「死んだ村の看板娘」
行ってみると、丘の上から見えた小さな木の正体は看板であることが分かった。
少し眺めて、路地から遠ざかった場所にある看板に警戒したが看板には何か、他のものとは違った意味があるのだと思い歩いて寄って行く。
川の流れもやはり途絶えている。静かな村… 確かにここは「死んで」いる。
看板は脚の部分に所々光苔をまとっていて、水溜りのようにできている芝生上の沼に浸かっている。
川からは遠いところで沼ができるということは天候が変わるのだろうか。突然雨に降られたり、砂嵐とか吹雪まで来そうで嫌だなと突拍子もなく思う。
看板には赤いクレヨンで描いたような文字が書いてある。No.6が目をすぼめて読んでみた。
「看板の曰く… とって? とって! わたしおとって!? だって、レイジさん。」
この世界の住人は「お」と「を」の区別もわからないくせに落書きするかと思って自分まで馬鹿らしく思えてくる。どうせ子供が紙に書くのに飽き足らず木に書いてみた図だろう。看板の役割は何一つとして備えていない。
この世界のことを少しでも知れればいいなと思ってきたのだから、期待を裏切られたと思って腹いせに沼にまで自分も浸かって蹴り倒す気はないので、小さな石ころを投げ当ててやることにした。
「ねえレイジさん、石ころ投げてみてもいい?」
「僕は物に対しても慈しみの心が必要だと思うよ。」
「でもそれってことは痛めつけないと物とだって分かり合えないということね。」
「お前この世界に来てからすんごく頭回ってるけど、それを平然と言えちゃうって怖いぜ。」
無邪気に笑って石ころを投げるNo.6。
そっと看板に石ころは当たって「こつん」というような当たり具合であったはずだが看板は板と棒の境目で、「ばきッ」と折れた。
No.6は自分がうまく石を当てられたことと目の前の看板の脆弱さに笑いをこらえている。
「えぇ…?」
「あーあ折れちゃったよ君。会心の一撃、看板はNo.6の燃える心を受け止められなかったようだ。」
拍子抜けだなあ。でもなんだか可愛かったし、まぁ、いいか。本当に意味もなくユーモラスな看板だったな、ちょっと可哀想だったかなとか思って二人がが歩み去ろうとした時だった。
どこからか声がする…
「おいおまえ、人の首をへし折っといてなんてやつなんだ! 逃げるなんて卑怯だな、下劣なんだな! 親の顔が見てみたいよ!」
あぁ、聞こえない。聞こえない。
なんだか子供っぽい声のくせにやけに語彙の豊富なやつだなあ、逆に声の主の親を見てみたい。
「この野郎!おい!戻ってこいよぅ…!」
突然出てきた猫なで声にNo.6は思いがけず少し笑いを漏らしてしまう、レイジもつられて笑う。
声の主は多分さっきの看板で、音もない世界なのだから看板が喋り出してもおかしくないんじゃないだろうかと思っているから驚きはない。
二人はからかうつもりでもう少し立ち去るそぶりを続けてみる。
「だから戻ってこいよぅ…!自分じゃ直せないんだよぅ…!悪かったのは俺だったよぅ…!」
この時点でくるりと身を回して二人はニヤッと笑った。
「おい看板、お前何ができる?」
不思議なことに、看板と会話を始めようとしているNo.6。彼女の行動はレイジよりずっと早く、何か脅迫でもするような感じだ。
会話をしてみると存外に看板の口調が不思議なことに気づく。
「その前にとってぇ…! って書いてあったぢゃない! 抜いてここから出して…そうすればあたしなんだってするのよ! あたし看板だから道案内できるワ。」
「あなた女…? それとも男のくせに自分が女だと思ってる類?」
看板に男も女もないのだが、まずばどちらなのか本人に聞いてみないと。女なのだったら石を投げたのはよくなかったかもしれない。
看板の板の部分は顔だったのだろうし。
「看板なんだからわぁんないワ。」
淡々と言ってのける調子は板の部分が落ちたままだと余計滑稽に聞こえる。一体どこから声を出しているのかすらわからない。
「アホなの!?」
レイジは妙に生き生きとし始めたNo.6を呆れ顔で遠くから見つめている。なんとか関わるまいとしている様子だ。
