「優しさの意味」
リリルアは今プラレスに導かれるまま孤児院にいる。孤児院といっても街の地下通路の奥の、部屋みたいなところだ。
しかし途方もないくらい美しい。優しい雰囲気が流れている。
「コペンハーゲさん、こちらの方は…?」
「ララルアさん、旅の方なんですよ。」
リリルアはそっと物腰の柔らかい男にお辞儀をした、彼はおそらくこの孤児院の主だろう。プラレスはポルコの砦の一件に関わっていたというのでこの孤児院においては新参者というわけだ。
ラケルはプラレスが気狂いのままでいて国まで滅ぼしてしまうのではないかと心配していたが、そんな風なプラレスはもう見られない。
新たな地で新たな自分を見つけた、ただの純粋無垢な少女だ。
「ララルアさん… ようこそ、この孤児院へ。歓迎しますよ。」
どうやら孤児院というだけあって見知らぬ人の歓迎もしてくれるようだ。リリルアはエル・トポの国において稀有な「人間」であるというのに難色は示さない。
すぐに子供達がリリルアの元へ寄ってきた。
「お姉ちゃんだぁれ?」
「旅の者ですよ。」
「ふぅん。」
子供達もエルフやドワーフの者だったが、リリルアに対して差別的な感情はないようだ。ここは地下ということもあり世俗とは隔絶されている、いい孤児院だ。
リリルアが子供達に答えると子供達は笑顔で去っていった。
「ごめんなさい… あの、子供達はちょっと失礼で。」
「いえいえ、そこまで気にしないでください。道中興味深い話も聞けましたし。」
プラレスがリリルアのことを心配してくれた。
エルフの王ガンダールヴに対する信仰の話、九尾の狐の話に童話の話。何もかもリリルアには新鮮なものだった。それに子供達から悪意は感じられないからリリルアの気にするところではない。
しかし本当に美しい孤児院。子供達はのびのびと暮らしているようだし、リリルアが見ても景観は最高だ。
とまれ、なぜ子供達はこんなところで暮らしているのだろう。
「そういえばこの子供達は…?」
無礼を承知で少したじろぎながらリリルアが聞く。これには孤児院の男が答えてくれるようだ。
柔らかな風と水の音が同時に感じられる。
「この子達は人間の開拓競争によって親を亡くした子達… 人間の絶え間無き欲望の被害者です… 何かを求めれば何かを失うと、単純なことを理解していない人は多いでしょう。」
「でもあなたも人間で…!」
孤児院の男が人間であることの疑問を吐露したリリルアだったが、言ってしまってから後悔した。プラレスが手に持っていたドリアンの入った籠を捨ててリリルアに飛びかかってくる。
「言うな俗物! 俗物! 俗物!」
「プラレスっ!」
リリルアに殴りかかろうとしたプラレスを、間一髪のところで男が一喝してくれた。するとプラレスは面白いように脱力し離れていく。
プラレスの中には確かに狂気の欠片が残っているのだろう。
ポルコに拷問されたこと、過去に家族の住む森を人間に焼き払われたこと。確かにリリルアのことも憎んでいて今まではそれを抑えていたのである。
苦しみ、両の手を自分の体へ回し、抱きかかえ守るようにしたプラレスを男が抱きしめる。リリルアには不思議だった。彼らは確かに一つの男女であるはずなのに肉欲的なものは一切感じさせないということ。
男はプラレスを抱きしめてしきりに金色の髪を撫でていた。髪は川の流れのようにさらさらと流れていく。
「旅の方… 見てください、この少女の傷ついた心を。故郷も消え親も消え、恋を知らないままに汚され、狂気しかすがるもののない怯えた心を。よしよし、大丈夫だよ。私はここにいるよ…」
じっと辛そうに自分の感情と戦うプラレスを男は撫で続けた。
しかしリリルアが思ったのは今の光景が美しく慈しみに満ちていることではなくて、プラレスが恋愛感情をこの男に持ってしまうかもしれないということだった。それがリリルアの俗物と呼ばれる所以なのかもしれない。
もしも恋愛感情があるのなら、プラレスはまたしても裏切られることになる。
「そんなことしていいと思ってるんですか…? その人少女ですよ。」
「この子は頭がいいから、もう気付こうとしていますよ。人に何かを求めてはならないこと、求めなければ人の優しさは自ずと寄ってくること。」
「あなたに世界は救えない…」
「思い出してください旅の方、この街の風景を。ここはエル・トポ。土竜の街です。人は何かを求めて進み日の目を見ますが、たちまちその目は眩んでしまいます… 私は人間、そして元は人を殺してきた身。何をしようと償えるものではありません、しかし償うため暗闇の中を必死に掘り続けるのです。」
こんな会話をしている中男が、怯えた遠くにいる子供達の目を見て口をつぐんだ。リリルアもそれを察しこれ以上掘り下げるのはやめた。そして彼女はそっと地面の方へ目をそらしていった、そっとしたのは逸らすのが恥ずかしいと思ったからだ。
「リリルアさんごめんなさい…」
プラレスがそっと言うのにリリルアはハッとさせられた。
男に髪を撫でられ母の胸の中に眠るような体勢でプラレスが言ったのだ。どうしてか自分の心の中に湧き上がってくる怒りがあったが、子供の前でそれを吐き出すことはできないだろう。
リリルアは口をつぐんでどうするべきか分からないまま佇んでいた。
「そちらに部屋があります、今日はもう遅い。ゆっくり休むといいでしょう。」
男にそう言われてやっとリリルアは歩き出すことができた。




