宝石飴とむーちゃんの異常
バニラの後に続いてお店の中に入ると、美味しそうなお菓子の匂いがわたし達を包み込む。お店の外でもあれだけ良い匂いがしていたのだ、中に入ればなおさらだろう。
わたしは大きく息を吸い込んでお菓子の匂いをしっかりと楽しむ。
「わあ! どれも美味しそうですね……!」
先ほどからガラス越しにお店の中を覗いてはいたが、実際に見てみるとどれも美味しそうで目移りしてしまう。むーちゃんや初めてこのお店に来たウィルも同じようにきょろきょろと辺りを見回している。
「あら? あなたがクリスティア殿下かしら?」
棚に並んだ美味しそうなお菓子を眺めていると後ろから何者かに声をかけられる。わたしが振り返ると、バニラによく似た雰囲気の女性がニコニコと微笑みを浮かべていた。
その微笑みから親愛の情を感じたわたしは元気良く彼女に向かって挨拶をする。
「はい、わたしがクリスティア・エデルシュタインです!! ところで、あなたはどちら様でしょうか……?」
顔立ちからして恐らく彼女はバニラと関係のある女性だろう。女性に質問しながらバニラにちらりと視線を送ると、彼女もその意味を理解したようだ。
「ご紹介が遅れました、殿下。こちらは私のお姉様でこのお店の店長です」
わたしの視線を受けたバニラは一歩前に出ると、声をかけてきた女性のことを紹介してくれた。
「ミントと申します。以後お見知りおきを、クリスティア殿下」
「よろしくお願いしますね、ミント! バニラにはいつもお世話になっています!!」
わたしがバニラに良くしてもらっていることを伝えると、ミントはニコニコと笑顔で笑いかけてくれる。その笑顔もバニラに良く似ており、二人が姉妹であると言うのも納得出来た。
店長と言うことは、このお店でお菓子を作っているのは彼女なのだろうか。わたしはきょろきょろとお店の中を見回しながら、ミントへと顔を向ける。
「先ほどバニラから教えてもらったのですが、ミントはお菓子を作る固有魔法が使えるそうですね!! ここにあるお菓子は全てミントが作ったのでしょうか?」
「いえ、この中のほとんどは私が魔法で作ったお菓子ではありません。基本的には作り方を店員に教えて、このお店で作ってもらっているのです」
「そうだったんですね……どれも美味しそうだったので全部魔法で作ったお菓子かと思っていました!」
「ありがとうございます、殿下」
確かにミント一人でこの量のお菓子を作るのは大変だろうとわたしが納得していると、ミントは更に言葉を続ける。
「私はエデルシュタインでもお店を開いていまして、普段はそちらでお菓子を作っているのです。今日は殿下がいらっしゃるとバニラに教えてもらったので、こちらのお店へ足を運んだ次第です」
「私のためにわざわざありがとうございます、ミント!! 」
わたしの言葉を聞いてミントは嬉しそうに微笑みを浮かべる。
「数は少ないですが、私が作ったお菓子もお店の中にはあります。ですが他のお菓子も店員が頑張って作っているので、是非殿下にも召し上がっていただきたいと思います」
「もちろんです! 美味しいお菓子は皆を幸せにしてくれますからね!!」
「そう言っていただけると私としても嬉しいです」
わたしがそう言うと、ミントは嬉しそうに頬を緩ませる。笑った顔もバニラにそっくりで何だかわたしも無性にきょうだいに会いたくなってきた。
「それでは私はこれで失礼しますね」
「はい! わざわざありがとうございました、ミント!」
「バニラ、殿下のことをしっかりと案内して差し上げてね」
「はい、お姉様。お任せくださいませ」
ミントはわたしに挨拶を終えると、お店の案内をバニラに任せて奥へと下がっていってしまった。忙しい中わたしに挨拶に来てくれたようで、何だか少し申し訳ない気持ちだ。
それにしてもこのお店のお菓子はどれも美味しそうだ。他の客も結構な数いるので、ミントが不在の普段からこのお店が人気であることが伺える。
「それで? 人気のお菓子はどれでしょうか?」
わたしがわくわくした気持ちを抑えきれずバニラに話しかけると、バニラは嬉しそうに微笑みを浮かべる。
「そんなに慌てなくてもちゃんと案内しますよ、殿下。少しお店の中を見て回りましょう、ウィル様もこちらへどうぞ」
「ありがとうございます、バニラ!!」
