「影の王ガンダールヴ」
レイジたちは不思議なサンタマリアの街へ入り歩き続けていたが一向に何か見つかる気配がない。無数のネオンライトが目に映っては消えるだけ、その光もチカチカとしていて今にも消えそうである。
また白黒マントのようなものが出てこなければいい、一瞬で黄泉の国へ飛ばされ戻ってこれないということもあっておかしくない。
とにかく今の目的は現世へ戻り南の国へ渡ることだ。決してこの世界に甘んじてはいけないことがレイジにもNo.6にも分かっていた。自分たちはもともと生きていて、手違いでこの世界へ入ったものだから戻らなければならない。そこに理屈を求めてはならないだろうと、この世界にいてもいいかなと思ったNo.6も割り切った。
それは寂しい感情の拮抗だった。
自分は奴隷だった時がある、ポルコの下で誇りを捨ててまで金にすがったこともある。しかし現世ではレイジに会えたこともあるのだから、満更生きるということは捨てたものじゃない。
「パヌ、あれ…」
パヌもこの街に来たことがないことは分かっていたが、一つ興味を引く家があったので聞いてみる。
「あれ…? は、家ね。誰か住んでるみたいだワ。」
初めてこの世界で他人に会うことができるという希望を持ちつつ、不安もあるが三人は家の方へ歩いて行ってみる。
◇
その家の扉を開けると様々な虫が家にうごめいている。すべて光り輝いており、死の国が黄泉の国の手前ということもあり虫も異様なようだ。
まずはパヌが先行しその家の中を捜索してみる。真ん中には大きな木、その周りに生態系を築いている小さな虫たちがいる。バッタ、コオロギ、色とりどりの蝶々。
きらめいていてカランコロンと音を立て、歩くと地面を這う虫の群れは逃げていった。
レイジたちがそれに続くと三人は一人の少女を見つけた。少女というより男性でもあるような… 性別は分からない、どうして生きていられるかも分からない奇形の人。
とりあえずこの世界の住人だろう、お姫様にたどり着くにはどうするべきか聞かなければならない。
「あの… あなたは?」
『私は幸せの虫を… 集める… 現世で人が幸せを見つければここに虫が溢れる。』
「幸せの虫って?」
『熱帯雨林の命の流れ、砂漠に出る精力のようなもの… 私はこの世界で虫を集めなければならない。』
結局この世界の住人と話すのはNo.6の役割となっていた。レイジにとって、この世界の住人と話すのはなんだか怖いことだと思われた。
しかし「幸せ」の数だけ虫が増えるというのにそこまで数が多いわけじゃない。幸せと言ってもありきたりな恋人のようなものではなく、本当に幸せを授かった者の数なのだろう。
「ねえレイジさん… あなた恋してきたんでしょ? 幸せの意味とか分からない?」
突然ポルコの砦でレイジが「彼氏は二人いた」などと話していたことを思い出しNo.6は聞いてみる。
「おい何が知りたいんだ…」
「幸せの真意。」
真剣で澄んだ目をするNo.6。
果たしてこれを真面目に伝えていいものか、この目に…
と、レイジはしばらく頭を抱えていたがこの世界の雰囲気に流され何かを割り切ったようだ。もちろん彼はNo.6が「ゲイカルチュア(同性愛)」に触れたレイジが最もその意味を答えるに適切でないかと思っていることは察している。
「いいか、例えば自分はホモだと思ってキャラを確立してる奴がいる。そうするしか生きるすべがないと馬鹿な考えを持っているからだ。センチメンタルでルサンチマン(ressentiment)だからな。そいつが勘違い馬鹿にレイプされたとするよ、それを幸せだって勘違いホモは言うんだぜ。」
「つまり…?」
無粋だと思ったがレイジの答えを確かめるにはもっと言葉がいる。
「幸せを求めたら、幸せは終わりってことさ。」
No.6は話している途中、不思議な少女の横にピラニアの水槽があるのを見て取った。
「ピラニアなの? 好きなの?」
『彼ら臆病… とっても臆病…』
ピラニアは獰猛な印象があるがとても臆病な生物だと言われている。水槽の音や色が虫だらけの屋内にちょうどいいアクセントを添えていた。もしかすると全て勘違いでなければこの世界は成り立たないのかもしれないと怯えるレイジ。
レイジの言葉を聞いてからNo.6はピラニアをとても可愛いと思った、レイジに似ていると感じられたから。
心の中は果てしなく獰猛なのに、ずっと臆病でいる。
