第21話 やるしかない
オーシャンを出る頃には、ムゴッサの夜はすっかり深くなっていた。
食事は美味かった。
酒も美味かった。
話の内容だけが、ばり重かった。
セイジは店を出たところで煙草に火をつけ、大きく息を吐く。
「……ばり濃かったな」
「アルマーニがいなくなったら国が狂うって何だよ」
「今でも十分狂ってるだろ」
「これで収まってる方なんだろ?」
「どんだけだよ」
ロイヤル・フラグメントの七人も、さっき聞いた話をまだ消化し切れていない。
その少し前を歩いていたジムが、足を止めた。
「セイジ」
「なんや」
「この前の事件は、まだ終わっていない」
セイジが煙草を咥えたまま眉を寄せる。
「犯人捕まえたやろ」
旧時計塔。
殺人犯を追い詰め。
エミールの網で拘束し。
ジムとバリーが逮捕した。
あれで終わったと思っていた。
バリーが肩をすくめる。
「捕まえて終わりじゃないのよ〜」
「まだあんの」
「あぁ」
ジムが答える。
「会わせておきたい奴らがいる」
「またおるん」
バリーが笑った。
「おじさん達の仲間だよ〜」
「お前ら仲間多いな」
「長く住んでるからねぇ〜」
ジムは気にせず歩き出す。
「来れば分かる」
「どこや」
「法律事務所だ」
セイジが止まる。
「……弁護士?」
「あぁ」
「なんで殺人事件から弁護士なんねん」
ジムは振り返らない。
「だから、来れば分かる」
「説明せぇよ」
「歩きながら話すのは面倒だ」
「お前ほんま無口やな!!」
*
十分ほど歩いた先。
大通りから少し外れた古い建物の二階に、その法律事務所はあった。
派手さはない。
小さな看板。
明かりだけは、まだついている。
ジムが扉を開けた。
「入るぞ」
「勝手に入るんかい」
「友達だ」
「先言えや」
中へ入る。
書類。
ファイル。
壁一面の本棚。
使い込まれた机。
その奥で、一人の男が椅子を回した。
「おー」
明るい。
やたら明るい。
「王子達じゃーん」
セイジが止まる。
「誰や」
「ニコラス・ベル。ニコでいいよー」
男――ニコは軽く手を上げた。
ジムやバリーと同じくらいの年齢。
服装はきちんとしている。
なのに。
喋り方だけが、異様に軽い。
「なに? 孤児院と学校やるんだって?」
「あぁ、それ辞めた」
「え?」
ニコの顔が一瞬だけ止まる。
セイジは煙草の灰を落とした。
「今、現場で頑張っとる奴らを支えることにした」
「へぇー」
「俺らが全部作って、全部やろうとするんやなくて。もうこの国で動いとる慈善団体とか支援組織に、金と設備回す」
「夢から覚めたー?」
「言い方腹立つな」
「だって無理なんだよねー。無理無理」
「そうやから辞めた言うとるやろ」
「あー、そっち?」
「そっちや」
ニコが、にっと笑う。
「じゃあ話合うじゃーん」
「急に馴れ馴れしいな」
「王子君、話早くて助かるー」
「王子君言うな」
その時。
奥の部屋から。
ドゴッ!!
全員が振り向いた。
「……」
レオンが眉を寄せる。
「何の音だ」
ニコが奥を見る。
「マットじゃなーい?」
「何してんねん」
「仕事?」
ドゴッ!!
