「レイジさんとNo.6さんの馴れ初めです」
「おいヴィンセント、起きろ!」
砦の牢獄の中、ラケルが臣下のヴィンセントを起こそうとしている。彼らが口論をしたのは眠る前の深夜で今は早朝。
「なんですかラケル王女…」
ヴィンセントはひどく眠そうで、身柄を拘束されているというのに呑気なものだ。
「蟲だ! 蟲の群れが来ている、魔物だよ。きっとプラレス、エルフが拷問される叫びを聞いてやってきた!」
「蟲!?」
「中心に水霊がいる… この砦はすぐに崩壊するぞ!」
その姿は大物のイモムシそのものだが、水霊は中級の龍の一種だ。
普段は地上に姿を見せないが魔物の頂点に立ち時に魔物の意思を汲むという。上級の龍のような幻とは違い目撃情報が存在する。
リリルアの出会った下級の龍シュラが人と共存する愛の存在ならば、魔物と共にある中級は怒り。上級は真実と呼ばれる。それがこの異世界における龍の存在。
それが無数の、虫の姿を取った魔物の群れを従えこの砦へと進行してくる。
水霊は図鑑において最上級の魔物として分類される。
ただただ人間の憎しみの均衡を守るため生まれた魔物、その力を援助するため怒りに任せ暴れまわるという存在。ごく少数だが中級の龍に関する討伐報告は上がっている。
魔物たちが平和の使徒を選び出すものだから中級の龍もその延長線上で、憎しみに溺れる力ある者に課された自然の試練と言えよう。
討伐すればその素材の希少さ故に多くの富を得られ、多大な名声も得られるという。それでも一国の戦力を総挙げしても討伐できるかわからないほど強大なもの。
だから力不足のラケルらにとっては予期せぬ幸運である。
これは魔物のポルコ・パルコの残虐性に対する制裁の形。ラケルとヴィンセントはもしこの魔物どもが砦を破壊してくれたのなら、そこから捕虜たちを解放して逃げる心算でいる。
ポルコ・パルコを貪った後なら他のものに手を出すことのない魔物の軍団だろう。そういうことを考え、構える。
ラケルがそっと外の方へ目をやっていると伝書鳩が届いた。
「龍神族の聖域にはもうすぐつきます。もう少し待っていて。」
リリルアから送られてきたものだ。後一日もかからず計画通りの協定を結んで帰ってくるという。
好都合。もし蟲らとの混乱に乗じて逃げ出すことができたのなら、半日ほど逃げ回れば万事うまくいくわけだ。絶望の淵に立ち、落ちかけていたラケルは笑みを浮かべる。
「早くしてね。頼りにしてるんだよ。」
伝書鳩に託し送り返す。鳥の羽ばたいていく羽の音に希望を託した。
まずはこの非常事態に呪術師の商会。ポルコ・パルコとNo.6がどう対処するかラケルたちは観察することだ。
敵の出方次第でうまくいくこともあれば、逆もある。
さてどうなるものか…
ーーー
心底怯えきっていたレイジはすぐにNo.6によって排除されるか、ポルコに発見されるかと思っていたが水霊の襲撃によって救われた一人である。
ポルコは傷ついたプラレスを投げ出し自室から出てきた。そこにNo.6が馳せ参じる。
「No.6ちゃん! No.6ちゃん!」
「はいポルコ様… 私はここに…」
「水霊が来てるよう…!あれ倒せるの、無理でしょ!?」
「分かりません…」
跪く、相変わらず自分の体を完全に隠しているNo.6に血眼になっているポルコ。
「分かりませんじゃねえよ! 早く行って来い、死んでもやれ!」
全くポルコは自分が戦えないというのに自分勝手な奴だ。先ほど水霊討伐の可能性を否定していたはずなのに、全てできるという前提でNo.6という少女に任せる。
ポルコがNo.6を無我夢中に蹴飛ばした。
「はい… ポルコ様…」
心底嫌な命令を受けていたけれど、顔色は背丈に合わないローブのせいで分からない。No.6はすぐに外へ出て行った。
ポルコに使えるのは本望でなかっただろう。
ポルコはすぐに自室へ引きこもっていく。問題が起こればすぐに自室と共に消えてしまう気でいる。
