「黄泉の国へ渡るは異文化の香り」
村の宿は川辺からは距離を置いていて、近くに民家はなかった。
しかしひっそりとぽつんと建っているというわけではなく、小さな牧場や菜園を持っていて宿の近くは閑散としているわけでもない。だから家はいなくても寂しい感じはせず逆に色々な設備を整えていて賑やかだ。
No.6もレイジもそののどかな雰囲気には喜んだがどこか不思議なところだと不安げである。
「なんだか洋館、だな。変な宿にしちゃったかな。変えるかい?」
「ううん、いい。」
そっけなく答えたNo.6が先行する。
中に入ると小綺麗な感じがしていて、妙に気取った、変な笑顔をしきりに表すオーナーが迎えてくれる。いかにもゴマをすりすり、生きてきた感じだ。というのは手を擦り合わせて、
「いらっさぃひませ旅人様のご一行…本日はお泊りですか?それともただの休養?へへ。」
なんて挨拶をされたものだから。
ロビーホールでは宿の玄関に似合わないようなカッチリと、一定のリズムを保って演者が鼻歌交じりに演奏するピアノ音楽がかかっているのである。演奏の手法は至極調整が取れていて、おぼろげなイメージより一つ一つの音を大切にしている感じだから、それだけに耳をすませてこの宿屋の構成に目をつむればここは綺麗だなと思った。
多分異国の文化が入り乱れすぎてここの主人もどれが良くて悪いのかという判断を誤っているのだろう。壁の調子も所々木造だったり石造だったり、壁にかかっている絵画も色合いのはっきりした幾何学的なものだし宿というより「見世物小屋」みたいなイメージが強かった。
ともあれこういう異国情緒の入り乱れた感覚は、時折立ち入る旅人や昔は泊まることのあった異国の人間にも高い評価をもらっていることが壁に野暮ったくかけられた国からの賞状の数でうかがわれた。いつから今の不思議な雰囲気が取りまとめられていったのかは分からぬが乱雑な文化の雰囲気が新鮮でこの土地に合っているのかもしれない。
レイジの方がオーナーに泊まりだと言って手続きを済ませていく。
横目に可愛らしい給仕さんがソファに腰掛けるNo.6に紅茶を運んでいるのが見えたので、この村の人間は容姿に奴隷の烙印を押された人間に驚かないらしい。
「おい、行くぞ。」
「あ、うん。」
部屋に向かう途中No.6はロビーで聞いた音楽が自動のピアノの音だっと知って文化の違いと、機械音楽と人間の音楽が非常に近しいものと知って大変驚いた。レコードから流れているものなのだろうと思っていたからだ。
とりあえずごちゃごちゃと異文化の混ざった宿で、完全に落ち着けるとは言えないが湯浴み場もあると聞いているのでレイジもNo.6も満足している。
それに気取ったオーナーのなよっとした男は、
「旅人様、我が宿舎の食事にはどうぞご期待を… とびっきり珍しく美味しいものを取り揃えてございますから、それも我が宿の自慢でございます… へへへ…」
との曰く付きなので食事が舌に合えば大変満足のゆく宿だと言うことができるだろう。
どうせ一夜限りの宿として使う場所だから少しヘンテコな雰囲気がしていてもいい。
二人で階段を上ると宿は二階建てで生活設備が十分整っている代わりに部屋の数は少ないことが分かった。
部屋の中はロビーや廊下などの派手な装飾とは裏腹に質素な感じがしている。
あらかじめ用意されてあった冷えた果実のジュースがボトルで机の上に置いてあるのと、固そうなベッド。ベランダへのドアがあるくらいでこれといって目立った感じはない。
部屋にまで絵画などを飾る余裕はなかったのだろう、でもオーナーの意地を漂わせるごとく各部屋には金色のラッパの形をしたスピーカーを備える円盤の再生装置が備わっている。レコードプレイヤーだ。
逆に部屋の雰囲気はそれと相まって目立たないから目新しいというやつである。
それでもこの宿は異国情緒を取り込みすぎたせいでその噛み合わせを間違え、奇抜な感じを起こさせるだけ。
落ち着けないような場所ではないと二人は思っているのだ。ただ一つの男女として問題なのは、部屋が分けられていないこと…
「あの… 部屋違わないの?」
「風呂は大浴場なんだからいいだろ。」
