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17.剛勇のテール1


数年ぶりに訪れた魔王城は、相変わらず禍々しい光を放っており、その城主であるマティス様の力を物語っていた。

何度来てもこの城は魔王様の強大な魔力で満たされており、なんとも落ち着かねぇ。


俺は第四魔王軍大将として、土の砦と呼ばれる魔族の拠点を任されている。

数年毎に定期報告としてこの魔王城に足を運ぶ必要があり、今回はその定期報告のために魔王城に数日間滞在している。今日で5日目だ。


魔王様の魔力が蔓延する城内は、常に魔王様に命を握られているような感覚がしてしまい、どうしても落ち着かない。

魔王軍大将の一角を担っている俺ですら、魔王様の強大な力の前では無力に等しいのだ。


この5日間、報告会や外せない用事がある時以外は、居心地の悪い魔王城を抜け出して、俺は城下町に足を運んでいた。

魔王城城内にいるよりかは幾分か落ち着く。


「俺は悪い勇者だー!ほーら、お前らかかってこい!」


ここ数日城下町に毎日来ていた俺は、たまたま広場で見かけた子どもたちと毎日遊んでやっていた。

子どもは嫌いじゃない。

腹の底で何を考えているかわからないような奴らの相手をするより、自分の感情のまま素直に生きているこいつらの相手をしていた方が、俺自身難しいことを考えなくて済むからだ。


初日は流石に少し警戒されたが、一緒に遊んでいる間にすぐに子どもたちは俺に懐いて、テールテール!と何の濁りもない瞳で俺に寄って来るようになった。

かわいい奴らだ。

しかし、土の砦周辺の子どもたちもそうだが、なぜか俺はいつもガキどもに舐められすぎることがある。


そして今日も、広場にいた子どもたちを相手に、勇者ごっこと称して木の棒を片手に遊んでやっていた。


「悪の勇者をやっつけろー!」

「やぁ!」

「てやぁ!」


子どもたちが一生懸命俺に向かって棒を振り回してくる。


「ハッハッハ!そんなもんか〜?」


俺は子どもたちのかわいい攻撃を軽々と流す。


「くっそー、テールつっえぇ……」


バテてそんな弱音を吐いた坊主に、「テールじゃない!勇者だぞ!」と、我ながら幼稚な言葉を投げた。

俺にそう言われた坊主は、歯痒そうに歯を食いしばると、渾身の一撃と言わんばかりに切り掛かってきた。


「おりゃぁ!」


お、いい振りだ。

俺はそう感心しながら、飛びかかってきた坊主の棒を、持っていた棒で受け止めた。

その瞬間、バキッと嫌な音が聞こえた。


「まずい!危ない!」


坊主が振り下ろした木の棒が、俺の棒とぶつかった瞬間に折れてしまった。

折れた棒の先が飛んでいく方向に小さな人影が見えた俺は、慌ててそちらに声をかけた。


この一瞬でははっきりと姿を捉えてはいないが、その大きさからして子どもであることは明白であった。


くそっ、

どうにか防ごうと魔法を発動させようとした瞬間、その小さな人影の前に、剣を持った何者かが飛び出した。

そいつは俺ですら見失ってしまいそうな速度で、飛んで行った棒を剣で真っ二つに切り、その棒の飛んでいく勢いをも消した。


こいつぁ強ぇ。

しっかりと相手を見るまでもなく、俺はそう思った。


「おい、あんたら怪我ねーか!?」


この一瞬の出来事を俺の目は捉えていたが、それでも万が一ってこともある。

剣を抜いた人物の後ろにいるであろう子どものことも心配だ。


つい見事な剣技に見入っちまった。

俺は慌ててそちらに駆け寄る。


抜いていた剣を鞘に納めた人物をはっきりと視界に捉える。

シルバーアッシュの魔族の男。

その獣のような鋭い視線には、どこか覚えがあるような気がした。


「ん?お前は確か……」


俺が記憶を辿っていると、それを邪魔するかのようにガキどもが寄ってきた。


「どうしたのテール?」

「俺も一緒に謝りに来たぞ!」

「何アホヅラして固まってんだ?」


「誰がアホヅラだクソガキ!」


クソガキの生意気すぎる一言により、俺の思考が止まった。


「お前らなぁ、いつも言ってるが俺はこれでも大、しょ……」


俺はここ数日ずっと言い聞かせていたことを言おうとしたが、どこか見覚えのあるような男の後ろからひょっこり顔を出した少女を視界に捉えた瞬間、言葉を詰まらせる。

俺の心臓がドクンと大きく脈打った。

途端に、俺の中を流れる血が沸騰したかのように全身が熱くなる。


この、感覚は……!


