「あなたの知ろうともしない現実より現実らしく」
「着いたわ! もうっ! どうしちゃったのよ、寝ぼけてたらダメじゃない!」
No.6には大変長く、不思議に感じられた汽車の旅だったがパヌには「気持ちよさそうに寝てたけどすぐ着いちゃったわね」と、言われてしまった。
自分が眠っていたのも驚きで、汽車の中ではずっと目を開けて外を見ていたつもりだった。
自分がどんなものを見たのか、どういうことを感じていたのかは思い出せないでいる…
ふと目を覚ますと自分のまぶたが湿っているのではないかと思ったので、その感触を確かめようと手を伸ばすNo.6である。
「あれ…?」
「あらやだ、嫌な夢でも見たの? 夢の中で涙でも流したの? あなたぐっすり寝てて幸せそうだったわよ、錯覚なんだワ。」
パヌが怪訝そうに見ている。
だんだんこの世界に来てからNo.6の中で、自分が起きているのか眠っているのか。自分はどこから来てどこにいるのか、分からなくなり始めている。レイジのことだってそうだ。
見えているのか見えていないのか、果たして分からない。
突然早く元の世界へ戻る糸口を掴まなければならないと思った。
「大丈夫よ私がついてるんだから。心配することないぢゃない。」
と、パヌが蔦の手でNo.6の背中をつついた。
ずっと眠っていたはずのレイジも起き上がってNo.6の方へ来た。
「おい、お前大丈夫か?」
「うん… 大丈夫。気にしないでいい。」
汽車の席から涙を拭って起き上がるNo.6にレイジは手を差し伸べ、彼女はそれを取って汽車を降りる。二人で歩く彼らの前をパヌが先行した。
街の景観を見てNo.6はまた一つ我に返る。
眺めてみると迷路のような街が目の前にそびえ建っていた。ただただ、鉄製の建物が乱暴に建てられていて前にはネオンサインが散りばめられている。全て凸凹な立地をしているので、入り口に立っただけでも迷ってしまうだろうなという不安に駆られる。
迷宮都市サンタマリア。と、形容しよう。
「ねぇ… 知り合いでもいるの?迷ったりしない?来たことあるのよね?」
ヘンテコな沼に埋まってい他パヌの過去のことを聞いていないので質問した。パヌはこの街に来たことがあるのか、どれほどまで知っているのか。
案の定No.6の不安は的中した。
「知り合いなんていないワ! 汽車のことはそばで見てたから予想で話したのよ、この世界のことは村にあった思い出の鞠が教えてくれたのよ。でもあなただって何をしていいかわからないんだからいいぢゃない。歩いていればどこかへ繋がるし、この街には自分の行きたい場所へ繋がる路地があるって聞いたの。」
つまるところ、この街がどこかも分からないし、どこへ行けばいいかの当てもない。
「それじゃあこの街の道を手当たり次第歩くってこと? それにしても迷わない?」
「あ、それは無理よ。この街、何億年人の足で歩いたって果てまで届かないらしいの。」
これはたまげた、今自分たちは宇宙のど真ん中に立っていて、宇宙の中から姫という一つの星を見つけなければならない状況にあるわけだ。
しかし例えNo.6が不老不死であったとしても、なんの収穫も取れないような気がする。
それだけ広大無限な世界であるのが死の村、及びその国なのだ。
「でも… お姫様の居場所だってこの街に聞いてみたらいいんだわ、きっと会えるもの。本当に会いたいと、願っていたのなら。お姫様の本当の名前をどこかで知っていると、自身が信じるのなら。街は裏切らないと思うの。」
「こんなに大きな街だと手違いで変な人に会ってしまうこともある?」
パヌもこの街のことを知らないというのに、質疑応答を繰り返していくと変な確信ができるような気がする。
一生涯会える人というのは決まっているのだし、どれほど恋い焦がれても届かない思いがある。どれほど憎んでも愛へ繋がるものがある。
人間の世界とは現世でも不可解なのだから、現状が理解できないわけではない。
「街とかものは大らかで、本当に悪いことしないと怒らないワ。どれだけ苦しいと感じられても、悪いと思える人に出会っても、この世界には愛があるのよ。私も、街も、この世界に来たのならみんなあなたが好きよ。だからここに帰ってきたんじゃない。」
なんとなくNo.6にもこの世界の法則が見えてきた。
この世界は完全な自分の鏡なのだ。
気づけなかったけれど、現世の方も寸分たがわず同じ世界だったのかもしれない。ちょっと感覚を自分の中で割り切ってしまえば、結局No.6はどこにも来ておらずどこにも行く場所はないのかもしれない。定住性を嫌う永遠の旅のようなものだ…
No.6にもレイジにも憎むべき過去があったがそれは自分のせいでもあると思う、それを正すために進まなければならないということを思った。
そう思うと、不思議に目の前の街で迷うとは思えなかったし不安もなかった。
街の入り口の真っ赤な鳥居を三人はくぐった。
◇
「ねえレイジさん、この世界のことどう思う…?」
カツカツと鉄の道に靴の音が響く中、すがるようにNo.6が聞く。
お前の方がよく分かってると思ってたよ、と言いたいところをレイジは抑える。
「望むままに、求めるままに、だ。」
確かにこの世界では思うもの全てが手に入るのだろう、しかし「思うもの」にはいつでも良心の呵責がつきまとってくる。
「死の国」には一人の寂しい姫がいる。そして人々は心の中に抱えた「罪」のためこの世界へ入ってくる。No.6にも奴隷時代の記憶を許すことができなければこの世界から抜け出すことはできないとよく分かっていた。
姫のことを考えると自分まで寂しくなってくる。彼女は世界の根源であるが故に決して救われることはないのだ。
確かに仙人のような悟った存在は人との関係を拒んでいくのかもしれない、No.6が寂しいと思うことすらおこがましいのかもしれない。
しかし愚かながらも寂しいと思う今、その「根源的謎」にも立ち向かっていかなければならないと思った。きっと人間が宇宙の謎へ立ち向かい消えていくのと同じことだ。
「お姫様、救われるのかなあ…」
「救われやしないさ、かといって救われないこともない。僕らが考えれば救われない、逆なら救われる。認識できない領域のものが全て誠なんだよ。認識できれば、嘘になる。」
No.6は白黒マントのことを思い出していた。
自分の一撃が彼らをすり抜けたのは彼らが「憎まれる」ということを痛みとして認識していなかったからだ。ただ彼らは人の優しさが自分を傷つけること知っていた、だから母性を讃えたNo.6によって刺され死んでいったのだ。
白黒マントは現世に顕現すれば最強だったかもしれない。しかし観念だけでできるこの世界においては最弱だったのだ。完璧を求めれば脆い、脆さを求めれば完璧になるがそれもまた脆くなっていく。
「土竜のようね…」
「ああ。」
土系統の召喚魔法を操るNo.6はこの複雑な世界を土竜と称したことですぐに理解した。
この死の国は完全なる陰陽の構図。




