第9話 友達になろう
倉庫街。
オズがノエルを返したあと。
周囲には、まだ張りつめた空気が残っていた。
ロイヤル・フラグメントの六人は、ノエルを囲んだまま動かない。
「腕見せろ!!!」
「何入れられた!!!」
「気分悪くねぇか!!!」
「手ぇ痺れてんのか!!!」
「うるせぇって!!!」
ノエルが顔をしかめる。
「意識あるし動ける!!!」
「ならいい!!!」
「よくねぇだろ!!!」
セイジは、そのやり取りを横目に見ながらオズを見る。
オズは銀色の杖へ両手を重ね、穏やかな顔をしていた。
「部下は下がらせるよ」
後ろにいた男たちへ視線を向ける。
「君たちは先に戻って」
「ですが」
「聞こえなかったかな」
「……はい」
男たちは一斉に頭を下げ、その場を離れていった。
残ったのは。
セイジ。
オズ。
そして少し離れた場所で、殺気を隠す気もなく立っているロイヤル・フラグメント。
「二人で話せる場所がある」
「どこや」
「すぐそこだよ」
オズが歩き出す。
セイジもついていく。
「セイジ!!!」
エリオットが叫ぶ。
「大丈夫や」
「何かあったらすぐ呼べ!!!」
「あぁ」
「一人で無茶すんなよ!!!」
「お前らに言われたないわ」
*
倉庫街の端。
錆びた看板。
半分消えかかった文字。
古びた扉。
中へ入ると。
そこは、カウンターだけの小さなBARだった。
椅子は数脚。
壁はところどころ剥がれ。
照明も暗い。
客はいない。
奥に立つ店主が、オズを見る。
「いつもの」
「水を」
「俺はウイスキー。ストレート」
店主が一瞬だけセイジを見る。
「……王子がこんな店で飲むとは思わなくてね」
セイジが煙草へ火をつける。
「酒は酒やろ」
「ごもっとも」
グラスが二つ置かれる。
オズの前には水。
セイジの前にはウイスキー。
セイジは一口飲み。
煙を吐いた。
「ほんで」
オズも水へ口をつける。
「ノエル王子は心配しなくていい」
「……」
「少しだけ麻痺が出る薬だよ。意識もあるし、時間が経てば戻る」
「最初から刺すなや」
「それは本当に申し訳ないと思っているよ」
「軽いねん」
「部下にはあとで話しておく」
「しっかり言うとけ」
「そうするよ」
*
BARの外。
七人は落ち着かないまま、扉を睨んでいた。
「遅くねぇか」
「まだ一分だぞ」
「一分でも長ぇだろ」
「中見えねぇのかよ」
「ウォッチ繋がってんだろ!!!」
その時。
全員のウォッチから、ミレーヌの声が入る。
『皆さん、ウォッチを見てください!』
「ミレーヌ」
『セイジさんの画面に切り替えると、映像も切り替わります!』
「マジか!!!」
「早く言え!!!」
『今言いました!』
全員が急いでウォッチを操作する。
小さな画面に。
BARのカウンター。
オズ。
セイジ。
二人の姿が映った。
「見える!!!」
「聞こえるぞ!!!」
「ミレーヌ! ありがとな!」
『当たり前です』
ロイヤル・フラグメントの七人が。
一斉に黙った。
今度は。
ちゃんと聞くために。
*
オズは水のグラスを指先でゆっくり回した。
「セイジ王子」
「何や」
「僕たちマフィアは、表では会えないんだよ」
「見たら分かる」
「君みたいな王族と話してるところを見られれば、僕だけじゃなく家族にも危険が及ぶ」
「……」
「だから、ああいう形になった」
「ノエル攫う必要あったんか」
「君を確実に呼ぶには、一番早いと思ってね」
セイジの目が細くなる。
「次やったら許さんぞ」
「分かってるよ」
「ほんで」
セイジはグラスを傾ける。
「なんで俺に会いたかってん」
オズは少しだけ黙った。
それから。
「取引をしたい」
「何の」
「僕の家族の安全を確保してほしい」
「家族」
「そう」
オズの表情から。