「でもベッド一つしかない…」
「僕が床で寝るよ。」
「少し疲れてるから寝たいんだけど。」
二人は逃走するのに目一杯で休息を得ていなかった。
「僕は散歩でもしてくる。」と言ってレイジは出て行き、No.6はベッドに入りすぐに寝ついた。
◆
「あ…」
「私たちずっとあなたみたいな人が来るの待ってた。え…? 待ってた? 待ってた!」
「どうして…? あなた達だぁれ?」
「もうすぐ会えるから…その時お話ししましょう? え…? お話? お話しましょ!」
◆
眠っていたNo.6は変な夢を見ていた気がする。レイジと出会ってからというもの変な夢を立て続けに見るのだ。
ただ今回の夢は村の雰囲気のせいだったと思う、なんとかレイジのせいではないと思っていたい。
夜食の時間だと帰ってきたレイジの声が眠気の中ではひどく遠目に聞こえて目を覚ましたのだった。
◇
ロビーのすぐ横の廊下を少し歩いたところにある食堂へ入ると元気が良く、どこかふんわりとした雰囲気も持っている二十歳くらいの女の給仕が料理を準備してくれていた。
宿泊客が少ないというオーナーの言葉は正しく食堂には他人がいなかった。
給仕さんが忙しく働く中で「今日は貸切ですわ!旅人さん達ラッキーでしたね!」と言ってくれたのでラッキーというのが嘘にしても今日は貸切状態なのだろう。久しぶりの客で給仕さんもオーナーも大変歓迎してくれているようだ。
どうやら今はその二人しか従業員がいないらしい、寂しい雰囲気が漂っている。
薄茶色のテーブルの食卓につくと料理が運ばれてくる。
「これは…? レイジさん知ってる?」
オーナーの料理には期待しておけという言葉。
ここは交易の仲介地点。
おかしな文化の産物があるような宿なのだから、食事もおかしなものを出す。
「ああこれ。カレーライスだよ、知らない?」
「なにそれ… 変な匂いする。」
「食べてみろよ美味いから。」
レイジは職業柄カレーライスを知っていた。単純な食事ばかりの世の中でそれは多く見られるものでなかったが、実は高級料理。太古の昔に好まれていたカレーライスは現在主に上流階級が好んで食すものになっている。
レイジはカレーライス発祥の地へ行ったことがあって食したことがある。
「体壊したらレイジさんのせいよ?」
「お前いつもなに食ってたの?」
「魔物の肉。魔力の回復効率がいいから。」
「少しは食べて楽しむことも学べよ、これは魔法の料理だから。」
確かにカレーライスの匂いが人の鼻につくと幸せになっていったし、その辛みのせいで皆酔った風になっていった。幸せと辛味は読んで字のごとく似通っていたのだろう、
「辛く苦しい冒険の末に人への優しさを知っていく。」
そんな冗談を思い浮かべてレイジがくすりと笑う。未だNo.6はカレーライスに手をつけあぐねているようだ。
「あれれ、よくご存知ですね!知っている人を見るのは初めてですよ。」
たくさん食べつつ説明するレイジの言葉を聞いて、横で給仕さんが微笑んでいた。
「うん…!美味しい…!ああ、まあ…」
「よくこんな辺境の村まで足を運んでくださって…」
「いえ、良い村ですよ。」
食べながら話すレイジと給仕の女との会話はきちんと成り立っていない。レイジは食べるのに夢中だ。
無駄というのは交易のことだ、交易が途絶えて今の宿のように煩雑な雰囲気でいるのも考えものだが文化のない村よりは楽しめる。
「でもちょっぴり不思議な宿ですよね?」
突然食べるのを止めて率直な感想。
拭えない、呪いみたく不思議な美しさと恐ろしさを繋げたその疑惑をレイジは吐露する。
彼もまた呪術師であったため「呪い」とか「死」の雰囲気には敏感だった。ポルコの下で働いていたNo.6もそれは感じる。
「そう言ってもらえるだけでも…」
そう言われてはぐらかされてしまったなと思った。
それがこの宿の成り行きを説明するのが面倒だったのか、話したくなかったのかはわからないのだが静かにカレーライスの入った鍋を手持ち無沙汰に混ぜて横顔は微笑んで見える給仕。
No.6もやっとの思いでカレーライスに口をつけた。
「あ、美味しいよこれ。レイジさん…」
「だろ。虫の天ぷらでもアーリマンの目玉でも食べてみるもんなんだよ。」
