「束の間の平穏」
砦を去ったレイジとNo.6は南の島国へと渡る算段をつけ港があるという川辺の村へやってきていた。のどかな雰囲気の充満したいい村だ。
結局No.6にポルコ暗殺の疑惑がかかってしまった今、急に龍神族の聖域へ行くというわけにはいかなくなってしまった。レイジの妹が捕虜になっているし、彼自身は呪術師にして工作員のくせに聖域へは戻らないし。
彼らは異種族革命の火種が養成されているという南の島国を目指すことにして、そこから聖域へと各々の目的を果たすため向かおうとしている。
レイジは妹の解放とフローレンシアへの憎しみのため、No.6は今のところただレイジについていきたいという気持ちだけだ。自分がなにをすべきかわからないからもっと世界のことを知って、自分にできることをしようというところ。
社会の流れから見れば正真正銘の犯罪者である二人だ。
「そういえばお前、狙われてるらしいな。すぐに商会が追ってくるぞ。」
「南で革命軍にでも混ざればいいよ…」
とは言ったもののある程度はNo.6も悩んでいる様子を見せる。
「とりあえずデートの約束忘れてなきゃいいよ。」
「忘れてないよ、ちゃんと覚えてる。時計の借りもある。」
この村は山を降りた後の丘の斜面上に位置していて、その端は川に面している。二人は今一つの小高い山を越えてきたわけだ。
川は目立って大きい、流石に船を通している川だ。これが海へと繋がっているから村の港を使えば南の島国へ渡ることができる。
村には山を越えてきた風が微かに時々、吹いていく。この村は国家間の河川交通から海洋交易までの拠点となっていた。
ここは小さな駅のようなものだ。
それで違う方面からの文化が入り乱れて他の村とは一線を画す雰囲気を醸し出すが、今は聞いた話によると交易は行われず、交通だけが成り立っている。違法取引の市場がここ数年で大幅に発展したため、他国のものを自国に取り入れることを頑なに拒んでいる人が多いからである。
裏の商会との取引でほぼ何もかも成り立つようになってしまった今国家間交易は意味をなさない。
村ではそうそう使われることのなくなった木造の船からごとり、ごっとんという音が聞こえている。船が動かずとも、船の下の川は流れを止めはしない。爽やかな風の音の裏でそれは鳴っていてとても歯切れがいい。村からする音の丁度いいアクセント代わりだ。
少しそのリズムはNo.6の目に刺さった時計の針の音に似ている。
太古の昔には静かに動き余分な音を立てることのない船もあったらしいが今はない。動力源が尽きてしまったと話しに聞くから船体が残っていてもガラクタ以外の何物でもない。
とりあえずレイジとNo.6の二人は村へ入って行くことにした。今日は宿でゆっくりして行くつもりだ。
◇
No.6は水辺で遊んでいる子供たちを見かけて、それにこの村の宿がどこにいるのか聞いてみることにした。
晴れた今日のこの頃は川の浅瀬に見える赤や灰や、黄緑の石がゆらゆらと水面に映りそれでこの辺の暖かい空気を感じる。
そばまで行くと子供達の水をかけあう音と相まって魚の跳ねてとぽん、とか底の方から泡が出てくるような音がしていて涼しげだ。日の光を背に真っ白にギラリときらめいている水の色は多分多くの人が幼い頃の記憶に置いていることだろう。川遊びの色である。
暖かい日の水の色はどうしても懐かしく、日差しは恐ろしい具合で残酷という表現さえ受け入れてしまいそうだ。南の方へ来たせいで太陽がまぶしい…
もしも地獄の釜で煮立って心根まで干からびすぎた魑魅魍魎の類が天国へ行ったのなら、その風景をこんな風に見るであろうとNo.6は考えた。その考えは悪魔じみた風貌を持つ自分にも当てはまる。
悪魔も美に憧れを抱くものでそれは忘れられがちだが… 本当に美を理解せず美しさを語るような人間の考えに添えば、世界にはびこる差別とか偏見の考えは仕方なしと言えてしまうのかもしれない。だから川の色には今の時代、感動と等しく悲しみが折り入ってくるものである。
No.6も心なしか笑顔になっている。彼女はもうヘンテコな仮面も暑苦しいローブも取り去っている。
子供達の肌の茶褐色に誰もが遊び心は掻き立てられていくものだ。
それで川の瀬の部分でNo.6も靴を脱いで冷たい川の中へ足を踏み入れていく、遠くから声をあげて質問をするのは失礼だなという気持ちがあった。
足を水に触れさせた時から、ものすごく心地よかった。それで子供達が川辺で遊びたがるのも痛いほど理解できる。
が、あまり子供と話すのは得意と言えないNo.6である。 そもそも人と話すのが得意でない。
「あのぅ… 君達、この村のや…」
宿と言おうとして言葉を止める。
「その、人を泊めてくれる場所はどこでしょう?」
本当にNo.6は子供と話すのが下手だった。
どういう口調をとっていいものか、敬語を使わないのは失礼と思われたし、実のところ敬語というものがどういう時使っていいものかわからなかったし、なんとか言葉を絞り出して繋げたものだった。
彼女は自分が今話した調子を思い起こしたのかカァっと顔を赤くする。
子供達はそれを見てちょっと遊びを止めて静かになって、くすくすと笑うと今の状況に立ち直って、警戒しているようだ。顔を合わせてちょっとお互いに頷き合うと指をさした。
「…アッチ…」
一人、男の子がだいぶ間を置いた後に指をさしてくれた。
「ありがとう!」
No.6も子供みたくしきりに頭を下げて、足は裸足で川に入ったままとびきりの笑顔を見せてしまった。でもこの村によそ者はそう歓迎されないらしい。この村への来訪者は長らく交易が途絶えたことによって途絶えてしまっているのだろう。
それに本大陸から南へ行くのには地下道があって船で渡らなければならないことはない。
子供達の顔の高さまで頭を下げて微笑み続けたNo.6は早くも遊び場を後にする。
彼女は子供が大好きだった。レイジはその光景を川辺で見ていた。
「おいお前、子供好きなのか。」
「べ、別にそんな好きというほどじゃないけど…」
No.6は砦の中で自分が醜いと思い人と距離を置いていた時より、ずっと可愛く見える。彼女はレイジと一緒でなければ好きな子供にも話しかけられないよ、ということを密かに考えている。彼女の頬は林檎のようにほのかに赤い、レイジもつられて赤くなってしまうのだった。
「あの。ここにはいい湯があるらしいぞ、きっとお前も気にいる。初めてだったりするか?」
「あ、はい… 裸になるなんて考えたことなかったから。」
「そうか。なあ、僕は女性の風呂に入っても身体的にバレやしないかな?」
「ばっ…かっ!」
頭をNo.6に叩かれてレイジは痛そうにする。二人は子供達が教えてくれた宿の方へそんなくだらない話をしつつ歩いていく。