今度は明らかに、何かを殴った音だった。
ロイヤル・フラグメントが一斉に立ち上がる。
「弁護士が殴っていいのかよ?!」
ニコが首を傾げた。
「よくはないんじゃなーい?」
「よくないんかい!!!」
バリーが笑う。
「元気だねぇ〜」
「止めろよ!!!」
「必要ならねぇ〜」
「お前ら全員どうなってんだよ!!!」
セイジがジムを見る。
「お前の友達なんやろ」
「あぁ」
「大学ん時から?」
「あぁ。同じ部屋だった」
「ルームメイトが何でああなっとんねん」
「昔からだ」
「昔からなんかい」
その時。
奥の扉が開いた。
一人の男が出てくる。
黒いスーツ。
落ち着いた顔。
鋭い目。
派手なところは何もない。
けれど。
立った瞬間に、空気が少しだけ締まった。
男はジムを見る。
「次の目的が分かった」
「どこだ」
「まだ場所までは吐いていない」
そこで初めて。
男がセイジたちを見る。
「……夢見る王子様か」
「誰が夢見る王子やねん!!!」
ニコが笑う。
「合ってるじゃーん」
「合ってへん!!!」
男は気にしない。
「マット・ロウェルだ」
「セイジ」
「知ってる」
「なんでや」
「この国で今、一番目立ってる」
「それ最近よう言われるわ」
マットは机の上に、一枚の紙を置いた。
「この前捕まえた連中の一人が、別件にも関わっている」
ジムの顔が変わる。
「何をしている」
「目撃者を口封じに殺している」
一瞬。
部屋の空気が止まった。
エリオットが眉を寄せる。
「……口封じのために人殺してんのかよ」
ノエルが吐き捨てる。
「どんだけ腐ってんだよ」
セイジが奥の扉を見る。
「さっきから中におるん、そいつ?」
「あぁ」
「警察に捕まっとったん違うん」
「証拠不十分で釈放された」
マットが淡々と答える。
「直接殺人へ関与した証拠がなかった」
「そしたら何で、ここにおんねん」
「釈放された直後、俺のところへ来た」
「弁護頼みに?」
「あぁ」
マットは奥の部屋へ視線を向ける。
「自分も消されると分かったからだ」
「仲間に?」
「あぁ。こいつは計画を知りすぎている」
「それで守ってほしい言うてきたん?」
「そうだ」
「守ってほしい奴、殴っとるやんけ」
「次に殺される人間の居場所を知っているのに、話さないからな」
「弁護士の仕事どこいってん!!!」
ニコが軽く手を上げる。
「弁護もちゃんとするよー」
「お前が?」
「俺達がー」
「そこ分担するんかい」
「マット、書類めんどくさがるからねー」
「弁護士向いてへんやろ」
「でも裁判めっちゃ強いよー」
「余計わけ分からんわ!!」
マットは気にせず話を続ける。
「捕まえて、裁判をして、それで終わりじゃない」
セイジが見る。
「どういう意味や」
「法を上手く使うクズ共がいる。それがムゴッサだ」
ニコが机へ肘をつく。
「刑務所出てからも懲りないしねー」
「またー? って、さっき言うてたんそれか」
「そゆことー」
「そゆことー、ちゃうねん」
マットが続ける。
「証人を脅す。家族を使う。証拠を消す。金で人を動かす。法の穴を使って外へ出る」
「……」
「そのあと、証言した人間を殺す」
ロイヤル・フラグメントの表情が変わる。
「ふざけんな」
「そんなことしてんのかよ」
「だから言った」
マットの声は低い。
「腐りきっているのが、ムゴッサだ」
セイジが煙を吐く。
「どんだけヤバいねん」
「変えようなんて思うな」
セイジがマットを見る。
ジムも口を開く。
「その通りだ。この国は変えられない」
「そこまで言い切るん」
「あぁ」
迷いはなかった。
ニコが軽く笑う。
「こんな腐ってんのに変えれるわけなくなーい?」
「お前またそれ言うんかい」
「だって事実じゃーん」
「夢みちゃってんじゃーん」と続けようとしたニコを、セイジが指差す。
「これ以上言ったらキレんぞ」
「もうキレてるじゃん」
「お前ほんま軽いな!!」
そのやり取りを聞きながら。
ロイヤル・フラグメントは、四人を見た。