「でも女よきっと、あんたの方が馬鹿なのね。看板が女性名詞だってことも知らないんだワ。
でも、女だけど誰にも気づいてもらえない看板だし、誰もこんなところへ来る人なんていないから性別も性格もどうでもいいって思ったの。それで気づかれない看板なんて女でも男みたいなもんでしょ、男の方が似合ってる。なんて思ってたら突然人が来るから驚いて男の口調が出ちゃっただけぢゃない!」
時々しんみりしたり、子供のようにわめいたりと抑揚をつけて話す看板は当初のイメージと寸分も違わずユーモラスだ。
これも給仕の女が言っていた妖怪の一種なのだろうか。だとしても危険そうな感じはないし、抜いてあげて会話を続ければこの世界の謎が解けていくかもしれない。
No.6は小さな泥沼から看板を引き抜いた。
すると看板はにょっきと棒の横から木の芽のような細長い手を出して自分の看板の部分を棒の先端に取り付けた。派手に折れた割にはすっと取り付いたようだ。逐一言動が異様で、無邪気な親しみやすさがあってNo.6はこの看板娘を気に入った。
この光景を見て唖然としているレイジ。
看板娘は自分の体が繋がって落ち着いたのか、ふぅと息を吐き出してぴょんぴょんNo.6に歩み寄ってきた。看板に書かれた文字はいつの間にか消えていた。
消したような様子もなかったので自然と浮き上がるものなのだろうか。
「あんた、さっきはいけないこと言ってあたし悪かったワ。あたしに道を聞いてどこへ行きたいの? でもあんた変よ、ここに来る人はみんなどこへ行くか自分で分かってるのよ。」
看板娘は見上げる形で話しかけてくれた。異常なまでに細い腕がぶらりぶらりと揺れている。
「私、死んでないんだけど… それでどこへ行けばまた生きられるのかなって。」
「え、死んでないって何サ。」
「そのままよ。」
「ふぅん…そんな奴も入ってくるようになったのね。この頃ここでは異変が起きすぎるの、もうすぐ星が降ってきてこの世界は消えて無くなるっていうし。」
「待って待って! まず、ここは?」
「ここ? は、死者の記憶の村ニーニャ。黄泉の国との境目で現世に未練のある人がよく来る場所よ。あたしの予想だけどあんたは死んだってこっちの神様に認識されたけど本当は死んでなかったのね。その未練で黄泉の国へ直行ってわけにはいかなかったからここへ来たんだと思うワ。」
No.6とレイジの憎しみの記憶は、死者として神様に認識されるまでだったらしい。
「はぁ…それじゃあ、その神様に戻してください死んでませんって説明しに行けばいいの? そういえば、あなたは?」
「この国の神様は今大変よ、みんな神様のことお姫様って呼んでる。そのお姫様をお嫁にもらうってお月様が自らこの国に使者としてこの間来たし。
それで戻れると思うけどお姫様とは誰も話したことないの。見たことも。それとあたしはパヌ。文字通り見た目通り看板娘ぢゃない。」
「私はNo.6。よろしくどうぞ、あと向こうにいるのがレイジさん。ちょっと変な人だけどいい人。」
「あら、あなた自分の本名知らないのね。」
看板娘のパヌと少し話すとこの世界の状況が大分わかった。
姫の月への返答次第ではこの世界が二、三日で滅びること。死者の国なのにこの村に人が少ないのはここが記憶の村で各々が全く違う風景を見るからだということ。レイジとNo.6が共に入ってこれた理由はパヌにも分からないそうだ。
そして、この世界には大きな町がある。そこにおいては死者同士で干渉し合うことも可能らしい。
パヌは色々と説明してくれたが彼女自身にも分からないことが多いそうである。
No.6は教えてもらったことを頼りに、看板娘パヌの道案内で村をもう少し探検した後、ほかの町にも行ってみることを決めた。
「レイジさぁーん!」
「ろくばぁーん! 待ってるから!」
レイジはどうやらパヌとNo.6の散策に同行しないらしい。
「彼、来ないの?」
「うん。きっと不思議なこと続きで疲れてる、一服つけたいんじゃない?」
パヌとNo.6は村の中心部に向かって歩いて行った。




