声をあげる。


「ほらクリス! ここだよ! ここ!」

「ええ、今度は私にも見えましたよ」


 むーちゃんが自慢気に指し示す先には確かにもやもやとしたものが存在している。先ほどまでは分からなかったが、『精神活性』のおかげで何とか調べることも出来そうだ。


『精神活性』を通して見ると、スピネルは自らの魔力の色である赤と黄色に輝いていた。太陽を思わせるその色はスピネルの優しさを表しているようでとても綺麗だが、お腹の辺りだけがもやもやした異物に包まれている。


『精神活性』を発動している間だけ見える以上、何らかの魔法が影響していることは間違いないのだが、それ以上のことは見ているだけでは分からないようだ。


 私はもやもやの正体を調べるため、スピネルに向かってそっと手を伸ばす。


「クッキー……」

「すみません、スピネル。少し失礼しますね」


 ぶつぶつと呟くスピネルに一言断りを入れてから、私は彼のお腹にあるもやもやに優しく手を当てる。


「大丈夫ですか? 痛くはないですか?」

「クッキー……」


 今のスピネルに声をかけたところで意味のある言葉は帰って来ない。分かってはいたことだが、早く何とかしてあげたい。


 実際に手を触れて分かったが、やはりこのもやもやは魔法で間違いない。間違いないのだが、この状態のスピネルを治療する魔法を私は知らない。


「これで治療出来ると良いのですが……」


 これで良くなるかは分からないが、出来ることは試してみたい。私はスピネルのお腹から手を離し、杖を構えるとセレスタお姉様に教わった治療の魔法を唱え始めた。


光よ、治療せよ(リヒト・クーア)


 私の言葉と共に杖の先端に溜まった魔力が魔法となり、スピネルを包み込むように光の粉が舞い散る。『精神活性』のおかげで普段より強力にはなっているが、果たして効果はあるのだろうか。


「ぐっ……」


 スピネルが元気になるよう願いながら効果が出るのを待っていると、スピネルの顔が突然苦しそうに歪み始めた。


「スピネル?」

「……ぐあああ!!」


 スピネルの反応を不思議に思い私が首を傾げていると、もやもやが紺色の魔力の渦へと形を変える。魔力の渦はそのまま膨れ上がるとスピネルの体を蝕み、痛みに耐えかねたスピネルが大きな声で叫び始めた。


「スピネル!!」


 スピネルの異変を感じた私が急いで魔法を中断すると、膨れ上がった魔力の渦は再びもやもやとした形状に戻りスピネルのお腹の辺りを包み込む。スピネルも痛みからは解放されたようだが、まだ少し苦しそうだ。


「うう……」


 どうやら皆にかかっているのは『魔力活性』に類似した、魔力を増幅させる魔法のようだ。私が中途半端に魔法を使ったせいでスピネルにかけられた魔法が活性化し、彼のことを傷つけてしまったらしい。


 スピネルを傷つけてしまった事実に動揺した私は何とか謝罪の言葉を絞り出す。


「すみません、スピネル……」


 私が動揺しているのはスピネルを傷つけてしまったことだけではない。先ほどスピネルから感じた魔力が見たことのある色だったからだ。


「殿下! 今の声は一体!?」


 苦しそうなスピネルを前に呆然としていると、少し離れた場所からこちらを見ていたバニラが慌てた様子で近づいてくる。


 私は彼女にかける言葉を考えながらゆっくりと口を開いた。


「……すみません、バニラ。こちらは大丈夫ですので、もう少しだけ調べさせてください」

「かしこまりました……何が起こるか分かりませんのでお気をつけください、殿下」

「ありがとうございます……」


 気の抜けた返事を聞いたバニラは不思議そうな顔でこちらを一瞥すると、少し離れたところへと歩いていく。しかし私は、こちらに背を向ける彼女から目を離すことが出来なかった。


 先ほどスピネルから感じた紺色に輝く魔力の渦。バニラの体がそれと同じ紺色に輝いていたからだ。


「どうして……」


 そのことが示す事実を私は信じたくなかった。

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