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元若頭の王子、治安最悪の国でヒーローになる――ダークプリンス  作者: 夜嶋朔


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第6話 この街の常識

 夜。


 リュミエール・インダストリーズの地下駐車場。


 八台の大型バイクが、一直線に並んでいた。


 黒。


 銀。


 低く唸るエンジン音。


 その前に立つのは。


 白を基調とした王子衣装のセイジ。


 そして。


 七人のロイヤル・フラグメント。


 チャリティーパーティーを飛び出してきたばかりだというのに。


 全員、顔だけはやたらと綺麗だった。


 セイジがバイクへ跨がる。


「行くぞ」


「おう!!!!」


 八人が同時に腕のウォッチへ触れる。


 ピッ。


 光が走る。


 白い王子衣装が、一瞬で黒へ変わった。


 細身の黒いロングジャケット。


 身体を守る特殊素材。


 肩から流れる、長い防弾のマント。


 顔は隠さない。


 隠す気もない。


 セイジの白い肌が、黒の中で異様なほど際立った。


 艶のある黒髪。


 長い睫毛。


 深く鋭い目。


 薄い唇。


 二十歳の若さを残しているのに。


 煙草を咥えたその顔には、若頭として生きた男の静かな圧がある。


 夜の闇が。


 そのまま人の形を取ったようだった。


 隣では。


 七人の王子たちも、同じように黒へ変わっている。


 誰一人。


 犯罪都市の夜へ溶け込む気がない。


 むしろ。


 目立ちすぎていた。


 セイジが煙草を投げ捨て、靴底で消す。


「行くぞ」


「おう!!!!」


 今度こそ。


 八台のエンジンが、一斉に吠えた。


 ブウゥゥゥン!!


 その時。


 セイジのウォッチが光る。


『セイジお兄ちゃん!』


「ブルース」


 画面に、ブルースの顔が映った。


 その後ろには複数のモニター。


 監視カメラの映像。


 地図。


 車両の移動履歴。


『分かったよ!』


「何が」


『寄付金持ってった人!』


 八人のバイクが止まった。


『さっきの偽札の人だよ!』


「……」


 一秒。


「アイツかよ!!!!」


 七人が一斉に叫んだ。


「偽札持ってきた上に本物まで盗んだのかよ!!!」


「どんだけ欲張りなんだてめぇ!!!」


「ガキの飯だぞ!!!」


「ナメてんじゃねぇぞ!!!」


 セイジが低く息を吐く。


「マジで腐っとるな」


『逃げた車、追えたよ!』


「場所」


『送る!』


 ウォッチへ地図が表示される。


 王都の外れ。


 古い倉庫街。


『ここ!』


「基地か」


『たぶん! 途中で監視カメラ切れてるけど、そのあと出てきてないよ!』


「あぁ。ようやった」


『うん!』


「お前はそこおれ」


『分かってるよ!』


「絶対来んなよ」


『分かってるって!』


「前科あるから信用してへん」


『ひどい!』


 通信が切れる。


 ノエルがハンドルを握り直した。


「行こうぜ!!!」


「全部取り返すぞ!!!」


「一円も残すんじゃねぇ!!!」


「犯人も逃がすな!!!」


 セイジが前を見る。


「あぁ」


 八台のバイクが。


 夜のムゴッサへ飛び出した。


     *


 倉庫街。


 人気のない一角に。


 一棟だけ明かりのついた建物があった。


 八台のバイクが、ほぼ同時に止まる。


 セイジが降りる。


「ここやな」


 エミールが周囲を見る。


「裏口あるぞ」


「二つだな」


 レオンが答える。


 エリオットが短く指示を飛ばす。


「逃げ道潰すぞ」


「おう!!!」


 セイジは正面玄関を見る。


 鍵がかかっている。


「面倒くさ」


 そのまま。


 ドンッ!!


 蹴り飛ばした。


 扉が内側へ吹き飛ぶ。


「なっ――」


 中にいた五人が、一斉に振り返った。


 机の上。


 札束。


 チャリティー会場から盗まれた寄付金。


 そして。


 銃。


「てめぇら!!」


 男の一人が銃を取る。


「撃て!!」


 パンッ!!


 銃声。


「伏せろ!!!」


 セイジが横へ飛ぶ。


 弾丸が壁へ当たる。


「いきなり撃つんかい!!!」


「セイジ!!!」


「分かっとる!!!」


 レオンが前へ出る。


 防弾マントを広げる。


 ババババッ!!


 弾丸が弾かれる。


「ナメんな!!!」


 セシルが横から飛び出す。


「撃ってきやがったぞ!!!」


「撃ち返せ!!!」


「言われなくてもやるわ!!!」


 ノエルが拳銃を抜く。


 パンッ!!


 男の手元。


 銃が弾き飛ばされる。


「うわっ!」


「武器持ってんじゃねぇぞ!!!」


 エリオットも撃つ。


 パンッ!!


 足元。


 逃げ道を塞ぐ。


「動くな!!!」


「てめぇら王子だろ!!」


「だから何だよ!!!」


「王子が銃撃っていいと思ってんのか!!」


「先に撃ったのお前だろうが!!!」


「筋通せや!!!」


 セイジが叫ぶ。


「お前ら喋りながら撃つな!!!」


「てめぇも撃ってんだろ!!!」


「うるさい!!!」


 セイジも拳銃を構える。


 パンッ!!


