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無職だけど異世界で旅がしたい  作者: 橘麒麟
預言者たち:滅びた王国
24/51

「デートのお約束!」

No.6とレイジは二人で砦の中を歩く。


「そういえば聞き忘れてたけどさっき使ってた武器は?」


「あれは落ちてたんだ、昔から変な武器は手に取るとなぜか使える。お前らのじゃないのか?」


「ポルコが捕虜から押収したものか砦にもともとあったのかな…」


肉声で話すNo.6。

彼女が水霊との戦いで倒れた後、レイジはすでにポルコとの話を終えていた。彼は今ポルコの呪術師商会の一戦闘員としてお試し期間にある。

これからの捕虜引き渡しと本国への帰還。大人数の捕虜を引き渡すことになるので他の商会の武力介入もあり得るかもしれないし、特例として捕まえたラケルとヴィンセントが何をしでかすかつかめない。

危険の因子は完全に排除できないわけだ。働いて功績がポルコに認められれば正式な加入となるし給料も多く約束すると言われた。


しかしレイジとしては無抵抗の少女であり一度は命の恩人となったプラレスを拷問するようなポルコの方針には不満がある。

No.6とぎこちないながらも手を取り合えた今ポルコを殺して逃げてしまいたいのが本音だったが、No.6がそうもいかないと釘を刺す。

数少ないこの呪術師の商会は多くの国家権力と繋がっておりポルコはその顔。裏のコミュニティに顔が割れていないレイジはいいがNo.6共々逃げるとなれば足がつく。ポルコは広い情報網を武器に商売してきた人間なので一週間と持たずにのたれ死ぬだろう。

さらにNo.6以上の実力者も裏の商会にはわんさかいるという話だ。全世界を敵に回して男女の逃避行、なんて幻想に過ぎないしそこまでNo.6はレイジを信頼しきったわけではない。


「それでこれからどうする? まだポルコについていくつもりか。」


「それしかないと思う… 私は暗殺者にすぎないから顔は広くない。この世界にこの職業で入ったってことは足を洗えないってこと。」


「例えば他の商会からスカウトが来る… という話でも、かい。」


「どこの商会に行ったってボスはポルコみたいな人間かそれ以下。要は与えられた環境でどれだけうまくやれるかで、どこに入るかじゃないでしょう仕事って一切合切。」


「あぁ、そう。」


「そう。」


努めて素っ気ない態度を取ろうとするNo.6にどう言葉を返していいのか分からず、何度も行き詰まる。

ただどうしたら彼女の仮面の裏の笑顔を見れるだろうかと思うくらいには惹かれる気持ちがあった。どうしたら笑ってくれるのだろうか。


ーー同情を人にかけるつもりは全くなかったし、それをしているという感覚を自分の中に少しでも感じれば排除してきた。それでどんなとき人に手を差し伸べればいいのかよく分からない。

結局自分が何をできるかより相手がなにを感じたがっていて感じるか、なので自分の意思どうこうで何かできると思わないし無理な優しさは往々にして残酷だ。

同情の上では人を憐れむのだとしたら人を哀れだといってしまうことになるし、自分を可哀想と言ってしまうことにもなる。思い込みで作り出した同一直線上の構図は壊せない、不可抗力。対人関係は曇りなき鏡を見るようなものだからだ。

自分を可哀想と無意識にも思ってしまう人間にどうして人の手が取れようか、それは無礼というものだ。人は自分の食物でも甘えの対象でもない。


恋愛とは要するに性衝動の延長で自分が種として弱い人間と認めること、故に弱い人間のすることだからよくない。と、レイジは思い続けている。


そう考えれば愛情などこの世に存在しようのないものに思われるが… レイジはその上で絶望しきってしまった時、突如として何でもないものを美しいと感じることがあると知っている。自分一人で経験したことのある優しさの情景…

例えば極寒の国の枯れ果てた針葉樹林の向こう側、田舎町の大きな丘に霧がかかっているような。それは一体二人でも確かめられるものだろうか。


人と関わり合うのは強い風の日の地下水路で一つの蝋燭の火を消さずに歩くようなものだ。風とは他人、覆う手は自分。何度試してどこに火を灯せるか分からない、やめたいという気持ちもある、繰り返せば蝋は尽き二度と火の灯らないものとなる。

果てには、落とせば水に濡れて二度と灯らないという現実ーー


レイジはNo.6にプレゼントをしたいと思った。


アンティーク調の小さな時計を取り出す。盤面は腕時計のそれくらいで複雑に絡み合ったネジや歯車、針の先に埋め込まれた深い緑色の翡翠。その美しさは作り手の情熱や物作りに対する誇りをうかがわせる。