ジム。
バリー。
マット。
ニコ。
全員。
この国は変えられないと言う。
夢を見るなと言う。
それなのに。
誰一人。
仕事を辞めていない。
エリオットが、ぽつりと言った。
「……オッサン達、一人でも救いたいんだな」
バリーが笑った。
「当たり前じゃないの〜」
マットが淡々と言う。
「俺達は、できることをやる」
ジムも頷いた。
「目の前の事件から目を背けるわけにはいかない」
ニコが軽く手を上げる。
「まぁ、やることやるしかなくね?」
セイジが一瞬、黙る。
「……お前が言うと、ばり軽いな」
「重く言ったって助からなくなーい?」
「それはそうやけど」
「じゃあ、やるしかなくね?」
ニコは笑っていた。
世界を変えられるとも。
いつか、この国がよくなるとも言わない。
ただ。
今日、助けられる人間がいるなら。
自分にできることをやる。
それだけだった。
「……そやな」
セイジが答えた。
ノエルが腕を組む。
「俺も分かった」
レオンも頷いた。
「国全部をどうにかしようとしてんじゃねぇんだ」
「今、助けられる奴を助ける」
セシルが四人を見る。
「それをずっとやってんのか」
「あぁ」
ジムが答えた。
セイジが七人を見る。
少しだけ笑う。
「分かってきたやんけ。やっと現場見えてきたな」
一拍。
「流石セイジ!!!」
「だから孤児院と学校作るの辞めたんだ!」
「そこ褒めるとこなんか?」
ジムが淡々と言った。
「今分かったのか。青いな」
「うっ……」
ニコが笑う。
「だって夢見る王子様達じゃーん」
「夢見る王子言うな!!!」
バリーまで笑う。
「でも夢見ちゃってたじゃない〜」
セイジが顔をしかめた。
「おっさん、酒臭いのに核心ついてくんのイラつくわ」
「褒めてる〜?」
「褒めてへん!!!」
ミレーヌが、もう我慢できないという顔で一歩前へ出た。
「おじさん達、最高です! 格好よすぎます! 熱いです!」
「急にめっちゃ褒めるやん」
「だって最高じゃないですか!」
バルドが静かに四人を見る。
「この国では、このやり方しかないのかもしれません」
セイジが煙草を咥える。
「治安悪いけどな」
バリーが笑った。
「君たちも治安悪いよ〜」
「一緒にすんな!!!」
「カチコミ行ってるじゃない〜」
「必要やからや!!!」
ニコが横から入る。
「ほらー、やっぱ話合うじゃーん」
「お前まで乗ってくんな!!!」
その時。
「もう遅ぇよ」
奥の部屋から。
男の声が聞こえた。
全員の動きが止まる。
「今さら行ったって間に合わねぇ」
笑っている。
掠れた声で。
それでも。
こちらを嘲るように。
「もう始まってる」
マットの目が変わった。
奥の部屋へ戻る。
扉の前で、一度だけ足を止める。
「場所はどこだ」
「誰が言うかよ」
「お前も消されるぞ」
「助けるんだろ。弁護士先生」
「助ける」
マットは迷わず答えた。
「お前が話したあとでな」
扉が閉まる。
ドゴッ!!
「また殴ったぞ!!!」
「弁護士が依頼人殴ったぞ!!!」
ニコは机の上の書類を集め始める。
「喋ったら正式に守るよー」
「順番おかしいやろ!!!」
もう一度。
ドゴッ!!
「西地区だ!!」
奥から声が響いた。
「西地区の十二番倉庫!! そこに女と家族がいる!!」
マットが扉を開ける。
「次の標的は、事件の目撃者。家族も一緒だ」
全員の顔が変わる。
セイジは煙草を灰皿へ押しつけた。
「ジム」
「あぁ」
「バリー」
「行こうかねぇ〜」
ロイヤル・フラグメントも立ち上がる。
ミレーヌは、すでに黒革の手帖を開いていた。
バルドが静かにベルへ指を伸ばす。
チリン。
「現場に参りましょう」
セイジが扉へ向かう。
「行くぞ」
「おう!!!!!」
「絶対間に合わせるぞ!」
全員が事務所を飛び出していく。
その後ろで。
ニコも上着を手に取り、軽く片手を上げた。
「これ終わったら飲みいこうねー」
全員が振り返る。
「軽っ!!!」




