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21.OL、奴隷制をなくしたい


騒がしかったその場は、突然空から現れた私の声でシン、と静まり返った。

地に降り立った私に続いて、私の少し後ろにアルベールが控える。


ここに近づくに連れて聞こえてきた声に、私の怒りは頂点に登っていた。


「リ、リゼット様……?」


誰かがそう声をあげると、その場にいた魔族たちが一斉に声をあげた。


「リゼット様だ!」

「あぁ、こんなところでお会いできるなんて……!」

「こ、この方があの……!」

「な、なんだこの胸の高鳴りは……!?」

「リゼット様!お会いできて光栄です!」


先ほどまで注目を浴びていた奴隷のことなどすっかり忘れたかのように魔族が私を取り囲む。


「無礼者ども、控えろ。この方に近くな。」


アルベールが私の前に出て、私の側に寄ってこようとした魔族たちを制する。

いつもの私なら、まぁまぁとアルベールを諌めるところだが、今の私にそんな心の余裕はなかった。


「こ、これはこれはリゼット様……!まさかこんなに近くでお会いできる日が来ようとは思いもしませんデシタ!あぁ、なんと麗しい……」


そう言ったのは奴隷商の男だった。


「今すぐその人たちを解放しなさい。」

「はい……?」


ただ聞き返されただけなのに、私はひどくイラついてしまった。


「聞こえなかったの?今すぐその人たちを解放しろって言ってるんだけど。」

「は……!申し訳ございません!リゼット様の御前にこのような汚らわしい者どもがいていいはずがございませんネ!おい、お前ら!すぐにこいつらを殺せ!」


そう言って奴隷商は、側にいた仲間たちに指示を飛ばした。

その言葉は、私の怒りを爆発させるには充分すぎるものだった。


「いい加減にしろ!!その人たちを殺したら、私がお前を殺してやる!」

「ぅひ……っ、」


腰に下げていた剣を瞬時に抜き、その剣先を奴隷商の喉元に突きつけた。

本当に首をはねるつもりはなかったが、勢い余って刃先が喉元に触れた。ツーと奴隷商の首に鮮血が伝う。

加減を間違えた。私の修行不足だ。


「次間違えたら命はないと思いなさい!その人たちを解放して、そして奴隷商を今すぐやめなさい!」

「え……?」

「これ以上奴隷を増やすのは許さないと言ってるの!私が、奴隷制なんて無くしてやる!」


本当はこの特性を利用してでも、今すぐに全ての奴隷を解放するようにこの世の全ての魔族に言ってやりたい。

でも、今奴隷として働いている人たちがいきなり解放されたらどうなる?

それこそ行き場を失ってしまい、最悪命を落とすことになるかもしれない。

それに今奴隷として生きている人たちが行なっている労働は誰が担う?

この世界に深く根付いているだろう奴隷制度を、今すぐに綺麗さっぱり消し去るというのは現実的ではない。

それならばせめて、これ以上奴隷を増やさないように、そして今奴隷として生きている人たちに普通の暮らしをさせてあげられるようにしてあげる方が現実的だ。


「奴隷制をなくす……?」


私に剣を向けられた奴隷商が恐る恐ると言った様子で私に尋ねる。

その問いに、私は深く頷いてみせた。


「奴隷制なんてあっていいはずがない。命をなんだと思ってるの?!魔族だろうと人間だろうと劣悪な奴隷制なんて認めない!」


私が言っているのは偽善的な綺麗事だ。

でも、今の私であればそれをただの綺麗事で終わらさず、人間の国は無理でも魔族たちの奴隷制は廃止できる特性(ちから)と権力がある。

私は本気だ。


私の言葉に、周りの魔族たちがどよめき始めた。

奴隷制をなくす……?

奴隷の命など虫と同じでしょう……?

奴隷の何がダメなんだ……?

いや、しかしリゼット様がおっしゃるのだから……

そんな声があらゆる方向から聞こえた。


「……いいよ。理解できないならそれで。」


それがこの世界の常識なら、すぐに理解できなくてもしょうがない。

奴隷制なんてなかった世で生きてきた私が、なぜ奴隷制なんてものが認められているのか理解できないように、奴隷がいることが当たり前の世で生きてきた彼らもまた、奴隷はよくないという私の考えが理解できないのだ。

