もうすこしがんばりましょう
それからわたしとスピネルはバニラの教えてくれた通り『攪拌の魔道具』に魔力を流してクッキーの生地を作り上げた。
「やはり『攪拌の魔道具』は凄いですね! とても楽に作れました!!」
「あっという間だったな」
二人分のひとまとめになった生地をテーブルの上に一度置き、わたしが笑顔を浮かべているとスピネルも嬉しそうにこちらを見ていた。
先ほどバニラの手本を見ていたので分かってはいたが、何度見ても魔力を流すだけで生地が出来上がるのは面白い。お菓子は作る過程も楽しいものだが、簡単に出来てしまい少し拍子抜けだ。しかし、それはそれとして作業時間は短くなるため、空いた時間を別のお菓子作りやクッキーの飾り付けに使えるのは大きな利点だろう。
スピネルもそれを感じていたようで、顎に手を当ててじっと『攪拌の魔道具』を見つめている。
「……これなら大魔法祭に向けて人数分揃えても良いかもしれないな」
「そうですね! あまり多すぎても困りそうなので、数についてはバニラに相談してみましょう!」
生地はもう既に完成してしまったので、後は好きな形に整えれば焼く前の作業は完了だ。バニラへの相談は後ですることにして、わたしとスピネルはそれぞれの作業を開始する。わたしがクッキーの型を探し、スピネルには型抜きをしやすいよう生地を伸ばしてもらうのだ。
「どの型にしましょう……悩みます!」
星の形や葉っぱの形、雲の形や花の形など様々な型がテーブルの上には用意されており、これらを使えばわたしでも簡単に形を整えることが出来そうだ。
「むーちゃんのような型もあります! これは絶対に外せませんね……!」
わたしがどの型にしようか悩んでいると、近くのテーブルから学生の声が聞こえてきた。
「凄いですわ……」
「あんなにすぐ出来るなんて……僕達も使ってみたいね」
どうやら先ほどわたし達が『攪拌の魔道具』を使っているところを見ていたようで、彼らの羨ましそうな視線がわたしに突き刺さる。彼らもお菓子作りにはまだ慣れていないらしく、生地を作るのにも苦戦しているようだ。
彼らの視線にスピネルも気が付いたのか、わたしに声をかけてきた。
「なあ、クリス。これを他の奴らに貸しても良いんじゃないか?」
「そうですね……」
悩むわたしの横でスピネルは『攪拌の魔道具』を指差している。スピネルの言う通りもう『攪拌の魔道具』を使う予定はないので、彼らに渡してしまっても問題はない。しかし、それには一つ問題があるのだ。
「バニラ、少しよろしいでしょうか?」
わたしはそれについて質問するため、再びバニラへと声をかけた。
「はい。いかがなさいました?」
「『攪拌の魔道具』を他の者に使わせても良いものか……バニラに尋ねたかったのです」
わたしが真剣な顔で尋ねるとバニラは眉を寄せ少し難しい顔をする。
「ある程度魔法が使える学生なら貸しても問題ないと思います。具体的には私と同じ程度に魔道具が扱える学生でしょうか……」
「やはりそうですか……」
『攪拌の魔道具』は確かに便利なのだが、材料を切り刻んでかき混ぜるために風魔法を利用している。そのため、まだ魔法を上手く使えない一年生が使うにはまだ少し難しい。万が一事故が起こってしまうとセレスタお姉様に迷惑をかけてしまうかもしれないので、慎重に考える必要があったのだ。
「ご心配なさらずとも大丈夫ですよ、殿下」
わたしの言葉を予想していたのか、バニラにあまり気落ちした様子はなさそうだ。
「希望するテーブルの学生には私が『攪拌の魔道具』の使い方を教えて回ります。今回は私が手本を見せますが、実際に使ってみたい学生には次回までに練習してきてもらいましょう」
「……でも良いのですか? バニラもお菓子を作りたいのではないでしょうか?」
わたしがそう聞くと、バニラは余裕を持った微笑みを浮かべる。
「先ほど殿下に『攪拌の魔道具』の使い方を教える時に生地は作ったので、私の準備はほとんど終わりました」
「それなら良かったです!」
「それに私も皆に教えるのは楽しいのでご心配には及びません」
そう言い切ったバニラの顔はしっかりと前を見据えている。どうやらわたしは余計な心配をしていたようだ。バニラの真剣な表情を見て、わたしは自分の考えを改めた。
「分かりました! それでは『攪拌の魔道具』はバニラに任せますね!」
「ありがとうございます、殿下。それでは私は他のテーブルを見て回りますね」
バニラはそう言うとわたし達の使い終わった『攪拌の魔道具』を持って、先ほどわたし達のことを羨ましそうに見ていた学生達の元へ向かった。
「バニラはとても頼りになりますね!」
「ああ、これなら大魔法祭に向けてのお菓子作りも安心して良さそうだ。俺達も話してないでそろそろ準備を進めないか?」
「そうですね! 待っているむーちゃんのためにもとびきり可愛くしましょう!!」
