明日も楽しく過ごしたい
眠い目を擦りながら魔導車を降りると、日も落ちてきて辺りが薄暗くなっている。辺りを見回してみるが皆の姿は既になかった。夕食までまだ少し時間はありそうだが、どうやら先に寮へ戻ってしまったようだ。
少し寂しいなと思って辺りを見回すと、それに気付いたスピネルが笑いかけてくる。
「レオナ達には一年生を食堂に集めるように頼んでおいたんだ。出し物のことを夕食の前に話しておかないといけないからな」
「そうでしたか……ありがとうございます、スピネル」
本来ならそれはわたしがやらなければならないことだったのに、スピネルに任せきりになってしまい申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
自分の不甲斐なさに落ち込んでいると、スピネルがわたしの頭を少し乱暴にぐりぐりと撫で回してきた。
「クリスは体も小さいんだから疲れやすいのは当たり前だ。そんな顔しないで、もっと俺達を頼りにしてくれていいんだぞ」
「……分かりました。ありがとうございます、スピネル!」
わたしが改めて笑顔で礼を伝えると、スピネルは口の端を上げてさっさと歩きだしてしまう。
「俺達も準備しないといけないから早く戻るぞ」
「あ、待ってください! スピネル!」
それでもこのままスピネル達を頼ってばかりではいられない。もっと頼りになる王女にならなければ。そう心に誓いを立てて、わたしは遠く離れてしまったスピネルの後ろ姿を追って寮へと戻った。
部屋に荷物を置いてから食堂へ向かうと、既にわたし以外の一年生は全員テーブルに集まっていた。
「クリス、こっちだ」
「皆、お待たせしました!」
わたしはスピネルの隣に着席すると、昼の話し合いで決まった出し物のことを皆にも説明する。
「――ということで大魔法祭の出し物はカフェに決定しました! 皆も協力よろしくお願いしますね!」
「はい、クリスティア殿下!」
「……はい」
わたしがそう言うとほとんどの学生達は嬉しそうに笑顔を浮かべる。一部の学生は満足とは言えない顔をしているが、皆で協力して楽しい大魔法祭にしていきたいものだ。
そこからしばらくはレオナが出し物の総指揮を執ること、バニラがお菓子を開発すること、ウィルが中心になってお店の資材を準備することなどそれぞれに担当を割り振っていると夕食の時間になってしまった。
「それではレオナ、後のことはよろしく頼みますね!」
「ええ、お任せくださいませ。殿下! 皆と協力して頑張りますわ!!」
張り切っているレオナに出し物の準備を任せると、わたしとスピネルは食事を受け取り、きょうだいの待つテーブルへと向かう。今日の報告と魔導箱の相談をするためだ。
きょうだいのテーブルに到着すると、早速カーネリアお姉様から今日の感想を聞かれる。
「待っていたぞ、クリス。今日は楽しかったか?」
「はい! 皆のおかげでとても楽しかったです!」
わたしが笑顔でそう言うと、皆も楽しそうに笑顔を浮かべる。
「それは何よりだ。クリスもたくさん話したいだろうから、早速食事にしようか」
「はい!」
アレキサンダーお兄様の号令で食事が始まり、わたしは今日あったことを報告していく。
色々なお店を見られて楽しかったことやむーちゃんが迷子になったこと、魔導箱を預かって来たことなど、振り返ると今日一日で色々なことがあったものだ。
「へえ、色々と買ったんだね」
「はい! 特にお菓子屋さんで買った宝石飴! あれはとても美味しかったです!」
「他にも魔導箱……だったか? 魔力制御の練習になるなら俺にも試させてくれ!」
「もちろんです! 食後に皆で遊びましょう!!」
報告を終えたら食後はのんびりとお茶の時間だ。皆、わたしが買ったものに興味津々だったので、スピネルにお願いしてわたしの魔導箱とロキオンから預かった古びた魔導箱を持って来てもらうことにした。
「お待たせしました、皆様」
荷物を持って戻って来たスピネルは片付いたテーブルの上にそれぞれの物を並べていく。大小二つの魔導箱と古びた魔導箱、それにスピネルが買った宝石飴の瓶もある。
「あら? これがクリスの話していた宝石飴ですのね? キラキラしていて可愛らしいですわ」
