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13.OL、反抗期


「梨沙!いい加減起きなさい!何時だと思ってるの!」


私が被っていた布団が勢いよく剥がされる。

それまで感じていた心地良い温もりが失われ、私は閉じていた瞼にぎゅっと力を込めた。


「う〜ん、後1時間……」

「バカ言ってんじゃ無いの!」


その瞬間に、私の頭に小さな衝撃が走る。


「い、たぁ〜い!」


その痛みに閉じていた瞼を開くと、お母さんが怒った顔をして立っていた。

どうやら叩かれたらしい。

私は憎々しげに私を叩いたらしい母にじとりとした視線を送る。


「学校遅刻するわよ!」

「がっこう……」


学校。

そっか。高校に行かないと。


私は目をこすりながら体を起こした。


「全く……。早く下りてきなさいよ。」


そういうとお母さんは私の部屋を出て行き、トントンと階段を下りていった。

私は18歳の華の女子高生だ。

今日は平日。

学校に行かなくてはいけない。


気だるげにベッドから立ち上がり、見慣れた制服に着替えると、足早にリビングへ足を進めた。


「もうちょっとシャキッと起きなさい!」


リビングに下りた私を見て、お母さんが怒ったように言った。


「だって眠いんだも〜ん。」


そんなお母さんに、私は頬を膨らませながら反論する。


「梨沙、ママの言う通りだぞ。来年には大学に行って一人暮らしするんだろ?いつまでもママに甘えてたらダメだぞ。」


新聞を読んでいたお父さんが、呆れたように私に言った。


「大丈夫だよ、だってもう……」


私は、社会人やってるんだよ

と言おうとして、違和感を感じた私は口を閉ざす。


「おい、バカ。何アホ面して突っ立ってんだ。」


不愉快そうな顔をしてそう言ったのは、お兄ちゃんだ。

お兄ちゃんは地元の大学に通っている。


「こんな美少女を捕まえてアホ面なんて失礼な!」

「まだ寝てんのか?寝言は寝て言えブス。」

「こんにゃろう……!」


私は、お兄ちゃんの腹立たしい言葉に、先ほどまで感じていた違和感を忘れ、感情のままに言い返す。

もちろん、本当に自分が美少女だと思っているわけでは無いが、それでもブスと言われて腹が立たないわけがない。


「なに朝から兄妹喧嘩なんてしてるの!本当に遅刻するわよ!」


お母さんの一括で、私は洗面台で顔を洗った後、大人しく食卓に座った。


そんな私の前に、バターを塗った焼きたてのトーストと、サラダが置かれる。


「梨沙、最近どうだ?」


はむっとトーストにかじりついた私に、目の前で新聞を読んでいたお父さんが新聞を畳みながら問いかけてきた。


「特になんともないよ。学校には友達もいっぱいいるし、楽しいよ。」


私は普段の学校生活を思い出す。

しかし、なぜかそれは遠い昔のことのように思えた。


「あら、梨沙。あなたもう社会人なんでしょ?」

「え?」


キッチンに立って洗い物をしていたお母さんが不思議なことを言ってきた。


だってお母さん、さっき私に学校に遅刻するよって言ったじゃん。

私は、高校生だよね?


