「狂乱のポルコ・パルコですよ」
ーー伝えなければ、この惨劇を…! 誰かに…!
深い森の中、一人の男が砦における拘束を逃れ走っていた。顔は恐怖に歪み、なりふり構っていない。何度も転び、その体を木の枝で傷つけた。
捕虜への食事はロクに支給されていなかったため、体はボロボロ。自分でも走れるのが不思議なくらいだ。
長い丈の草が生い茂り、幾度となく足と腕を固い何かにぶつけた。
それでも、伝えなければならないことがある。誰かいればいい。
もはや、滅びた王国にいる人間などいないか…
ーーー
ラケルたちは国民を解放するため国を出てからしばらく、月はもう沈もうとしている。空には青みのかかった黎明が見える。
この時間はいい、地球が丸いということを感じさせるし、青空に星が見えるのは感動もの。ラケルはじっと空を見つめ、
ーー明日も大丈夫。きっとうまくいく。
と心の中で念じる。やはり不安は残るものだ。
ここは荒野の外の森。砦まで大体の道のりが荒野を行けばよかったのだが、見張りのいる可能性を考えて避けた。
今から眠り、昼間に砦への侵入を試みるつもりだ。もう出発さえすればものの二十分ほどで到着するだろう。
野宿の場所を決め、落ち着く。
焚き火は隠れるためにできないので、淡いオレンジ色のランプを一つ付けてある。ラケルたち三人は明日の計画を相談するため、それを囲む。
アリクイは周りを飛ぶ虫たちに執心しているようで、ヴィンセントは自前の弓や短剣の整備をしている。
夜になると、真面目な亜人に騎士だ…昼間、出発前の騒動からは想像もつかない。特にヴィンセントが。
一番王女らしくないのは黎明に目を輝かせているラケルか。
しばらくして、皆話し合う姿勢を取った。まずはラケルが切り出す。
「まずは侵入方法じゃが…正面から行こう、ヴィンセント。捕虜を武力行使で取り返しに来たフリをし、中に入る。」
「いやいや、ちょっと待ってよ…すぐに拘束されてしまうよ、奴らは君たちみたいな特例を簡単に扱わない…きっと独房行きだ、何か裏があると勘ぐられるって…」
「おい亜人、あまり口を挟むなよ。同行しているからといって、我々はお前を許したわけではない。
横から行けばかえって危ないだろう。衛兵でもいればおしまいだ、こちらの戦力は二人。」
結局正面突破か…と考えたラケルが口を挟む。
「うむ、そうだ。私が魔石を舌の裏に隠しておこう。拘束された時に発動すればいいよ。」
「魔力はすぐに検知されてしまうよ、砦の中には結界の糸が張り巡らされてるから…」
「そんなものまであるというのか…ラケル様、ここはいっそ本当に潜入作戦にしては?このヴィンセント、雑魚衛兵の一人や二人くらい華麗に仕留めてみせましょう。彼らの鎧を奪い潜入するのです。」
「だから結界がある限り…魔力の色は見分けられてしまうよ、潜入は根本的にダメなんだって。あと、砦には捕虜以外二人しかいないし、衛兵なんていない…」
あれ、これって二対二ってことか…?ただ特攻で成功の可能性はごく薄い、一人が国を滅ぼすほどの超能力者だ。なんだか、実質一国のトップクラスが二人というのに情けない。
おまけにセキュリティも完備ときている。
アリクイが「ちなみに一人は戦闘能力皆無だよ。」と付け加えた。ラケルたちのプライドはズタズタだ。
「たった二人で捕虜全員を動かしたのか…?」
これがまずラケルの疑問だ。
大抵大人数の移動には時間を要するし、拘束するにも全員黙って従うわけはない。死人が出てもおかしくはないのに、廃墟の王国には死体一つ見当たらなかった。
「幻影魔法の類さ、あの女の子は音と糸の魔術師…魔力の糸を繋げた相手は自由自在に動かせる。暗殺のプロだよ…ちなみに廃墟になってたってのは、ただの爆薬のせい…」
幻術にも質がある。例えば、全員に同じイメージを見せたところでそれが虚構のものだとばれてしまえば通用しない。
ということは、少女は王国民全員の波長を瞬時に読み取り、それに見合った嘘を投影したわけだ。よほど処理能力の高い人間だろう。末恐ろしいものだ。
ーー伝えなければ…エルフの女の子が…! エルフの女の子が…! 殺されてしまう! 彼女は僕に恋をして、それだけなのに…それで…それで…!