「良ければお一ついかがですか? 私が買った物なので遠慮しないで良いですよ」
「それではいただきますわ。ありがとうございます、スピネル様」
「ふむ……私も一つ貰っていいか? スピネル」
「はい、もちろんです。カーネリア殿下」
「ありがとう。出来れば強そうな色を貰えると嬉しいぞ」
「ははは、かしこまりました」
スピネルは宝石飴に興味を持ったセレスタお姉様とカーネリアお姉様に話しかけられて、それぞれに渡す宝石飴の用意で忙しそうにしている。
それならばこちらはアレキサンダーお兄様達に魔導箱の説明をしてしまおう。わたしは小さな魔導箱を手に取ると、開け方を説明していくことにした。
「見ていてくださいね! こうやって開けるのです!」
わたしはお兄様達に見えるよう魔導箱を構えると、魔力を流して鍵を開ける。小さな魔導箱は難易度が低かったため、すぐに開けることが出来た。
カチリという音とともに箱が開くと、エメラルお兄様が感嘆の声を漏らす。
「へえ、魔力を流して開けるんだ。面白そうだね」
「エメラルお兄様も是非試してみてください! 魔力制御の練習にもなって楽しいですよ!」
「それじゃあやってみようかな」
「俺も大きい方で試してみてもいいか?」
「はい! 頑張ってくださいね、ヘリオドールお兄様!」
自分達も試してみたいということでエメラルお兄様に小さい魔導箱、ヘリオドールお兄様に大きい魔導箱を手渡すと二人とも楽しそうに挑戦を始める。
「おや? 私の分はないのかい? クリス」
そして、一人だけ魔導箱を渡されなかったアレキサンダーお兄様は、少し不満そうにわたしを見つめる。
「そんなことありませんよ、アレキサンダーお兄様! お兄様の分は特別製です!」
「ほう……それは楽しみだね」
期待に目を輝かせているアレキサンダーお兄様にわたしは古びた魔導箱を渡し、ロキオンからのお願いも一緒に伝える。
「そうか、ロキオン様がこれを……」
ロキオンの名前を聞くとアレキサンダーお兄様は懐かしそうな表情で古びた魔導箱を見つめる。そう言えばロキオンもアレキサンダーお兄様のことを知っている口ぶりだった。もしかしたら二人は知り合いだったのかもしれない。
「お兄様はロキオン様のことをご存じなのですか?」
「ああ、魔道具研究会でお世話になった先輩なんだ。卒業してから会うこともなくなってしまったけど、元気そうで何よりだよ」
そう言ってアレキサンダーお兄様は古びた魔導箱の調査を快く了承してくれた。断られたらロキオンに何と伝えれば良いのかと思っていたので、わたしも一安心だ。
「それにしても……ふむ」
アレキサンダーお兄様は古びた魔導箱をじっくりと眺めると、試しとばかりに魔力を流し始めたが、小さく溜息を吐いて古びた魔導箱をテーブルの上にゆっくりと置いた。
「なるほど……確かに仕組みは分かったけど、魔力が押し戻されてしまって上手く開けられないね」
「やはりお兄様でも難しいですか……」
アレキサンダーお兄様に難しそうと言われてわたしが肩を落としていると、アレキサンダーお兄様は気にしてないように微笑みを浮かべる。
「あくまで今の時点では開けられない、というだけさ。それより大きな魔導箱はクリスも開けられたんだよね?」
「はい! 少し時間はかかりましたが開けられました!」
「それならそちらも試してみようか……ヘリオドール」
そう言うとアレキサンダーお兄様は、難しい顔で大きい魔導箱を睨みつけているヘリオドールお兄様へと目を向ける。
「ん? どうした、兄上……」
「大きな魔導箱を貸してもらってもいいかい?」
「ああ、構わないぞ。中々開かないから、そろそろ兄上に手本を見せてもらおうかと思ってたところだったんだ」
「それなら丁度良かった。では早速試してみようかな」
ヘリオドールお兄様はわくわくした様子でアレキサンダーお兄様へ魔導箱を手渡す。アレキサンダーお兄様は受け取った魔導箱をじっくりと観察し、ゆっくりと魔力を流し始めた。
「うん。こちらなら問題なく開けられそうだね」
そう言ってアレキサンダーお兄様が魔力を流し始めて数分。大きな魔導箱からカチリと音が鳴り、箱が開いていく。上手く開けることが出来たアレキサンダーお兄様はとても満足そうな顔をしている。
