「一体悲しみは誰のせい?恋の形です」
ラケルらが暗い牢獄の中に放り込まれた後、各々落ち着く場所へ行く。ラケルにヴィンセント、そしてレイジ。
ここは敢えてラケルの視点にしよう。彼女は自分がこれからどうするべきか一人で考えたかったので角へ行く。特に自分の夫や国民と会って話をする気分になれなかった。
頭のいい子だ、結果を第一に考えて過程で「再会の喜び」を起こしてしまえば怠惰の起きることを知っている。
しかし牢獄の角に力を抜いてうずくまろうとすると、人に当たる。
「きゃっ!」
「プラレスかお前!その声は!」
挙げられた声で特定するラケル。
これは「プラレス・コペンハーゲ」金の長髪をまとい風に吹かれれば倒れてしまうほどの細い体を持つ、大陸一の魔導部隊と呼ばれたシュトロハイム王国のエルフの長。
農民を名乗るレイジに恋をして逃がしたという少女だ。
「ラケル王女…?」
「そうだ、帰ってきた。場は悪いがな。」
牢獄の角に成り行きで二人落ち着いた。不思議なほど角へ来るまで人との接触がない、ここは特別な牢獄なのだろう。
「私、殺されるんです、ポルコ・パルコに…」
「ああ、知っているよ。」
「ごめんなさい! 私、恋をして、恋をして… いけないって、分かってたのに…」
「よい。よいのだ。お前も乙女だろう、恋ぐらいするがいいさ。」
突然泣きつくプラレスをラケルが腕の中で慰める。プラレスは失恋でもしたように大声で泣いていた。
「好きだったのです、戦火の運命を孕み生まれる牢獄のどす黒い瘴気の中でも美しい目をしていた彼が!」
「王には道化をと言う。お前の穢れなきエルフの魂には何が必要だったのだ、言ってみるがいい。」
「はぁ、王女様… これは私が捕虜として暗い牢獄に閉じ込められた後の話… ククク、いいんですよ本当に、ただの恋の話ですから。目を空に向けて死んだ魚の心で聴いて下さいな。
全くどうして恋をしたのか、総て恋というものはそれです。どうして、なぜ、なに。しかし私は恋をしたのです。
彼の顔がよかったから? いいえ。彼の性格がよかったから? いいえ。
彼の目が固かったからです。
それはさながら全てに絶望した者が誰かに救われることを待っているような醜い目。往々にして何かを求めるのは醜いことです。
私は捕虜として連行される全ての者の中、心ここにあらずという彼の心が許せなかった。その憎しみが牢獄という世界において恋に変わりました。今でも私には許せません、絶望すべき状況下絶望しないという彼の心のこと。
王女様知っていますか、ある者は人間の生命活動の全て性衝動だと言うのです。それでは恋も性衝動でしょうか。私はずっとそう信じていたのですよ、恋など自分の心を癒したいがための甘えでしかないと。考えてもみて下さい王女様、果たして人間は結果の伴わない夢の中へと身を任すことができますか?
できないのです、だからそれを補助する世界が人の中にあることが重要なのです… それを持って人は他人と関わっていくのです、そして他人と関わるということすなわちどれだけお互いのことをうまく隠せるかどうかでしょう。無言の拮抗こそ人間の関係の真髄であるでしょう王女様。
しかし戦争を見てきた私の心の中に修羅の心が根付いています。もしかしたら誰の心にもあるのでしょう、しかし私が今確かに感じている心の形。つまり、
「正しい」ことと「愛する」ことの平均です。
はぁ、「正しい」ことは相対的だとか曖昧だとかいう人があるでしょう? しかし私の言う「正しい」ということは宇宙との結合なのですよ、ゆめゆめお忘れなきよう。そしてどうしてその中で「愛する」ことができますか? できません、できないのです!
しかし今になって…今になって…」
思いの丈を吐き出すプラレスに何度もラケルは声をかけていたつもりだが、それは止まらず今に至る。
やっとエルフの少女プラレスが落ち着き、ラケルの言葉が届く。
「おい、プラレス…」
といったラケルの言葉などものともせずプラレスは続ける。
「反対だと考えるのです! 私は正しいがゆえに愛することができない、のではなくて愛するがゆえに正しくあれないと思っている!」
俯いていたプラレスが目を見開きラケルの方を向く。
「そして王女様、彼の存在のために後者でありたいと思っている… 私の恋の全貌です。 私は彼を憎むあまり恋をしてしまいました。」
ラケルはプラレスがどうして男嫌いだったのか理解した気がした。彼女は人と関われば自身のエルフの魂が汚れてしまうという必然性を的確に恐れていたのだ。
キスは不味い。安酒の悪酔以上に、塩水で洗っても流せない呪印のようなもの。キスをされれば一生その罪を背負って夜な夜な体に苦しみを受けることになる。
そう、プラレスは思っていたのだと思う。
戦火の中を巡り生きてきたエルフの人間としては当然のことだろう、人を信じることは決して叶わないのだから。人の精一杯の優しさで癒せるほど生半可なものではない傷が、夢のような異世界の中にははびこっている。
ただ、生きていかなければ。
「そんなに悲しく目をそらすな。」
全ての後悔を背負いながらプラレスは心の中で言う。
ーーラケル、お前のせいだ。お前が消えてしまって国は滅び、私は恋と憎しみの狭間に苦しむことになった。
ラケルはプラレスの話を聞きながらこう思っている。
ーーそれじゃあ私の悲しみは誰のせいなんだ。
「彼はどこへ行ってしまったの? 彼は何も喋らなかった。けれど、私に向かって何か問いかけていたような気がする。自分が見えなくなるまで、私は私を見つめてみた。」
俯いたままのプラレス。
それから少し目をそらすべく上を向くラケル。
「弱さを信じるままに、弱さの中へ。だ。」
疲れ切ったプラレスが眠ろうとしている。
これが呪いなのかと、ラケルはずっと考えていた。でも、ポルコ・パルコみたいな人間がいたとして、殺してはいけないのでは?
ラケルはわけもなく「No.6」という人のことを思い浮かべ、そこに愛の鍵があるのではないかと思う。だからNo.6は少女なのだと思うに至る。
早く、全ての人の心の奥にある愛をつなげて。ラケルはリリルアから来るはずの伝書鳩を牢獄の夜の中待つ。




