バニラの悩みとそれぞれの出し物
ご機嫌なセレスタお姉様やきょうだいと一緒の朝食を終えて、スピネルとむーちゃんと一緒に講義棟へ向かって歩いていると、後ろからバニラに声をかけられる。
「おはようございます、クリスティア殿下」
「おはようございます、バニラ! 昨日はたくさん歩きましたが体調は大丈夫ですか?」
「はい、おかげさまでゆっくり休めました。ご心配いただきありがとうございます」
わたしは早起きするほど元気だったが、他の者はもしかしたら体調を崩しているかもしれない。そう思って聞いてみたのだが、どうやら杞憂だったようだ。バニラは疲れを見せない優しい微笑みを浮かべている。
「レオナ様とウィル様も先ほど朝食をご一緒しましたがお元気でしたよ」
「それなら良かったです! 宝石飴で回復したのが良かったのかもしれませんね!」
「そうですね、あの飴は本当に凄いと思います」
わたしが宝石飴という言葉を出すと、バニラは一瞬だけだが笑顔を曇らせた。人を笑顔に出来る素晴らしいお菓子だと思っていたのだが、バニラには何か思うところがありそうだ。バニラの様子が気になったわたしは思い切って尋ねてみることにした。
「どうかしましたか、バニラ? 何やら浮かない様子ですが……」
「ええ……大したことではありませんが、お聞きいただけますか?」
「もちろんです! わたしで力になれるなら何でも言ってください!」
「ありがとうございます、殿下」
わたしが胸を張って答えると、浮かない顔だったバニラは安心したように微笑みを浮かべる。
「実は昨日から固有魔法の扱いについて考えていたのです」
「固有魔法の扱いですか?」
「はい……」
そう言えばバニラの固有魔法はまだ聞いたことがなかったが、それと宝石飴が何か関係あるのだろうか。わたしが首を傾げていると、バニラはそのまま言葉を続ける。
「私の固有魔法は『魔法菓子』……お姉様と同じ魔法を授かったのです」
「それは喜ばしいことではないのでしょうか?」
身近に同じ固有魔法の者がいるなら、その扱いについても詳しく教えてもらえるのではないか。疑問に思ったわたしが首を傾げていると、バニラは困ったように笑い軽く目を伏せた。
「確かにお姉様からは固有魔法の使い方を教えてもらいました。しかし、私には上手く扱うことが出来なかったのです」
「そうなのですか?」
わたしの問いかけにバニラはコクリと頷く。それなら彼女が悲しそうな顔をしていることにも納得がいく。自分の授かった固有魔法が上手く扱えない辛さはわたしにも少しは分かるからだ。
神授式で魔法を授かった後、しばらくの間はわたしも『生命活性』と『魔力活性』、『精神活性』が上手く扱えなくて困っていた。今となってはある程度の制御が出来るようになったものの、自らの成長に伴い反動が出るようになってしまったので、再び練習と調整を繰り返しているところだ。
しかし、わたしは知っている。魔力制御を練習し固有魔法を使い続けていれば、固有魔法の練度は高まり、いずれは制御出来るようになるということを。そのことを伝えるため、わたしは不安を感じさせないよう元気な声でバニラに話しかける。
「バニラはちゃんと魔力制御の練習はしていますか?」
「アレキサンダー殿下が用意してくれた『人形の魔道具』で練習するくらいですね。昨日小さい魔導箱を購入しましたが、私にはまだ開けられませんでした」
「なるほど……」
小さい魔導箱を開けられないのならば、今のバニラに必要なのは固有魔法の練習よりも基礎となる魔力制御の練習だ。魔力制御が上手く出来ないから固有魔法も上手く扱えないのだ。
わたしの固有魔法は全て常時発動型で、魔力を流すほどに効果が上がる魔法である。そのうえ『精神活性』の効果で魔力制御も上達しているので、他の者よりも魔法を上手く扱うことが出来るのだ。
普段から常に発動できるわたしと違って、バニラの固有魔法は普段から使うことは出来ないだろう。それなら、まずは魔導箱で魔力制御の練習を積むことが先決だ。ある程度の指針を決めたわたしは、両手を握りしめてバニラの目をしっかりと見つめる。
「それではまず小さい魔導箱の練習を頑張りましょう! そうすればもっと上手に固有魔法を扱えるようになると思いますよ!」
