「死んだ村の旅」
「旅人さんは死んだ覚えあります? ここは黄泉の国の手前、普通死んで未練を持った人が来る場所ですよ。」
目の前を通っていた黒づくめの男と捕虜らしき人々と、自分の共通点をまずNo.6が理解した。それは人間が体から漂わせて止まず、人にもまとわりつかせていく、
「死の香り」
時に美しく、恐ろしく、触れれば多大な生気を奪っていくその生命がNo.6とレイジの中に息づいていたのだ。死とか、異世界への「憧れ」というものが今いる世界へと誘って行った。
命の普遍的な望郷の感情、憧れはどこにでも。またNo.6やレイジの中にも強くあり続けたのだった。
それを早くも理解したNo.6はこれ以上給仕に説明させるのは野暮だなと思って今度は自分から口を開く。
「大丈夫ですよ給仕さん… 死にかけた覚えはあるし自分の中で筋道立ったできごとですから。」
自分の中に根付く奴隷時代の記憶をつぶさに思い出していく。暗い独房で殺されかけたこと、死ねなかったこと。全ての残酷さが自分をこの「死んだ村」へと連れてきたのだろう。
この世界にいるかいないかも分からない神は、ここで己の運命の悲しみを越えよと言っている。いつかは清算せねばならない運命だとは思っていたがこんな形で来るとは思っていなかった。しかし不思議と自分の体に「起きる」と刻まれていたかのように驚きはない。
女の給仕は手を口元まで当てて驚いた様子だ。
不思議なことに彼女に強くあった生気は今感じられない。その生気という感覚も「死んだ村」の感覚に侵されていったのだろう。
「ところでこの宿の外は?」
少しわかりにくい質問をNo.6はかけたつもりであったが都合よく給仕さんはその意図を察してくれる。
「この宿から出てもこの世界にいることは変わりませんよ、だから冒険くらいならできるかもしれませんね。私よりこの世界に詳しい人にも会えるかもしれませんし。」
この村自体は一種の異世界である。
どういうわけでこの村で話を交わした子供たちが認識できたのはまた後に考えることとする。この世界について知っていくと同時に謎は解けていくだろうという諦めとも取れる確信がNo.6の中に芽吹いていく。
それは純粋な希望の輪郭だった。
それならもうこの宿の外へ出て探索をしてみようと割り切った。
やれやれという感じで身振りをして見せたNo.6は、もう給仕の話を聞く気はないらしく宿の廊下を小走りで走って行って入り口のドアを開け外へと出て行く。
レイジはまだわけもわからないままNo.6をただ追う。
給仕はNo.6とレイジを気になるらしく宿の入り口までついてきた。
「旅人さん御一行! お腹空いたら戻ってきてなぁ! 九尾の狐とかいたずらする妖怪には気ぃつけてなぁ!」
いやに親切で、聞きなれないイントネーションで給仕は大きく手を振って見送っている。
レイジとNo.6が宿の扉を開け外へ出て行った。
「僕には何が起こってるかまだ分からないんだけど?」
「さぁ。」
「つまり?」
「でもそうね、あなたも私も自分の運命に決着をつけなきゃならないのよ。」
なんだか楽しそうにしているNo.6に、まだ現状をよく理解できないレイジである。
◇
村の外見は変わっていない。
村に入った時点で見ていたものは現実でなかったらしいのでこれは当然と言える。
不可解なことは山積みだが… 立ち止まって考えなければ気づけないこと、立ち止まっていては一向に分かり得ないこと、その区別はつまり経験と本能でつける以外ないのだろう。今は後者だとNo.6は本能で思う。
また、その本能を支える最たるものは先ほどの行列を見てから残る不思議な感触。
自分が自分の生きてきた世界とは異なる世界へ来てしまったという事実は胸の中にとどまっているもやのように現れる。「もや」とはどうして自分を辱めた世界や人を許せるだろう、きっといつまでも許せないという永遠の課題。
