楽しい試食会と異変
その後もわたし達はわいわいと楽しみながら、鉄板に生地を並べていった。わたしの自信作であるむーちゃんのクッキーももちろんあるが、他にも様々な形の生地を用意したので焼き上がるのが楽しみだ。
「後はよろしくお願いしますね、バニラ!」
「かしこまりました、殿下。しばらくお待ちくださいませ」
バニラにお願いして『焼成の魔道具』に生地の乗った鉄板を入れると、わたし達はやることがなくなってしまった。
「う~ん……しばらく時間が空いてしまいますね! 魔法の練習でもしますか?」
「クリスは良いかもしれんが俺はまだ使える魔法も多くはないぞ……」
「それではむーちゃんも呼んできて一緒に魔法の人形を動かしましょうか!」
そんな風にスピネルと暇潰しの方法を考えていると、バニラもやることがなくなってしまったようでこちらに向かって歩いてきた。
「殿下、スピネル様。この後お茶会を開こうと思うのですが、もし良ければお手伝いをお願いしてもよろしいでしょうか?」
「お茶会ですか?」
「はい。皆が作ったクッキーを味見しながら少しお茶でも飲もうかと思いまして……」
どうやらこれからクッキーの試食を兼ねたお茶会を開催するらしく、その準備を皆で行うため、バニラはわたし達にも声をかけてくれたようだ。そうとなれば暇潰しなど考えている場合ではない。わたしは一度スピネルと顔を見合わせて首を縦に振った。
「皆でお茶会! 素敵ですね! 是非わたしにも手伝わせてください!」
「俺も手伝うぞ。何をすればいい?」
「ありがとうございます、お二人とも。それでは……殿下はここでお茶やお菓子の準備を手伝っていただいてもよろしいでしょうか? スピネル様は庭園で会場の準備を手伝っていただけると助かります」
「分かりました! すぐに取り掛かりますね!」
バニラによるとお茶会はエデルシュタイン寮近くの庭園、水の庭で開催されるようだ。夏に近づき庭園も様変わりしていたので、春にお茶会した時とは違った雰囲気で楽しむことが出来そうだ。
「それじゃあ俺は庭園で準備してくる。また後でな、クリス」
「はい! よろしくお願いしますね、スピネル!」
バニラの指示を聞いたスピネルは何名かの学生を連れて庭園へと向かい、わたしは残った学生と共に楽しみな気持ちでお茶とお菓子の準備を進めていった。
「バニラ、こっちの準備はもうできたぞ」
「ありがとうございます、スピネル様」
しばらくすると庭園で準備をしていたスピネルが調理室へと戻って来た。どうやら庭園の準備が終わったのでわたし達を呼びに来てくれたようだ。こちらの準備も完了しているので、あとはわたし達が行けばいつでもお茶会を始められるだろう。
スピネルの報告を聞いたバニラはにこりと微笑みを浮かべると、調理室で準備をしていた学生達へと声をかける。
「それでは私達も庭園へ向かいましょうか」
「はい! 楽しみですね!!」
「むーちゃんも行きますよ!」
「うん! お菓子楽しみだなあ!!」
調理室の隅で休んでいたむーちゃんを連れて、わたし達は速やかに庭園へと移動する。皆で手分けして先ほど作ったクッキーやお茶の乗ったワゴンを押して庭園に到着すると、スピネルにお茶会の会場へと案内された。
お茶会の会場には既にテーブルや椅子が用意されており、そこではスピネルと一緒に会場の準備をしていた学生達が背筋を伸ばして待ち構えていた。
「ようこそいらっしゃいました、お嬢様。本日はゆっくりとくつろいで下さい」
丁寧な言葉遣いにしっかりとした態度。皆の様子を見る限り、カフェの練習も兼ねて給仕になりきっているようだ。中には少し緊張しているのか動きが硬い者もいるが、慣れないことをやっているのだ、大魔法祭までにはもっと上手く出来るようになっているだろう。
物珍しさからわたしが皆の顔を見回していると、スピネルがこちらへと歩いて来た。どうやらわたしの給仕にはスピネルがついてくれるようだ。
「こちらですよ、お嬢様」
「ええ、ありがとう。スピネル」
折角なのでわたしも普段とは感じを変えて、お嬢様らしくスピネルに接することにした。にこりと微笑みながらスピネルに礼を告げると、彼も同じように微笑みを返してくれる。そのまま案内に従って席に着くと、スピネルが殊更丁寧にお菓子とお茶の準備をしてくれた。わたしが言うのもおかしな話だが、スピネルの給仕姿はなかなかどうして様になっている。