「ああ、悪いなバニラ! よろしく頼む!」
何度か店に来ているらしいレオナとスピネルには後ろに回ってもらい、わたしとウィルはバニラにお店の中を案内してもらうことにした。
「まずはこちらです」
始めにバニラが案内してくれたのは大きな棚に色とりどりの缶が並んだ場所だった。
「これは入れ物も可愛いですが、中には様々な形のクッキーが入っているのでお土産にも大人気ですよ」
「これは見たことがあります! そうですよね、スピネル!?」
「ああ、そうだな。前にクリスへのお土産で買った記憶があるな」
棚に並んだ缶を見て、わたしは以前この商品をスピネルから貰っていたことを思い出した。入れ物が可愛かったので、中のお菓子を食べた後も部屋に飾ってあるのだ。
確かにこれなら食べた後も形として残るので、お土産として人気であることも頷ける。
わたしが思い出したことでスピネルは満足そうに頷いていたが、案内しているバニラは驚いた表情を浮かべる。
「まあ、既にご存じだったのですね」
「わたしも商品を見て思い出しました! 折角なので購入してきょうだいと一緒に食べようと思います!!」
棚を見ていると以前スピネルから貰った物とは別の模様の可愛い入れ物もあったので、どれを購入するべきか悩みどころだ。
少し棚の前で考えて、わたしは可愛い花柄の描かれた缶を購入することに決めた。
「スピネル! わたしはこれが欲しいです!!」
「はいはい。俺も妹に一つ買っていくかな」
わたしがスピネルに指示を出すと、待ってましたとばかりにスピネルはお店に置かれていた手提げの籠を持って来て、自分の分もまとめて確保する。
何故自分の物を購入するためにスピネルへ指示しているのかと言うと、わたしのお小遣いはスピネルが預かっているからだ。アレキサンダーお兄様曰く「クリスは変な物にお金を使いそうだからスピネルが預かってくれ」だそうだ。全く失礼してしまう。
そんなわけで折角のお小遣いはスピネルが持っているため、何かを買う時はスピネルにお願いしないとならない。次は自分で持たせてもらえるようになりたいものだ。
「この入れ物は初めて見ますわね……わたくしはこちらを購入しますわ!」
「それなら俺はこれにするぜ! 可愛いかどうかはよく分からないけど、寮で他の奴らと一緒に食べるんだ!」
ウィルやレオナも楽しそうに思い思いの缶を手に取っていく。そんな風に皆がそれぞれ楽しそうに買い物している様子を見てバニラは嬉しそうに笑っている。
「お買い上げいただきありがとうございます、皆様。それでは次の場所に案内しますね」
「はい! よろしくお願いします!!」
バニラの後ろをトコトコ歩いていくと、宝石のような形をした丸い飴が瓶に詰められて置かれたテーブルへと到着する。
「次はこちらのお菓子です。これはここでしか買うことが出来ないお菓子ですよ!」
「これは飴でしょうか……? 随分と綺麗ですが、それ以外にも何かあるのでしょうか?」
「食べてみれば分かりますよ」
目の前の飴は綺麗だが、バニラの口ぶりからするとそれ以上に何かあるのだろう。
バニラが微笑みながらテーブルの上に置かれていた瓶を開け、トングでお菓子を一つ摘まむとわたしの手に置いてくれた。
「こちらは試食用になっておりますので、是非召し上がってくださいませ。皆様も」
「ありがとうございます! では早速いただきますね!」
バニラに言われた通り、わたしは手の上で輝く丸い飴を口の中に放り込む。
すると口に入れた瞬間から口の中で甘さが広がり、体に魔力が満ちていくのを感じる。それに一日歩いて少し疲れてきた体から、疲労が綺麗さっぱり消え去ってしまった。
「これは……一体何でしょうか!? とても美味しい上に疲れた体が一気に回復しました!!」
「俺も初めて食べたが、これは凄いな……!」
わたしが口の中で飴を転がしながら驚きの声を上げると、スピネルも同じように口を押さえて驚いている。他の皆も同様に驚きを隠せない様子だ。
「驚きましたか? これがお姉様の固有魔法で作り出されたお菓子……その名も宝石飴です!」
バニラは自信満々にテーブルの上に置かれた瓶を手に取る。
「この飴はお姉様が作る物しかないのでたまにしかお店には置かれないのですが、その分味と効果は折り紙付きです!」