「まさか俺より先に、お前がこの家を出て行くなんてな。どうせお前なんか毎日上司に怒られてるんだろ?」


今度はお兄ちゃんが不思議なことを言ってくる。


「そんなことないよ、毎日残業で大変だけど。」


不思議に思う私の心とは裏腹に、私の口から自然とそんな言葉が出た。


そうだ。

私は大学に行くのと同時にこの家を出て、一人暮らしをして、そのまま都会で就職をして、社会人として毎日働いている。


そう気づいた瞬間、今までの記憶が走馬灯のように駆け巡る。


「それは大変だな、あまり無理をするんじゃないぞ。」


新聞を片付けたお父さんが、心配そうに私にそう言った。


「まぁ大変だけど、かわいい後輩もできたし、無理はしてないよ。」


そして、私はあの日、その後輩を庇って……


「お母さん、お父さん、お兄ちゃん……」


徐々に記憶を思い出した私の目に涙が滲む。


あの日、私は死んでしまった。


「ごめん、なさい……」


ポロリと私の頬に涙が伝った。


みんなより先に死んでしまった。

なんて親不孝者なんだろう。

私は、この人たちに何も恩を返せないまま死んでしまった。


「ごめんっ、なさぁい……!」


溢れ出した涙は止まることなく流れ落ちる。


これは夢だ。

懐かしい夢。


「あらあら、どうしたのこの子は。子どもみたいに。」


お母さんが困ったように笑ってそう言った。


「ごめんなさい、お母さんっ、私……」


しゃくりあげながらお母さんに謝る。


「元気にしてるのか?」


そんな私に、お父さんが心配そうに声をかける。


「うんっ……元気だよ、私ね、魔法が使えるようになったんだよ……!」


泣きながらそう言った私に、お父さんは優しく微笑んだ。


「そうか、それはすごいな。」


これは、私の都合のいい夢。


「周りに迷惑かけるんじゃねーぞ、ブス。」


眉間に深く皺を寄せたお兄ちゃんが私に言う。


「そう、ならないように、がんばるっ……。でも、ブスじゃない……」

「はっ、そうかよ。」


憎たらしい顔で笑ったお兄ちゃんは、それでも私の頭を撫でた手は優しかった。


厳しくても愛情を注いでくれたお母さんにも、

私には滅法甘いお父さんにも、

いつも私をバカにしてからかってくるお兄ちゃんにも、

もう会えなくなってしまった。


「もう、梨沙じゃなくなっちゃったけど、私は、今も、元気だよ!」


涙でぐちゃぐちゃになった顔で、私はみんなに笑って見せた。






私の頬に、何かが触れた。

私は閉じていた瞼をゆっくりと開く。


「リゼット……!」


泣きそうな顔をしたマティスと目があった。


「パパ……」


私はリゼット。

懐かし夢を見ていた気がする。

頬に手を当ててみると、そこは少し濡れていた。


「よかった、リゼット……!」

「わぁ」


感極まった様子のマティスが、私を抱きしめた。

その抱擁は、壊れ物を扱うかのように優しい。


「どう、した、の、パパ」


おかしい。

うまく言葉が発せられない。


「おい、水を用意しろ。」


私の様子に気づいたマティスが近くにいた人に指示をだす。

すぐに私のもとにコップに入った水が届けられる。


私はそれを受け取ると、一気に喉に流し込んだ。

どうやら私は喉が乾いていたらしい。


「ぷはぁ……生き返るー」


気分は仕事上がりにビールを一気飲みしたときのよう。

落ち着いた私は軽く部屋を見渡した。


私のいるベッドに寄り添うように父マティス、少し離れた位置にアルベールが控えている。

扉の向こうからは「リゼット様が目を覚まされたようだ!」「よかった……ズッ」「ここ数日心配で心配で夜も眠れず……」「早くお姿を拝見したい……!」とざわざわと大勢の声が聞こえてくる。


私はもう一度、近くにいたマティスに視線を戻す。

心配そうなその顔は、どこか体調が悪そうに見える。

うっすらと、クマが見えるような……?


「パパ、体調悪いの?」


私のそんな問いに、マティスはグッと眉間に皺を寄せた。

え、なに、こわい。


「体調が悪いのはお前だろう。」

「え?」


思わず首をかしげる。

確かに先ほどまで喉はカラカラだったようだが、むしろ気持ちはすっきりしているような。


「お前はこの三日間眠り続けていた。」

「えぇ?!」


三日間も!?なぜ!?