「クリスの給仕も終わったし、俺もそろそろ座るとするかな」
自分のお菓子とお茶を準備したスピネルは、給仕の真似事をやめてゆっくりわたしの隣へと着席した。
「もう練習は良いのですか?」
「ああ、とりあえずどんな感じになるのか試してみただけなんだ。ちゃんとした練習は皆が揃っている時にするさ」
「なるほど……それなら次からも作ったお菓子を実際に出して練習してみましょう! そちらの方が皆も身が入りますからね!」
今後のことをスピネルと話していると、バニラ達の案内も終わったようで全員が席に着いていた。皆の視線が今日の主催であるバニラに集まると、彼女はにこりと微笑みを浮かべる。
「皆様、本日はお集まりいただきありがとうございます。皆様の協力のおかげで楽しくお菓子を作ることが出来ました。お茶会のお菓子には先ほど皆様の作ったクッキーも用意しましたので、楽しく試食して悪いところがあれば次回は改善していきましょう」
「はい!」
バニラが皆に感謝の気持ちを伝えて、お茶会は賑やかに始まった。
皆の目の前にはお菓子とお茶が並べられており、テーブルの中央にある大きなお皿には色々な形のクッキーが置かれている。恐らくあれがわたし達の作ったクッキーなのだろう。少し歪な形をしているむーちゃん型のクッキーがどんと乗っているのがその証拠だ。
「なんですの? あれ……」
「見たこともない魔獣だな……」
「何だか少し怖いです……」
「うう……どうしてですか……」
わたしの作ったクッキーはあまり好評ではないようだ。他のクッキーがどんどん減っていく中、歪なむーちゃんクッキーだけは避けられ、ずっと中央のお皿に居座り続けている。
あまりの人気のなさにわたしが泣きそうになっていると、一方で別のクッキーに注目が集まっていることに気が付く。スピネルの作ったむーちゃんクッキーだ。
「これはむーちゃんでしょうか?」
「きっと殿下の作ったクッキーだな!」
「これならカフェでも人気間違いなしですね!」
皆が褒めながら取っていくため、スピネルの作ったクッキーはあっという間に中央のお皿からなくなってしまった。一体何が悪かったのだろうか……。
わたしがしょんぼりと肩を落としていると、スピネルがわたしの肩をぽんぽんと優しく叩く。
「そんなに気を落とすなよ、クリス。味は美味しいから大丈夫だ」
「スピネル……」
皆が遠慮してわたしのむーちゃんクッキーを食べようとしない中、スピネルだけは美味しそうにそのクッキーを食べてくれた。サクサクと美味しそうな音がわたしの耳を打つ。
「形は次頑張ればいいんだ。また今度バニラにお願いして練習させてもらおう」
「はい……そうですね! 次はもっと可愛く作ります!」
このまま暗い顔をしていては楽しいお茶会が台無しになってしまう。今はむーちゃんクッキーのことは忘れてお茶会を楽しもう。わたしは気持ちを切り替えてお皿に乗せておいた歪なむーちゃんクッキーをむーちゃんに差し出す。
「ほら、むーちゃん! 約束の美味しいクッキーですよ!」
「変な形……だけど美味しいね!」
「これはむーちゃんの形を作ろうとしたのです! 可愛いでしょう?」
「ええ!? 全然似てないよ~」
わたしがむーちゃんと楽しくクッキーを食べていると、バニラが手元から袋を取り出しテーブルの上に置いた。大きさを見るにお菓子が入っているようだが、一体何を用意したのだろうか。
わたしがわくわくしながら袋を見つめているとバニラは微笑み、袋を開けた。
「こちらは私が作った試作品のクッキーになります。固有魔法の練習で作った物ですが、召し上がりたい方はいらっしゃいますか?」
わたし達がクッキーを作っている間、バニラも自分のクッキーを作っていたようだ。それに固有魔法ということは宝石飴のように美味しいお菓子かもしれない。わたしはすぐさま手を挙げた。
「バニラのクッキーですか!? 食べてみたいです!!」
「私もよろしいでしょうか?」
「僕にも一つください!」
わたしが手を挙げると、他の者もつられるようにして次々と手を挙げる。結局テーブルの全員が手を挙げたので、一人一枚ずつバニラのクッキーがお皿に配られていった。