ラケルたちのそばの茂みが揺れた。何かうめき声に近い声も聞こえる。
ヴィンセントが気づきそばにあった短剣を構える。弓では素早い動きに至近距離でついていけない。
「後ろへ、王女様…」
ラケルがヴィンセントの後ろへと隠れる。アリクイもまたつられるように後ろへ行った。彼に戦闘能力はなかった。
「おい亜人!私の後ろは王女様専用だぞ!」
ヴィンセントが振り向いて言う。
「ガタガタ言うでない!来るぞ!」
ラケルが今度ばかりは何も気にしている場合でないと、ヴィンセントを諭す。
しかし、出てきたのはボロボロの体をした男だった。ヴィンセントは警戒するが、敵の戦闘要員などではないことを悟り、剣を収めた。
男が地面に顔をつけたまま、喚き散らす。
「ポルコ・パルコは恐ろしいやつだ…! 無抵抗のエルフの少女を拷問にかけようとしてる…みせしめなんだ! あんたら、戦えるんだろ… お願いだから彼女を…!」
ポルコ・パルコ…
アリクイの説明していた二人のうち一人。主人であり非戦闘員。
アリクイはヴィンセントの後ろで説明を始める。
「ポルコ・イッヒリーベ・パルコ・ディッヒ…それが奴の名前。
何も力がないのにコネがあるだけで守られてる…僕が知る限り、奴は女の子を拷問にかけるのが好きなんだ。何かは分からないけれどただの欲望を持っていたいけな少女を殺す…
恐怖を植え付けひどい環境で暮らさせた後、お気に入りの香水で綺麗にして希望を持たせ、甘い言葉で誘惑したあと臓物を引きずり出してワインのつまみにする…
それがポルコのやり方だ…僕も彼の行いを見てると吐き気がしたよ…」
エルフに対するカニバリズムは有名だ。容貌が美しいというのでエルフの奴隷の需要は絶えない。
「まさか魔法軍、エルフの隊長…あいつか?おい男、そのエルフの娘名はエヴァか!?」
ラケルが質問する。
「あ、ああ…そうだ、あんたらなんであの子の名を…?」
ラケルの国において大陸最強と謳われたエルフの魔法軍隊。その隊長がエヴァという少女であった。それが今から、ラケルたちの向かう砦において拷問を受けるというのだ。
「奴は男嫌いですよラケル様…こんな男の言葉を信じては…相手の砦から来た刺客かもしれません、十分に注意を。」
「いいかヴィンセント。そんなやつほど恋をする、ここまで疲弊した奴が刺客なわけなかろう、ただの元捕虜じゃ。アリクイ、手当てをしてやれ。」
アリクイが男の手当てに取り掛かる。
エヴァというエルフの少女は詩ばかり読んでいる人だった。
東国の西への開拓の際、エルフ狩りが行われることとなる。彼女はその少ない生き残りだ。
金を作るために土地が必要だった、それだけの開拓活動…また、その拠点の製造にも木材が必要だったため木は伐採され、多くのエルフが殺され、他はほぼ奴隷となった。
ただ、今は西と東の境界にエルフ族の自治区が多く点在し、辛うじて国家間のバランスは保たれている。
その憎しみの記憶を癒すのに、韻文が救いとなっていたのだろう…エルフの一族には鋭い感性を持った者が多い。
「大丈夫、その者は我々の同胞よ。必ず救い出してみせよう。猶予はあるな?」
「あ、ああ…ポルコは取引の後の晩餐として彼女の肉を楽しむつもりだ… あんたら一体…?」
「呪術師商会に一夜で滅ぼされた国の生き残りだ。必ず国民も、お前に恋した馬鹿なエルフっ子のことも救ってみせよう。
さて、お前には砦の地図を描いてもらおう。明日には乗り込む手筈だ。頼むぞ。」
ラケルが脱力した男を励ます。すぐに男は地図の制作に取り掛かった。
「あんたら、結界があるのは分かってるのか?」
「うむ。分かっておる。だからそこの亜人、呪術師と繋がりのあった者が我々を捕らえて砦へ帰ったと見せかけ、侵入する。」
さらっとラケルは作戦にアリクイを入れた。アリクイがそれを聞きため息を吐く、反論しないあたり、
「分かってましたよ。やっぱりそうなるよね…」
という気持ちでいるのだろう。
「お前はどうする? 男。
名は? 私はラケル、亜人のアリクイに赤いコートの近衛兵ヴィンセントだ。」
「ああ、俺は怜司…皆レイって呼んでる。あんたらの国のただの農民だった男さ。」
「レイジ…? 奇妙な名前じゃな。いたかそんな奴?」
「いえ、もう本当にただの農民でしたから。」
レイジはニコリと笑った。
本日短編を四つ投稿いたしました。
実を言うと宣伝目的の「かぐや姫が悪役令嬢!?」
が最もメッセージ性強く、面白い作品です。別に女性ったいものでもないので、是非斜め読みでもお目通し下さればと思います。
他は作者の文体紹介…のような。
そんな「悪役令嬢」って入ってるからといって「女性専用車」みたいなのはないですよ!




