20.OL、衝撃を受ける
私が飛ぶ練習を始めて、5日が過ぎた。
「アル!見て!こんなに安定して飛べるようになった!」
「はい。流石です、リゼット様。」
野外鍛錬場で、魔王城の3階付近にてゆっくりと羽ばたきながらその場に留まっている。
翼がつるというなんともみっともないことになってしまったあの日から、飛行メインに修行を行なっていた。
その努力もありあれから5日で、風魔法と併用した飛行もだいぶ上達した。
「よーし!今日は城下町まで飛んでみようかな!」
「は。ご一緒いたします。」
雲ほど高く飛ぶにはまだ恐怖が拭いきれずにいるが、ビルの5階程度の高さであれば恐怖にも打ち勝てるようになってきた。
「おぉ……空を舞うリゼット様の、なんとお美しいことか……」
「まるで天使のようですリゼット様……!」
「神々しい……」
鍛錬場にいた魔族たちが私たちを見上げながら口々に私を讃えている。
天使どころか魔族なのでどちらかというと悪魔に近いのでは・・・?と思いながら、私は下にいる彼らに手を振った。
「出かけてくるねー!」
私たちを見上げていた魔族たちに聞こえるように声を張っていうと、「行ってらっしゃいませリゼット様!」と大合唱が帰ってきて、思わず耳を塞いだ。
相変わらず私の特性は強力です。
そうして、そのまま城壁を超えるほど高度を上げ、城を飛び立った。
「城下町久しぶりだなー」
テールが魔王城を去ってからは広場にも顔を出せていない。
城下町の上空を飛びながら、久々の城下町を眺める。
露店を開いているおじさん、野菜を売る元気なお姉さん、揚がったばかりの魚を販売するお兄さん、値引きをお願いするおばちゃん、広場で駆け回る子供たち。
城下町は今日も変わらず賑わいを見せていた。
空から見下ろした城下町は、意外にも小さく見える。
微笑ましい光景が続いてた中で、魔王城から一番離れた方角にある城下町の入り口付近に人だかりを見つけた。
人だかりの先には、リゼットとして生きてきた中では見たこともない色を持つ者たちがいた。
茶色、赤、青、紫、金……
「あれは……」
人間……?
魔族は白と黒で表せる色しか持たない。
それに、魔族であることに誇りを持っている彼らは、たとえ自分の色が魔力を持たない白であっても、その色を染めようとはしない者がほとんどだと聞いている。
しかし、私の目線の先には間違いなく白と黒だけでは表せない色を持った者たちがいた。
そして何より、遠目ではよく見えないがその人たちの背には魔族にあるはずの羽が見えないような・・・?
「奴隷商ですね。」
「え!?」
側を飛んでいたアルベールから、とんでもない言葉が聞こえた気がした。
「え……?今、なんて……?」
「あれは奴隷商です、リゼット様。人間の奴隷を連れてきたのでしょう。」
人間の、奴隷……?
この世界には奴隷制度なんてものがあったの……?
魔王城にはメイドはいても、奴隷なんていなかったし、城下町でも一目で奴隷だとわかるような人は見たことがなかった。
「……奴隷がいることは当たり前なの?」
「そうですね。人間の国でも奴隷制度はありますし、我々魔族にもございます。」
「そんな……」
平和な日本に生きていた私には、到底信じられない制度だ。
奴隷と聞いて想像してしまうのは、碌な食事も与えられず、理不尽な暴力を振るわれ、過剰な労働を課せられ、時には性的なことにも利用される……そんな存在だ。
「だって、今まで城下で見た事なかったのに……」
そんな奴隷制があるというのなら、今まで城下に降りた時に違和感を感じたはずだ。
でも、私が想像するような、絵に描いたような光景は今まで目にした記憶がない。
「城下では禁止こそされていませんが、奴隷を表に出すことは禁止されております。」
「……どういうこと?」
「城下とは、すなわち魔王様のお膝元です。奴隷などと汚らわしい者が魔王様の目に触れぬよう、奴隷を働かせるのは内のみとされています。リゼット様がお生まれになってからはさらに厳しく取り締まりが行われています。」
「は……」
アルベールから発せられた言葉に、私は思わず言葉を失った。
この賑やかな城下町の影で、奴隷として生きている人たちがいたなんて考えたこともなかった。
それに、アルベールの言い方からしてその奴隷たちの受けている扱いは、私が想像していたものとさほど大差はないだろう。
そう思うと、先ほどまで微笑しいとさえ感じていた城下町の光景に、吐き気がした。
「リゼット様の視界を汚した奴隷どもと、愚かな奴隷商を今すぐ排除して参ります。」
「!、ダメ!!」
混乱する思考の中、今にも人だかりの方へ急降下しようとしたアルベールをなんとか止める。
私の制止の声に、アルベールは眉を寄せながら私を見た。
「リゼット様の美しい瞳に映すべきものではありません。それも下等な人間の奴隷です。」
頭にカッと血が上るのを感じた。
奴隷も、人間も蔑んだ言い様に相手がたとえアルベールであろうと怒りが湧いてしまった。
思わず怒鳴りつけてしまいそうになる自分をなんとか制する。
ここで、アルベールに怒りをぶつけてもしょうがない。
奴隷制は、この世界では常識なのだろう。
魔族と人間がいがみ合ってるのも、この世界では常識なのだ。
日本という平和な世界で生きてきた私だけが、偽善的な考えを抱いてしまう、異端だ。