私は自分にそう言い聞かせる。


「でも、この人たちは解放して、あなたは奴隷商を辞める。それは決定事項。それとも、私の言うことが聞けないの?」


前世の記憶を思い出してからと言うもの、わたしのこの特性にはいろいろ複雑に思うところがあり、できれば特性を振りかざすようなことはしたくないと思っていた。

私が一言言えば、ほぼ全ての魔族が私の言葉に喜んで付き従う。

それは個人の考えや感情を全く無視したものだ。


だけど、それでも今はこの特性を利用せざるを得ない。


「そ、そのようなことあるはずがございまセン……!リゼット様からのありがたい直々のお言葉です!謹んでお受けいたします!」


そう言うと奴隷商は、仲間たちに人間たちを解放するように言い渡した。


慌てたように人間たちに繋がれていた足枷を解こうとする奴隷商たちを、私は静かに見下ろす。


そんな中、周囲の魔族たちから到底聞き流せないような言葉が聞こえてきた。


「リゼット様は何をお考えなのだ……?」

「奴隷など生きている価値もない……ましてや、あれは人間だぞ……?」

「リゼット様は奴隷の命すら救おうとされるほど、お優しい方なんだろう。」

「いや、確かにリゼット様は慈しみを持つお優しい方だと思うけど、さすがに奴隷は……。きっと奴隷なんて汚いものを見たくないのよ!」

「俺もそう思う。ここで解放させてもどうせ魔物の餌になるだけだ。」

「そうか!目障りな奴隷を見たくないから奴隷制を無くそうとされているのだな!」

「リゼット様がそうおっしゃるなら、俺の奴隷もすぐに処分しなくては!」

「この人間たちも魔物に処分させるために解放されるのだろうな。」


そんな的外れな言葉が飛び交い、多少落ち着きかけていた私の怒りがふつふつと再び湧き始めた。

だが、そんな中わずかに残った理性が、今一番危惧すべき言葉を私の中に反復させた。


『ここで解放させてもどうせ魔物の餌になるだけだ。』


確かに、この言葉だけは正しいと思った。

ここは魔王城城下。

魔族の本拠地だ。

周囲の森には魔族だけじゃなく、多くの魔物が生息しているし、人間の村まではかなりの距離があるだろう。

無事に人間の住む領域までたどり着けるとは思えない。


「……私が人間の村まで送り届ける。」


私のその言葉に、この場にいた全ての人が息を飲んだ。

魔族も、人間も。信じられないと言った顔で私を見る。


「恐れながらそれは了承しかねます、リゼット様。」


皆が愕然とする中、アルベールの冷静な声だけが響いた。


「だって、絶対に生きて帰れない!」

「人間の命など、リゼット様が心を痛める必要はございません。」

「だから……!人間だって魔族と変わらない!!人間にも、魔族にも家族がいるし、大切な人がいる!死んだら悲しむ人がいる!みんな生きてるの!」

「だからなんだと言うのです?」


アルベールから返された冷たすぎる声に、思わずひるみそうになる。

ギリと奥歯を強く噛みしめる。


「じゃぁアルベールは私が死んでもなんとも思わないんだね!?」


これまで、一切表情を変えることなく淡々と冷酷な言葉を発していたアルベールが目を見開き、そしてすぐに苦痛に耐えるように顔を歪めた。

周りの魔族たちも一様に心臓を握りつぶされたような顔をしている。


「……そのようなこと、考えたくも、ございません……」


なんとか絞り出したようにアルベールがそう言った。

その悲しそうな顔に、少し罪悪感を覚えたが、ここで折れるわけにはいかない。


「それと同じ。この人たちが死んだら悲しむ人がいるの。私だって、もしアルが……アルが、死…んだら、耐えられないくらい、悲しい。」

「……。身に余るほど光栄なお言葉ですが、私の命など、リゼット様が気になさるようなものでは——」

「それは私が決めること!誰がなんと言おうと悲しいの!私にもどうすることもできない!」

「……申し訳ございません。」

「今のは謝るところじゃない!とにかく、この人たちは私が無事に送り届けるから!」


私がそう言うと、先ほどまで悲痛に歪めていたアルベールの顔がすんといつもの無表情に戻った。


「それとこれとは別です。リゼット様の身を危険に晒すわけにはいきません。」

「私はそんなに弱くない!なんのためにいつも鍛えてると思ってるの!」

「自ら危険に飛び込み、人間の命ごときを救うためとおっしゃるのなら、今後私はリゼット様に一切鍛錬はさせません。」

「〜〜〜っ!!!!」


こんの分からず屋!!ああ言えばこう言う!!