「そんなに珍しい飴を食べることが出来て、わたし達は幸運ですね!!」
わたしは幸せを噛みしめながら飴を舐め、テーブルに置かれていた宝石飴の詰まった瓶を手に取る。
「スピネル! これも買っていきましょう!!」
「ああ、もちろんだ!」
わたしが自分の飴を購入することに決めると、まだ飴を食べていないむーちゃんが物欲しそうな目でこちらを見つめてくる。
「じー……!」
わたしはじっとこちらを見つめてくるむーちゃんの視線に耐え切れず、バニラへと声をかけた。
「……バニラ、もし良ければむーちゃんの分も飴を貰えませんか?」
「ええ、大丈夫ですよ。それでは殿下の手にもう一つお乗せしますね」
「わあい! ありがとう、クリス! バニラ!!」
むーちゃんは嬉しさのあまり空中でくるりと縦に一回転する。喜びのあまり飛び回らなかったのはむーちゃんなりに周りへ配慮してのことだろう。
「むーちゃん、どうぞ!」
「いただきます!!」
わたしがそんなむーちゃんに対して手の上に乗せた飴を差し出すと、むーちゃんは飴をパクリと頬張る。
「う……」
しかし、飴を口に入れた次の瞬間むーちゃんの様子が急に変わった。むーちゃんが小刻みに震え始めたのだ。
「むーちゃん!? 大丈夫ですか!?」
もしかしたら人間に害はなくても魔獣に食べさせるのは良くなかったのだろうか。
わたしは慌ててむーちゃんの背中をさすってあげるが、震えは止まらずブルブルと更に大きくなっていく。
「ううう……!」
「あわわ……どうしましょう、スピネル! むーちゃんが!」
「落ち着けクリス! とにかくさっきの飴を吐き出させるんだ!!」
わたしが泣きそうになりながらスピネルの服の袖を掴んで揺すっていると、むーちゃんの震えがピタリと止まった。
「むーちゃん……?」
わたしが恐る恐る声をかけると、むーちゃんはわたしの手から離れ空中へと飛び上がる。
「美味しい~~!! この飴すっごく美味しいよ、クリス!!」
どうやらあまりの美味しさに震えていただけのようだ。わたしが安心からホッと息を吐いていると、後ろの方からレオナの驚いた声が聞こえてきた。
「ええ!? むーちゃんが喋っていますわ!?」
驚いているのはレオナだけではないようで、スピネルやバニラ、ウィルも表情に動揺が走っている。
「おい、クリス……」
スピネルは動揺を隠すようにゆっくりとわたしの方へと顔を向ける。
「俺にもむーちゃんの言っていることが理解できたんだが、気のせいじゃないよな……?」
「そうですか……? わたしにはいつもと変わらないように思うのですが……」
「それがおかしいんだ! 何でむーちゃんの言葉がクリス以外にも聞こえてるんだ!?」
スピネルがそう言うと他の皆も同意を示すように頷いている。そして、当のむーちゃんはと言えば、バニラにもらった飴をころころと美味しそうに舐めている。
わたしはいつも聞いているので忘れがちだが、むーちゃんの言葉は普段他の者には聞こえていない。皆からはむーむー鳴いているむーちゃんとわたしが会話しているように見えているのだ。
なので、わたしとしては普段と変わらないのだが、どうやら飴を舐めたことによって皆にもむーちゃんの言葉が聞こえるようになってしまったようだ。
「そう言われてもわたしにも何が何だか……バニラはミントから何か聞いていますか?」
「いえ、お姉様にはむーちゃんのことも伝えてありますが、特に何も聞いていませんね……」
そう言ったバニラも動揺が顔に表れている。ミントから何も聞いていないということは、きっとバニラにとってもこの事態は予想外だったのだろう。
むーちゃんの様子を見る限り特に問題があるわけではなさそうだが、このままでは飴をくれたバニラが可哀そうだ。
わたしは少し考えた後、むーちゃんをちらちらと見ているレオナへ話を振ることにした。
「ロートとブラウにも飴を舐めさせてみれば何か分かるかもしれませんが……どうでしょう、レオナ?」
わたしがそう言うとレオナは考えるようにして、顎に手を当てる。
「……でも大丈夫ですの? 殿下の使い魔であるむーちゃんだから何も起こっていないだけで、他の使い魔が大丈夫とは限らないのではなくて?」
「う~ん、確かにそうですね……」
