「リリルア、キノコの森へ」
夜明けとともに走り出したリリルアはすぐに荒野を抜け、深い森の手前まで来ていた。これは龍神族の国へと進む一直線の方角、ラケルたちの向かう砦とは真逆。
目の前に広がる森は見るからに禍々しいものだ。
「ブリリアント…! どうしたんですか… というより、どうかしたんですね。 この森は危ない…と。」
ブリリアントというのはリリルアが拝借した馬に勝手につけた名前だ。そして動物に話しかける時敬語になるのはリリルアの癖。
月明かりの下で涙を流すリリルアを見てしまった馬だから名前を付けても怒られまい。それほどまでに乙女の涙は貴重である。
それにしても奇妙な森に行き当たってしまった。木々があるというより紫や青、赤の巨大なキノコばかり。外からでも辺り一面に胞子を撒き散らす様が見て取れる。
キノコの山…?いや、森なのだがなんだか懐かしい響きを思い出したな。
噂によると東と西の境、昔エルフの一族が広く栄え、境界の守り人として存在していた頃。一帯は美しい森に覆われていたが激しい開拓競争の末、起きたエルフと人間の戦争によって一度滅びた環境が異様な成長を遂げて蘇っているという。
この森も戦争の爪痕、自然の怒りの顕現なのかもしれない。
ところでエルフは境界を好む一族だ。
繊細な一族は一説によると世界を曇りなき眼で安定を導くため存在するといい、境界にいると崇高な考えや芸術を編み出す力が得られるという。
ただの一説だ。真意のほどは実際にエルフ族に聞くことだ。単に辺鄙な地が好きなだけかもしれないし。
震えるブリリアントにリリルアが優しく手を添える。
「確かにここは危ない場所、けれど通らなければなりません。龍の落ちた場所でもあり、聖域へ行くのに必然の道。ありがとう、あなたは賢いから帰れる、もう帰ってもいいよ。」
静かにリリルアが微笑みかけると、ブリリアントの震えが止まった。なんだかいきり立ってしまったようだ。
雄だからだろうか。女の子を危険な場所に置いて自分だけ逃げるわけにはいかない、と。
その時突然リリルアの元へラケルの伝書鳩が届いた。通常の鳥とは考えられない高度から、猛スピードでやって来る。
早いな…何か緊急事態だろうか、方向転換して帰らなければならないのかもしれない。
「寝る! ご飯食べた? 危ないことはしないように! おやすみ!」
これは馬鹿を見た。早朝だ、今まで移動していて今から眠るつもりなのだろうが… リリルアはダンジョンみたいなところへ勇気ある一歩を踏み出そうとしているというのに。
「早く寝ろ。」
一筆羽ペンで認めて伝書鳩に託す。鳩もこんなことに使われては立つ瀬がない、ラケルの周りは苦労人だらけらしい。
「鳩さんあなたは休んだほうがいいですよ! 家族の元へお帰り。」
全くラケルはなにをしているんだ…鳩をねぎらうためリリルアは声をかける。
ただ緊張がほぐれたことは確かだ。
リリルアはブリリアントの手綱を引き、歩いて森の中へと入っていく。
入るとすぐに蔓延する胞子のせいでくしゃみが出た。花粉と同じように生殖のため飛ばされるもののため、植物でないリリルアに拒絶反応が出るのは必然。少し辛いなと思ったが、進んでいく。
辺り一面に真っ白く腐った倒木ばかり、そしてその上から雄々しく生える巨大なキノコの群れ。その傘で森の中には日差しが入らないし、ある種隔絶された空間のようになっている。
また倒木の残骸をうじうじと食す虫が多数見られる…
緑のない場所で大概の動物は生活できない。
いるのは虫か魔物くらいのものだ。
ところで、魔物は亜人やエルフなど人間に似通った異種族とは異なってくる。
奴らは肉より魔力を食事として好み、ほとんどが魔力の溜まった場所に生息する。森、山、海など…人の手の加えられていない場所、そのため未開の地には魔物が多く生息しそれを討伐しないと開拓できないことになる。
ほぼ魔力反応の薄い平穏な人里に降りてくることはないが、この森が危険なのはキノコのせい。キノコは姿形が見えなくても一夜にして現れることのある魔力の強いものだ。
また、食する魔力の波長や質によって育つ魔物も異なってくるので、この森にいるのは植物系の魔物だろう。
それもとびきり気持ち悪い奴が。
ただ、魔物も醜いだけではない。
例えば陰属性の溜まった戦場の跡地にいるとか、奴らは恐ろしい戦火の歴史を癒し、後世に活かすことのできる適応者を探しているという説がある。
魔物を倒せば「認められる」こととなり貴重な戦利品が手に入るわけだ。
「負の遺産の番人」と称するのが正しいだろう。
リリルアが森に入ってしばらく経った。
「あれは… 木の子…?」
「木の子」とは悪意を持たない魔物の一種である。リリルアは彼らを見つける。
奇形の森が生まれるに当たって必須の魔物だ。
彼らは例えばエルフ族の大事にしていた、戦火で失われることのない立派な大樹に代々棲みつく。大樹の生命力とエルフ族の残した信仰の魔力をとって生まれる者たちだ。
この地は開拓戦争の跡地、エルフ族の怨恨が深く根付く。それを「木の子」は命へと変えていく。
怨恨を糧に「木の子」は音楽を演奏したり、踊ったりして奇形植物の発達を促す。その生命力を大樹が徐々に吸収し、また「木の子」がそれを森に返すわけだ。
彼らがいなければ奇形の森は生まれないし、魔物も生まれない。魔物の存在が人間への報復という神意なのなら、「木の子」はそのために必要なもう一つの番人である。
こういう禍々しい森には複雑な生命の循環が成り立っている。それがまた森を神秘的にも見せるのだ。
それは、神の意思だから。
彼らは木の葉のお面をかぶり、小さな木の枝で空を飛んだりする。天より遣わされた森の天使といったところか。
それに全く害はないので、リリルアは難なく森の中を進んでいく。「木の子」の住む森は一部の例外を除いて、悪意さえなければ訪問者は害されない。
青白く輝く粘菌に、三角形が繋ぎ合わされたような体の蛍の幼虫。飛び交うわたのような胞子が粘菌によって虹色に輝く。戦場の跡地というのに、ものすごく綺麗だ。
いや、跡地だからかもしれない… 憎しみの分だけ、この森は美しさをたたえる。
「木の子」たちがリリルアとブリリアントを怪訝そうに眺めている。
それで「木の子」たちの発する声は、リリルアに魔物の言葉はわからないけれど、可愛い。
ブリリアントも警戒を解き始める。
外から見れば奇形で危なそうに見える地も、中へ入るとひどく美しいものだ…
やがてリリルアは大きな湖を見つけた。そこには足の長く露出した木々。そして傘から垂れるヒゲの光り輝くキノコ。
龍がいるはずなのに気配を感じられないのが不安だが、一旦ここで休憩を取ることにする。ブリリアントがこの湖の水をしきりに飲みたそうにしている。
落ち着く。
しかし、「キノコの森」に日は差さないため今一体何時なのかわからない。リリルアは水を飲むブリリアントを見守った。
風邪による駄文容赦ください…できれば…
季節の変わり目に弱い作者より