混乱する私をよそに、マティスが言葉を続ける。


「どこか苦しいところはないか?痛みは?」


そう言いながら、マティスが私の全身に目をやる。


「やー全然!むしろいっぱい寝たからかすっきりしてるよ!」

「そうか、よかった。本当によかった。お前を失ってしまうかと……あぁ、無事でよかった、リゼット。」


そう言ったマティスが、また私を抱きしめた。

先ほどより力強く抱きしめられ、私の存在を確認するかのような抱擁だ。


抱きしめられた私はマティスの肩越しに私の部屋を眺めた。


なぜか窓が見事に割れている。


そして、いつもの定位置に控えていたアルベールと目があった。

彼の姿をよくよく見た私は、目をまん丸に見開く。


「アル!?!?」


私は、マティスを引き剥がすような勢いで身を乗り出して、彼の名前を呼んだ。


「はい。」


いつもと変わらず冷静に返事を返した彼は、全身怪我だらけだった。

その綺麗な顔すら傷だらけだ。

それなのに、アルベールは表情を一切変えることなくすらりと背筋を伸ばして立っている。


「どうしたのその怪我!」


今にもベッドを飛び出して行きそうな私を、マティスが力づくで止める。


「リゼット、まだ起き上がってはダメだ。」

「だってアルが!」

「あいつには少し罰を与えただけだ。」


命に関わることはない。とマティスが私に告げる。

私はその言葉に、頭に血が上るのを感じる。


「なんで勝手に……!」


自分の父親であるのも、目の前にいるのがあの残虐非道な魔王であるのも忘れて、私はマティスを鋭く睨みつけた。

今までマティスが見たことのない私の様子に、少しひるむ。


「……お前を危険に晒した。本当なら殺していた。だが、お前のお気に入りのようだったから加減してやったのだ。」

「私を危険に……?」


なんのことだ、と私がマティスに視線で問いかける。


「お前はヴァーノンと魔法の練習をしていた時に魔力切れを起こしたんだ。あともう少しでも多く魔力を失っていたら、お前は……」


マティスは言葉にするのも恐ろしいと言った様子で、黙り込んだ。

そして、その言葉で私はやっと思い出した。

確か、中級魔法の練習をしていて、焦った私は魔力をかなり消費した状態でありったけの魔力を練りに練った気がする。

気がするというのは、魔力を練った後の記憶がない。


以前、他の魔族に魔法を見せてもらった時にアルベールから教わったことを思い出す。

魔力を使い切ってしまったら命を落としてしまうと。


そこまで思い出した私は、思わず背筋に寒気が走り、ゾッとした。


私は、死にかけたのだ。

だから三日間も眠っていた。


「ご、ごめんなさい……」


マティスの顔色が悪いのは、そのせいだ。

本当に私のことを心配してくれたのだろう。

部屋を見渡してみると、メイドたちもその美しい顔にクマを飼っている。

怪我を負っているアルベールも、例外ではない。


多大なる心配をかけてしまったことに気づいた私は、素直に謝罪の言葉を述べた。

が、しかし。

それとこれとは別である。


私はもう一度マティスを睨みつけた。


「でも、アルを傷つけたのは許さない!」

「リゼット……」

「アルは何も悪くない!私が勝手に無理をして勝手に死にかけただけだもん!」

「死ぬなどど簡単に口にしないでくれ、頼むリゼット……」

「今後何があっても私の許可なしにアルに何かするのはやめて!じゃないと嫌いになるから!」

「そ、それは……」


容赦無くマティスを捲し立てた私に、周囲の者は驚いたように私たちを見ている。

私の言葉を聞いたマティスは、ショックを受けているようだ。


そして私は気付く。

あの場で私に同行していただけのアルベールがあの状態であるなら、私に魔法指導をしていたヴァーノンは無事なのかと。

そして、今この場にいないのも引っかかる。


「……パパ、お兄ちゃんは?」


自分でもびっくりするくらい低く冷たい声が出た。

その声に、マティスだけではなく、この場にいた全員の肩がびくりと揺れた。


「……お前の魔法指導を買って出ておきながら、あの未熟者はこの事態を防げなかった。」

「そんなことどうでもいいの。お兄ちゃんは?」


言い訳のように言葉を紡いだマティスにぴしゃりと言ってのける。


「……地下牢に幽閉している。」


マティスのその一言で、私の頭にカッと一気に血が上った。


「パパのバカ!」


そう言った私は、今度こそベッドから飛び上がり駆け出した。


視界の端で、私の言葉にショックを受けたらしいマティスがふらりとよろけたような気がしたが、私は構わず部屋を飛び出す。

部屋にいたメイドたちが、「ま、魔王様!」とよろけたマティスに駆け寄っていく。


勢いよく扉を開くと、扉のすぐそばにいたらしい魔族たちがびっくりして尻餅をついた状態で私を見上げた。


「リ、リゼット様……!ご無事で!」

「あぁ、リゼット様!お目覚めになられたのですね!」


そんな声が口々に聞こえたが、私はその言葉に返事を返すことなく廊下を駆けていった。

そんな私の後ろを、アルベールが追いかけてくる。


「リゼット様、御身体に触ります。」


全速力で廊下を駆ける私に、背後からアルベールの声が届いた。


「大丈夫!アルの方こそ部屋で休んでて!」


足を止めることなく、私は彼に視線を向ける。

近くでみると本当にひどい怪我だ。

綺麗な顔が勿体無い。


「いえ、私は問題ありません。」


どうせアルベールに何を言っても無駄だ。絶対に私についてくるだろう。

そう思った私は、「そう。」と一言だけ返して、前に向き直った。

アルベールには後でちゃんと謝ろう。

それよりも今は、地下牢に幽閉されているらしいヴァーノンの方が心配だ。




そうして、私は全速力で城を駆け回り、地下牢にたどり着いた。


「リ、リゼット様!なぜこのようなところに……」


地下牢についた私を出迎えた兵士が、困惑の声をあげる。


「どいて。」

「は、はい!」


私の冷たい一言に、地下牢の警備を担当している魔族の兵士たちがビシッと背筋を伸ばして、道を開けた。


冷えた空気が漂う石造りの道を進んでいく。

数々の牢屋が並ぶ中、一番奥の牢屋に


「お兄ちゃん。」

「……リゼット。」


目的の人物を見つけた。


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