ピラニアに見とれていたNo.6の横でその水槽をレイジが割った。彼の拳は水槽のガラスに切られて生ぬるい血を一定のリズムで放出している…
死の国で、彼は、自分の臆病さのガラスを壊し、獰猛さを放出する。
流れ出たピラニアの群れは地に伏して弱々しく生き絶えていったのである。彼の獰猛さもまた世界に出て行けば弱々しく生き絶えるものであった。
その時、奇声。
奇形の少女から発せられた。
『アラベベベベベベ、アラレレ?べべべべべキャ!』
「レイジさん!」
ピラニアの死骸に光り輝く虫が群がる中No.6はレイジを水槽から遠ざけた。ピラニアの死骸は鉄の鎧と兜を見に纏い、肌の見えない一人の人間となっていった。
「パヌ! あれは!」
「か、影の王だワ… でもどうして! ずっと前に人類を滅ぼして自分も滅んだはずなのよ!」
「影の王…?」
◇
奇声を発した少女は消え、家までも無に帰る。三人と「影の王」と呼ばれた生命体はサンタマリアの街に立っていた。
瞬時に影の王がNo.6めがけて大きな刀を振り下ろすと風は唸り、レイジをかばっていたNo.6はそれに反応する間を与えられなかった。体をえぐられ、大きな傷がNo.6の体にできる。
「6番…! くそっ!」
レイジはNo.6を痛めつけられた憎しみですぐに応戦にかかった、武器があるかないかは問題にならない、影の王に拳で殴りにかかった。
しかしそれは王の体をすり抜け当たらない。
『貴様ら憎しみの民よ… 乗り越えて見せよ、限りない憎悪の連鎖を。』
「憎悪の連鎖? わけわかんねえだろ…」
王はレイジを攻撃せず風とともに姿を消した。王の声は風のようにささやかに、レイジの耳を掠めていくばかりであった。
しかしふと気づく。王の攻撃によって傷ついたNo.6。
「おい6番!」
すぐにレイジは倒れたNo.6の方へ向かった。
「大丈夫よレイジさん… あっ…!うぅ!」
ドロドロとした影を纏っている傷口、No.6はうめき続けた。とても苦しそうに体をジタバタとさせている。
No.6は奴隷として現世で苦しんできた、だのに死の国でも苦しみを背負わなければならないのか。レイジには到底納得できない運命だ。
「大丈夫だ6番。俺が、俺が… その。治してやるから!」
必死にレイジはNo.6の傷口に唇をあてがっている。傷は唾液で治ると、そう思っているようだ。
「あぁぁっ!」
しかしNo.6はさらに悲痛な叫び声を上げる。レイジの唾液の熱が体の芯まで達し、体が一層熱くなっていく。それは痛みとしてNo.6の体に刻まれていった。
叫び声を聞いてレイジはNo.6から一旦体を離し、怯えているようだ。
「おいおいなんなんだよ… なんだこの傷は! パヌ、お前なら分かるんだろ! なあ!」
レイジは看板の姿のパヌを揺さぶった。
「あれは影の王ガンダールヴぢゃない… 無理よ、彼はエルフの神。神の呪いに抗う方法は人間に残されていないんだワ。」
「ガンダールヴ…?」
「ソ。救世主として崇められた人間、影の王はその怨念だわ。彼は人を憎むあまり人を滅ぼそうとしているのね。特に憎しみの底へ落ちて、愛の前に佇む人々のこと…」
ガンダールヴとは昔のエルフの王の名前。エルフ達は幸せに暮らしていた、しかし人間が知性を持ったことによって滅ぼされていくのだ。まさに今の現世の構造である。
開拓競争に乗り出てエルフの領地を侵食していく人間達…
ガンダールヴは救世主として崇められていたが、人の知性によって文明の犠牲となってしまう。人間はエルフの宗教についていくことができなかったのだ。
エルフは信仰を失い心を売るくらいなら死ぬことを選ぶだろう。しかし人間は死ぬくらいなら魂を売る。
その心の拮抗がガンダールヴを殺したのだ。
そして今、死の国においてガンダールヴの人間に対する怒りは顕現している。「影の王」という形をとって。
「どうすれば6番を救えるんだ!?」
「アタシ知らない…」
「それじゃダメなんだ!」
「この世界のお姫様なら何か知ってるかも… ガンダールヴのお姫様だから、九尾の狐様。」
レイジはNo.6の体を抱え、走り出す。「九尾の狐」というお姫様に会いガンダールヴのことを聞くため。No.6の体にまた刻まれた呪いを解くために。
「大丈夫だから、6番… 僕がついてるから…」
抱えて走る途中そういったレイジに優しくNo.6は手を添えた。彼女は自分の苦しみを物ともせず、笑顔でいた。
「あなた人を自分の力で救えると思ってるんだワ! 馬鹿よ、馬鹿よ!」
パヌの声が遠く後ろに聞こえる。




