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無職だけど異世界で旅がしたい  作者: 橘麒麟
詩篇:真理の影
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「リリルアのエル・トポです」

エル・トポの国は大きな街が一つだけある小さな国だ。龍神族の聖域ママ・コチャと同じように島国で異種族のみの国家であったが文化の毛色は全く異なってくる。

ママ・コチャを上品と呼ぶならエル・トポには活気がある。革命軍の本拠地として確立されるまでは幅広い船舶での交易を行っていたからだ。


軍が仕切っているとはいえ、物騒さが漂って来ず人々も生き生きとしているのは異種族のみの国家であるからだろう。皆が自分たちを迫害してきた人間への復讐心を心のうちに秘めているから、リリルアは人間として少々気を張らねばならない。

龍からもらった左足のおかげで人間と龍神族のハーフ、と言うこともできるだろうがそれは生い立ちを取り繕うのに問題がある。龍神と人間の交際など宗教上許されたものではないのでその場で殺されても文句は言えない。


リリルアは自分の左足を隠し、服のフードで頭をできる限り覆いながら歩く。横がうまく見えていなかってせいで人とぶつかってしまって、石畳の上に棘の生えた奇妙な果物と木の籠が落ちた。


ドリアン…? ママ・コチャで入ったレストランにもデザートとしてドリアンが置かれていた、暖かい国ではよほど好まれる食べ物なのだろう。


さらに人も倒れる。よほど受身が下手らしく鈍い音を立てて顔を石畳に直撃させた。

とてつもなく痛そうだったのでリリルアまで身じろぎしてしまったほどだ。


「あ、あの… 大丈夫ですか?」


「だいじょぶじぁだい…」


大丈夫とは聞いたが絶対に大丈夫じゃないだろうと思っていたのだ。悲痛な声で呻く、体のラインや細く尖った耳から分かるエルフ族の女性の顔からはじんわりと血が流れ出ていた。ピクピクと動いていた女性はやがて気を失ったらしく動きを止める。


医者を呼ぶべきかとも思ったが地下道に入る時用意した気付薬と傷薬が手付かずのまま残っていることを思い出す。


まずは気付薬を血だらけの顔の鼻に当てがう。


「はうっ…!」


傷薬… は塗って上から包帯でも巻いておけばいいのだろうか。なにぶん使ったことのないものなので仕様が分からないが塗りたくる。

「うべっ…! げっ…!」とエルフの美少女らしからぬ声を上げられると、リリルアは治療よりいじめでもしている風だ。道行く人は怪訝そうに横を通り抜けて行ったがリリルアは治療に夢中で気付かない。彼女はこの治療行為に絵も言われぬ快感があるように感じられてならないのだった。

塗り終わると驚くほどの速度で包帯を巻く間もなく傷は癒えていった。


それを見たリリルアは少女にドリアンと木の籠を拾って届けてやった。


「あ、ありがとうございます…」


「傷の治癒、早いですね?」


「あ、はい。エルフですから…」


魔力の絶対量が多い異種族は還元効率の違いはあれど、それを使って傷の治癒や体力の回復などを行うことができる。ただそれにもきっかけが必要で水を飲むとか、今のように傷薬を使うなどまずはしなければならない。精神状態の安定性も重要な要素となってくるから、魔法を正しく使うには面倒なことが多いのだ。


「ドリアン… 食べるんですか。」


「はい、魔力の回復にはドリアンが一番なんですよ。病みつきになります。」


ドリアンが好まれているのは知っていたがちゃんとした理由があったのは知らなかった。


「そんなに魔力が必要なんですか?」


「私、魔力は多い方で… 寝たりしても完全に回復しないから積極的に色々なものを食べなきゃいけないんです。ドリアンは子供たちが臭いって嫌がるんですけどね…」


どうやら食べても太らない体質らしく羨ましいばかりだ。先の治癒速度といい、自称だが魔力の多さといいさぞ高名な魔法使いなのだろう。ドジさは目立つが革命に一枚噛んでいる人間、という線もあるだろうからリリルアは少女のことを掘り下げてみようと思った。