「おお~! 流石だな、兄上!」
「はい! わたしよりも早いです!!」
わたし達が感嘆の声を上げると、アレキサンダーお兄様は大きな魔導箱をテーブルに置いて笑顔を浮かべる。
「私は普段から魔道具を作っているからね。まだまだクリス達には負けられないさ」
そう言ってアレキサンダーお兄様は朗らかに笑っているが、この魔導箱を開けるのはそこまで簡単ではないはずだ。現に高等魔法を練習していてもスピネルでは開けることが出来なかったのだ。
わたしは『精神活性』による魔力の感知が出来るので、一度見た魔法や魔道具の使い方は直感的に理解出来るが、アレキサンダーお兄様にそんな魔法は使えない。それにも関わらずわたしよりも早く魔導箱を開けられるのだから、やはり流石と言うほかない。
わたしが尊敬の眼差しをアレキサンダーお兄様へ向けていると、お兄様は楽しそうな顔で古びた魔導箱を手に取る。
「おかげで古びた魔導箱の開け方も何となく分かって来たよ」
「ええ! 本当ですか!?」
思ったよりも早く解決策が見つかったことにわたしが驚きの声を上げると、アレキサンダーお兄様はニコリと微笑み、ただしと付け加えた。
「今すぐに開けるのは難しそうだからもう少し預かっておいてもいいかい?」
「もちろんです! ロキオン様にも今度知らせておきますね!」
「いや、今度町に行った時に私から伝えておこう。久しぶりにロキオン様の様子も見たいからね」
「分かりました! よろしくお願いしますね!」
わたしの返答に微笑みを返したアレキサンダーお兄様は、テーブルに置かれたままになっていた大きな魔導箱をヘリオドールお兄様へと手渡す。
「待たせてしまって済まない、ヘリオドール。魔導箱を開けるのを手伝ってあげよう」
「本当か!? ありがとう、兄上!」
そう言ってアレキサンダーお兄様はヘリオドールお兄様と一緒に魔導箱を開け始めてしまった。やはりアレキサンダーお兄様は魔道具を触っている時が一番楽しそうだ。
それからは皆で楽しく魔導箱の練習をしているうちに就寝する時間が近づいてきたので、部屋へと戻ることにした。いつだって楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうのだ。
「それでは皆、おやすみなさい!」
「おやすみ、クリス。今日は疲れているだろうからゆっくり休むんだよ」
「今日買ったものは袋にまとめてあるから部屋に戻ったら確認してくれ」
皆に就寝の挨拶をして、スピネルから預けていた荷物を受け取り、部屋へと戻ったわたしはセレスタお姉様と一緒に就寝の準備を進めていく。
今はむーちゃんの湯浴みが終わるまで魔導箱で遊んでいるところで、セレスタお姉様が小さな魔導箱に挑戦している。
「あ、出来ましたわ! クリス!」
「おめでとうございます、お姉様!」
そんな風にセレスタお姉様の喜ぶ声が聞こえた頃、むーちゃんが浴室からびしょ濡れのまま飛び出してきた。
「クリス、拭いて~!!」
「わ! むーちゃん! びしょ濡れのまま出てきてはいけません!」
むーちゃんが辺りを濡らしてしまうため、やはり『乾燥の魔道具』は買っておいた方が良かったかもしれない。
そんなことを考えながら昼間にした約束通り、わたしはむーちゃんの体を優しく拭いてあげる。
「ねえ、クリス! ボク、もう一つ宝石飴が食べたいな!」
「もうダメです! 今日は二つも食べたではないですか!」
「むう! クリスのケチ!」
「わたしはむーちゃんのためを思って言ってるんです! 決して自分の分が減ることを気にしているわけではありません!!」
「クリスもむーちゃんも騒いでいないで早く寝ますわよ」
むーちゃんの我儘を叱りながら体を拭き終えると、楽しかった一日も終わりを迎える。むーちゃんを寝床に寝かせると、わたしもベッドへ横になる。
「おやすみなさい、クリス。良い夢を」
「はい、セレスタお姉様! おやすみなさい!!」
「おやすみ!」
セレスタお姉様の優しい声に返事をしてわたしは目を閉じる。今日はとても楽しい一日だったが、明日からは大魔法祭の準備を頑張らなければならない。
出来ることなら明日も楽しく過ごせますように。神様に祈りを捧げながら、わたしは楽しみな気持ちで眠りについた。




