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元若頭の王子、治安最悪の国でヒーローになる――ダークプリンス  作者: 夜嶋朔


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第4話 甘えんな

 「まず炊き出しや!」


「おう!!!!」


 ロイヤル・フラグメントの声が、夜の埠頭に響いた。


 セイジは腕の時計へ指を当てる。


「バルド」


『はい』


「埠頭に調理道具と食材持ってこい。量は分かるやろ」


『承知いたしました』


「あと数人とお前で来い」


『かしこまりました』


 通信が切れる。


 土下座していた男たちの顔が、わずかに緩んだ。


 セイジはその変化を見逃さなかった。


「……お前ら」


「は、はい」


「誰かに作ってもらえる思てへんやろな」


 全員の肩が跳ねた。


 さっきまで震えていたくせに、飯の話になった途端、待つ側へ回るつもりらしい。


 セイジの目が据わる。


「何甘えとんじゃい!!」


「ひっ!」


 エリオットも男たちを睨みつけた。


「どの面下げて食わせてもらえると思ってやがんだ!!!」


 レオンが拳を鳴らす。


「さっきまで人の飯かっぱらってた奴らが甘えてんじゃねぇぞ!!!」


 ノエルが一歩前へ出た。


「腹減ってんならてめぇで作れや!!! 手ぇ付いてんだろうが!!!」


「は、はい!」


 返事だけは威勢がよかった。


 だが、誰も動かない。


 積み上がった荷箱の前で、次の指示を待っている。


 セイジの眉間に皺が寄った。


「おい」


「……はい」


「何ボサっとしとんじゃワレ! 荷物元に戻さんかい!!」


「は、はいぃ!」


 男たちが飛び上がるように立ち上がった。


 その瞬間、ロイヤル・フラグメントの怒声が四方から飛ぶ。


「走れ!!!」


「一箱も残すんじゃねぇぞ!!!」


「ガキが食えねぇだろうが!!!」


「チンタラしてんじゃねぇ!!!」


「食いもん雑に扱ったらぶっ飛ばすぞ!!!」


「はい!!!」


 さっきまで食料を盗んでいた男たちが、今度は必死で荷箱を運び始めた。


 エミールが伝票と荷台を照合し、レオンが積み込み口へ立つ。荷物を抱えて逃げる隙まで、きっちり塞いでいた。


「そっちじゃねぇ!!!」


「その箱はこっちだ!!!」


「野菜潰すんじゃねぇぞコラァ!!!」


「てめぇらが盗んだ分、てめぇらで全部戻せ!!!」


 セイジは煙草を咥えたまま、その様子を見る。


「お前ら、どっちの業者やねん」


 少し離れた場所では、運転手や作業員たちが地面に座り込んでいた。


 顔には殴られた跡があり、腕を押さえている者もいる。荷物を奪われたあとも、その場を離れられずにいたのだろう。


 セイジはそちらへ歩いていった。


「立てるか」


「……はい」


 一人の運転手が、よろめきながら立ち上がる。


「すみません。俺たちも抵抗したんですが……」


「ええ」


 謝る言葉を短く止め、セイジは積み直されていく荷物へ目をやった。


「お前ら大変やったな」


 運転手が顔を上げる。


 責められると思っていたのか、開きかけた口からは何も出てこなかった。


「荷物戻ったら、そのまま食料届けたれ」


「……はい!」


「待っとる奴おるんやろ」


「ありがとうございます!」


「頭下げんでええ。早よ行け」


「はい!」


 ノエルが積み込みの間に怪我を確認し、必要な者へ回復魔法を使っていく。


 肩を動かせるようになった作業員が、隣の仲間へ手を貸した。運転手も礼を言いながら、自分の車へ戻っていった。


 最後の荷箱が積み込まれる。


 レオンが怒鳴った。


「全部戻したか!!!」


「あります!」


 エミールが荷台へ視線を走らせる。


「数も合ってる!!!」


「なら行け!!!」