レオナは魔獣とおしゃべりできる今の状態を嬉しく思う反面、大切な使い魔に何かあったら困る気持ちもあるようだ。それは当然のことだろう。
それなら実際に影響があるのか本人に確かめてみればいいのだ。わたしはむーちゃんへと質問を投げかける。
「どうなんですか、むーちゃん?」
「う~ん、大丈夫だと思うよ!」
わたしがむーちゃんに声をかけると、むーちゃんは自分の手をぺろぺろと舐めながら返事をしてくれた。
「だってバニラがくれた飴のおかげで元気いっぱいだもん! ロートとブラウも食べたそうにしてるから、レオナが良いなら食べさせてあげれば?」
「ああ! なんてことですの!!」
むーちゃんがレオナに向けて言葉を発すると、レオナは声を上げてその場に崩れ落ちてしまった。
「レ、レオナ!? 大丈夫ですか!?」
「夢じゃないかしら……わたくし、むーちゃんとお話ししていますわ……」
どうやらむーちゃんと話が出来たことが予想以上に嬉しかったようだ。恍惚とした表情を浮かべているレオナにはあまり近寄りたくないが、このまま放置するわけにもいかない。
わたしはスピネルに手伝ってもらい、レオナをしっかりと支えてもらう。
「ほら、レオナ。世話をかけるんじゃない」
「申し訳ありません、スピネル様、クリスティア殿下……少々興奮してしまいましたわ」
わたし達の補助があり何とか立ち上がることが出来たレオナだったが、まだ少しふらついているようだ。
「それで? どうするんだ、レオナ。ロートとブラウにその飴をあげるのか?」
「……いえ、今はやめておきますわ」
スピネルが瓶に入った宝石飴へと視線を向けると、レオナはふらりと倒れそうになる。
「むーちゃんだけでなくロートやブラウまでお話し出来るようになってしまったら、わたくしどうなってしまうのか分かりませんもの!?」
「そ、そうか……それなら寮に戻った後にでも食べさせてやると良い」
熱の入った目で宝石飴を見つめるレオナに対して、スピネルは少し疲れたような顔でそんなことを言い出した。
とりあえずむーちゃんも元気になっただけでそれ以外に異常はなさそうなので、これ以上レオナを興奮させないようにした方が良さそうだ。
わたしは気持ちを切り替えて、むーちゃんを両手で抱きしめるとバニラへと話しかける。
「むーちゃんの声が皆に聞こえるようになったのは予想外でしたが、特に問題はなさそうなので次のお菓子を紹介してください、バニラ!!」
「はい、ええ……殿下がそれで良いのでしたら私は構いませんが……」
それからもしばらく皆でお店の中を見て回り様々な種類のお菓子を購入すると、わたし達はお店を後にすることにした。
「本日はお越しいただきありがとうございました、クリスティア殿下」
「こちらこそありがとうございました、ミント! 楽しかったですよ!」
お店を出ようとすると、見送りのためミントが入り口付近に来てくれた。わたしが笑顔で感想を伝えると、ホッとした様子でミントも息を吐く。
「お楽しみいただけたようで何よりです。私のお菓子を召し上がった使い魔に異常が発生したとお聞きしましたが大丈夫でしたか?」
「はい、問題ありませんでしたよ! むーちゃんも元気いっぱいになったみたいです!」
「ありがとうね、ミント!」
「それなら良かったです……」
わたしとしては美味しいお菓子も食べられたし、むーちゃんも元気になったようなので大満足だ。ちなみに飴を舐め終わったらむーちゃんの声も周囲の者には聞こえなくなったようだ。レオナなんかは少しがっかりとした様子だったが、まあ仕方ないことだろう。
「本来であれば魔獣が舐めても特に問題はないはずなのですが、使い魔となると変わってくるのかもしれませんね……もし良ければまたお越しください、クリスティア殿下」
「はい! 今度も美味しいお菓子、楽しみにしていますね!」
ミントに別れを告げてお店の外へと出ると、少しだけ日が傾き始めていた。何だか楽しかった今日が終わりに近づいているようで、寂しい気持ちが湧きあがる。
「それじゃあ最後は俺の案内だな」
わたしの寂しい気持ちを汲み取ったのか、スピネルはこちらを元気づけるように明るくそう言った。
そんなスピネルの気遣いが嬉しくて、わたしも笑顔を浮かべ元気良く言葉を返す。
「はい! どんなところに連れて行ってくれるのか楽しみです!」