「子供たちって、あなた母親…?」


「あ、実の子じゃなくて孤児院の子たちですよ。あなたは旅の方ですよね? よかったら来てください、宿代わりにもなりますから。」


「それじゃお言葉に甘えて。リリルア・ララルアです。」


笑顔でよく可愛がっているふうに子供たちのことを語るエルフの少女に、リリルアはついて行くことにした。


「初めましてララルアさん、プラレス・コペンハーゲです。」


◇


どうやら目の前の少女がラケルの言っていたプラレスらしい。金色のよく手入れされたセミロングの髪に尖った耳、緑色を基調にしたワンピースがよく似合っている。

彼女がこの街において通路となっている地下道へ入っていったのでリリルアもそれに続く。ラケルが説明してくれていたので昔の坑道の跡地を通路に作り変えたものだということが分かる。


坑道の中は落書きだらけだった。狂気に満ちた有名キャラクター、ピカソの絵を戯れに真似てみたもの、日本の落書きとは一風変わっている。質は同じで葛藤や怒り、悲しいと思うことを当たり散らすものだけであったけれど、地域が違うからそう感じるということ以上に芸術性が感じられた。


ただのフラストレーション芸術の葛藤だ。真実は醜く見える、けれど人を喜ばせたいという本能に悲しむということ、なにか人間の宿命じみたものを感じる。


どこかの本でリリルアは人間の罪とは「世界的結合」に帰着すると読んだことがあるのを思い出す。結局どれだけ人を憎んでも、芸術を追い求めても、人間は一人で生きられない。

この本が何だったかどうしても思い出したくてプラレスと疑問を共有することにしてみた。


「そういえばプラレスさん、世界的結合ってご存知…?」


「彼女の部屋の中にはオレンジ色の、シャボン玉みたいなランプや虹色の砂時計が立っている。宇宙の中で暗いはずなのに、無数の光が寂しく彼女を取り囲んでいることから海の中であるということがうかがえた。彼女の髪の毛の影も魚の影のようだ、そこから未来が見え隠れしている。今にも、何に変わって消えてしまうかわからない。誰だってそうだろう…」


プラレスはどこから引用したか分からない文章を口に出して言う。どうやらリリルアの気になっていた本のことを知っているらしい。


「それがそうなんですか?」


「世界的結合は人間だけだった世界が滅びてまた知性を持った命が生まれた頃、エルフの王ガンダールヴが救世主として現れた時残した言葉の一つです。彼はこの世界を知りすぎていたがため救世主として崇められましたが、世界的結合のために最後は処刑にされてしまいます。人々はガンダールヴの深い信仰についていけなかったのです。」


「それでさっきの引用は…?」


「この伝説を題材にした絵本ですよ、人魚姫と緑色の日々といいます。彼女は暮らしが嫌になって水中汽車ノア・ノアに乗り旅に出る。たどり着いた死者の国サンタ・マリアで彼女は九尾の狐に呪いをかけられてしまう、それを王子様が救う。ちなみに九尾の狐はお姫様に化けてガンダールヴを人間に売ったとされる魔物でもあるんですよ。」


多分リリルアは抜け落ちた子供の頃の記憶の中、「人魚姫と緑色の日々」を読んだことがあるのだろう。ふと、またリリルアは思い出す。


「そういえば食事の時に祈る言葉って…」


「ガンダールヴの教典に載ってますよ。今は食事の時お祈りなんてしませんけど、お詳しいんですね。」


リリルアがママ・コチャのレストランで出会った黒づくめの男はガンダールヴを信仰する人間であったわけだ。それでは龍神信仰がどうして世界に普及していったのか謎が深まる。


「さて、着きましたよ」とプラレスに言われて我に返った。目の前に広がったのは優しい水の音が聞こえる秘密の庭のような場所。天井が抜けていて光がそっと差し込み、小さな花や泉が所々に見られる。


「ああ、コペンハーゲさん… ほらみんな、お母さんが帰ってきたよ。」


見るからに温和で、低く優しい声をした男が子供達と遊んでいた。プラレスに気づき全員やってくる。


「いいところですね…」


「はい… 私、ちょっとしたことで壊れてたんですけどここへ来れて今とっても幸せなんです。」


そう言って万円の笑みを浮かべるプラレスは輝いていた。

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