14.OL、後悔する
「ひどい……」
地下牢の最奥に幽閉されていたヴァーノンは、私の想像以上の状態だった。
牢屋の中に入れられているというのに、その両手は天井から吊るされた手錠に繋がれており、その足には大きな鉄球のついた足枷がついている。
粗末なズボン?パンツ?のみを着ており、上半身は裸だ。
その立派な引き締まった体には、鞭で叩かれたような跡や、刃物で切りつけられた跡など、様々な生傷が見て取れる。
そんな彼の足元には、彼の漆黒の羽が無数に散らばり、血溜まりもできている。
「リゼット、無事でよかった。」
青白い顔をしたヴァーノンが力なく笑いながらそう言った。
「お兄……」
出血多量で今にも死んでしまうのではないかと、私は身体中の血の気がひく。
人間なら間違いなく死んでいる。
よろよろとヴァーノンが幽閉されている牢に歩み寄った私は、その丈夫な鉄格子に手をかける。
ガシャン、と小さく音がなる。
早く、手当てしないと、お兄ちゃんが、死んでしまう
そう思った私は、地下牢の警備を担当している魔族たちに叫ぶように声をかける。
「早くこの牢を開けなさい!」
「し、しかし……」
「しかし、何?」
「い、いえ!すぐに!」
そう言った兵士が、慌てたように鍵を取り出すと震えた手で牢の鍵穴にその鍵を差そうとする。
しかし、ガタガタと手を震わせているその兵士は、思うように鍵を開けられないでいた。
痺れを切らした私が「貸して」と言って、半ば奪うようにその鍵を兵士から受け取ると、牢屋の鍵を開けた。
キィという高い音が鳴り、牢屋が開く。
「拘束具の鍵は?」
「そ、そちらとご一緒に!」
兵士から奪いように取った鍵は、大きな輪っかに繋がれており、そこには数本の鍵が一緒につけられている。
そう。と兵士に一言返すと、私はそのまま牢の中に足を踏み入れた。
近くで見たヴァーノンの傷は、見ているこっちが悲鳴をあげたくなるようなものだった。
思わず目元がじんわり熱くなる。
溢れそうになった涙を拭うように自分の腕で目を乱暴にこすり、私はヴァーノンの前にしゃがみこみ、その足枷の解錠を試みる。
私がしゃがんだ床には、ヴァーノンの血液で血溜まりができている。
「リゼット様、汚れてしまいます。私が」
「うん。手錠の方はお願いする。」
アルベールの提案を半分だけ飲む。
だって手錠は届かないんだもの。
「ごめん、なさい。お兄ちゃん」
足枷を外しながらぽろぽろと涙が溢れてきた。
「どうしてお前が謝る。」
「私が、私のせいで……っ、」
彼の足元で泣きじゃくる私を、ヴァーノンが困ったように笑いながら見下ろす。
「俺が悪いんだ。ごめんな、リゼット。お前を危険に晒した俺など、生きる価値もない。」
「バカ言わないで!!」
本当に、このまま死んでしまうんじゃないかと思うくらいひどい有様で、冗談でもそんなこと言わないでほしい。
「私が悪いのに。私が、自分の身の丈に合わないようなことをしようとしたのが悪いのにっ……アルも、お兄ちゃんも、何も悪くないのにっ……!ごめん、なさい……!」
わんわんと泣きわめく私に、ヴァーノンはまた困ったように笑った。
「お前も、そいつも悪くない。全部俺が悪い。そいつがお前を止めた時にやめさせるべきだった。」
それなのに俺は意地を張って……と、そう告げたヴァーノンは、ひどく自分を責めたように、悔しそうに歯を食いしばった。
「ううん。本当に、みんな悪くないの。」
一人で焦っていた自分が悪いのだ。
足枷を外し切った私は流れていた涙を拭うと、アルベールにその鍵を渡した。
「手錠外してあげて。」
「はい。かしこまりました。」
そう言って、私から鍵を受け取ったアルベールが素早く手錠を解いた。
それまで体を支えていた手錠が外れたことで、ヴァーノンはその場に崩れるように膝をついた。
私は、急いでアルベールに、ヴァーノンを医務室に運ぶように指示を出そうとして、その言葉を飲み込んだ。
指示を出そうとしたアルベールもまた怪我人だった。
私はアルベールに頼むのをやめ、地下牢の警備をしている兵士たちから2名拝借し、ヴァーノンを医務室まで運んでもらった。
救護隊にヴァーノンを託した私は、自室へと足を運ぶ。
忘れてた。
自室に着いた私の目にまず飛び込んできたのは、捨てられた子犬のような顔をして私を見るマティスの姿だった。
とりあえず無事とは言い難いが、ヴァーノンの生存を確認して一安心した私は、大きなため息を一つ吐き出すと、マティスに歩み寄った。
「リゼット……」
「パパ、いっぱい心配かけてごめんね。」
「リゼット……!」
私に声をかけてもらったのが心の底から嬉しいと言った様子で、マティスが私の名を呼ぶ。
「あと、さっきはバカって言ってごめんなさい。」
