「黒ずくめの男と路地裏のレストランです」
リリルアが朝食を取るため偶然見つけた路地裏のレストランに入ると客は一人だけだった。ウェイターの類もいないし、レストランの内装であるのに誰かの家であるみたいだ。石造りで、ほどよく外から潮風の香りが忍び込んでくる。こういう知る人ぞ知る名店のような場所は乙女としてリリルアも好きだ。
身体中黒づくめの体格から男だと分かる一人の客。体にぴったりと張り付くサイズの服であるらしく、珍しい形でもあったが男の体のラインはよく見える。細身だというのに筋肉質だ。
一つ挑戦をしてみるかという気分に新たな街に入ってなっていた。男の横のテーブル席に座る。
メニューを広げると幅広い魚のグリルやフリッター、豊富なワインの種類にピザやパスタの類がある。
太古の昔に主に暖かい風の吹く地方で流行ったと言われる料理の数々だ… 龍神族の聖域、さすがに面白い料理を出すものだ。とにかく特に看板があったわけでもなく美味しい匂いがするなと思った店に入っただけなので、亜人専用料理店で「虫しか出しません」みたいなことにならなかったのでいい。
料理文化は昔とあまり変わらず脈々と受け継がれているらしい。普段食べる料理も古書をあさればその記述が多く見られるのだが、それを料理として出す店は珍しい。レシピ通りに作っても美味しくできないことがほとんどだからだ。突然材料がない、なんてこともよくある話。
食生活は大抵亜人には虫、エルフには魔物の肉や野菜、人間には動物の肉や穀類。みたく単純なものだ。
こんな店に入ってしまったというのも太古の記憶を持つリリルアの因果だったかもしれない。
「あの、叔父さん。ここのオススメはなんですか? 美味しいワインとか、これは食べないと損するみたいな料理とか。」
黒づくめの男が少しリリルアの方を向いた。一方リリルアはにやけた顔をしてメニューをところどころ指差す。どれがいいかなと悩んでいるふうのジェスチャーを彼女はしているつもりだ。
知らない人に話しかけるので笑顔が大事と考えたのだろうが、だいぶぎこちなくてむしろ不審である。
「どれくらいのもんだ…? 予算は…」
「あ! 安くて美味しいのが一番いいです!」
「ここの料理人は一流だ。金で敬意を払うつもりがないなら帰れ。」
「い…いじわる…」
ムッとするリリルアだったがさりげなく男が手招きしてくれる。席をさっと立って食いついた。リリルアが男のテーブルに並べられた食事に見入っている。男が一つ一つ指をさし説明し始めた。
「これはこの辺りで養殖してる牡蠣の生だ… これのセットがあるから名前に惹かれた白のワインと一緒に頼むがいい。よく俺の昼飯になる…
珍しいものが食べたいならピザのセットを頼め。色々な種類が料理人の気分で作られて三切れほど… おまかせならワインも予算を言えば選んでもらえる…
ゲテモノで攻めるならシーラカンスのフリッターだ… そのままだと不味くて食えたものじゃあないが追加でベヒーモスの体液のスープが頼める… スープ単体でも絶妙なスパイスの具合が効いていて美味いがシーラカンスと口の中で合わせれば格別だ…
デザートにはアーリマンの目玉をぐちゃぐちゃにしてアイスクリームにしたやつを天ぷらにした、シェフのアーリマンスペシャルがいい… それかドリアンだな。
さぁとっとと席に戻れ。」
随分と丁寧に説明してくれたものだが、ゲテモノの説明は必要だったろうか。
「食べるの、好きなんですか…?」
「…」
食通なのか、ただの不器用な男なのか分からないまま席に戻る。厨房にいたシェフが出てきてリリルアは男と同じものをと注文する。シェフももの一つ言わず、無愛想な感じだった。
食事が運ばれてくると皿を持ってリリルアは男のテーブルに移動する。男は食事を終えてゆっくりとワインを嗜みながらタバコをふかしているところだった。
「来ちゃいました。」
「ああ…」
「いいですか?」
「ああ…」
リリルアが食事に口をつけようとする。と男の方から話しかけてくるのを、口を半開きにして牡蠣をフォークに刺したまま聞く。
「おい…」
「はい?」
「牡蠣にはここにある麦芽酢を付けろ… 少しだ、少しでいい… それに食事の時最も重要なことを忘れてる…」
「なんですかそれ。」
「フォークを置いて手を合わせろ… 復唱するんだ… 天におられる私達の父よ、皆が聖とされますように、みくにが来ますように、御心が天に行われる通り、地にも行われますように。
私達の日ごとの糧を今日もお与え下さい。
私達の罪をお許し下さい、私達も人を許します。私達を誘惑に陥らせ得ず悪からお救い下さい。アーメン…」
リリルアは言われるがまま一旦落ち着いて手を合わせ、復唱する。どうやら男は熱心な何かの信者らしいが聞いたこともない祈りの言葉だ。龍神の信者でないことは確かだが、一体どこの宗教の言葉だろうか。
「どこの宗教ですか?」
「…」
今度は本当に食事を始める。きちんと男に言われた通り牡蠣には麦芽酢をつけて食べる。美味しい。ワインと一緒に食べると二度美味しい。久々にまともな食事を取っているなという感覚だ。お酒もあるし海辺のいい国だしリリルアは満足だ。それに風貌からは予想できないほど男は好意的である。
彼女が食べ始めると吸いかけのタバコを男は消してくれる。どうやら気遣ってくれているらしい。
食事をしながら男の方に話しかけてみる。
「この国はいいところですか?」
「いや…」
「あれ、珍しく否定しましたね。」
「どんな国にも悪意は入り込んでくる… 海底街で移民に扮した裏の商人がこの頃騒がしい…」
とんでもない内部事情が出てきたものだ。
「でも厳しく取り締まられているのでは?」
「お前も旅人ならば気をつけろ… 取って食われてしまわんようにな…」
その理由までは教えてもらえず、ただリリルアに注意を促すための発言だったようだ。特に男の正体などを聞いても答えてもらえないだろうと思いそれからは淡々と食事を進める。
終えて勘定を済ませる。
「それじゃあ。ありがとうございました。」
ちょこんとお辞儀をするリリルア。
「ああ… また来るといい、夜はメニューが変わる…」
突然の誘いに驚いたが、いい店に入ったなと清々しい気持ちで店を出て行くリリルアだった。