「そうなのですか?」
「ああ、クリスの言っていることは概ね正しいな」
バニラがきょとんと首を傾げているのを見て、わたしの隣で話を聞いていたスピネルが加わってくる。わたしは『精神活性』のおかげであまり魔法には苦労していないので、一般的な感覚とは少しずれがある。どうやらスピネルはその補足をしてくれるようだ。
「俺の感覚だから参考程度に思って欲しいが……小さい魔導箱を開けられるくらいに魔力制御が上達すれば、問題なく固有魔法も扱えるはずだ」
「後はたくさん固有魔法を使ってみると良いですよ! 固有魔法は使うほど成長しますからね!」
「助言いただきありがとうございます、殿下、スピネル様。頑張って練習してみますね」
わたしとスピネルの言葉を聞いたバニラは嬉しそうに頬を緩ませる。固有魔法を上手く使えるかは最終的にはバニラ次第だが、少しでも彼女の力になれたようでわたしも嬉しい。バニラの笑顔に満足して頷いていると、彼女は両手を合わせて楽しそうな声を上げる。
「お礼と言うわけではございませんが、本日の放課後は出し物の練習でお菓子を作る予定なのです。よろしければ殿下とスピネル様もご一緒にいかがでしょうか?」
「本当ですか!? スピネル、今日の放課後の予定は何かあったでしょうか!?」
お礼と称してバニラの口から出てきたのはとても魅力的なお誘いだった。放課後、一緒にお菓子を作る姿を想像したわたしが笑顔でスピネルの方を向くと、視線を受けたスピネルは慌てる様子もなく今日のわたし達の予定を教えてくれた。
「いつも通り高等魔法研究会だな。まあ、会長に断っておけば問題ないだろう」
「それならお菓子作りに参加できますね! とても楽しみです!!」
高等魔法研究会での活動もここしばらくは応用魔法の繰り返しと構築式の研究が主なので、一日くらい休んでも問題はないだろう。もちろん休んだ分は寮に戻った後、自主的に練習することにはなるが、友達と一緒にお菓子を作れるのであれば今はそちらを優先したい。
「会長には大きい魔導箱を渡して、今日は休ませてもらいましょう!」
「そうだな。それなら会長も喜んでくれそうだ」
参加出来る目途も立ったのでバニラと放課後の打ち合わせをしながら教室へ到着すると、他の一年生代表が教室の中央辺りで話し合っているのが目に入った。もしかしたら大魔法祭を前に何かあったのかもしれない、話を聞かなければ。
「それでは殿下、私はこの辺りで失礼しますね」
そう思っていると、それにいち早く気が付いたバニラが素早くわたし達から離れていく。一年生代表で話がしやすいように気を遣ってくれたのだろう。良い友達だ。こちらに手を振るバニラにわたしは笑顔を向ける。
「放課後のお菓子作り、楽しみにしておりますね」
「はい! また後ほど話しましょう、バニラ!」
気を利かせたバニラと別れたわたし達が一年生代表の集まっているところへ近づくと、こちらに気が付いたミステルが嬉しそうに手招きをしている。それに従いわたしはテクテクとミステルの隣に到着する。
「おはよう、クリス」
「おはようございます、ミステル! 三人で何を話していたのですか?」
「それぞれ大魔法祭でどのような出し物にするのかを話し合っていたんだ」
「そうだったんですね! わたしも混ぜてもらっても良いでしょうか?」
「ああ、もちろんだ」
そこまで深刻な話ではなかったようなのでホッと一息吐くと、わたしも三人の話に加わることにした。スピネルには後ろで待機してもらって輪に加わると、丁度ドロッセルとシリウスが出し物について話しているところだった。
「わたくし達は演劇にしましたわ! ファルベブルクと言えば娯楽と芸術の国ですもの。腕によりをかけて最高の舞台を用意しますので、是非ご期待くださいませ!!」
「演劇ですか……私もハイリヒクロイツの成り立ちを劇でやるつもりですが、ドロッセルと勝負するとなると流石に分が悪そうですね……」
「あら? 始める前から負けることを考えていては駄目ですわよ、シリウス! 勝つつもりで来てもらいませんと張り合いがないですわ!!」
「ははは、精一杯努力しますね」
どうやら二人は劇を出し物にするようだ。わたし達も最初は劇が候補に挙がっていたので、劇にしていたら二人と真っ向から勝負することになっただろう。もしかしたら結果的にカフェにしたのは正解だったのかもしれない。