わたしも頑張ってくれているバニラに負けてはいられない。気合いを入れ直したわたしは、スピネルが伸ばしてくれた生地を色々な形にくり抜いて次々と鉄板の上に置いていく。わたしが一番気に入っているのはムイムイの型を使ってむーちゃんを表現したものだ。
「ふんふ~ん」
わたしが鼻歌を歌いながらむーちゃんのつぶらな瞳を表現するためにぐりぐりと目の部分を串で刺していると、スピネルが気の毒そうな視線をこちらに向けてくる。
「……クリス、それは一体何を作っているんだ?」
「え? むーちゃんですよ! 見れば分かるじゃないですか!」
「これが……むーちゃん?」
前回クッキーを作った時はセレスタお姉様が最後の型抜きをやってしまったので、わたしもずっと型抜きをしてみたいと思っていた。そして、実際にムイムイの型で生地をくり抜いてみると、むーちゃんの可愛さがあまり表現出来ていないような気がしたのだ。
「なのでこうやって目を描いてあげれば、よりむーちゃんの可愛らしさが伝わるかと思ったのです!!」
「……」
なおもぐりぐりと目を描き続けるわたしに対して、スピネルは何かを言いたげな目をこちらに向け、口をもごもごと動かしている。
「あー……手伝ってやろうか?」
「いえ、大丈夫です! これは王女としてやらなければならないことなのです! わたし一人の手で完成させて、皆にわたしの成長を認めてもらうのです!」
「……」
わたしがスピネルを見つめて熱弁を振るうと、スピネルは何も言わずに口の端を引きつらせていた。どうやらこちらの決意がしっかりと伝わったようだ。わたしは満足してむーちゃんクッキーを作る作業に戻ることにした。
「分かったらスピネルも自分の分を作ってください! どちらが上手に作れるか勝負です!」
「……そうだな、作るとするか。クリス、俺にもその型を貸してくれ」
「スピネルもむーちゃんのクッキーを作りたいのですか!? これはもうカフェの名物はむーちゃんクッキーで決まりですね!」
むーちゃんクッキーが振る舞われているところを想像すると、レオナではないがわたしの頬も緩んでしまう。わたしがにまにまと笑っているのが面白かったのか、学生達に教えるついでに近くを通りかかったバニラが話しかけてきた。
「殿下、随分とご機嫌ですね。何か良いことでもございましたか?」
「はい! 見てください、このむーちゃんクッキーを! これを商品にしようと考えているのですがどうでしょう!?」
「まあ、それは良いお考えですね。むーちゃんの形ならば可愛らしいので人気も出るでしょう……ひっ!」
わたしと話している時は楽しそうだったのに、鉄板に目を向けた瞬間バニラは口元を手で押さえて小さく悲鳴を上げた。その視線の先にはわたし渾身のむーちゃんクッキーが乗せられている。
「どうかしましたか? バニラ」
わたしが首を傾げながらバニラに問いかけると、彼女は鉄板の方をなるべく見ないようにしながら必死の様子で声を絞り出した。
「いえ、その……殿下は本当にこちらのクッキーを売るおつもりですか……?」
「もちろんです! カフェの名物にしましょう!!」
わたしが自信満々にそう言うとバニラは顔を青くして身震いし始めた。もしかしたら疲れで体調を崩してしまったのかもしれない。
彼女のことが心配になったわたしは、慌ててバニラに声をかけた。
「大丈夫ですか? 体調が悪いのなら無理しないでくださいね!」
「ええ……ご心配ありがとうございます、殿下」
「バニラ。クリスはこんな感じで作りたいみたいなんだ」
スピネルが差し出した鉄板にはむーちゃんの形にくり抜かれた生地がいくつも置かれていた。むーちゃんのつぶらな瞳も再現されておりとても可愛らしいのが、焼く前からでも良く分かる。
それを見たバニラはわたしのむーちゃんクッキーを見た時とは違い、満面の笑みを浮かべた。
「まあ、とても可愛らしいですね! これならカフェの名物にもなりそうです!」
「ああ、だから作るならこの形を参考にしてくれ」
「ちょっと待ってください、スピネル! わたしの! わたしの作ったものはどうなるのですか!?」
確かにスピネルの作ったものと比べれば可愛らしさが少し足りないかもしれないが、わたしのむーちゃんクッキーも可愛らしいではないか。同意を求めてバニラの方を向くと、彼女はふいっと視線を逸らしてしまった。
「皆のクッキー作りを見てあげないといけないので、私はそろそろ失礼しますね……」
「ああ、助かった。ありがとう、バニラ」
「二人で話を終わらせないでください!! まだわたしは負けていませんよ!?」
わたしの声も虚しくバニラはそそくさと立ち去ってしまった。そんなにわたしのむーちゃんクッキーは酷いのだろうか。
わたしはむーちゃんクッキーの感想を求めて、スピネルに目を向ける。
「スピネル……」
「……普通に型を抜けばクリスでも可愛く作れるから大丈夫だ!」
「慰めはいりませんよ!」