この特性を持ってしても、今のアルベールを振りきれる気がしない。

やりきれない気持ちで、私は奥歯を強く噛みしめる。


「……わかった。」


そう一言だけ返すと、鎖を解かれかけていた人間たちの方へ歩み寄った。


なら、せめて……


「アル、この人たちを送り届けることは諦める。だから私が今からすることに、一切口出しをしないで。」

「リゼット様、何を……」


アルベールの問いかけに私は言葉を返すことなく、奴隷として連れてこられた人に手を伸ばした。

手を伸ばした先にいる人は、どう見てもまだ大人とは言えないような年齢の男の子だ。

前世では小学生……よくて中学生くらいだ。

オレンジがかった明るい茶色の髪を携え、髪の毛よりは少し暗い茶色い瞳をまん丸にして驚いたように私を見ている。

今の私よりは年上に見えるけど、こんな子どもが奴隷にされるなんて……

少年の体にはあちこちに傷がある。


「こわかったね、ごめんね。」


そう言って、私の手が少しその少年に触れた瞬間、ハッとしたように私の手を乱暴に振り払った。


「さ、触るな……!」


先ほどまで震えていなかったように見えた少年が、震えた声でそう言った。

その瞬間、周囲の空気が一気に冷えた。


「人間ごときが、リゼット様のお手を振り払うなど!!その命よほどいらないようだな?!」


そう言って、今にも切りかからんとするアルベールを手で制す。

いつも無表情のアルベールだが、こういう時は感情をむき出しにすることを、最近になって覚えてきた。


周囲にいた魔族たちも怒っているようで、辺りには漏れ出した魔力の気配と多くの殺意が漂っている。


「アル、口出し無用と言ったはずだけど。」

「しかし……!」

「いいから。……みんなも。魔力も殺気も引っ込めて。」


私の言葉に、徐々に冷え切った空気が元に戻っていく。


「……私は魔族だから、簡単には信じてもらえないかもしれない。だけど、本当にあなたたちに危害を加える気は無い。だから、少しだけ我慢してほしい。」

「な、にを……」


戸惑う少年をよそに、私は再び少年に手を伸ばそうとした。


「だ、だめ!俺、汚いから……」

「汚い……?」


少年の言葉に、私は伸ばそうとした手をピタリと止めた。


「お、俺、もともと奴隷だし……、汚い仕事もいっぱいしてるし、体だって何日も洗ってない……。だから、触らないで。」


悲しそうな顔すらすることなく、怯えながらも少年が当たり前のことのようにそう言った。

その言葉に、私の心はひどく傷んだ。

そして、どうりで他の人たちより傷が多いわけだと少し納得もした。


思わず一瞬顔を曇らせてしまったが、少年を安心させようとヘラりと笑って見せた。


「大丈夫、君はちっとも汚くなんてないよ。」

「そんなこと……っ!」


私は少年が全部言い終わる前に、伸ばした手で少年の腕を掴み、自分の方へ引き寄せた。


「なっ……!?」


私に抱きしめられた……いや、体格差的に私が抱きついたと言った方がしっくりくる光景だが、私に抱きしめられた少年が驚愕の声をあげた。

それと同時に、魔族たちのどよめくような声も聞こえてきた。


「な、なに……!離せ……っ!」

「少しだから、じっとして。」


これは最近作った魔法だけど、お願い、失敗しないで——!


「——宵闇の(ダークウィンド)神風(プロテクション)。」


私が魔法を発動させた瞬間、暗く紫がかった闇が少年を中心に私たちを囲むように渦を巻いた。

その禍々しいような渦は徐々に勢いを弱め、少年の胸元に集まっていく。

私に抱きつかれた少年は愕然としたまま身動き一つしない。

闇属性の魔法は魔族にしか使えない。

もし初めて見たのなら、この明らかに禍々しさを放っている魔法は恐怖でしか無いだろう。

だけど、見た目がとんでもなく禍々しいのは否定できないが、これは正真正銘の守護魔法だ。


しばらくすると、私たちの周りに渦巻いていた闇が完全に消えた。

そして少年の胸元に、黒みがかった紫色の5枚の花弁が浮かび上がる。


よかった、成功した。


少しホッとして、私は抱きしめていた少年を解放した。


「君の身に危険が迫った時、5回までは防ぐことができる。今の私にはこれくらいのことしかできない。ごめんね。」


私が彼に施した魔法は、以前ヴェントに教わった風の守護(ウィンドガード)を応用して、風属性と闇属性を組み合わせることで作り上げた中級レベルの守護魔法だ。

ただ、ヴェントが私にかけてくれた神風(ウィンド)の庇護(プロテクション)は危険のレベルを守護魔法が自動で察知し、命に関わる危険だと判断した場合のみ発動される魔法だけど、私の宵闇の(ダークウィンド)神風(プロテクション)はそこまでハイテクでは無い。

