第8話 地下の男
ムゴッサ警察署の前。
古びた建物の前に、八台の大型バイクが並んでいた。
その横には、ジムの黒い車。
どう見ても警察署の前に並ぶ光景ではない。
ましてや。
八台のバイクの前に立っているのは、白を基調とした王子衣装をまとった八人だった。
セイジ。
エリオット。
ノエル。
セシル。
アレクシス。
レオン。
ルシアン。
エミール。
昼の光を受け。
刺繍も。
金具も。
白い布地も。
無駄にきらきらしている。
なのに。
顔が怖い。
「ガキ売ってる連中だろ」
「絶対逃がさねぇ」
「一人でも残ってたら全部引っ張り出すぞ」
「昼やぞ、お前ら」
セイジが煙草を咥えたまま七人を見る。
「関係ねぇだろ」
「ガキ攫ってんだぞ」
「今から現場だ」
「そういうとこやねん」
警察署の入口から、ジムが出てきた。
「準備できたか、王子共」
「あぁ」
セイジが煙草を捨て、靴底で消す。
ジムは七人を見る。
「今日は俺の指示で動け」
一瞬。
ロイヤル・フラグメントの空気が変わった。
「分かった」
「勝手に突っ込むな」
「分かってる」
「俺が止まれと言ったら止まれ」
「あぁ」
「撃てと言うまで撃つな」
「……分かった」
セイジが七人を見る。
「聞いたな」
「おう」
ジムが車の助手席を見る。
「バルド」
「はい」
「アンタは俺と来い」
「承知しました」
バルドは何の迷いもなく助手席へ乗り込んだ。
運転席にはジム。
後部座席には警官が二人。
セイジが眉を上げる。
「バルド、そっちなん」
「現場到着までに状況を共有していただきます」
「仕事早いな」
「役目ですので」
チリン。
「では、参りましょう」
「車の中でも鳴らすんかい」
ジムが一瞬だけバルドを見る。
「……今の何だ」
「お気になさらず」
「そうか」
セイジが吹き出した。
「順応早いな、このおっさん」
「聞こえてるぞ」
「聞かせとんねん」
ジムの車が先に動き出した。
その後ろを。
白い王子衣装をまとった八人が、一斉にバイクで追う。
ブウゥゥゥン!!
*
ムゴッサ南地区。
古い工場。
倉庫。
閉鎖された店舗。
人通りは少ない。
ウォッチから、ジムの声が入る。
『前方二百。右へ曲がれ』
「右や」
八台のバイクが一斉に曲がる。
『速度落とせ』
「落とせ」
全員が減速する。
『正面の白いバス、見えるか』
「あぁ」
『あれだ』
セイジの目が細くなる。
古びた白いバス。
窓にはカーテン。
ナンバーは汚されている。
その前後に二台の車。
『前の車に三人』
『後ろに四人』
『バス運転手一人』
『中は確認できてねぇ』
セイジが眉を寄せる。
早い。
ジムは車を走らせながら。
周囲。
車の配置。
逃走経路。
人数。
全部を同時に見ている。
『セイジ』
「あぁ」
『前の車が動いたら運転手を押さえろ』
「あぁ」
『レオン、セシル』
「聞いてる」
『後ろを止めろ』
「任せろ」
『エリオット、子供の誘導』
「分かった」
『ノエル、アレクシス、ルシアン、エミール。バスの左右』
「おう」
セイジは前方の車を見る。
指示に迷いがない。
説明も長くない。
必要なことだけ。
必要な順に飛んでくる。
「……」
こんな感覚。
久しぶりだった。
誰かの指示を聞きながら。
自分は自分の持ち場だけを見ればいい。
それで現場全体が回る。
今まで。
自分がやってきた。
自分が見て。
自分が決め。
自分が配置してきた。
だが。
この男は。
自分より先に見えている。
思い当たる人間は。
一人しかいなかった。
オヤジ。
「……このおっさん、やっぱタダモンちゃうわ」
『何か言ったか』
「独り言や」
『集中しろ』
「あぁ」
次の瞬間。
前方の車が急発進した。
『動いた!!』
「行くぞ!!」
八台が一斉に加速する。
*
パンッ!!
最初の銃声が響いた。
「撃ってきやがった!!!」
「伏せろ!!!」
ロイヤル・フラグメントが一斉に散る。
白い王子衣装のまま。
バイクを滑らせ。
銃弾を避ける。
「王子相手に撃ってくるとかナメてんのか!!!」
「相手関係ねぇだろ!!!」
「ガキ乗ってんだぞ!!!」
ジムの声が飛ぶ。
『撃ち返すな!! バスに子供がいる!!』
「分かってる!!!」
『セイジ!! 前!!』
「あぁ!!」
セイジがバイクを加速させる。
前方の車へ並ぶ。
運転席。
男が銃を向けた。
「邪魔だ!!」
「そっちがな!!」
セイジは一気に前へ出る。
車の進路を塞ぐようにバイクを滑らせる。
男が慌ててハンドルを切った。
キィィィィ!!
車が止まる。
セイジはバイクを降りる。
運転席の扉を開けた。
「出てこいや!!」
「離せ!!」
「誰が離すか!!」
胸ぐらを掴み。
そのまま外へ引きずり出す。
ドンッ!!
「ぐっ!」
「一人確保!!」
『そのまま押さえろ!!』
「あぁ!!」
その頃。
バスの後方。
「ドア開けろ!!!」
レオンが叫ぶ。
「早くしろ!!!」
セシルが蹴る。
ガンッ!!