「お、お嬢!?!?」


顔に熱が集まっているのが自分でもわかる。


俺に、お嬢と呼ばれた少女は不思議そうに首を傾げながらこちらを見上げている。


間違いない。リゼット様だ。

その姿を直接見たのは過去に一度だけだが、この苦しいくらいに焦がれてしまう感覚は、一度感じたら忘れることなど出来はしない。


「こ、これは失礼しました!お怪我はありませんか、お嬢。」


俺は、このどうしようもないくらい愛しくて堪らない方を、たった今危険に晒してしまった。

その美しい肌に傷一つでも付いてしまったらと考えると、恐ろしくてしょうがない。


「うん大丈夫!それより、私も仲間に入れて?」


そんな俺の心配をよそに、お嬢は少年のような笑みを浮かべてそう言った。


笑っ、た……?

俺の記憶の中のお嬢は、もっと挑戦的で妖艶な印象だった。

いや、幼すぎる少女には似つかわしくない言葉なのは重々承知の上ではあるが、あの魅惑の雰囲気を醸し出すお嬢にはそんな言葉しか浮かばなかった。

少なくとも、こんなに生き生きとして素直で可愛らしい雰囲気ではなかった。

以前会った時以上に、体の奥底がゾクゾクとしてしまうほど、愛おしい。


そんな屈託のない笑みにも驚きだが、お嬢の口から飛び出した言葉にも驚いた。

この生意気なクソガキどもと、お嬢を一緒に扱うことなどできない。

ましてや今俺たちがしてたのはお人形遊びなんかではなく、非常に野蛮で乱暴な遊びだ。

お嬢のような高貴な方にそんなことをさせるわけには……


しかし当の本人は、咎めるようにその名を呼んだ従者を見事に無視し、俺にキラキラとした眼差しを向けている。


「そ、そんな……!万が一お嬢に怪我でもさせちまったら……」


そんなことがあれば、俺は死んでも自分が許せなくなる。

かと言って、お嬢の希望を無下にすることもしたくない。

この子の望みは、なんだって叶えてあげたくなる。


そんな葛藤の中言い淀む俺の横から、クソガキどもが声を上げた。


「遊ぼうぜ!」

「お前かわいいな!俺と結婚してくれ!」

「ぜひ一緒に遊びましょう!」

「心臓が、ドキドキいって、止まらない……」

「あ、遊んでやってもいいぞ!」


お嬢に向かってなんて口利きやがる!

子ども相手にも関わらず、怒りが込み上げてくる。

思わず、俺は子どもたちに向かって怒鳴るように「クソガキども、口を慎め!」と言い放った。


続けて、お嬢がどれほど貴く麗しい方か知らしめようと口を開こうとしたが、それは当の本人によって阻まれてしまった。


「しーっ!いいの。」


そう言いながら、人差し指を口元に当てて、お嬢が笑った。


なんだその可愛すぎる仕草……!


込み上げてくる愛しさに悶え、俺が何も言えないでいると、お嬢は「私もみんなと一緒に悪の勇者をやっつけたい!」と続けた。


なんだって?!?!?


お嬢が一緒に勇者ごっこをされるということは、お嬢に向かって武器を構えないといけないということだ。

たとえその武器が殺傷力の低い木の棒であるとしても、万が一を考えると恐ろしくてたまらない。


そう思った俺はそのままそれを口にしてみたが、話している最中に最近よく耳にするお嬢の噂を思い出す。

確か、お嬢は最近剣術も魔法も練習しておられるそうなのだ。

半信半疑に聞いていた噂だったが、お嬢のこの様子なら本当なのかもしれない。

であれば、鍛錬の延長として受けてもいいのだろうか……


ぶつぶつと呟きながらなかなか考えがまとまらない俺をよそに、周りのガキどもが騒ぎ始めた。


「いいぜ!一緒にテールをやっつけよう!」

「テールに勝てたことないの!仲間が増えると嬉しい!」

「俺が悪の勇者からお前を守ってやる!」


だからお前ら、さっきから誰に向かってそんな口をきいてやがる!