見た目は普通のクッキーと変わらないようだが、一体何が違うのだろうか。それを確かめるためにもわたしは手に取ったクッキーを少しだけ齧ってみた。
「これは……!!」
齧った瞬間他のクッキーとは全然違うことが分かる。サクサク感やバターの風味、優しい味が口いっぱいに広がっていく。これはバニラが作ったから美味しいのだろうか。それとも固有魔法の力なのだろうか。それを聞くため、わたしはバニラの方へ顔を向けた。
「とても美味しいですバニラ! これが固有魔法の力なのでしょうか?」
「はい。私の固有魔法『魔法菓子』を使うとお菓子の美味しさをより引き出すことが出来るのです。まだお姉様のように使いこなせてはいませんが、練習のために少しだけ使ってみました」
「素晴らしいです! これならカフェのお菓子も大丈夫ですね!」
バニラはわたしの助言を取り入れて、早速出来るところから固有魔法の練習を始めたようだ。このように固有魔法を使えるのなら皆は美味しいお菓子を食べることが出来て、バニラは固有魔法の練習が出来る。まさしく皆が得をする理想的な流れだろう。
そんなことを考えていると、いつの間にか手に持っていたクッキーはわたしのお腹の中に消えてしまっていた。美味しかったのにあっという間になくなってしまって残念だ。
「バニラ! クッキーはもうないのですか!?」
「はい……あまりたくさんは用意出来なかったのでもう残っていません……」
バニラが申し訳なさそうにそう言うと、傍らを飛んでいるむーちゃんが驚きの声を上げた。
「ええ! じゃあボクの分は!?」
「あ……すみません。むーちゃんの分を取り分けるのを忘れていました……」
「そんなあ! ボクも食べたかったのに!!」
わたしの言葉を聞いたむーちゃんは空中で足をバタバタと動かし始めた。しかし、気が付いたら手に持っていたクッキーはなくなっていたのだ。怒るむーちゃんの気持ちも分かるが、バニラのクッキーが美味し過ぎたので仕方がないではないか。
わたしが周りを見回すと皆もクッキーを食べ終えてしまったようで、テーブルの上にバニラのクッキーはもう一枚も残っていなかった。
「すみません、むーちゃん!」
「クッキー食べたい! クッキー! クッキー!」
「ほ、ほら! このクッキーならありますよ!」
そう言ってわたしが歪なむーちゃんクッキーを差し出すと、むーちゃんはぷいと顔を逸らしてしまった。
「やだ! バニラのクッキーが食べたいの!」
「う~ん……困りましたね……」
「あの、クリスティア殿下。いかがなさいました?」
頬を膨らませて今にも暴れ出しそうなむーちゃんに対してわたしが眉を寄せていると、バニラが心配そうな顔で話しかけてきた。
「むーちゃんがバニラのクッキーをどうしても食べたいそうです……」
「それなら今度むーちゃんのためにお菓子をお作りしますよ」
「良いのですか?」
「はい。そこまで食べたいと言っていただけるのは私としても嬉しいですから」
「わあい! ありがとう、バニラ!!」
むーちゃんのはしゃいだ様子を見て、バニラは嬉しそうに微笑みを浮かべている。バニラにはお世話になりっぱなしなので、またお礼を考えなくてはならない。
「スピネル! どのようなお返しをしたらバニラは喜んでくれるでしょうか?」
「…………」
「スピネル?」
わたしは考えをまとめるために隣のスピネルに話しかけたが、いつまで経っても返事がない。それに皆も話すのをやめてしまって、今動いているのはわたしとバニラ、むーちゃんだけだ。
「み、皆様……いかがなさいました?」
バニラも異変に気が付いたようで、不安そうにきょろきょろと周囲を見回している。周囲の状況を不気味に思ったわたしは慌ててスピネルの肩を揺する。
「ス、スピネル! どうしたのですか! 返事をしてください!!」
「…………」
「スピネル!!」
しばらくスピネルの肩を揺らし続けると、彼はようやく重い口を開けた。しかし、それはわたしの期待した反応とは遠くかけ離れたものだった。
「……クッキー」
「? スピネル……今なんて言いました?」
「……クッキー」
何度も繰り返しそう呟く彼の瞳は虚ろで、まるでわたしのことなど見えていないかのようだった。