「いいんだ……いいんだ、リゼット。それよりも、私をどうか嫌わないでくれ。お前に嫌われたかと思うと、私のこの胸は張り裂けそうなくらい痛むんだ……」
そう言ったマティスは、切なげな表情で私に両手を伸ばしてきた。
そんな今世の父に、私はまた呆れたように小さくため息を溢すと、素直にその腕の中まで歩み寄り、その胸に抱かれた。
私も、それに答えるようにマティスの背中に手を伸ばす。
「嫌いじゃないよ、パパ。」
でもね、と続けた私は、マティスの胸に埋めていた顔を上に向け、マティスの顔を見上げた。
「今度、私のことで誰かを傷つけたら、その時は本当に嫌いになるからね。」
怒りを押さえ込んだような笑顔でそう告げた私に、マティスはうんうんと何度も頷いた。
マティスと無事和解した私は、心配する周りの声に従い、少し食べ物を口にした後ベッドに横になった。
マティスは私と和解した後、名残惜しそうに自室へ帰っていった。
おそらくこの三日間私にずっと寄り添っていただろう彼には、執務が溜まっているはずだ。
そうして、私の自室にはいつも通りアルベールと二人きりになった。
「アル、遅くなったけど、ごめんなさい。」
いっぱい心配をかけて。私のせいでいっぱい傷つけてられてしまって。
そう言った私に、アルベールは首を振った。
「いえ、リゼット様をお止めすることができなかった私の責任です。」
申し訳ございません。
そう言って、彼が私の前で跪き頭を下げた。
そんな、もはや見慣れてしまった光景に、私は苦笑する。
「アルには謝らせてばかりだね。こんな私に仕えさせてごめんね。」
「そのような……、リゼット様にお仕えできるのは、私の唯一の誇りです。あなた様をお守りすることが、私のたった一つの生きる意味なのです。
……それなのに、危うく俺は、何よりも大切なあなたを失いかけた。」
頭を下げているアルベールの表情を伺うことはできないが、その言葉だけで自責の念が伝わってくる。
最後に彼が口にした一言は、私に向けて言ったというよりも、自分に言い聞かせるようだった。
「リゼット様が気を失われてから今日まで、生きている心地が致しませんでした。どれだけこの体に傷をつけられようとも痛みを感じないのに、この心臓だけは常に握りつぶされているかのように痛みました。ですが今日、リゼット様が目を覚まされたのを見て、やっとその痛みもなくなりました。」
「それは、大変ご心配を……」
思わず敬語がでる。
「リゼット様、私はもう一つリゼット様に謝らなければいけないことがございます。」
そう言って彼は一度顔をあげ、私の方を向いた。
「アルが謝ることは、何にもないよ。」
そんな彼に、私は安心させるように微笑んでみせた。
「いえ、今日リゼット様が魔王様に怒っているのを見たときに、私は浅はかにもこの身が震え上がるほど喜びを感じておりました。」
「ん……?」
いつのことだと考え、目を覚ましてすぐアルベールの姿をちゃんと見たときのことかなと思い当たる。
「リゼット様がお怒りになっているというのに、私のために怒ってくださったことに、私は……」
申し訳ございません。
と言いながら、アルベールがもう一度深く頭を下げた。
「そんなの、アルは私の大切な人だもん。怒るのは当然だよ!嬉しかったのなら、よかった。」
私がそう言った瞬間、ゴクリと唾を飲み込むような音が聞こえた。
頭をあげようとしないアルベールの表情はわからないが、よく見るとその体が震えているような気がした。
「アル?」
大丈夫?と私が問いかける前に、アルベールは下を向いたまま立ち上がり、私に背を向けてしまった。
「……まだ万全ではないでしょうし、ゆっくりお休みください。私は外に控えておきます。」
何かあればお声掛けください。と言って、アルベールは足早に私の部屋を出て行こうとする。
私はそんな彼に慌てて声をかける。
「アル!そんなに怪我してるんだから、今日くらいちゃんと自室で休んで!」
アルベールはいつ寝ているのかと聞きたくなるくらいいつも私につきっきりだ。
私が寝ているときだって、私の部屋の前で警護に当たっており、まともに眠っていないはず。
その上、今は確かにその綺麗な顔にクマが浮かんでいる。
「いえ、大丈夫です。お気遣いいただき、ありがとうございます。」
そう言ってアルベールはこちらに振り返ることなく、部屋を出て行ってしまった。
う〜ん、基本的に魔族はみんな私の言うことを聞いてくれるのだけど、アルベールだけはこう頑固なところがある。
本人がそう言うならしょうがないか、と諦めた私は、そのままベッドに横になるのだった。
もう決してこんなことを起こしてしまわないように気をつけようと心に誓いながら。