 セイジも片手を上げた。


「行け」


「ありがとうございます!」


 トラックが一台、また一台と埠頭を離れていく。


 赤いテールランプが、夜の道を連なって遠ざかっていった。


 今夜、この荷物を受け取れる店がある。


 そこから先で、ようやく飯にありつける人間もいる。


 セイジはその背を見送り、煙を吐いた。


「……遅いねん」


 その時だった。


 遠くから、大型車両のエンジン音が近づいてきた。


 そこへ、妙に軽やかな音が混ざる。


 チリンチリンチリンチリンチリン。


 一台の大型トラックが、埠頭へ入ってきた。


 チリンチリンチリンチリンチリン。


 運転席にいるのはバルドだった。


 いつも通り背筋を伸ばし、落ち着いた表情でハンドルを握っている。後方の座席には、リュミエール産業のスタッフが数人乗っていた。


 トラックが止まる。


 バルドが降りる。


 チリン。


「お届けに参りました」


「あぁ」


 誰もベルには触れなかった。


 荷台が開く。


 大鍋に鉄板、包丁、まな板。簡易コンロと水タンクのほか、米や野菜、肉、調味料まで積み込まれている。


 皿も椀も、人数を聞かずに持ってきたとは思えない量だった。


 バルドは通信で現場の情報を受け取りながら、準備を進めていたらしい。到着するとすぐに周囲を見渡し、スタッフへ設置場所を示した。


 男たちは呆然と荷台を見上げる。


「……本当に持ってきた」


「早すぎるだろ……」


「喋っとらんと運べ」


「は、はい!」


 再び男たちが動き出す。


 スタッフの指示を受け、今度は鍋や食材を調理場所へ運び始めた。


 その時、セイジの視線が埠頭の外れへ向いた。


 コンテナの隙間。


 壊れた倉庫の陰。


 古いトラックの裏。


 荷を降ろす音がするたび、そこから小さな物音が返ってくる。


 セイジは煙草を指に挟んだ。


「……おい」


 近くにいた者たちが止まる。


「隠れとる奴も出てこい!」


 返事はない。


 だが、誰も立ち去らなかった。


「聞こえとるやろが!」


 しばらくして、一人の痩せた男がコンテナの陰から出てきた。


 その後ろから老婆が続く。


 幼い子どもを連れた母親。


 足を引きずる男。


 人影は、別の倉庫の陰からも現れた。


 十人、二十人。


 まだ奥にいる。


 服は擦り切れ、靴も傷んでいた。夜風を避けるように身体を縮め、誰もが鍋や食材を気にしている。


 炊き出しという声を聞いて、近くまで来ていたのだ。


 ノエルの目が鋭くなった。


「……こんなにいやがったのか」


 セシルが奥歯を噛む。


「クソが……こんな人数放っときやがって!!!」


 レオンも周囲を睨み回した。


「これがこの街の普通だってんなら腐りすぎだろうが!!!」


 母親の服を掴んだ子どもが、運ばれていく食材を目で追っていた。


 一歩進みかけては、母親の顔を見上げる。


 食べてよいものなのか、まだ分からないらしい。


 ノエルの拳が強く握られた。


「……ガキにあんな目で飯見させてんじゃねぇよ」


 その低い声に、母親が子どもを抱き寄せる。


 セイジは七人へ片手を向けてから、集まった人々へ調理器具を顎で示した。


「自分らで作って食え」


 人々が顔を上げる。


「……いいんですか」


「そのために持ってきたんや」


「でも……」


「腹減っとるんやろ」


 誰も否定しなかった。


「ほな作れ」


 最初に動いたのは、子どもを連れた母親だった。


 スタッフへ小さく頭を下げ、野菜の入った箱へ近づく。それを見て、ほかの者たちも少しずつ足を踏み出した。


 セイジは、さっきまで土下座していた男たちを見る。


「お前らもや」


「俺たちも……ですか」


「誰が食うな言うた」


 男たちが息を呑んだ。


 叱られたあとも、荷物を戻したあとも、自分たちが食べることまで許されるとは思っていなかったらしい。


