「フローレンシア様の心と宴です」
ホールでは王女様が踊っている、フローレンシア様だ。どんな人とでも踊るし、どこまでも無邪気に踊る。
彼女は踊りが上手だった。空でも飛んでいるように踊るし、踊り終われば相手の方は笑顔で去っていく。
フローレンシアは時々会場にある食事や酒に手をつけて楽しんでいる。会場には音楽家がいて雰囲気に寄り添いゆったりとしたものから激しいものまで演奏する。
彼女は龍神族。長い耳に体は硬そうな質感。つまるところ龍と人間のハーフ、飛べない龍といえば正しいのだろう。
それが大陸にはびこる宗教の頂点にいるものなのだ。この国ママ・コチャの政治経営を担当しつつシュラのプロデユーサーも担うと俗っぽくいえばなる。
彼女は踊りながらママ・コチャに吹く海風と太陽の恵みによって養われた真っ赤なワインを嗜み、少しばかり酔っているようだった。
ワインの赤は特に目を引くもの。渋みが強いのだろうけれどまるで牛乳のように見える、天井にかけられた巨大なシャンデリアの光や人の静かな熱気をまとって太陽のよう。
リリルアも食事に手をつけたいと切に願っていたのだったが許可をくれそうな人が見当たらない、辺り一帯知らない人だらけだし急に王女様に話しかけるのもどうかと思う。
木の子の国でもらったメープルシロップのクッキーから朝に食べた生牡蠣。今度は王宮のパーティで食事と、旅に出れば美味しいものにありつけるものだ。
大きな魚の切り身に皿いっぱい盛られた細いパスタ。冷製のマッシュルームスープにとろりとした質感のお肉。食器やグラスも一級品、ここまでのものが催せるのもフローレンシア様の手腕というわけなのか。
皿は上品で派手でないし、グラスはそれだけで一つの作品になりそうなほど繊細な作りをしている。ふと息を吹きかければ壊れてしまいそうなもろさがある。
さて誰に食べていいかと聞くか迷っていたところ、一体の機械がリリルアの元にやってきた。ポット状の体で胴体につけられた細い関節を曲げ、お辞儀した。
前に小窓が付いていて細い腕がついている、会場の給仕なのだろうがところどころ錆びている辺り老人の執事を思わせる。
「旅の方、ようこそいらして下さいました。こちらに食器を用意してございます、もちろん消毒しましたからね。」
男性の声、雑音の混じった機械音。彼の頭部がぱかりと開き煙が出てくる。リリルアが覗き込むとそこには何もなかった。
ボケているのだろうか?食器に消毒というのも引っかかる。
膝をかがめて礼を述べる。
彼の頭部は他の人の手によって閉められた、見上げるとフローレンシアが微笑んでいる。
「ごめんなさいね、この子ちょっとやんちゃで…」
フローレンシアはか細い声をしている女性だった。機械の頭部を鱗のついた手でなでる彼女から溢れてくる優しい感じ、品性、そんなものに純粋な母性があるし機械の彼は照れているように見える。
「いいえいいんです。可愛い子ですね。」
「そうでしょう? もうほとんど壊れているのですが、私の古い友人なのです。」
優しい目つきから滅びの匂いが微かに漂うことをリリルアが瞬時に察した。この国の住民がワイングラスのように脆く儚い人々なのは風土なのか、社会的なものなのか。しかしこういう目の持ち主はつまずけば戻ってこない危うさがある。
目の前にいる壊れかけの機械とフローレンシアは真に似たもの同志というわけだ。
機械の彼はリリルアと握手を交わして満足そうに去って行った。
「よくお越しくださいました。シュラより聞き及んでおりますよ、リリルア・ララルア様。名前を持たない旅人様。」
簡単に挨拶を交わし合い二人はすぐに本題へ取り掛かった。まずはリリルアの方でシュトロハイム王国民が捕虜となりまだ生きていること、それを解放する手はずは整っているが後の事を考えると力のある同盟関係が必要になってくることを説明する。
「それでもフローレンシア様やこの国にも今や世界に蔓延る裏商会の危険が飛ぶことになりますが…」
もう飛んでいるかもしれないという情報は伏せておく。
「いずれ直面すべき問題ですが後の事が大変になります。一旦商会側も手を引くでしょうけれど異種族の聖域ができたという噂を聞き人口が爆発すれば全面戦争になります。人間はもっぱら商会側につくでしょうし、息のかかった国家もそう。
残念ながらこのママ・コチャとシュトロハイム王国民が手を取り合ったとしても勝ち目は薄いでしょう。時代は変わりました、今は信仰のなせる影響も乏しく異種族の時代でもありません。」
「シュトロハイムの王国民を見捨てるということですか?」
「いいえ。後の事は考えてありますし手もすでに打ってあります。大手商会の内部破壊、魔物の王との交渉。私は間接的に裏商会を潰すことまでちゃんと考えてありますよ。」
「魔物まで巻き込んで龍の力を持ったあなたが戦争を起こすんですか…?」
「ララルア様、いいですか。今の時代には戦争が必要なんですよ。起きれば異種族側に武器や資材を提供し利を上げようという輩も出てきます。時代の力関係は一旦白紙に戻り、和平の後にまた動き出す。ただ起きるのはもっと先のお話、今はあなたの要求を龍神族は飲みます。後のことは任せてください。」
一体国家間の争いに一人の人間であるリリルアが何をできるだろうという無力感に襲われる。
「明日までにシュトロハイム王国を龍神族の庇護下に置く旨書類に起こしておきますから。今日はこのパーティを楽しんでいってください。」
結局人間は持ちつ持たれつ、死につ生きつつやっていかなければならないことをリリルアは改めて悟る。
戦争が起きたとしてどちらが有利になろうと構図が変わるだけで同じことが繰り返されるのだろう。リリルアは一商人でやっていてよかったなと思うと同時にフローレンシアの恐ろしさと悲しさを同時に感じた。
こんなに危険な思想を持ち合わせているのだから商会側も既に手を伸ばしている、聖域側の手が早かったか前者だったかはいずれ分かるのだろう。
ただ今はラケルの救いとなってシュトロハイム王国の再興に努めようと思ったが、あんなに美味しく見えていた食事はうまく喉を通らなかった。