ほんの少しだけ笑みが消える。
「僕は今、家族を使って揺すられている」
「誰に」
「それはまだ言えない」
「なんでや」
「君がどこまで信用できるか、まだ分からないから」
「正直やな」
「君もそうだろう」
「あぁ」
セイジはウイスキーを一口飲む。
「家族は助けたる」
オズがセイジを見る。
「……即答するんだね」
「家族危険な目に合わせたくない奴の話やろ」
「そうだよ」
「そこは取引関係ない」
セイジは煙草の灰を落とす。
「助けれるなら助けたる」
オズは。
しばらく何も言わなかった。
「……なるほど」
「ほんで」
「あぁ」
「見返りは何や」
「こちらの情報を渡す」
「何の情報や」
「ムゴッサのことだよ」
セイジの目が細くなる。
「警察が知らんことも」
「もちろん」
「マフィアしか知らんことも」
「もちろん」
「それ欲しいな」
「そうだと思った」
「何が起きとんや」
オズが水を飲む。
そして。
「起きてるんじゃないよ」
「なにが」
オズがセイジを見る。
「今からムゴッサに、大変なことが起こる」
「……」
セイジの手が止まった。
「大変ってなんやねん」
「それもまだ言えない」
「お前さっきからそればっかりやな」
「まず家族の安全を確認したいんだ」
「どこにおる」
「それは後で送る」
「分かった」
オズが懐から小さな紙を取り出した。
番号だけが書かれている。
「僕の連絡先」
セイジが受け取る。
「直接連絡してええんか」
「その番号だけは」
「ほんま慎重やな」
「長生きしたいからね」
「分かるわ」
オズが立ち上がった。
「まず僕の家族を安全にして」
「あぁ」
「確認できたら、また連絡するよ」
「待っとる」
オズは銀の杖を持つ。
「今日はありがとう、セイジ王子」
「ノエル刺した分はまだ許してへんけどな」
「それも覚えておくよ」
「覚えとけ」
オズは小さく笑う。
そのまま。
BARを出ていった。
*
数秒後。
バンッ!!
扉が勢いよく開いた。
「セイジ!!!!」
「うるさ」
ロイヤル・フラグメントが一斉に飛び込んでくる。
「何もされてねぇか!!!」
「脅されてねぇか!!!」
「変なもん飲まされてねぇよな!!!」
セイジがウイスキーのグラスを持ち上げる。
「見とったやろ」
「見てたけど心配なんだよ!!!」
「めんどくさい彼女か」
「誰が彼女だ!!!」
その後ろから。
ノエルも入ってきた。
まだ少し腕を押さえている。
「セイジ」
「何や」
ノエルは一歩前へ出る。
「すまねぇ!!!」
「何が」
「俺が足ひっぱっちまった!!!」
セイジが煙草を咥えたままノエルを見る。
「別に」
「でも俺が捕まったから」
「お前捕まらんかったら、オズとは会えてへん」
「……」
「ヤバい奴と知り合ってしまったな」
ノエルが目を丸くする。
「怒ってねぇのか」
「注射刺されたことには腹立っとる」
「そこかよ」
「そこやろ」
その時。
ウォッチからミレーヌの声が入る。
『セイジさん』
「何や」
『オズさん』
「あぁ」
『完全に悪人には思えません』
セイジが少しだけ黙る。
さっきまでオズが座っていた席を見る。
水の入ったグラス。
ほとんど減っていない。
「……俺もや」
『ですよね』
セイジが小さく笑う。
「やっぱ話早いな」
『相棒ですので』
ロイヤル・フラグメントが一斉に眉を寄せる。
「俺らまだ信用してねぇぞ!!!」
「ノエル刺した奴の仲間だろ!!!」
「次会ったら絶対問い詰める!!!」
「お前らはそれでええ」
「なんでだよ!!!」
「役割分担や」
セイジはウイスキーを飲み干す。
カウンターへグラスを置いた。
「まず家族助けるぞ」
「おう!!!」
七人の声が。
ボロボロのBARに響いた。