レイジは、まっすぐ外へ出て行き蟲の群れや水霊に一人で対峙するNo.6を小窓から見守ることにした。彼女が一国を単独で滅ぼした人間とはいえ、魔物の群れを対峙できるとは限らない。
魔物の魔力の波長は人間と違い不安定であるし、水霊のような強大な存在に対し幻影魔法のような小細工は通じないだろう。
ーーー
荒野の真ん中へ出たNo.6。
目の前には蟲の大群が迫っている。怖い… 誰もが予想しているように、勝つ自信がない。雑魚はいいが、特に水霊に。
まずは前衛の巨大な羽虫の群れが襲いかかってくる。斥候か。
西の果てのシュトロハイム王国を幻影魔法で滅ぼしたNo.6だが純粋な攻撃魔法が使えないわけではない。
大きく魔力の糸を展開し羽虫の群れを捕縛する。あくまでこれも魔物だ、対処法は理解している。糸を介して魔力のノイズを流し込み響かせる。羽虫の魔物たちは飛ぶことをやめ地に落ち、大気に帰って行った。
斥候部隊は消える。
魔物はほぼ魔力によって活動しているのでその流れに乱れを作り出してやれば活動を停止する。人間の血流を逆行させてやるようなものだ。
続いて前衛、中衛、後衛。それが攻撃を仕掛ける前に中心部の水霊に幻影魔法をかけてみようと思い立つ。長く、遠く、糸を伸ばし水霊の体に巻きつける。
その突進の勢いでぐっとNo.6の体に力がかかったが態勢を崩さないよう、力に任せて適当に動き魔力を流し込む。
「くそっ…!」
しかしそれは弾かれる。
水霊とてただの動物や虫でなく魔物、遠距離からくる魔法攻撃に備え体を覆うように魔力のベールをあらかじめまとっていた。不意打ちをすれば完璧な仕事もなせるNo.6でも対策をされていれば別。水霊はきちんと遠距離魔法を使う人間の可能性まで本能で考慮に入れている。
魔力の反応を強く感じた水霊は遠くで雄叫びを挙げ、蟲たちが突撃のスピードを上げる。雄叫びは遠くにいたNo.6でさえ耳を塞がなければ鼓膜が破れると思ったほどである。
No.6の体には一週間ほど経ったとはいえ王国民全てに魔法をかけたものと、一日中砦の中に警備網を張っていたことの疲労が確実に蓄積されている。
それでも理不尽な命令のもと戦い、生きようとする彼女には何の理由があったのだろうか。
まずNo.6に攻撃を仕掛けるのは前衛、スズメバチやゴキブリの姿をした魔物。それの直接攻撃をうまくかわし続ける彼女だが、今度は中衛と後衛の攻撃が来る。
酸性雨のようなものが無数に降り注いでくる。アリなどがいるのだろう。これはそれが臀部から吐き出す液体だ。
しかしNo.6の方も馬鹿ではないし、人間として虫より知性はあるものと自負している。軍隊なのだから前衛の攻撃の途中遠距離攻撃が来るものと察し糸のベールを体にまとい振動させ続けていた。中衛と後衛の攻撃は気にも留めない。
その雨のような攻撃で前衛の虫がある程度倒れた、徹底的に一気にこちらをしとめるつもりだ。軍勢の数には自信があるということか。
ならば…
「屈辱に折れ地底の愛と怒りの深淵へと追いやられし土の民や。今ここでその無念を晴らすこと我が許す。天上に憧れし愛すべき土の民よ、今ここで踊り狂い汝らの怒りを地に刻み給え。我、その怒りを美として昇華する者なり。」
No.6の周りの大地が細い線のように削れ、三角形の乱雑に絡み合う紋章が刻まれる。それを囲う巨大な円。これは召喚魔法の魔方陣。
召喚魔法は多大な魔力を要するので使う場所を厳密に選ぶが多勢に無勢、細かい幻影魔法では太刀打ちできない相手だろう。例え自分の身が滅びようと砦を守り切らねばならない理由がある。
ラケルらにとっては憎むべき彼女にも戦う理由が確かにあったのだ。
ーー土鬼
巨大な土の巨人が顕現し、それが蟲の軍勢を覆う。軍勢の最後尾までそれは腕で一つなぎ払っていった。水霊だけが一匹残る。それに向かって土の巨人は巨大な岩石を高速で投げつけた。
水霊は瞬時に土へ潜って行く。回避された。巨人は元のように土となり崩れ去る。
水霊は足元へ回り込み地上へ飛び出すとNo.6を遥か空へ突き上げる。