「開かねぇぞ!!」
「どけ!!!」
ドンッ!!
扉が外れる。
中から。
怯えた子供たちの顔が見えた。
「大丈夫だ!!!」
エリオットが中へ飛び込む。
「外出るぞ!!!」
「一人ずつ来い!!!」
「押すな!!!」
「走らなくていい!!!」
口は悪い。
だが。
手は優しい。
ノエルが一人の子供を抱き上げる。
「ほら、行け!!!」
「怖い……」
「大丈夫だ!!! 俺らいるから!!!」
その時。
バスの奥。
一人の男が立ち上がった。
「ノエル!!!」
「は」
振り返った瞬間。
腕へ。
チクリ。
「っ!!」
ノエルの目が見開く。
「てめぇ……」
男の手には。
小さな注射器。
「ノエル!!!!」
セシルが叫ぶ。
ノエルが腕を押さえる。
「何しやがった!!!」
「来るな!!」
男はノエルの首へ腕を回した。
「動いたら刺すぞ!!」
「離せ!!!」
「ノエルに触んな!!!」
「殺すぞてめぇ!!!」
「下がれ!!」
男はノエルを引きずり。
運転席へ移る。
「クソッ!!」
エリオットが前へ出ようとする。
『止まれ!!!』
ジムの声。
「でも!!!」
『子供がまだ乗ってる!!』
「……っ!」
『残りを先に出せ!!』
一瞬。
全員が歯を食いしばった。
「クソが!!!」
「早く出ろ!!!」
「全員外へ!!!」
残っていた子供たちを一気に降ろす。
最後の一人が地面へ降りた。
次の瞬間。
バスが急発進した。
「ノエル!!!!」
「待てコラァ!!!!」
*
セイジが走る。
「ジム!!」
「子供は俺が見る!!」
ジムが即答した。
「行け!!」
「あぁ!!」
セイジがバイクへ跨がる。
ロイヤル・フラグメントも一斉に乗る。
「追うぞ!!!」
「おう!!!!」
「ノエル絶対取り返すぞ!!!」
「当たり前だ!!!」
「アイツに何かあったら全員ぶっ殺す!!!」
「最後のは落ち着け!!!」
「落ち着けるか!!!」
七台のバイクが。
逃げるバスを追って走り出す。
*
バスは。
王都外れの古い倉庫街で止まった。
セイジ達も。
少し離れた場所でバイクを止める。
七人が降りる。
白い王子衣装。
昼間。
なのに。
全員の顔が完全にヤンキーだった。
「ノエル!!」
「どこだ!!!」
「出てこい!!!」
倉庫の前。
五人ほどの男が立っている。
その奥。
ノエル。
意識はある。
だが。
少しふらついていた。
「ノエル!!!」
エリオットの声が響く。
「大丈夫か!!!」
「……平気」
「平気な顔してねぇだろ!!!」
「ノエルに手ぇ出すんじゃねぇ!!!!」
七人の怒声が飛ぶ。
「触んな!!!」
「離せ!!!」
「何入れやがった!!!」
「ぶっ殺すぞ!!!」
セイジは。
その中で。
一人だけ。
黙っている男を見た。
細身。
整った服。
派手ではない。
だが。
周囲の五人とは明らかに違う。
立ち方。
目。
笑い方。
そして。
銀色の杖。
「……」
目が合った。
男は。
ゆっくり笑った。
「セイジ王子」
セイジの目が細くなる。
「会えて嬉しいよ」
「……」
「ずっとお会いしたかった」
ロイヤル・フラグメントが一斉に男を見る。
「誰だてめぇ!!!」
「ノエル返せ!!!」
「今すぐだ!!!」
男は七人を一度見たあと。
またセイジへ視線を戻した。
セイジが低く言う。
「ノエル、どうする気なんじゃ」
「どうもしません」
「は」
「お話するために、連れてこさせました」
「話すために注射まで刺したんかい」
「部下が少し乱暴でした」
「少しで済ますな」
男は振り返る。
「返して差し上げて」
「え」
ノエルの腕を掴んでいた男が固まる。
「聞こえなかったかな」
声は。
穏やかだった。
だが。
空気が変わった。
「返して」
「……はい」
ノエルが解放される。
「ノエル!!!」
エリオット達が一斉に駆け寄る。
「大丈夫か!!!」
「何刺された!!!」
「腕見せろ!!!」
「意識あるか!!!」
「うるせぇ……」
「うるさくていい!!!」
「死ぬなよ!!!」
「死なねぇよ!!!」
六人がノエルを囲む。
セイジは動かなかった。
男から。
目を逸らさない。
「名前」
「オズ」
「オズ」
「はい」
オズは杖へ両手を重ねる。
「セイジ王子」
「何や」
「二人だけで話せるかな」
後ろで。
ロイヤル・フラグメントが一斉に顔を上げる。
「はぁ?!!!」
「ふざけんな!!!」
「一人で行かせるわけねぇだろ!!!」
「セイジ!!!」
セイジは。
しばらくオズを見る。
目。
手。
周囲。
逃げ道。
部下の位置。
全部を一度見て。
煙草を取り出した。
火をつける。
一度。
深く吸う。
「……わかった」
「セイジ!!!」
オズが。
ゆっくり笑った。
「ありがとう」
白い王子と。
銀の杖を持つ男が。
昼の倉庫街で。
初めて。
向かい合った。