そんなことを考えながら二人の会話が途切れたところで、わたしは二人へ向かって挨拶の言葉をかける。
「ドロッセル! シリウス! おはようございます!!」
「クリス、おはようございます」
「ごきげんよう、クリス。あら? 今日は顔色がよろしいですわね?」
「はい! 今日は早起きしてスピネルと遊んでいたのです!」
「まあ、お二人とも仲がよろしいようで羨ましいですわ」
わたしが会話に加えてもらえてホッとしていると、微笑みを浮かべたドロッセルはわたしとスピネルに交互に視線を送っていた。ドロッセルとシリウスの話は聞いたので、次はミステルの番だろうか。わたしがミステルの方へ顔を向けると、他の二人もつられるようにしてミステルに目を向ける。
「うん? 次は僕かな? 僕はボタニガルテンの植物を使った料理店にする予定だ」
「それならわたしの出し物に似ているかもしれませんね! わたし達はお菓子とお茶を出すカフェにする予定なのです!」
「ほう……」
エデルシュタインの出し物がカフェであることを伝えると、ミステルの目の色が変わる。ミステルはそのまま顎に手を当てると挑戦的な目をわたしに向けてきた。
「それは僕とクリスで勝負するということか?」
「そうなりますね! わたしも負けませんからね!!」
ミステルが視線に負けないよう、わたしもじっと彼の目を見つめ返す。しばらく睨み合っていると、ふいっとミステルが視線を逸らした。どうやら前哨戦はこちらが勝利したようだ。わたしは胸を張って勝利宣言をミステルに突きつける。
「ふふん、わたしの勝ちですね!」
「ただクリスに見られているのが恥ずかしくなっただけだ! 僕は負けていない!」
照れて顔が赤くなったミステルが落ち着くのを少し待ち、わたし達は話し合いを再開した。わたし達のカフェに興味を持ったのか、ドロッセルが目をキラキラと輝かせてこちらをじっと見つめている。
「それでクリスはどのようなお菓子をお出ししますの?」
「今のところはクッキーなどの作りやすい物を中心にする予定です! まだ決まっていませんが、他の商品も考えていますよ!」
「そうですのね……」
わたしの言葉を聞いたドロッセルは手に持った扇子を広げて口元を隠すと軽く俯く。どうやらこの仕草はドロッセルが考え事をする時の癖らしい。数秒後、ドロッセルは顔を上げると同時に扇子をゆっくりと閉じる。その先には満面の笑みを浮かべた彼女の姿があった。
「クリス、もし良ければ今度希望する学生を呼んで一緒にお茶会しませんこと? もちろんお菓子はわたくし達が用意しますわ!」
「本当ですか!? それは嬉しい申し出ですが……良いのですか?」
こちらとしては嬉しい申し出ではあるのだが、本当に良いのだろうか。ドロッセルの負担になってしまうのではないか。そんな気持ちを視線に込めて彼女をちらりと見ると、ドロッセルはいつも通りの勝ち気な笑みを浮かべていた。
「ええ。これもファルベブルクの文化を広げるためですもの、是非参加してくださいませ!」
「分かりました! それではお言葉に甘えて参加させていただきます!」
ドロッセルが気にしないのであれば、その提案はわたし達にとって渡りに船だ。カフェに出すお菓子の調査にもなり、お菓子を開発しているバニラ達にとっても恐らく良い刺激を与えてくれるだろう。わたしは考えるまでもなく首を縦に振る。
「ありがとうございます、ドロッセル! 今からとても楽しみです!」
「よろしくお願いしますわね、クリス!」
気が付いたら話が逸れてしまっていたが、ドロッセルとお茶会の約束が出来たので良しとしよう。ちらりと時計を見るとそろそろ講義が開始する時間になっていた。もう少し話しておきたかったのだが、名残惜しい気持ちで三人に別れの挨拶を告げる。
「そろそろ時間なのでわたしは失礼します! 三人ともまた今度お話ししましょうね!」
「また今度ゆっくり話しましょう、クリス」
「お茶会楽しみにしていますわね!」
「大魔法祭では負けないからな」
三人の声を聞きながら自分の席へ座ると、丁度ローレンツ先生が教室へ入ってきた。先生の号令がかかったら、今日も大魔法祭の準備開始だ。