それは自分の全く知らない店に入った時や、山奥の神社の境内に入った時のような感覚で癒し得るだろうか。
「境界線を越える」
こういった感覚で消えそうにない憎しみは消えるだろうか。確かに教会へ入れば罪が消える気がする、くだらないオヤジギャグだと思って今は考えないようにNo.6は努めるのだった。
ここに太陽は昇っておらず、頭上に見える月はひどく大きく見えるので塔でも立てれば手が届いてしまいそう。
雲ひとつない空の中で月はグレープフルーツの色をしている。
村一帯にはそれを絞ってにじみ出た果汁の色がじんわり滲んでいる。月の色や大きさの違いは太陽が昇るのかということすら不安にさせる。 ここまで存在感の強い大きさだと遠ざかってくれそうにもない月。自分の中の罪や憎しみと同じ大きさ。
一方地平線上へ目を移してみると、時々淡い白の鞠のようなものが宙に浮いていて視界に入る。見ていると蛍を見ているようで生きているかのような感じだ。風は全く感じられないのに風に吹かれたようにあちらこちらへと動いている。
一粒それが飛んできた。
「わっ!」
今度は風に吹かれるというよりNo.6たちを見つけたように近寄ってきたので驚き、思わず声が上がる。
振り払うとたやすく消えていったがその中から音が漏れ出す。それは声のようで魔法の言葉のようで、うまくは聞き取れなかった。言霊のようなものなのか、至る所に散りばめられているというわけでもなく病気の子供が吐き出したシャボン玉くらいの数だ。心地よくどこか儚い具合の量が宙に散りばめられている。
一度に全部破裂したのなら昼下がりの村でするくらいの話し声が響くだろうか。
この世界は無風だったし思えば音もなかった。
今しがた聞こえたと思われた鞠の中の音は、鞠が弾けた時に聞こえるんじゃないかと思ったものが、耳にしたという錯覚とともに認識されたものだ。つまり完全な錯覚による完全な認識。
それにしても見知らぬ白い鞠が弾けるだけで音が聞こえると自分は思ったのか、一向に分からない。
「おいおい、どうしたよ。」
腰を抜かして転げたNo.6にレイジが話しかける。
「え、だってそこで鞠が弾けて…」
「はぁ。鞠? なんだそれ。」
どうやらレイジにNo.6が見ているのと同じ鞠は見えていないらしい。これは他者との壁のせいだろう。決して自分が見ているものと他者が見ているものが同じとは限らない、それをこの世界はつぶさに体現しているのであった。
「私のことは見えてる?」
「そりゃあ…」
ここまで不思議な世界だとお互いの姿が見えていること自体変に思えた。
◇
この村に何か変わったことはないか探してみることを思い立ったNo.6。
彼女はレイジの手を握って歩き出す、体の感覚がお互い感じられるのか恐れていた節がある。感じられると知って安堵する。
宿の側にあった丘に登って村の全体を見回してみると、遠くになにかがぽつんと小さな木のように立っているのが見える。
こうして全体を見回したことはなかったので、色々と変わっている場所があってもおかしくないとそれを見て思った。案外に見ていないものというのは多いのだから。
観念的なことを見るあまり物質的なものは見ていない、結局人の見える世界には一定の範囲があってそこから頭の中で予想したり想像したりすることはあってもその範囲の域は出ない。
この場合の域はデジャヴュや連想も含めた「域」だ。
それにしても殺伐とした村の雰囲気… 生の感触は一片も感じられないというのに、夢の後みたく懐かしいと思う。
「なにか見えるか? 不思議なものとか。」
「この世界自体不思議よ、私だって何が何だか。」
「じゃあ気になるもの。」
「あ、その表現好き。この世界全体不思議なんだろうけど、気になるものは気になるものね。」
遠くの小さな木をNo.6は気にしていた。二人はまずそこへ向かうことにする。