レイジが笑いかけるとNo.6もほくそ笑んだ。
しかしここまで食堂にいてみて給仕もこの宿に劣らず不思議だなと思う二人である。やけに甲高い声をしているが時折物腰低く、その仕草の数に似合わずやけに活発だ。
「ところでこのカレーライスはどこから?」
この村は一昔前に多くの国の交易を仲介していた。それでこの宿の雰囲気には合点が入っていたが、ふと我に返ってみると「異形」の一言に尽きる。
裏の商会と関わっているだとか早合点はできないがこの宿の雰囲気が一種の恐ろしさを内包していることは否定できない。
元より国が作り出してきた村だ。交易の中継点としてこの土地の開発は進んでいったので傀儡としての村にならなかっただけ不幸中の幸いと言えよう。
そこで給仕が返答を添える。
「え?このカレーライスは地元の料理ですよ。輸入したなんて話は一切聞きませんって。」
カレーライスのインスピレーションの出処に確信は持てないものの、異世界ではずっと高級料理だったはずだ。
珍しくて貴族に振舞われていた料理で、いつかそれを簡単な素材を使っても味を再現できると発見した料理人が広めたのだ。大国で振舞われ発展していったはずの料理が国の作ったこの村でできたという話はおかしい。
そのシェフがこの村の出身というのならあるいは… しかしこんな辺境の村で料理を志すような人間が一生涯のうちに宮廷料理人まで成り上がって、その後も一つの料理の普及に徹したというのなら耳に入ってきてもおかしくない伝説の類だ。
「へぇ… 僕はカレーライスのファンなんですよ、期待してどれほど裏切ってくれるかと思ってはいましたが損はしませんでしたね。」
そういう皮肉交じりの返答は、
「さっ! どんなことで迷っているのかわかりませんが残すのは良くありませんで!」
そんな給仕の言葉の調子で消えていく。
栗色の髪いっぱいに料理の熱で、汗を体にまとっている給仕は不気味というより無邪気に話をしているようだ。それで自分か相手か、どちら側かの目の前に忽然と透明な分厚い壁が建てられているような気がする。
とりあえず給仕がそういう口調を作りげてきた人間で、壁の厚い話し方をレイジたちはされているのだろうと思って割り切った。
◇
しばらく食べていると視界に食堂の窓から異様な光景が見える…
鎖で繋がれた人々がもう性別不詳とまでボロボロになった体を引きずって十二人、伸び代の多い鎖を引きずって歩いていく。
じゃらじゃらと、うつむいたまま顔も見せずに歩いていく。
その人々の後ろを黒装束に金の装飾を所々散りばめた者が、鉄の鈴の先端についた金色の杖を持って規則正しく… シャラン、リンと音を立てて歩いていく。見ただけでは誰がどの性別だとか種族なのかとかは分からない。
「おい! 給仕あれは!?」
レイジはその人の群れが明らかに裏の商会絡みだと悟ったので取り乱す。
「あ、この村のこと知らないで村に入った人だったんですね!
時々いらっしゃるんですよあの人たち、この宿に。私はもうあの鈴の音が聞こえるだけで姿は見えないんですが、前に見たことがありますよ。黒装束の人と鎖に繋がれた人々のご一行ですよね。ほら、あの人たちってフードの中でも暗いような顔してるのがわかるじゃないですか、暗いっていうより死んだような顔。だからこっち側に干渉してくるんですよ時たまに。向こうからこっち側は見えてないはずですけど。」
「つまりこの村にいる人は全て別世界の住人…?」
「はい! カレーライスを食べたあなた方はこちら側の人間です!」
夢中になっていて気がつかなかったが、端的に言うとこの宿や村が他の世界と密接に関わっていてそこの料理を食べてしまったために転移してしまったということだ。
やはりこの世界にないような文化のものは呪術のような死の匂いを漂わせている。そういう文化の食事を食べることは一種の冒険的な快楽であると共に死の淵へと誘う異様な快楽なのである。
カレーライスは美味しい。それは死の香りを漂わせているから。
この村は居心地がいい。それは死の香りを漂わせているから。
この村は死んでいた。そしてその村の住人として認められてしまったレイジたちも。