命に関わるような危険ではなくても発動してしまう。つまりどんな攻撃にも守護が発動されてしまうのだ。

その代わり5回まで守護が付与されるようにした。

でも、純粋な闇属性魔法では無いためかなかなか扱いが難しく、先ほどのように発動対象に密着しないと成功しない。


本当はこの人たちを安全なところまで送り届けてあげたいけど、それをするなら今後鍛錬が一切できなくなるというのは流石に厳しい。

私が城を抜け出すには、まだ力が足りない。


私に解放された少年は唖然とした表情で私を見つめている。

その様子に、私は思わず苦笑した。


「ごめんね。びっくりさせちゃった。」


それだけ言うと私は少年から目をそらし、少年の横にいた人に目を向けた。

目があった瞬間、その肩が大きく揺れた。


「やっぱり信用はしきれないよね。私の自己満足で申し訳ないけど、みんなにもかけさせてね。」


そう言って、私は鎖に繋がれていた全員に、少年と同じように抱きついて魔法を発動させた。

中には歯をガチガチと鳴らしながら私に抱きつかれる人もいて、すごく申し訳ない気持ちになった。

魔族に抱きしめられるなんて、恐怖でしか無いよね、ごめんなさい。


一回だけ失敗したのは見なかったことにしてほしい。

いや、むしろ一回だけの失敗で済んだことを褒めてほしいくらいだ。


そうして、私が全員に魔法を施すと、彼らを拘束していた足枷が外された。

その瞬間に、人間たちが弾かれたように森の方に駆け出した。

腰を抜かしていた人は、地面を這うように森の方へ向かっている。


そんな中、一人だけがその場に佇んだまま、私を見つめている。

あの少年だ。

森に入るのが怖いのかもしれない。

そりゃ、守護があると言ってもたったの5回しか発動しないし、そもそも魔族にかけられた魔法なんて信用できないよね。


「……あんた、本当に……」


呟くようにそう言った少年は明らかに私を見ている。

私に言っているのだろうか?