魔力を使い果たし、水霊の渾身の体当たりを受けたNo.6は満身創痍だ。
これでいいか… No.6は思った。きっと水霊一匹ならば生の本能に従って砦にいる者が捕虜であれ退けてくれる。そう思った。彼女は荒野の真ん中に落ちる。
水霊はゆっくりと横たわるNo.6に近づいていった。生死を確認しているようだったが、まだ彼女は生きている。とどめを刺そうとその巨体を持ち上げた時、水霊の体、揺れて反対方向へ転がる。
ーーめん、な…
ーー女…
朦朧とした意識の中、No.6は遠い声を聞いていた。
「諦めんなクソ女ぁぁ!!」
No.6が砦の方を振り向くと小窓から顔を出し奇妙な武器を構えるレイジの姿がある。知らない人だ、知らない人に突然説教するとはどんなキチガイだ、と彼女は思う。
「あんた誰ぇぇ!? 」と叫び返してやりたかったがすぐに水霊は態勢を立て直し襲い来る。その音に彼女が振り向いた時、突進する水霊がまた地味な音と共に転んだ。
レイジが持っていたのは遥か昔の武器、狙撃銃。
しきりに装填し、水霊に向かって発砲するを繰り返している。何度か水霊の体から鈍い音がし緑色の血液が噴き出した後、No.6は見据えて水霊の体に張られていた魔力のベールが消えていることに気づく。
砦に見える謎の男がどんな武器を使い、これを成し遂げたのか分からない。しかし力を振り絞りこれを好機と捉え腰に添えてあった長刀を抜き生身で水霊に飛びかかっていく。急所が分からない、目の部分に刀を何度も差し込んだ。水霊が暴れる。効いている。
砦にポルコ以外自分を助ける動機のある人間なんぞいたか、と思いつつNo.6は攻撃を加え続けた。水霊の至る所に斬撃を加えていく、狂気的なまでの乱打、何度も硬い部分に弾かれつつ確実に痛みを与えている。いくらか柔らかい部位にも刃が差し込まれた。
とある一つの部位に刃を差し込んだ時、長刀が抜けなくなる。水霊が起き上がりNo.6を押しつぶそうとする。
レイジがそれを見てNo.6の作った傷口、最も水霊の苦しんだ部位に銃弾を立て続けに三発撃ちこむ。
一発。水霊は苦しむが勢いを止めない。
装填し二発目。No.6が水霊に押しつぶされる寸前。
瞬時に装填し三発目。No.6は渾身の力でのしかかる水霊の体から逃れ、銃弾は急所に打ち込まれる。
のしかかった水霊はそこで動かなくなっていた。
謎の男の助けはあったとはいえ、No.6は中級の龍、水霊とその軍団を討伐したのだ。その達成感でもう眠ってしまおうと思ったが助けてくれた男性に礼は少なくともしなければならない。彼女はそっとレイジの方を向き、とびっきりの笑顔でピースサインを作ってみた。
レイジはNo.6の素顔を見る。彼女についていた奇妙な仮面は壊れていた。
ーー色素の抜けた白く乱れた短髪。潰された目に顔に存在する無数の切り傷。潰された耳や口。彼女の顔はぐちゃぐちゃだった。
盲目の、片目にあるアンティーク調の時計が目につく。趣味だろうか。先に感じたカチカチとなる音はそれのせいだったのだろう。魔力を行使して話していたのも頷ける。
人に見せることも、喋ることも、聞くことも、見ることもできないほどズタズタにされた顔だったのだから。
そうか。No.6という名は奴隷か拷問される「商品」としての時代の名残だ。年端もいかない少女だというのに…
それでも誇り高く、強く生きている。
「美しい…」
あれが自分のお姫様だ。
そう思ったレイジは砦内の混乱に乗じて外へ出て行く。疲れで眠ってしまった素顔のままのNo.6を抱きしめ、そっとその手に口づけをやる。顔にしてしまうのは無粋だと思った。
軽すぎる体を持ち上げ、砦内へ戻っていく。どうなるか分からない、ポルコに殺されてしまうかも。それでも構わない。
ただ目の前の少女を落ち着いた場所へ運びたいと思っただけだった。
昇り始めていたはずの朝日は雲知らずの晴天に輝き、まっすぐレイジの背中を照らしている。本当に夜明けの時刻だった。