 だが、そこで七人が一斉に向き直る。


「二度と盗むんじゃねぇぞ!!!」


「てめぇらの腹が減ってようが、人の分まで奪っていい理由にはならねぇからな!!!」


 ノエルが男の目の前まで歩いていった。


「今度ガキの飯に手ぇ出してみろ!!! マジでタダじゃ済まさねぇぞ!!!」


 セシルも怒鳴る。


「分かったかコラァ!!!」


「は、はい!!!」


 レオンがさらに睨みつけた。


「次やったら殺すぞ!!!」


 セイジが眉間を押さえる。


「最後だけ物騒すぎんねん」


 エリオットが振り返った。


「でも盗んだらダメだろ!!!」


「それはそうや」


 セイジはスタッフへ視線を向ける。


「火ぃ付けるとこまでは見たって」


「承知しました!」


 バルドが一礼した。


「では、こちらで最低限の準備を整えます」


「あぁ」


 スタッフが火を扱う場所を決め、子どもたちをその手前で止める。


 足を引きずっていた男や老婆には椅子が用意され、動ける者たちが水や食材を運び始めた。


 包丁を持ち慣れた者が野菜を切り、その横では、さっきまで荷物を盗んでいた男が米を研いでいる。


 手つきは危なっかしい。


 見かねた母親が声をかけると、男は気まずそうに頭を下げ、教えられた通りにやり直した。


 セイジはその様子を確かめ、バイクへ向かった。


 七人も続く。


 背後で鍋に水が張られ、コンロに火が入った。金属の蓋が触れ合う音に、人の話し声が少しずつ重なっていく。


 セイジは一度だけ振り返った。


 埠頭の照明が、黒い衣装と白い横顔を照らす。


 煙草を指に挟んで立つ姿には、昼間の会見で見せた華やかさとは違う鋭さがあった。こちらを見ていた男の一人が、思わず背筋を伸ばす。


 その隣を、長いマントを揺らした七人が通り過ぎた。


 つい先ほどまで怒鳴り散らし、男たちに荷物を運ばせていた連中である。


 それなのに、黙って並ぶと王子にしか見えない。


 黒い衣装も、大型バイクも、八人の整った顔立ちを隠す役にはまったく立っていなかった。


 調理を始めていた者まで、つい手を止めて見てしまう。


 セイジがバイクへ跨がった。


「行くぞ」


「おう!!!!」


 七人も一斉に跨がる。


 八台のエンジンが唸り、静まりかけていた埠頭へ再び轟音が響いた。


 黒いマントが夜風を孕む。


 顔を隠す者は一人もいない。


 隠れる気もない。


 美しい王子たちが食料を取り戻し、炊き出しの道具を置いて、怒号と爆音を残して去っていく。


 助けられた人々は、しばらくその背中を見送っていた。


     *


 埠頭を出たところで、セイジの腕時計が光った。


『セイジお兄ちゃん!』


「何や」


 ブルースの声だった。


 屋敷に残った彼は、ミレーヌと一緒に街の情報を追っていた。


『さっきの人達のこと調べてたんだけど、この辺のお店もかなり荒らされてるよ!』


 セイジが目を細める。


「……万引きか」


『うん! それにね』


「何や」


『子どももやってるよ!』


 セイジの表情が変わった。


「……ガキもか」


『そうだよ! 食べ物とか日用品とか、持っていってる!』


 通信を聞いていた七人が、黙った。


 さっき、鍋の前に立っていた子どもの顔が浮かぶ。


 食べ物を待っている子ども。


 待っていても手に入らず、盗みに入る子ども。


 その店を守ろうとする側にも、食わせなければならない家族がいるのだろう。


 食料を積んだトラックを送り出しただけでは、まだ何も片づいていなかった。


 セイジが前を向く。


 七人も同じ街の灯りを見ていた。


「どんだけ腐ってんだ!!!!」


 八人の怒声が、夜のザルクに響いた。


 エンジン音が重なる。


 黒い王子たちは、そのまま街の奥へ走っていった。

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