それをレイジはNo.6に見せた。


「あのさ。時計、好きか?」


「ううん。権力や見栄の匂いがしていて嫌い。」


「そう、か…」


「そう。」


時間が流れる。俯いたままのレイジに、何か次の言葉を待っているようなNo.6。


「ああこれ、いや別にお前がどうこうってわけじゃないんだが。魔力で動くんだ。正確な時間を刻むというより持ち主の体内時計を表す。例えばもう寝たほうがいいとか、撤退した方がいいとか。結構高級でさ、自慢だよ。」


「うるさい時計ね。そんなの持っててうまく生活できる? でも、綺麗な音…」


No.6がものを綺麗と言ってくれるまでになったのが嬉しい。きっと元のままだったら、何かに感動して伝えることもままならなかっただろう。


「お前にやるよ。後は煮るなり焼くなり好きにしろ。」


「え…?」


「目につけるんだ。そしたらこの時計にも柔らかい魔力がこもってるから、すぐに体に馴染む… 最高に優秀なコンシェルジュってとこかな…」


「それを私に?」


「あぁ、そうだよ! 俺は馬鹿だし間抜けだし人のことは傷つけてばっかりだけどお前につけといて欲しいんだよ…!」


ダメだ。

普通の女性と接する時には平常心を保って、落ち着いて話ができる。心の底では相手を見下し馬鹿野郎と思っているからだ。

しかしNo.6は自分と同じ程度の苦しみを背負っているだろう人間。それを見下すことはできない、だから必然的に諸々の怖さが絡み合ってくる。


今の言葉は「つけて欲しい」けれど「時計は嫌い」と言われたことに対する葛藤だった。自分の持っている時計がどんな値段とか、そういうことを話せば野暮ったいとも思っていたからだ。

往々にして人間の心には三つの世界がある…


「すまない… 悪かった、取り乱した。」


「ううん、いいの。嬉しい。」と言うNo.6にレイジは「ありがとう。」と不器用に返す。


No.6はレイジの手からきちんと時計を取って自分の目にあてがう。

見えない目だけど…

彼女の目に盤面の裏についていた細い魔力の針が突き刺さっていく。特に痛いと感じることはなく、その儀式が終わるとNo.6の頭に一つの時計の像がはっきりと見えた。


彼女の中で久しく時間が動き出す。


「どう…? それ、僕が作ったんだ。きっといろんな使い方ができるし場合によっては視覚も戻る。」


自慢の時計だというのは嘘だった。レイジが自分で作ったものだった。

自分で作ったのだと言えばNo.6との関係が根こそぎ壊れてしまう気がしていたのだが、今なら言える。


「よくできてる… いくら払えばいい?」


「いいよ金なんて、くだらない。

君は料理とかできるかい? 僕はお腹が空いてるんだ。」


時計のことだが。

これは持ち主の魔力の波長を読み取り、その生活習慣にあった時間概念を提供するものらしい。レイジは時計の名を「狂った時間」と称した。

ここまで綿密な魔力の回廊を機械の中に練って形にできる人は珍しい。科学的な材料や電力などエネルギーのない異世界。魔力か人力によって世界は回っているのだから、また魔力の波長は一人一人違うため、体に埋め込めるほどの魔道具アーティファクトを作り出せる人は一時代大陸に一人いれば伝説になるほどだ。


同じような道具は古い文献に記述として見られるくらい。だからNo.6ももらった時計には心底驚いていた。


「でも、そんなのだと…! 報いられない。醜い私には立派すぎる時計だもの…」


結局レイジはこの話の流れで食事にありつくことはできなかった。

No.6はそんなことなど忘れて真剣だ。


「それじゃあ…」


「なに…?」


「デート一回。そんな暑苦しいローブを脱いで女の子らしい服を着る、服屋へ行く。昼は美味しいものを一緒に食べて、静かな場所で一緒に詩が読みたい。美術館にも行きたい。」


「…?」


No.6は生涯のうちに自分が男性から逢いびきに誘われるなど想像もしていなかった。


「お、お前なんて本国に帰る前に死んでしまえーっ!!」


レイジは変な女の子に惹かれてしまったものだ。彼女は走り去って行ってしまう。

捕虜の引き渡しが明日になるそうなので、早くてもポルコの商会が本拠地を置く本国の街へ帰るのは明後日の夕方か。


レイジはお腹が空いている。

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