俺が声に出して子どもたちを叱るよりも先に、女の子がお嬢に暗黒の剣だなんだと言いながら、木の棒を手渡した。

それを受け取ったお嬢は、意気揚々と俺にその棒切れを構えて見せた。


そんな嬉しそうなお嬢を俺の一存で止めることもできず、「おいおい、マジかよ……」とつい呟いてしまった。

お付きのあんちゃんになら止められるはずだと思いそちらに視線を投げるも、そいつすらお嬢に軽くあしらわれてしまった。


誰も止める者がいなくなったお嬢は、棒切れを高々と掲げ、「よーし!みんなで悪の勇者をやっつけるぞー!」なんてかわいいことを言い出す。

そんなお嬢に触発されたように、周りの子供たちも「おー!」と声を上げている。


こうなったら仕方ない。

お嬢の剣捌きをこの目で見れるなんて光栄だと開き直って、俺も木の棒を構えた。


それを合図というように、子供たちが一斉に切りかかってきた。


「はっ!きかねぇなあ!」


子どもたちの乱雑な棒捌きを軽々といなしていく。

そんな乱闘の中、ひと際切れの良い一太刀が入り、慌てて持っていた棒で受け止める。


「うお!お嬢、いい太刀筋ですね!」


驚きつつもそう言葉を発すると、お嬢が早々に次の攻撃に移り、予想外のスピードで繰り出された右からの振りに俺は身を引いて紙一重で躱した。

その、まるで実戦のような太刀筋に、俺はあろうことかつい反射的に持っていた棒をお嬢に向けて振り下ろしてしまった。


しまった!


そう思ったが、力いっぱい振り下ろした勢いは止まらない。

まずい。木の棒とはいえ、俺の怪力を乗せて振り下ろしたを一撃を食らって、怪我を負わないわけがない……!


そう思っていたが、目の前にいたお嬢は目にもとまらぬ速さでバク転を決め、俺の攻撃を見事に避けきってみせた。


まるで踊っているかのように美しく、軽やかな身のこなしだ。

噂は耳にしていたが、まさかここまで動けるとは思いもしなかった。

最低限の護身程度のものかと思っていたが、剣にもブレがなく、その辺の成人魔族より強いのではないかと思うほどだ。


俺は一人、お嬢の身のこなしに関心していたが、お付きのあんちゃんからは痛いほど殺気が向けられている。


子どもたちがすごいすごい!と言いながらお嬢の周りに群がっていく。

子どもたちのアンコールに答えたらしいお嬢が、くるくると宙を舞っている。

翼を使ってもいないのに、まるで飛んでいるように軽やかだ。

筋肉の重量が邪魔をする俺には、あれほど軽やかに動くことはできない。


「すげぇですね、お嬢。」


予想以上の身のこなしに、思わずお嬢にそう言った。

そんな俺の言葉に、お嬢は嬉しそうに「ホント?ありがとう!」と言って笑った。

その顔を見た瞬間、俺の顔が急激に熱くなる。


て、天使……!?


俺と同じ魔族とは思えないほどやさしい微笑みだ。

その顔をみているだけで俺の心が満たされていく。

じんわりと心が温かくなるような、こんな感覚は味わったことがない。


俺の一言で、お嬢から感謝の言葉をいただけた上、極上の笑顔を向けていただけるなんて、俺はなんて幸せ者なのだと心の底からそう感じた。


俺は熱くなった上にニヤけてしまっているのではないかと思う自分の顔を、お嬢から背けながら「た、鍛錬されてるってのは本当だったんですね!」と誤魔化すように言った。


俺の苦し紛れの一言に、お嬢は「うん!ここ数日はアルベールが許してくれないからできてなかったんだけど……」と言いながらお付きのあんちゃんを睨んで見せた。

ちらりと覗き見たそんな顔もかわいいと思ってしまう。

そんな俺をよそに、お嬢は「でも、なんで知ってるの?」と不思議そうに俺に訪ねてきた。


なんでって、最近では魔王城どころか俺が治めている土の砦でも有名な話だ。

知らない魔族がいるとしたら、とんだ辺境地に住まうはぐれ魔族くらいなものだろう。

魔族はみんなお嬢のことが愛しくてたまらないのだから。


そう伝えている間に、そういえばまだ挨拶をしていなかったことを思い出し、俺はお嬢に遅ればせながら挨拶をした。

お嬢の姿を拝見したことがあるとはいえ、ちゃんと話をしたのは今日が初めてだった。



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