ギリ、と唇を噛む。
今口を開けば、この怒りをアルベールにぶつけてしまう。
そう思った私は、無言でアルベールから顔を背けると、人だかりの中心である奴隷商を目掛け空を翔けた。
「さぁさぁ皆さん!本日は久しぶりに人間の奴隷を仕入れてきましたヨォ〜?」
いかがです?と太った奴隷商が周りに集まった魔族たちに声をかける。
最悪だ。俺はもともと人間の街で奴隷として生きていた。
理不尽な暴力と、過剰な労働を課せられていた上、ゴミみたいな扱いを受けていた。
それでもきっと、魔族に捕まるよりはマシだったんじゃないかと思う。
1週間前に街が魔族に襲われ、俺は捕まってしまった。
俺の左足に付いている足枷には鎖が繋がれており、その鎖の先はあの豚のように太った奴隷商が握っている。
俺だけではない。奴隷商の持つ鎖は俺を含めた数人の人間に繋げられており、他の奴らも俺と同じようにあの日魔族に捕まった人間たちだ。
今は10人程度しかいないが、はじめはもっと多かった。
魔族の奴隷になるくらいなら、と自害したやつもいたが、ほとんどがあの豚みたいな魔族とその仲間たちに殺されてしまった。
「人間ねぇ。」
「人間はすぐ死ぬからなぁ。」
「人間なんて下等な生き物は奴隷だろうといらん!」
奴隷商を囲っている魔族たちが口々に言う。
「いえいえ、皆さん。人間の奴隷は魔族の奴隷よりも従順で扱いやすく、よく働きますヨォ〜?」
確かに奴隷商のその言葉通り、俺たちのそのほとんどがガクガクと歯を鳴らしながら怯えた様子で大人しくしている。
ここに来るまでに、奴らのおもちゃのように扱われていた俺たちの全身には、多くの生傷が残っている。
人間と魔族の圧倒的な力の差を思い知らされた上、痛みと恐怖を植え付けられた俺たちに、大勢の魔族に囲まれている今の状況はとんでもなく恐ろしかった。
「そ・れ・に!魔族の奴隷よりもすぐ死んでしまう分、お値段もお安くなってますヨォ〜?」
さぁ、どうです!?と続けた奴隷商に、周りの魔族たちがふむ……と考え始めた。
その値踏みをするようないやらしい視線は、俺が今まで見てきた人間たちと同じだった。
魔族をこの目で直接見たのは今回の出来事が始めてだった。
今まで周りにいた人間たちは魔族がどれほど恐ろしく、凶暴で、残忍な存在であるかを語っていたが、俺からしたら人間も凶暴で残虐な存在だった。俺の身体にはこの奴隷商たちにつけられた傷ももちろんあるが、それ以外にも多くの古傷や生傷があった。汚い、汚らわしい、臭い、醜い、生ゴミだと道ゆく人々に囁かれ、主人にはムカつく顔だと殴られ、仕事が遅いと蹴り飛ばされ、嫌なことがあったと八つ当たりで棒で殴られた。
俺と一緒に連れてこられた奴らが今までどういう風に生きてきたかは知らないが、俺よりも過剰に怯えている彼らはきっと奴隷として生きたことすらないのだろう。
もともと奴隷だった俺からしたら、住む環境が変わるだけの話のように思えてきて、先ほどまでの震えが消えた。
「い、嫌だ……っ!」
呟くようにそう言ったのは、奴隷の一人だった。
バカな奴、と俺はどこか他人事のようにそう思った。
こういう時に口を開くと絶対にいいことはない。それは俺が奴隷として生きてきた経験則だ。
「おいおい、誰が口を開いていいと言った?」
先ほどまで、胡散臭そうな笑みを浮かべて奴隷を売り込んでいた男が、その笑みを消して冷たい目で言葉を発した奴隷を睨みつける。
ほらな。
「ひっ……い、嫌だ、!魔族の、…魔族の奴隷なんかになりたくない!」
「そうか。」
冷たい目でそう一言告げた奴隷商はその奴隷から目をそらし、周りにいた魔族たちに向き直った。
「では皆さま!これより、人間の解体ショーをお見せ致します!」
奴隷商の男がそう言った瞬間、周りの魔族から歓声が上がった。
「おぉ!素晴らしい!」
「早くやれ!」
「なかなかおもしれぇことするじゃねぇか。」
「苦しんで無様に泣きわめく姿が早く見たいわ!」
盛り上がりを見せる魔族たちとは裏腹に、先ほど口を開いた人間は全身を震わせ、地面にへたり込んだ。
こんな光景は珍しくない。
人間たちも同じように奴隷の命を弄ぶ。
人間も、魔族も、同じじゃねぇか。
「魔族の奴隷が反抗した時は少々大変ですが、人間は弱いですから反抗したところで蚊に刺されたようなものです。人間の奴隷をご購入いただければ、好きなだけいたぶれるというのを皆さんに実際にお見せできるいい機会デス。とくとご覧になってくださいネ〜!」
そう言うと奴隷商は、持っていた鎖をジャラリと鳴らしながら、腰を抜かした奴隷の方へ歩み寄り始めた。
標的にされた奴隷以外の奴らも、震えながらその様子を見ている。
そんな中、俺はただ一人冷めた目でその光景を眺めていた。
「まずは、そうですネ〜。爪を一枚一枚剥いでいきましょうか?それとも目玉をくり抜きましょうか?それか、生きたまま全身の皮を剥いでしまいましょうか?」
「ひ、……」
ニヤニヤと愉快そうに笑いながら奴隷商が人間に手を伸ばす。
周りに集まった魔族たちも、笑いながらその様子を眺めている。
伸ばされた手が、その奴隷に触れようとした瞬間、
「やめなさい!」
場違いだと思えるくらい幼く、だけどどこか凛とした女の子の声が聞こえた。