 一人の男が持っていた銃が、床へ落ちた。


「クソッ!!」


「寄付金返せや!!!」


「もう使った!」


「早すぎるやろ!!!」


「嘘だ!!!」


 ルシアンが札束を見る。


「そこにあるじゃねぇか!!!」


「見えてんぞ!!!」


「舐めてんじゃねぇ!!!」


 男たちが一斉に裏口へ走る。


「逃げたぞ!!!」


「追え!!!」


 八人が外へ飛び出した。


     *


 暗い路地。


 五人の男たちが走る。


「早くしろ!!」


「王子ども追ってくるぞ!!」


「なんなんだあいつら!!」


 後ろから。


「待てコラァ!!!」


 怒号。


「誰が逃がすか!!!」


「ガキの飯返せ!!!」


「止まれや!!!」


 セイジも走る。


「お前らのが治安悪いやんけ!!!」


「今言うことか!!!」


「せやけど事実やろ!!!」


 ノエルが走りながら腰の装備へ手を伸ばす。


「セイジ!!!」


「何や」


「網玉使うぞ!!!」


「投げろ!!!」


「おらぁあああ!!!」


 ブンッ!!


 球体が飛ぶ。


 男たちの頭上で開く。


 バサァッ!!


「うわっ!!」


「なんだこれ!!」


 五人まとめて。


 巨大な網に絡まった。


 そのまま地面へ転がる。


「ぐえっ!」


「離せ!!」


「ざまぁみろ!!!」


「逃げんなカス!!!」


「寄付金泥棒が!!!」


 ロイヤル・フラグメントが一斉に囲む。


 セイジも遅れて追いつき、息を整えながら男たちを見る。


「……ほんま」


 煙草を取り出す。


「しょうもないことさせんなや」


 その時。


 遠くから。


 車の音。


 ライトが近づいてくる。


 黒い車が止まった。


 ドアが開く。


 一人の男が降りてくる。


 くたびれたコート。


 煙草。


 鋭い目。


 ジムだった。


「……」


 ジムは。


 網に絡まった五人を見る。


 その周囲。


 黒い王子衣装。


 拳銃。


 マント。


 八人。


 そして。


 壊れた倉庫の扉。


 しばらく黙る。


「……王子どもが何してんだ」


 セイジが煙草へ火をつけた。


「見たまんまや」


「銃撃戦してたように見えるが」


「合っとる」


「寄付金取り返してた」


 ノエルが言う。


「こいつら盗みやがったんだよ!!!」


「ガキとホームレスの飯代だぞ!!!」


「偽札持ってきた奴まで混じってやがった!!!」


 ジムが男たちを見る。


「偽札」


「あぁ」


 セイジが煙を吐く。


「チャリティーに偽札持ってきて、バレたあと本物盗んで逃げよった」


 ジムは少しだけ眉を上げた。


「……そうか」


「何や、その反応」


「別に」


 ジムは網の中の男たちへ近づく。


 一人ずつ顔を見る。


 そして。


「これが当たり前なんだよ」


 セイジが眉を寄せた。


「どこまでやねん」


 ジムは煙草を咥えたまま、男たちを見る。


「この金盗んだ奴らのリーダー、誰だか分かるか」


「何が言いたいんや」


「昨日、あんた達が飯食わせてたガキの母親だよ」


「……」


 八人が止まった。


「は」


 エリオットの目が見開く。


「昨日の」


「ガキ抱いて震えてた女か」


「マジかよ」


 ジムが頷く。


「あぁ」


 一秒。


 二秒。


 そして。


「マジで腐ってんな!!!!!」


 八人の声が、夜の路地へ響いた。


「ふざけんなよ!!!」


「飯食わせてもらって次の日に寄付金盗むのかよ!!!」


「ガキ抱いて震えてたじゃねぇか!!!」


「どの面下げてやってんだ!!!」


「ナメてんじゃねぇぞ!!!」


 ジムは。


 怒鳴り散らす七人の王子と。


 煙草を咥えたまま眉間へ皺を寄せているセイジを見る。


「これがムゴッサだ」


「……」


「この街じゃ、善人も悪人も綺麗に分かれねぇ」


 セイジがジムを見る。


「ここにまともな人間、一人はおるやろ」


「どうだろうな」


「なにが」


「この国も、この街も、みんな裏の顔がある」


 ジムは自分の目元を指す。


「俺だって、新米の時から裏切られてばっかりだ。この目を持っててもな」


 セイジの目が細くなる。


「……誰が何してるか、人間性見ても分からんってことか」


「そういうことだ」


 七人も。


 今度は怒鳴らなかった。


 ジムの話を聞いている。


「ここの常識を覚えろ」


 ジムは煙草を地面へ落とし、靴で消した。


「明日来な」


「どこや」


「警察署だ」


 ジムは踵を返す。


「資料、見せてやる」


「あぁ」


 数歩。


 ジムが歩く。


 その背中へ。


 セイジが声をかけた。


「……少なくとも」


 ジムの足が止まる。


 セイジは煙草を咥えたまま。


 真っすぐ、その背中を見る。


「俺は、アンタがまともに見える」


 少しだけ間が空いた。


 ジムは肩越しにセイジを見る。


「ああ、そうかい」


 それだけ言って。


 また歩き出した。


 夜のムゴッサに。


 黒い王子たちと。


 一人の刑事が残した煙だけが。


 静かに漂っていた。

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