そう思い、私は首をかしげる。


「本当に、魔族、なのか……?」


少年から発せられた言葉に、私はすぐに返事を返すことができなかった。

私の頭のなかを過ぎったのは前世の記憶だった。

今の私はまごうことなく魔族だが、人間として生きていたこともある。まぁ、魔族なんていない世界でだけど。


「……うん。そうだよ。」


私はもう人間では無い。それは事実だ。


「……俺が今まで見てきた人間より……」

「うん?」


少年の語尾が消えるように小さくなり、聞き取ることができなかった私は少年に聞き返したが、少年は私の疑問に答えることなく私から目をそらし、私に背を向けた。


「なんでもねぇ!」


叫ぶようにそう言った少年は、そのまま森の方へと走り去っていった。

私はその様子を眺めながら首をかしげるしかなかった。



「忘れないでね。あなたたちは今日限りで奴隷商をやめる!」


奴隷として連れてこられた人たちを解放することができ、ひと段落した私は鎖を片付けていた魔族たちに念を押すようにそう言った。


「はい!それはもうもちろんでございマス他の誰でも無い、リゼット様のお言葉を無下にするようなことはいたしません!」


そう言った元奴隷商の言葉に私は多少満足する。


口々に囁かれる魔族たちの言葉は、私の”優しさ”を絶賛しつつも、私の行動の本質はやはり理解されていないようだった。

この魔族たちが言う私の”優しさ”なんて、やはり自己満足の偽善にすぎなかった。

あの人たちが無事に逃げ延びることができる保証などどこにも無い。

人間の村まで実際に行ったことはないが、ここからは途方もなく遠いことだけは容易に想像できる。

ましてや、あの人たちは人間で、空を飛ぶこともできず歩いていくしかないのだ。

たとえこの森に魔物や魔族がいなかったとしてものたれ死んでしまう可能性は高い。

私には彼らの無事を祈ることしかできないのだ。


悔しい。


そんな歯がゆさを残しつつも、私は早々にその場を後にした。

自己満足でも偽善でもなんでもいい。

私にはもう一つやるべきことがある。

そんな決意を固めつつ、私は魔王城……魔王マティスの元まで急いで飛んだ。










「パパ!!」


バァン!となんとも派手な音を立てながら、私は重く立派な扉を力一杯押して目的の部屋に飛び込んだ。


「おぉ……。どうしたのだ、私の愛しいリゼット。」


私がここに来る気配なんて随分と前から気づいていただろうに、マティスはまるで驚いているかのような表情をしてみせた。


「パパ、今すぐに奴隷制の改正をして!」

「奴隷制の、改正……?」


予想もしなかっただろう言葉を受け、マティスは訝しげに眉を寄せた。

すると徐々に部屋の空気が重々しいものに変わっていくのを感じた。


「……まさか、奴隷がお前に何かしたのか?」


そう言ったマティスの声は確かな怒りを含んでいた。

また城の窓が割れそうだ。


「違うよパパ!私は奴隷制を無くしたいの!」

「奴隷制を、なくす……?」


私の否定の言葉を聞いたマティスは少し落ち着いたのか、先ほどまで溢れ出ていた魔力が息をひそめた。


「おぉ、そうか。わかった。全ての奴隷を処刑することに——」

「違うってば!!」


あぁ、もう!

どいつもこいつも話の通じない奴しかいないのか……!


先ほど城下でやりとりしたばかりのような状況に、私は思わず怒鳴るように否定した。

そんな私の様子に、マティスは少し驚いているようだ。

今日の私は気が立っているのだ。


「私は奴隷を助けたいの!」

「は……?」


私が発したその言葉に、マティスは心底理解できないといった顔をした。

その表情も、先ほどの城下で散々見たものと同じだった。


「もう理解してもらおうと思ってない。だけどとにかく魔族も、人間も奴隷になんてしていいわけがない!」

「……リゼット、お前は本当に優しい子だ。だが、その優しさを奴隷なんてモノに向ける必要はない。あれは虫以下の存——」

「だから!!理解しなくていいって言ってるじゃん!」

「……どうしたのだリゼット。何をそんなに怒っている?」

「わたし、は……自分が、恥ずかしい。」

「恥ずかしい……?」


知らなかったのが情けない。

私がのうのうと生きている影で、奴隷として苦しんでいる人たちがいたなんて。

何も知らずに、城下町の表面だけを見て微笑ましいと思っていたなんて。

暗い部分を隠されて、作られた城下の様子だけしか見ることができていなかったなんて。


「とにかく、奴隷は嫌なの……いや、なの……!」


私がいくら叫んでも、城下にいた魔族のただ一人にすら理解されなかった。

悔しい。この能力のおかげで表面上こそはみんな私に従うが、根本的なところにまでは、私の声は届かない。

そう思い知らされたのも悲しかった。


悔しくて、悲しくて、情けなくて、ポロポロと涙が溢れてきた。


「リ、リゼット……!」

「うぅっ……っ、」


私の涙を見た瞬間、デスクの椅子に腰をかけていたマティスが弾かれたように腰を上げ、飛ぶように私の元まで来るとぎゅっと私を抱きしめた。


「わかった。奴隷制については各砦に早急に伝達しよう。だからどうか泣かないでくれ。リゼットが悲しんでいるのを見ると、心臓が握りつぶされたかのように痛む……」

「うっ……ぐす、…」


しゃくり上げるように泣く私の頭を、マティスが優しく撫でる。

私を撫でるこの手はこんなに優しいのに、特性のおかげとはいえ、これほど誰かを思う心があるというのに。

なぜ、みんな同情すらできないの……!


「奴隷をっ、…これ以上、増やさないで……」

「あぁ。そうしよう。」

「今奴隷として生きている人たちには、充分な衣食住の提供を義務付けて……」

「あぁ。わかった。」

「雇い主には、奴隷に暴力を振るわない契約を、魔法で……」

「あぁ、手配しよう。お前が涙を流すような制度があっていいわけがないからな。」

「……ずっ、…うぅ……」

「だからもう、泣かないでくれ。私の可愛いリゼット。」


そう言いながら私を抱きしめていた腕を解くと、マティスは私の目線に合わせてしゃがみこんだ。

その綺麗な顔は、悲しそうに歪んでいる。


「う、ん……」


理解されなくても、自己満足でも、なんでもいい。

偽善でも、それで救える人がいるなら、それでいい。

私は涙の溢れる目を乱暴に拭った。


「約束だからね、パパ。」

「あぁ。すぐにでも各地に触れを出そう。」


魔族の本質は変わらない。

それでも私のこの行動で、少しでも何かが変わるなら、やらないよりましだ。


私はその夜、一晩中涙が止まらなかった。



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